2016-09-04

法月綸太郎「挑戦者たち」


基本的にこの作者の小説はとりあえず出たら買って読むことにしているので、内容の方は確認していなかったのだが。ページ数のわりに値段が高いね。
それはともかく、本作はミステリでおなじみの〈読者への挑戦〉を99種類の文体でもって提示する、というもの。そのスタイルは先行作品の文体模写から、一般的に日常生活の中で目にする文章のパロディまで。
帯裏には「さて、この面白さがどこまでわかるかね」という挑発的なフレーズが書かれていますが、決してわけのわからない作品ではありません。ただ、ミステリファンでないとわからないアイディアは満載されているけれど、その面白さは必ずしもミステリ的なものとは限らないので、読者を選ぶ作品ではあるかも。

実際、やっていることは懐かしさすら感じるようなものだと思う。しかし、何を器としてチョイスするか、そしてそこに何を盛り込むか、が実に楽しい。「次はこうきたか!」という驚きや、あるいは巻末の参考文献を見て「なるほど、これだったのか」というものも。
内容のほうも〈読者への挑戦〉をはじめとするミステリについての考察や、ミステリ風コントをして読めるものが散りばめられていて、一筋縄ではいかない。
中でも瀬戸川猛資のスタイルで語られる「42 挑戦状アレルギーの弁」はエドマンド・クリスピンを取り上げながら、まさに本家ばりのミステリエッセイとして面白く読めるものになっています。

きっと楽しんで書いたのではないか、そんな稚気を感じました。なんだか筒井康隆っぽくて、好きだな。

2016-08-20

Ruby and The Romantics / Our Day Will Come


毎年、夏になるとよく聴くのがこれ。
ルビー&ザ・ロマンティクスが1963~66年、Kappレーベルに残した音源からの2枚組コンピレイション。副題には「Very Best Of~」と付いていて、42曲も入っていますがコンプリヘンシヴであってもコンプリートではない。まあ、個人的にそこまでのこだわりはないし、シングルA面曲が網羅されていれば良いかと。それよりABCに移籍してからのマテリアルがさっぱりリイシューされないことのほうが気になる。

このKapp時代のアレンジャーはモート・ガースン、目ぼしいシングル曲は彼とボビー・ヒリアードか、もしくはヴァン・マコイが作曲したものですね。一方でアルバムのための曲は古いミュージカル曲ばかりとあって、まあわかりやすい商売ではある。
そして、主役であるグループのスタイルはドゥーワップをベースにした男声コーラスに、癖がなく丁寧な女声リードが乗っかるもの。昔、国産レコードのジャンルに「ポピュラー・ボーカル」という呼称がありましたが、まさにそんな感じ。


要は、その端正なボーカルも込みでのサウンド構築が良いのだなあ。深いエコーにきらきらした鉄琴、彩りとしてのオルガン。ちょっとラテンが入ったようなリズムのものもありますが、曲調はゆったりとしたものばかりであって、飽きたとしても、それはそういうものなのだ、と思う。
"Baby Come Home" なんてドリフターズのスタイルをそのまんま持ってきたような曲だが、これも穏やかな印象でいかにもな仕上がりです。
涼しげで押し付けがましさのないポップ・ソング集。

2016-08-19

アガサ・クリスティー「バートラム・ホテルにて」


姪の心遣いによってロンドンの歴史ある高級ホテルに滞在することになったミス・マープル。ホテルはまるでエドワード朝を思わせる落ち着いた雰囲気があり、サービスも申し分なく、マープルはそこでの生活に満足していた。だが、その一方で大規模な犯罪機関がこのホテルと何か関わりがあるのではないか、と警察が調査に乗り出し始める。


1965年発表のジェーン・マープルもの長編。
あからさまに疑わしい行動をする人物は出てくるものの、事件らしいことはなかなか起きません。列車強盗やらある人物の失踪など、いくつかの筋が平行して語られていき、どういう種類の物語なのかが見えないまま物語は進んでいきます。

