2009-09-13

ヘレン・マクロイ「幽霊の2/3」


長らく入手難であった『幽霊の2/3』がめでたく新訳で出ました。同じ作者の『殺す者と殺される者』もそのうち出るらしいので楽しみであります。

さて、内容ですが。出版社社長宅で行われたパーティで人気作家が毒殺されてしまう。 古典的な謎解きを期待していると毒殺トリックや誰がやったのか、を中心に話が進んでいきそうなところですが、話はそれとは違う謎の方をどんどん掘り進んでいき、まるで予想しない展開に引っ張られていってしまう。ここら辺、1956年発表の作品ということでポスト黄金期における本格ミステリの新たな語り方のひとつ、として読めそうです。

純粋に謎解きとしてみると、ロジックは緩いものであるし、トリックもそれほどではなく、そこだけ取り出すと大したことない、ということになるかも。
あと、解決前に「読者への挑戦」風に気にかかる点が列挙されていくのですが、それによってメインになっている謎がすっかり見えてしまう。そそる趣向ではあるし、フェアといえばそうなんだけれど、勿体無い。

ただ、きめ細かな伏線がすごく良く出来ていて、これによって捨て置けない作品になってるんだよなあ。隅々まで無駄なく構成されていたことが、あとから分かってくる。
そして、解決部分で作品タイトルの意味が浮かび上がってくるところは、美しいといっていい。僕などはそこだけでもう満足。

形がいいミステリなんだけれど、展開は地味であるし、広く勧められるかは微妙なところかなあ。

2009-09-12

ビートルズがやって来たハァハァハァ


うちにもビートルズが来たよ。

とりあえず「Please Please Me」だけ聴きました。
やはりモノラルが素晴らしいです。
どの楽器もゴツゴツしていて、重い。ヴォーカルも激しくて、品がない。
まさにロックンロール。
紙ジャケの出来はうん、悪くはないかな。質感とか、もっと出せたようにも思うんだけど、生産量やコスト的な問題でこれがいっぱいなのでしょう。
ステレオミックスは今更言ってもしかたないのだけれど、やっぱり演奏・ヴォーカルが鳴き分かれで、ホントに今後はこれがスタンダードになるのか? 珍品だと思うのですが。
まあ、そうはいっても音はいいですね、クリアで音圧もあって。特にベースがブンブンいってて迫力あります。
ワタクシ、出る前にはステレオ/モノは2イン1にしろよ、とか思ってましたが、実際聴いてみるとこれは別々でよかったのかな、という気がしました。リマスターのコンセプトがステレオとモノでは違うんだね、きっと。

とりあえず人生の楽しみの何パーセントかは達成されたようではありまする。しばらくは退屈のしようがない。
マーク・ルウィソーンの「レコーディング・セッション」を傍らに秋の夜長をアレします。

2009-09-03

Blossom Dearie sings Rootin' Songs


1963年発表。もともとは、アメリカのルート・ビア (Root beer) というソフトドリンクの販促用に配布されたアルバムであります。
ジャケットにはブロッサム・ディアリーが弾き語りをする姿が写真が使われているが、このアルバムで彼女はピアノを弾いておらず、唄だけ。そのせいかどうかは判らないけど、全体に唄のキーがいつもより低めであって、可憐さはやや控え目で落ち着いた感じ(ブロッサムにしては、ね)。

演奏はジャズカルテットが受け持っているのだけれど、レコードそのものはジャズファンに向けて制作されたものでないので、収録された曲も当時のアメリカでよく知られたものばかり。「酒とバラの日々」「想い出のサンフランシスコ」「暑い夏をぶっとばせ」「デサフィナード」「燃える初恋」「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」など。アルバムタイトルの「rootin'」は「routine」にかけているわけだ。
それでもアレンジは安易なものではなく、それぞれに一ひねり。「酒とバラの日々」のような曲でも、テンポ早めのボサノヴァ仕立てながら、ブレイク部分では拍子が変わってスリルを感じさせる仕上がり。

