2016-05-05

ギャビン・ライアル「深夜プラス1〔新訳版〕」


戦時中はフランスでレジスタンスとして戦った、英国人ルイス・ケイン。彼が依頼された仕事は、ある大金持ちをフランスからスイスを抜けて、リヒテンシュタインへと車で送り届けるというものだった。しかし、それを望まない者が殺し屋を差し向けてくる上、警察にも追われているという。動きの読めない敵たちを向こうにまわしながら、果たしてケインはタイムリミットまでに目的地に辿り着けるのか。


新訳が出たので凄く久しぶりに再読。
主人公のケインが実に格好いい。彼は運転手として雇われているのだが、それよりも潜在的な危険を瞬時に察知して判断を下す様子や、状況のひとつあるいはふたつ先を読んで手を打っていく場面での策士ぶりが際立っている。
さらに、自己の能力に対するプライドを持ちながら、一方でそれが単なるこだわりや感傷に堕ちてしまうことも恐れている。そこを見誤ることは、すぐに命取りになってしまうからだ。

また、ケインの相棒であるハーヴィーは凄腕のガンマンではあるものの、アルコールが切れると手が震え始めるという致命的な欠点を抱えている。そして、いったん飲み始めれば潰れるまでやめられない。ケインにとってみればまったく不安な存在なのだが、このハーヴィーも実に魅力的なキャラクターであって、彼を物語の中心に据えれば、弱点を抱えたプロフェッショナルがそれを克服していくという、いかにも冒険小説らしいものになりそうではある。

緊張を持続させる精緻でスタイリッシュな文体、予想のつかない展開は安易に読み飛ばしていくことを許さないであろう。とくに将軍と呼ばれる男とケインの駆け引きにはエスピオナージものを読んでいるような感覚さえある。
そして結末における、とてもぶっきらぼうなかたちでのロマンティシズムの発露。これがなんともたまらない。物語が終わったあとの登場人物たちの行方が気になってしまう。小説に酔う、とはこのことだ。

ギャビン・ライアルの他の作品は品切れになっているようなので、そちらのほうも早川さんにはお願いしたいものだ。
ところで今回の新訳ではケインのコードネームは「キャントン」になっている。旧い訳では「カントン」と書かれていたのだが(包茎みたい)、原文では "Caneton" であり "Was that why they called you Caneton – duckling?" とあるので、フランス語読みのキャントンでよいのね。

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