全体としてみると、謎解き要素の薄いスリラーというところ。マープルは出てくるけれど大して推理をするわけではなく重要な証人といった役止まりであって、この作品での主役は警察官ということになります。また、真相は意外なものでありますが、組織的な犯罪を目くらましにした、それとはまったく関係のない個人的な事件というのは以前の作品でも使っていた構図です。
クリスティが年をとってからの作品の例に漏れず、プロットはゆるゆる。しかし、舞台やキャラクターの書き込みがしっかりしていて、それが真相が判明したときの説得力に結びついています。

古き良き英国を賛美しているように見せて、実は時代の変化に向き合った作品であります。幕切れもこれまでのクリスティにはなかった種類のものですね。

2016-08-16

ハーラン・エリスン「死の鳥」


九作が収録された短編集。伊藤典夫訳、とあるけれど「編」はついてないので、伊藤氏で既に翻訳が存在したものを集めたのでしょうか。

作品は発表年代順に並んでいます。はじめの方はいかにもニューウェーブSF、という感じですね。先鋭的であったはずの趣向ほど古びてしまっているのは仕方のないところ。また、プロットだけを取ればそれほど意外なものはなくて、むしろ落ち着くべきところに落ち着く、といったものが多い。
しかし、それらを如何に語るかというスタイルが格好良いのだ、凄く。気取りすら感じられる比喩表現や、断片的でありながら熱量を感じさせる饒舌には読んでいるこちらも煽られっぱなしだ。

特にいいと思ったのは表題作である「死の鳥」。何がなんだかよくわからなくても、とにかく読み進めずにはいられない。一見ミスティフィケーションのような額縁部分が、実は注釈として理解の助けになっている、というのもスマート。
また、現実と内宇宙を合わせ鏡にした「ランゲルハンス島沖を漂流中」はちょっとディレイニーを思わせる、メタファーだらけの才気走った一編でこれも凄い。
そして、およそ救いというものが無い「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」や、ジャック・ザ・リッパーを扱った狂おしいノワール「世界の縁にたつ都市をさまよう者」に込められた異様なエネルギーたるや。

その他、SFらしいガジェットに頼らない分、今日性を獲得しているようなものもあって。良い塩梅に手垢が付いたアイディアと、ほとばしるような描写のバランスによって「プリティ・マギー・マネーアイズ」「鞭打たれた犬たちのうめき」などはモダン・ホラー・ストーリーとして読むこともできそうだ。
あと、ミステリ読みとしては「ジェフティは五つ」の結末に頭を捻った。ぼかされているのかと思ったが、よく読めば最後から2ページ目、7~9行目にはっきり書かれているのね。プロバビリティーの犯罪、というやつ。

バラエティには富んでいるけれど、どれもこの作家ならではの仕上がりになっているものばかり。やたらに密度の高い短編集です。

2016-08-13

Grapefruit / Yesterday's Sunshine: The Complete 1967-1968 London Sessions


既発表・未発表のマテリアルが混在していて、いまひとつ趣旨がわかりにくいコンピレイション盤ですが、グレイプフルートがアップルと出版契約していた時期の音源集です。昨年、新たにマスターテープが発見されたそうで、未発表曲や別テイクがいくつかに、既発曲でもマルチトラックからミックスし直されたものが多く収録されていて、既出そのまんまのもの(それらも当然、リマスターされていますが)はそれほど入っていません。

グレイプフルートのデビュー・シングルはテリー・メルチャーによって手掛けられ、それより後のシングル制作はグループ自身でのプロデュースで行われていました。それらシングル曲や(その時点での)未リリース曲はファースト・アルバムである「Around Grapefruit」としてまとめられるのですが、その際にメルチャーはリミックスやオーバーダブを施しています。
また、"Lullaby" という曲ではもともとレノン&マッカートニーがプロデューサーを務めていましたが、「Around~」に採用されたのはそのヴァージョンではなく、後にグループのみで再録したものを元にメルチャーが手を加えたものでありました。
今回のコンピレイションでは "Lullaby" はレノン&マッカートニー制作版、それ以外はデビュー・シングルを除いて全てグレイプフルートがセルフ・プロデュースしたかたちのものが収録されているよう。

