2013-04-13

Herman's Hermits & Peter Noone / Into Something Good


2008年にEMIから出された、ハーマンズ・ハーミッツの音源を未発表のものやピーター・ヌーンのソロも含めてまとめたCD4枚組。副題は「The Mickie Most Years 1964-1972」。
ずっと気になってはいたのだけど、同じようにEMIから出たホリーズの「Clarke, Hicks & Nash Years」が悪くないものだったので、昨年になって入手しました。

内容としては、ミックス違い等は別にすると当時の彼らの曲は殆ど入っている模様。ホリーズのものが制作時系列に沿って曲を並べていたのに対して、こちらは英オリジナルアルバム三枚と米盤「Blaze」の収録曲に関しては、その曲順を残すような編集になっております。
マスタリングはピーター・ミュウがクレジットされていますが、ホリーズのものもそうであったように、レアトラック以外は既発CDの音源を流用しているようです。正直、この盤は音を綺麗にしようとする余り、ちょっと勢いや空気感に乏しいものになっているようではありますが。僕は熱心なファンというわけではないので、そんなに不満でもないです。
ただ、アマゾンのレヴューでも触れられていますが、何故か "You Won't Be Leaving" という曲が2回入っているというミスが。あと、楽曲クレジットを記した文字が異様に小さく、ちょっと読む気にはなれない。こういう雑なところに、彼らは軽視されている存在なのだなあ、と思わないではないですが、まあ、徳用品というのはこんなものなのかな。

クリックしてもらえれば元の倍のサイズで読めますが、文字の小ささはわかると思います

ハーマンズ・ハーミッツというのはそもそもティーンエイジャーの女の子をターゲットにしたポッププロダクトです。プロデューサーのミッキー・モストは、ピーター・ヌーンの顔は若いときのケネディに似ていていい売り物になりそうだ、という理由で彼らと契約したそうであります。
当然、演奏の多くはセッション・ミュージシャンによるもので、選曲はモストが決定していました。グラス・ルーツと競作となった "Where Were You When I Needed You" など、英国産ポップの曲が並んでいる中で、いきなりロサンゼルスのスタジオの音がして驚いてしまいます。

その音楽からは彼ら自身の志向性などというものはあまり感じられませんが、だからこそ良いとも言えます。サイケデリック時代に至っても表現者としてのエゴ、なんていう退屈なものに毒されずにいたわけですから。
ミッキー・モストは彼らのキャラクターにぴったりな曲を用意してきたのであり、そのキャラクターの賞味期限が切れるとともに、彼らの時代は終わってしまいました。しかし、今聴いてもそのヒット曲の数々はなんとチャーミングでしょうか。

2013-04-07

アガサ・クリスティー「ポアロのクリスマス」


資産家で専制君主的な老人がクリスマスに息子たち夫婦――老人を憎んでいる者や、財政的に困っている者たち――を呼び集め、遺言状を書き換えることを宣言する。不穏な空気が漂う中、屋敷にすさまじい格闘の音と叫び声が響き渡った。家中のものが駆けつけて発見したのは、滅茶苦茶に荒らされた密室内で血まみれになって横たわる死体であった。

1938年のポアロもの。序文でクリスティ自身が書いているように黄金期を思わせるような殺人現場を扱った作品であります。事件が起こるタイミングも、この時期のクリスティにしては随分と早いです(それでも100ページを越えてはいますが)。

いかにも探偵小説らしい奇怪な殺害状況を巡る謎は手掛かりが充分出されているため、大雑把な見当は付くでしょう。こういうのはクリスティはそれほど得意ではなかったのだろうけれど、稚気が感じられる楽しい仕掛けではあります。
一方でフーダニットとしてはなかなか複雑で。偽の解決のために置かれた伏線に紛れた、真相に繋がる線だけを拾っていくのは難しい。読者を右往左往させておいて、その実・・・という仕掛けはいつもながらの冴え。ただ、今回は些か絵解きの肌理が粗いのは否めないですが。

大胆にしてあざとく、いかにもクリスティらしい作品であって、それまでのパターンを組み替えて巧く効果を上げているのですが、同時にいつもとあまり変わらないなという感じも受けました。新たな作風を試行錯誤しているようではあるのだけれど。
なお、『三幕の殺人』の犯人について言及があるので、未読のひとは注意を。

