2015-02-03

フィリップ・K・ディック「聖なる侵入〔新訳版〕」


ディックの生前、最後に出された長編。これも旧訳で読んでいると思うんだけど、さっぱり記憶にないなあ。

乱暴に言うと前作『ヴァリス』で説明された世界観をそのまま小説に仕立てたもので、神が目覚め、成長し、やがて悪の力と戦うというお話。今回は最初っからいかにもSFらしい設定で始まります。
ちらっと「ヴァリス」という言葉も登場しますが、直接ストーリーに絡んでくることはない。ただ、作品内では『ヴァリス』にあったのと似たエピソードがいくつか見られます。

SFの文法を駆使しながら、新しい神話のようなものをでっち上げようとしているという感じで、エンターテイメント小説として見ると引きが弱い。
また、この作品内での幻影として扱われる世界があって、それはあるキャラクターの願望を反映しているのだけれど、同時にそれは読者である我々が実際に生きている現実に近いものでもある。ちょっと『高い城の男』っぽいですかね。その幻影の世界を否定(あるいは肯定)することで、間接的に作品の外側にある現実世界を俎上に乗せているようだ。

『ヴァリス』より読みやすいし、まとまりもいい。しかし、この作品も魅力的なイメージに乏しい上、終盤の展開などあまりに安い。読者を説得する力に欠けていると思う。思弁小説とSFの狭間で妙にバランスを取ってしまったせいだろうか。

そもそもこの作品は人生がうまくいっているひとたちに向けて書かれたものではないのだろう。もう若くはない、いい歳をして未だに現実との折り合いに悪戦苦闘している誰かのための、祈りに似た何かだ。

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