コンパクトにまとまったジャズボサに乗って、凛と立ったブロッサムのヴォーカルがスウィングするポピュラー好盤であります。

2009-08-31

道尾秀介「龍神の雨」

この本、買ってから二ヶ月以上、手を付けてませんでした。
道尾秀介は今、日本で一番優れたミステリ作家のひとり、とは思うのだが、なんか深刻な物話が多いんですね。この作品もそう。僕の好みからすると、うっとおしい人間ドラマなんてどうでもいいから、騙してくれえ、というところなのですが。この作者は登場人物の気持ちの擦れ違いを誤導に使うので、心理の書き込みが深くなるのは仕方ないところで。うまく省略も効いてるので読み始めたら早いんですけど、どうもね。
が、放置してるうちに次の新刊『花と流れ星』も出たようなので、それも読みたいしな、と取り掛かりました。

で、感想。
いつもの道尾作品でした。重い雰囲気ながら緊迫感を持続させることで、どんどんページを繰らせていく。こっちは、どこに仕掛けがあるのか、と思いつつ読んでいるのだが、コロリとやられる。その技のキレはあいかわらず素晴らしい、のだけど。
この騙しのパターンというのに少し慣れてきてしまったか、という気はします。事件の限定された部分しか主人公もしくは読者には見えていないのだが、実際の全体像はその「部分」から想像するものとはまるっきり違っていた、という。
確かにすっかり騙されはしたのですが、またおんなじだったなあ、という感もあって。贅沢なこといっていますが。

もっとも今回はその「騙し」だけを取り上げて云々するべき作品ではないのかもしれません。どんでん返しがあってからもまだ物語が展開していくので、読後感は今までの作品とは違ったものでした。サイコサスペンスみたいだなー、と。
ミステリの技巧は今までの延長上にあるものですが、物語の構成としては違って来ているのかも知れないす。

読む方がこの作者のとんでもない巧さに慣れてしまってきたような感じもありますが、年間ベスト10なんかには入ってくるでしょうね。

2009-08-14

大森望/日下三蔵 編「超弦領域 ― 年刊日本SF傑作選」


2008年の国内SF短編アンソロジー、なんだけど。
最初に言っとくと、ぼくは今のSFにはすっかり疎くなってて。で、最新のSFってえのをちょっくら読んでみるか、と手を出したわけで。
そしたら、これってSF? ってのが結構混ざっていて。SF的なものの広がりを示した選択なのだろうけれど、綺譚といったほうが相応しいものもどんどん取り込んだ結果、ジャンル独自の色が薄まってしまったんじゃないか。最後の方に純SF作品を並べることで、落とし前はつけてあるけれど、一冊の本としてはバラエティが中途半端さにも繋がってるようであって、個人的には、面白いけど食い足りないという意見です。

気になった作品をばいくつか。

法月綸太郎「ノックス・マシン」 ・・・ ミステリの世界では良く知られる「ノックスの十戒」を扱った、タイムトリップものホラ数学SF。ネタ一発、といえばそうなんだけど、バカバカしくも楽しい。法月は他ジャンルだと生き生きしてるなあ。

津原泰水「土の柱」 ・・・ どっから見てもSFではないんだけれど、もう、小説が抜群にうまいです。凝縮された文、とはこういうものをいうのだな、惚れぼれしました。早速この人の著書を3冊買って来ましたよ。

堀晃「笑う闇」 ・・・ ロボットと漫才をする、というお話。日常とテクノロジーの馴染ませ方が素晴らしい。単純に物語としてもよく、ベテラン作家らしい芸が堪能できました。こういうのがあると、ほっとしますね。

円城塔「ムーンシャイン」 ・・・ 稲垣足穂みたいなタイトルですが、ハード数学SF(らしい)。正直、この作品はちゃんとわかったわけではないです。イメージもしっかり受け取れた気はしませんし。ただ、設定やら語り口の楽しさでもって、わからないままでもどんどん読めてしまう。

伊藤計劃「From the Nothing, With Love.」 ・・・ あまりに現代的な007パロディ。アイディア・情報量の密度とそれを負担にさせない娯楽性の高さ。この作品だけレベルが違うな。重く骨太な力作。 

2009-08-12

Beach Boys / All Summer Long


1964年リリース、ロックンロール・コンボとしてのビーチ・ボーイズを代表するアルバム。

まず、ジャケットが素晴らしい。これ以前のアルバムのジャケットは、今見るとややセンス古いかな、という気がするのだけれど。
この「All Summer Long」というアルバム、楽曲の題材としてはそれまでのサーフ/ホット・ロッドに密着したものから、サザン・カリフォルニアの若者のライフスタイルへと、すこし広がりを見せており、ジャケットもそれに呼応したようではある。