2013-03-31

法月綸太郎「ノックス・マシン」


法月綸太郎の新刊はミステリではなく、結構癖の強いSF中短編集です。

「ノックス・マシン」 ミステリの世界ではお馴染み「ノックスの十戒」をモチーフにしたホラ数学SFであり、タイムトラベルもの。
世界構築は意外なほどしっかりしており、理屈はデタラメっぽいんだけれど「No Chinaman 変換」という発想が面白い。あと、ロナルド・ノックスのキャラクターをうまく生かした落とし方も上手いですね。

「引き立て役倶楽部の陰謀」 クラシックな探偵小説における名だたるワトスン役たち――アーサー・ヘイステイングズ、アーチー・グッドウィン、ヴァン・ダイン、そして勿論ジョン・H・ワトスン博士――らが所属する〈引き立て役倶楽部〉は緊急会合を開いた。名探偵及びその助手役を必要としない問題作『テン・リトル・ニガーズ』を書いたアガサ・クリスティを抹殺するために。
こちらはフォー・ミステリ・ファン・オンリーな一編で、裏テーマはヴァン・ダインによる二十則でしょうか。虚実がないまぜになったこのメタフィクション、にやにやしながら愉しむのが吉。

「バベルの牢獄」 今回の中では一番短い作品。一応脱獄ものといえますが、非常に堅い手触りのSFで、普段ミステリしか読まないひとには好みが分かれるかも。
中心アイディアには、僕は筒井康隆の『驚愕の曠野』を思い出しましたが、若い人はこれ倉阪鬼一郎じゃん、と言うのだろうな。いや、こういう風に書くと二番煎じみたいだけれど、ちゃんとオリジナルな捻りがありますよ。

「論理蒸発――ノックス・マシン2」 高度に発達したネットワーク内部にテロリストが仕掛けた自走的壊滅プログラム、その鍵はエラリー・クイーンの『シャム双子の謎』にあった。
クイーン論そのものをSF的アイディアに転化した一編。よくこんな変なことを思いついたものだ。プロット自体もすっきりと決まった。

総じて、かっちりした縛りの無い条件で奇抜なアイディアを描く文章は、謎解き小説を書いているときよりも活き活きしているようであります。
ただ、モチーフはミステリから持ってきているけれど作品としては完全にSFというのは、どうも据わりが良く無いという感じもします。ファン向けというか、読者を選ぶ作品集かなあ。

2013-03-29

パトリック・クェンティン「人形パズル」


時は第二次大戦中、海軍将校となっていたピーター・ダルースはつかの間の休暇を利用して、妻のアイリスとサンフランシスコで落ち合う。ふたりにとっては不案内な土地であったが、不思議な幸運によってホテルの部屋を取ることが出来た。だが、サウナで将校の制服を盗み取られてから、ピーターは犯罪の罠へと引きずり込まれていくのであった。

パズルシリーズの三作目は巻き込まれ型サスペンスといったところ。ピーターが事態を解決しようともがけばもがくほど、状況はどんどん悪くなっていきます。
また、ピーターの窮状を見かねて味方になってくれる探偵が登場。落ち着いていて、いかにもタフであり頼れそうな男ではあるのだが、フィクションの中の私立探偵のパロディのような趣があって、この作品世界の中ではちょっとユーモラスな存在です。

いわゆる名探偵役がいないためか、謎の多くは展開につれて偶然のようにして解けていきます。やろうと思えばもっと錯綜させることができたはずですが、あえてパズル性を犠牲にしている風。制服を用いたミスリードなんか面白いのだけれど、扱いがあっさりしていてちょっと勿体無いように思いました。

大胆な真相はある程度読めそうですが、そう思った読者を引っ掛ける微妙な記述があって、どちらにしても意外なもの。現代の作家なら叙述トリックでスマートに処理するところでしょうが、そうしないことで逆に難易度が上がっているのでは。ただ、犯罪計画のリスクが高すぎることもあわせて、謎解きにこだわるひとなら不満を覚えるかも。

ともあれ、前二作同様に軽快で読みやすく、しかも手の込んだミステリではあります。悪くない。

2013-03-28

The Animals / Animal Tracks


おっさんになってから聴くと、アニマルズは初期が良いですわ。エリック・バードンの個性が強まるにつれて、その表現は重く、しつこくなっていったわけですが、この時期はまだバンドとしてのバランスがちゃんと取れていた。ことグルーヴという点に関してはオリジナル・ラインアップが一番であって、ステディで軽快な演奏は実に好ましいです。

