既に本年のベストのひとつ、との呼び声も聞かれる新人のデビュー作です。
世界各国で起こる怪事件を描いた連作短編集。
冒頭の
「砂漠を走る船の道」は砂漠の真ん中、わずか数人の間で起こる殺人をめぐるフーダニット。この作品がとにかく傑作だという評判であって、期待して読んだのですが。
一番の驚きどころは動機なんでしょうけど、これは確かに良く出来てるんだけれど、僕自身は、ああ、なるほどね、異世界を舞台に設定したミステリでは在るパターンじゃないか、という気がしたんですよね。けれど、そこに至る解決のロジックは形のいいもので、幻想的な背景に対してオーソドックスな手つきの謎解きは逆に良く映えて、美しい。
あと、もうひとつ仕掛けがあって、僕も引っかかりはしたんだけれど、これ、ミスリードに強引なところがあるような気がします。ひとによってはアンフェアと感じるでしょう。
ただ、それらをひっくるめた物語の収め方、閉じ方が抜群に巧い、とは思いました。最後の最後になって事件の動機が無化されてしまう、それが大きな背景とあいまって凄く詩情の感じさせられる仕上がりになっていて、とてもいい小説を読んだ、という感想であります。
「白い巨人」はスペインを舞台にした、風車の中での人間消失。ミステリ的な力点が読者の思っていた場所とは違うところにあった、という現代的な趣向。推理合戦とそれとは無関係に単純なオチ、という落差のつけ方が巧い。まとまりがいい佳品。
「凍れるルーシー」ロシアの修道院を舞台にした短編なのだけど、大胆すぎるトリックも凄いが、ごく些細な違和感から始まり、地味と感じられるほどの手堅いロジックからとんでもない真相まで繋がっていく飛躍が素晴らしい。そうして、どうしても解き切れない謎が残る結末では探偵役の推理までが無化してしまっている。この纏め方もいい。
「叫び」アマゾン奥地、未開部族がエボラ熱により絶滅の危機にある、そんな状況下で事件が。剥き出しの絶望が覆う世界で、恐怖に麻痺してしまった心が生み出す推論が空転していく。「凍れるルーシー」ではファンタスティックな領域に踏み込むことによって推理が否定されていたが、この短編では(作中の)現実レベルにおいて推理という行為の無意味さが描かれている。純粋なミステリとしての興趣ではちょっと落ちるか。
連作の最後を締める
「祈り」は探偵役自身の事件、といったところか。そもそもの状況が説明されないまま物語が進んでいき、実は・・・という。
この短編は無くてもよかったのでは、という意見も見受けられまして、確かにテーマ性が前に出過ぎている感じはします。けれど、連作を追うごとに物語中での推理という行為が虚しいものになっていったのが、最後の作品で謎解きのもつ力が再生していく、という趣向は悪くないと思います。
ひとつとして同じようなパターンを踏む話がなかったので、新人さんとしてはこれからも期待できるのではないでしょうか。花マル。