2010-07-25
Astrud Gilberto and Walter Wanderley / A Certain Smile, A Certain Sadness
時は1966年、アメリカのボサノヴァブームがピークにあった頃の作品なり。
このCDは結構前に買っていたんだけど、あまりの唄の下手さに、数回聴いたきりで放置してました。
最近になって久しぶりに聴いてみても、遅れたり突っ込んだりを繰り返すヘナヘナのボーカルに、こりゃヘタウマとかいうレベルじゃないよな、という気はしたんだけれど。めげずに何回も聴いているうち、ポルトガル語で歌っている曲は比較的ましだ、ということに気付いたのね。英語がうまくないだけなのかと。
で、アストラッド・ジルベルトの唄がアメリカでどのように受け入れられていたのかを、想像してみたんだけど。我が国でも大昔、海外のスターがたどたどしい日本語で歌うレコードが出されていたけれど、要はあれの米国版なのかな、と。
そういう風に考えるうちに、この唄が近しいものに感じられてきて、明らかに下手ではあるけれど、それも余り気にならなくなってきました。
さて、もう一人の主役ワルター・ワンダレイでありますが。ヴァーヴでの前作「Rain Forest」同様、しゅこしゅこいってます。もともとオルガンという楽器の音は輪郭がはっきりしていないのに、さらにエコーを深く掛けてソフトな感じを出している(ここら辺はアーティスティックな商売人、クリード・テイラーの意向かもしれないけれど)。フレーズをはっきりさせるためか、一音ごとにスタッカートを効かせるようにして弾いていますが、ときにバタバタした感じも受けます。
まあ、全般に演奏はそつがない唄伴という感じで。数曲で聴けるピアノもフレーズを詰め込まないものであって、ラウンジ音楽っぽい。
ジョアン・ジルベルトがギターで参加してるという話ですが、だからといって、どうということはないです。
ボサノヴァ曲もジャズナンバーも全て同じ鋳型に嵌めて聴かせるプロダクション。これは異邦人のポップシンガーのためのアルバムだ。
2010-07-17
本格ミステリ作家クラブ 選・編「本格ミステリ'10」
この年間アンソロジーも十年目か。
法月綸太郎 「サソリの紅い心臓」 ・・・ 事件の関係者の直接の描写がなくデータは全てが伝聞で与えられる、ガチガチのパズルストーリー。けれども、書き振りにゆとりがあるせいか息苦しいものになっていないのは、流石。 限られた容疑者の中からロジック操作でもって真犯人を絞り込む、その手つきの冴えが見どころ。
山田正紀 「札幌ジンギスカンの謎」 ・・・ 限られた紙幅のなかに、これでもか! というくらいのアイディア・奇想が詰め込まれていて、圧倒される。ただ、色々ぶち込みすぎたせいか、手掛かりや推理には無理が感じられるし、小説としてもゴタゴタしているような。ベテランらしからぬ稚気は嬉しいけれど。
大山誠一郎 「佳也子の屋根に雪ふりつむ」 ・・・ まるで戦前の探偵小説のような、書割りのような作品世界での不可能犯罪。大山誠一郎を読むのは久しぶりだけれど、まったく作風にブレがない。マニアによるマニアのための小説かもしれないけど、それをよしとするだけのレベルにはあると思う。
黒田研二 「我が家の序列」 ・・・ この作家が得意とするミステリと人情噺を絡めたもの。隠されていた構図は結構読めてしまうけれど、その分、小説としてのまとまりがあります。現実的な舞台でのいわゆる日常の謎が、不思議とおとぎ話のように感じられる締めくくりがいい。
乾くるみ 「《せうえうか》の秘密」 ・・・ 暗号もの、それも凝りに凝った。キャラクターは爽やかな学園青春作品なのに、一般受けはしそうにないややこしい作品ではあります。判りやすく、しかも面白い暗号ものというのは難しいのだろうな。ところで、この京都弁は微妙な笑いを狙ってると思うのだけど。
梓崎優 「凍えるルーシー」 ・・・ これは再読でしたが、驚愕の真相に異様な動機、それを大胆に潜めるテクニックと、やはり大した新人が現れたという感に変わりはないですね。探偵役の勘が良過ぎる気はするが。
小川一水 「星風よ、淀みに吹け」 ・・・ SFプロパーによる、かっちりした近未来フーダニット。犯行方法の意外性が素晴らしいですが、ミステリ的なケレンが弱いため、このアンソロジーで読むと損をしているような感じも。
谷原秋桜子 「イタリア国旗の食卓」 ・・・ 毒殺トリックの新たなバリエーションが楽しめます。トリック実現の困難さを小道具や細かい手掛かりでもって丁寧にカバー。小さな点どうしを結んでいくうちに、いつのまにかありえないような場所に到達する、というのも探偵小説の醍醐味のひとつであります。