記者会見にはブライアン・ジョーンズ、ドノヴァン、リンゴ、ジョン、シラ・ブラック、ポールが参加

マスターテープの保存が良かったのでしょう、全体に音質は良好です(一曲だけアセテート起こしのものがありますが、それもちゃんと聴ける音になっています)。特に新規リミックスされたものがクリアで生々しい仕上がり。「Around Grapefruit」収録のものと比べるとストリングスが無くなったりしていることもあって、サイケポップ的な雰囲気は希薄になりましたが、ビートグループらしい迫力が強まった感があります。
また、未発表曲を取っても明らかに落ちるというものは無く、ジョージ・アレクサンダーの作曲センスの確かさが伺える出来です。

そうそう、ライナーノーツ記載のコメントによればフォー・シーズンズのカバー "C'mon Marianne" でのホーンは、ジョン・レノンのアイディアであるリフを元にマイク・ハグがアレンジをしたものだそうですよ。

2016-08-07

青崎有吾「水族館の殺人」


ええと、三年前に出た作品の文庫化ですね。
水族館内で刺された男が血を流しながら水槽内に落ちていき、鮫にかぶりつかれるという発端はかなりえぐい。しかし、その後には事件は起こらず、ミステリとしてはひとつの殺人の謎だけを追って展開していくという、堂々たるフーダニットであります。

前作『体育館の殺人』では思いつきに従って捜査したらそれを裏付ける証拠が出てきました、という感じのところが見受けられたのだけれど、今回はその辺りの手順が改良されていますね。
ひとつのささいな証拠から意外なほどに多くの事実を引き出していく手法、特に犯人が予想していなかった事態に対応せねばならなかった、という推理がいかにもエラリー・クイーン直系と感じで嬉しくなります。また、今作では大詰めにおける消去法のスリルもまたクイーンっぽい。

少し気になったのは、事件現場には明らかに妙なところがあるのだけれど、そのことは何故か指摘されないまま物語が進んでいくのですね。で、結末に至ってその疑問は氷解するのですが、事件の奥行きを生み出すために美しさが犠牲になっている、という感じを個人的には受けました。こういうところも包含した、スケールの大きな解決編を読みたかった、と言ったら欲張りすぎでしょうか。

『体育館~』と比較すると、キャラクター付けがしつこくなくて読みやすくなっているのもよかったです。ところで、本筋に関係なさそうなエピソードが本当に関係なかったので、ちょっと驚いた。これは今後のシリーズに生きてくるのでしょうか。

2016-07-30

Caterina Valente / Sweet Beat


カテリーナ・ヴァレンテが1968年にリリースした「Sweet Beat」はオリジナル1曲を除いて、全て有名曲のカバーで占められていたアルバムです。
その米国盤とドイツ盤では収録された12曲のうち1曲が異なっていたようなのですが、2006年の独Bureauからのリイシューには両方の曲が入っています。

取り上げられているのは当時の英米におけるヒット曲が中心になっています。リズムを強調したシャープなバンド・サウンドに、ちょっとしたバロック・ポップ風の味付けがうまい按配で、今聴いても古さは感じません。
中でも、"We Can Work It Out" や "You've Got Your Love"、"Music To Watch The Girls By" などミディアム以上のテンポのものが好ましい仕上がり。カテリーナ自身のハーモニー・ボーカルもぴしっ、と決まっています。"I Dig Rock And Roll Music" なんて蓮っ葉な歌いくちがナンシー・シナトラばりで、これも悪くない。
そして、いくつかあるもっと古い時代の曲のアレンジがまた中々の聴きもの。ミュージカル・ナンバーである "Fascinating Rhythm" や "Ol' Man River" などがキャッチーなポップソングとして生まれ変わっているし、"Blueberry Hill" なんて後のキング・オブ・ルクセンブルグを思わせるほどでありますよ。

全体としてレイト・シクスティーズの英国ポップをキッチュにしたようなテイストが感じられるもので、企画性が突出してしまっていたであろう発表当時より、むしろ現代のリスナーにとって楽しめるアルバムではなかろうか、なんて気がします。