収録曲では、なんといっても冒頭の "I Get Around" が最高だ。この曲の数ヶ月前にリリースされた "Fun, Fun, Fun" はビートルズとタイマン張って勝つべく制作されたシングルであったが、チャートでは5位止まりだった。今ではポップクラシックであるが、"Fun, Fun, Fun" はまだ "Surfin' USA" 以来のチャック・ベリーにフォー・フレッシュメンを掛け合わせたスタイル、その洗練形の範囲にあったと思う。けれど "I Get Around" にはそれを越えたドライヴ感がある。新しいロックンロールが生まれた、といっていいのではないか。シングルチャートでも見事、1位に輝いた。

メロウな曲ではカバーではあるが "Hushabye" がもう、聴いていてどうにかなってしまうんじゃないか、というくらい美しくて。コーラスは無論のこと、バックのアレンジも素晴らしい。ドラム、ベース、ピアノくらいしか入ってないようだし、シンプルな演奏なのだけれど。曲のはじめのところ、ベースが入ってくる瞬間や、ピアノが単音のフレーズからコード弾きに変わるところなどゾクゾクさせられる。
中間部のマイク・ラブのナイーヴなヴォーカルもいい。と、いうか良くないところのない名演。

このアルバム制作の後、しばらくしてブライアン・ウィルソンはツアーから離れてしまい、ビーチ・ボーイズの音楽は徐々に内省性を強め、アレンジも複雑化してゆく。
「All Summer Long」はそうなる以前の、アメリカの若者が抱く憧憬が屈折なしに表現された最後のアルバムということだ(表題曲が映画「アメリカン・グラフィティ」の最後に使われたことは象徴的)。ビーチ・ボーイズとしてはサーフ・インストが収録された最後のアルバムでもある。

ロックンロールに楽観性が生きていた時代。それゆえか、勢い一発のような曲もある。けれど現代においてその出来を云々するのも見当外れかもしれない。
ひたすら無垢、というより無邪気な音に打ちのめされればいいと思う。

2009-08-05

Freda Payne / Band Of Gold


フリーダ・ペインがインヴィクタスからリリースした音源を、コンプリートで収めた2枚組CDが最近英エドセルから出ました。2001年に英サンクチュアリから出た同趣向のものも僕は持ってるのだけれど、そちらは曲順がオリジナルアルバム通りではないので、新たに購入。まあ、お金の無駄遣いですね。あと、同時にチェアメン・オブ・ザ・ボードの全音源を収めたものも出たので、ダブリ上等でこちらも購入。ちょっとでも音が良くなってれば、という言い訳を自分自身に対してしながら。ああ、無駄遣いだともさ。

「Band Of Gold」はフリーダ・ペインが1970年に、インヴィクタスからでは最初にリリースしたアルバム。
モータウンから独立したホランド=ドジャー=ホランドが設立したインヴィクタスおよびホット・ワックス。フリーダ・ペインはそこにおける新たなダイアナ・ロスであったのかな。
彼女はインヴィクタス以前にはジャズを歌っていたそうで、なるほど聴いていても、それほどソウル的な力感を感じるヴォーカルではない。けれど、可愛らしい声でしっかり歌っていて、好感が持てます。気張ると却って子供っぽく響くのだけれど、それも悪くないです。ちゃんと伝わってくる。

音のほうはモータウン時代のH=D=Hのアレンジの流れを汲みながら、ミックスではストリングスの音量控えめ、リズムが強めのすっきりした仕上がり。あと、'60年代のものと比べるとやや曲のテンポが抑えてあって、ミディアムであってもちょっと踊り難そうかな。けれど、フリーダの発声のはっきりした丁寧なヴォーカルが映えるテンポではあります。
楽曲もポップでキャッチー、いい出来のが揃っていて、H=D=Hが彼女に力を入れて売り出そうとしていたのが判ります。

このアルバムより後のものでも良い曲は入ってるのだけれど、音のほうがデトロイト・ノーザンの溌溂としたスタイルではなくなってきているので、個人的にはやはり「Band Of Gold」の新しいものが始まるような勢いが好みです。
ソウルのリスナーよりもガールポップのファンに勧めたい作品。