エルキュール・ポアロものとしては5作目の長編。
導入はそれまでクリスティが手掛けてきた冒険スリラーを思わせるもので、曰くありげな裏世界での取引が、秘密めかして描かれる。そうして出てくるのが、因縁めいた来歴を持つ宝石というのだから、いささか古めかしい。
この作品では名探偵とワトソン役の記述者、の形式から脱し(それまでスリラー長編で試してきた)三人称複数視点を導入。いよいよクリスティ独特の、ひとつのエピソードを細切れにした上で、さまざまな面から語るスタイルが獲得されたのだな。
これにより、物語にふくらみが出て、事件が起こる以前について筆を費やすことが可能になった。人物紹介もスムースに運ぶ上、ミステリとしては尋問の繰り返しを回避できることとなり、結果、リーダビリティが格段に向上したように思う。展開に独特のリズムが感じられるのだ。
謎解きとしては非常にシンプルなフーダニットでありますが、何気ないミスリードが美しい。わずかな虚偽が物語全体を覆ってしまう、その手さばきは見事。
ただ、けれん味が薄いためなんだか盛り上がりきらずに終わってしまう感があって、ちょっと勿体無いか。また、洗練されたミステリの形式にスリラー要素がうまく溶けこんでいないのも確か。
それでも、クリスティ流ミステリの完成、その前夜までは来ているという印象を持ちました。
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