2012-02-15

アガサ・クリスティー「エッジウェア卿の死」


「ポアロ一流の考え方からすれば、この事件は彼の失敗のひとつであった。彼を正しい解決に導いてくれたのは、いつに、街路ですれ違った通りすがりの人間の偶然のひと言だ、とポアロは必ず言うのである」

美貌の舞台女優ジェーン・ウィルキンスン、彼女は以前から夫であるエッジウェア卿との離婚を望んでおり、そのためには彼に死んでもらいたいとさえ言い放った。ジェーンから強引に離婚協議を引き受けさせられたポアロ。だが、その矢先にエッジウェア卿は自宅で刺殺される。そして、事件当夜の屋敷ではジェーンの姿が目撃されていた。

とてもオーソドックスなフーダニット。だが、使われているトリックはぬけぬけとして大胆なもの。それを補強するミスリードも巧妙で、特に叙述上のそれは注意深く読んでいる人間ほど引っ掛かり易いものだろう。そして、一箇所で躓くと後の全てが見えなくなってしまう効率の良さ。逆に言えば、その一点を押さえれば多数に及ぶパズルのピースは全て綺麗に収まるのだ。

実をいうと、犯人の計画自体は決して緻密なものではなく、僥倖や偶然に助けられている部分が大きい。むしろ僕には、この事件全体に煙幕を張っているのはポアロ自身であるように思える。そこに、この作品の前年に発表されたエラリー・クイーン長編との照応を見ることも可能だろう。クイーン作品では犯人が探偵の思考を先回りするようにして手掛かりを残していったのに対して、この『エッジウェア卿の死』ではポアロが自ら進んでその推理スタイルの中に絡めとられていくのだけれど。ヘイスティングズ、あるいはジャップ警部はことあるごとにポアロの振る舞いを茶化すが、そのことすらこの作品においては大きな意味を持つようだ。

ドラマ部分と謎解き要素がとても密接に結びついている作品であります。強烈な個性を持つヒロインの設定は、まさにそうでなくては話が成立しない、という性質のもの。
すべてが解き明かされた後、その結末の印象的なことよ。

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