2015-01-03
レイモンド・チャンドラー「高い窓」
二年おきくらいで出る、村上春樹訳チャンドラー。
『高い窓』はチャンドラーの長編のうちでは、継ぎはぎ感がなく、枝葉のエピソードも少な目であって、筋道が比較的につかみやすい作品だと思う。一方で、マーロウ自身が窮地に追い込まれることがないので、サスペンスは薄い。
全体としてはまとまりがいいのだけれど、それがかえって地味な印象を受けるかもしれない。
まあ、今更それがどうした、なのだが。
ある種の小説ではまず文体であって、内容はその次になる。そして印象的な情景を描くことは、プロットを首尾一貫させることよりも優先される。もし展開を追うことばかりに気をとられていれば、何も起こらない、例えば徐々に町が夕暮れに覆われていくだけの描写などは、無駄な部分に思えるかも。
「あなたがたの問題は」と私は言った。「何でもないことをすぐ謎めいたものにしてしまうことだ。パンを一切れ齧るのにも、いちいち合言葉を言わなくちゃならない」
謎解きの妙を期待してチャンドラーを読む人はあまりいないだろう。トリックといえるものがなくとも事件が錯綜して見えるのは、単に誰も彼もが嘘を吐き、そこそこ力を持つ人物はそれを使ってもみ消しにかかるからだ。
この作品の解決も、当て推量と思いつきの末に辿り着いたようなもの。だが、今回読み直してみて、華麗な比喩や自己愛の表出が控えめである分、謎と意外な解決というミステリの形式が物語そのものの奥行きに大いに与っているという印象も受けた。
久しぶりに時間に余裕を持って、じっくりと読んだ。これはそういう本だ。
あと、今更ながら村上訳の日本語としてのこなれは凄いね。
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