「Animal Tracks」は1965年にリリースされたセカンドアルバム。
アニマルズの最初の2枚のアルバムは兄弟みたいなもので、殆ど彼らが日頃演奏し慣れたブルースやR&Bのカバーばかりで構成され、シングル曲が含まれていない。
まあ、地味っちゃあ、そうですね。はっきり言って、これらのアルバム曲より職業作曲家の手によるポップソングを力ずくで自分たちのスタイルにねじ込んだシングルヒットの数々を聴いていたほうがテンション上がること請合い。

ただ、「Animal Tracks」の方が前年に出されたファースト「The Animals」に比べるとアレンジの自由度は少しばかり上がっているようではある。"How You've Changed" などスロウであっても、ジャジーなピアノによって必要以上に重くならず、洒脱なニュアンスまで感じられるのが面白い。また、"Bright Lights, Big City" の斬新な解釈では、ブルースが何か次の時代のものに変化する瞬間が捉えられているようだ。

音楽においてもユーモアというのは大事ね、と思う今日この頃。

2013-03-25

E・C・R・ロラック「悪魔と警視庁」


ロンドン警視庁に戻る途中、主席警部マクドナルドはひったくり犯を捕らえようとして、深い霧の中で車を降りる。あいにく犯人は逃したものの、品物は取り返すことができた。だが、翌日になって警視庁の敷地内に停めたままにしておいたマクドナルドの車の後部座席から、メフィストフェレスの仮装をした男の死体が。

1938年発表であって、むしろポスト黄金期の作品ではないかな、これは。道具立てはいかにも古典チックなものだけれど展開は捜査小説風でテンポ良く、読みやすい。ただ、謎によって生み出されたケレンが徐々に萎んでいくようなところは設計ミスでしょうか。
文章には乱暴というか、なんだかフランスミステリや我が国の新本格みたいなところがあります。

純粋に謎解きとして見ると、良い所もあるんだけれど、という感じ。これは巧いな、と唸らされる仕掛けがある一方で、ロジックは結構緩め。プロットの複雑さがまんま解決の複雑さになっている感も否めません。

粗は挙げましたけど個人的には充分楽しめました。分量は300ページ足らずでありますが密度が高く、読み応えはありますね。
創元推理文庫からは続いて、戦前の代表作のひとつ『鐘楼の蝙蝠』が刊行予定ということなので、とりあえず出たら読もうとは思っています。

2013-03-20

アガサ・クリスティー「死との約束」


1938年発表、中東を舞台にしたエルキュール・ポアロもの。この頃、米国ではエラリー・クイーンもハリウッドものを出していて、英米でともに謎解き中心の物語をそれまでとは違う背景に組み込むような試みがなされていたんですなあ。

二部構成になっていて、第一部では強烈な支配欲を持つ未亡人と、内心は彼女を憎みながらも恐怖によって従順にならざるを得ないその子供たちが描かれ、一家での旅行先において殺意が育っていきます。そしてとうとう事件が起こる。
登場人物たちの精神のありかたを心理学者が解説するシーンが盛り込まれているのだけれど、時代でしょうか。今読むといささか型どおりな感は否めませんが。

第二部になって、現地の責任者の要望によりポアロが出馬します。過去のある作品を思わせる状況――皆が犯人が誰かを知っており、なおかつそれをかばっている――のようである。そして、ポアロは一日で事件を解決してみせる、と宣言する。

異国を舞台にしていることを除くと、夾雑物を配したフーダニットとして恐ろしく良く出来ていて、出来過ぎてかえって面白みがないかも。ポアロは関係者たちに聴取をしただけで、あまり悩むことも無く事件の解決に至ってしまうのだから。
盲点を射抜くような真相は計画犯罪としては危なっかしいが、こうでしか説明がつかないというもの。ちょっとした伏線が心憎い。わかっていても引っ掛かるミスリードもいつも通りで、オーソドックスなクリスティ流、それが生なかたちで提出されているようである。

ミステリとしての結構は同じ中東ものの『メソポタミヤの殺人』『ナイルに死す』よりいいと思いますが、第二部では殆ど異国という雰囲気を感じさせませんし、小説としていささかあっさりですかね。クリスティとしては水準作というところ。