横井司 「泡坂ミステリ考 - 亜愛一郎シリーズを中心に」 ・・・ 評論ですが、個人的には社会状況の中でミステリがどのような意義・効果を持ちえるのか、的なことには全く関心が沸かないのね。批評的な人間じゃないもんで。
前年の『本格ミステリ'09』を読んだときはそろそろマンネリかな、という気がしたんですけど、今回は安心して読める作品揃いながら、ちょっと新味もあって持ち直した印象。けど、収録作品数は今までで一番少ないんだよな。
2010-07-16
アガサ・クリスティー「ゴルフ場殺人事件」
クリスティのボアロもの、第二作です。デビュー作『スタイルズ荘の怪事件』には先行する探偵小説の形式を意識したような堅いところがありましたが、この二作目にはそういう部分は既になく、早くもクリスティのスタイルは完成しているような感があります。
表面的な事件そのものはシンプルなのに、複雑に絡みあったプロットはちょっと先が読めないもので。そして、物語中盤で明かされる隠された構図、そのアイディアは大したものであり、こんなにあっさり出してしまっては勿体無い、と思わせるくらいでありますが、その後も事件が発生、どんでん返しがあるなど、後半部分はまさに巻を措くあたわず、の展開が楽しめます。
また、ヘイスティングズの惚れ病が発症して意図的に捜査を妨害したり、尊大なライバル探偵が現れ、ポアロのプライドに火をつけるなどの味付けも充分。
謎解き面では奇妙な手掛かりの数々がチェスタトン的であったり、クイーン風であったりで実に楽しいです。特に、現場に落ちていた腕時計が二時間進んでいたことからの推理の流れが素晴らしい。プロットが入り組んでいる分、ポアロによる絵解きのシーンは丁寧で、かなりの紙幅が割かれているのも嬉しかった。
純粋に推理の醍醐味が楽しめる力作でした。
2010-06-26
フィリップ・K・ディック「未来医師」
残り物には福が、とはいかないようで。雑誌に載った中編を版元の要望によって書き伸ばしたこの長編、作者本人があまり評価していないだけでなく、ディック評伝を手掛けた評論家は十段階で「一」としているらしい。
まあ実際読んでみても、小品といって間違いないです。
設定やテーマの掘り下げは深いものではないし、キャラクターも陰影豊かとはいえない。
そうしたものが剥ぎ取られて、しかし残ったのはSF作家としての独特のセンスです。
どうしてこうなってしまうのか、という捻れたプロット。
奥行きのない、薄っぺらで軽く、それゆえに非常に魅力あふれる質感の世界。
でもって、抜群のストーリーテリング。後半のスピード感ある展開、あっと驚く真相はどうだろう。
タイムトラベルものとしてのまとまりも悪くないぞ、うん。
この作品でしか味わえないようなものはありません。が、純粋なエンターテイメントとして書きとばされたが却って、ファンなら評価とか関係なしにディックらしさを愛でることができるんじゃないかしら(ファンじゃないひとには勧めませんけど)。
2010-06-17
アガサ・クリスティー「秘密機関」
とりあえず驚いたのが、キャラクターが元気なこと。この作品では主人公2人がまだ若い設定であり、作者自身もまだ30代はじめだったこともあってか、ポアロやマープルものにはないエネルギッシュさ。とにかく無駄口を含めてよく喋りよく動く。ちょっとクレイグ・ライスみたいですね(時代は逆だけど)。
作中、解くべき謎はあるのですが、これは謎解き小説ではなく冒険ロマンス活劇でありまして、行動とともにストーリーが動いていきます。ポアロやマープルは物語の最後の方まで考えていることを内緒にしていますが、トミーとタペンスは何度も間違えたり、危険な目に遭いながら進んでいくのですね。
ミステリとしては、主要な登場人物が限られているため、先を読もうとすればある程度は見当がつくのですが、それでもクリスティらしいツイストもあって。技術的に後年の作品ほど洗練されておらず原初的ゆえ、とても強烈なミスリードがたまりません。
設定等はかなり古めかしく、大味なところもありますが、これらは今となってはノスタルジックな味わいとなって逆に楽しかったですね。
ユーモラスでサスペンスフル。若きクリスティの手によるサービス満点の娯楽編なり。
2010-06-15
Inner Dialogue / Inner Dialogue (eponymous title)
両方ともジャケットの印刷はやや淡く、コーティングは無し。デザイン自体はアナログをそのまんま起したもののようで、リイシューレーベルの名前さえ記載されていないのが、逆にちょっと引っかかる。
ファーストには歌詞カードが付いてますが、これはアナログ付属のものを元に作られたようです(復元ではない)。また、セカンドの「Friend」にはグループの中心人物による回想記がついているのですが、これは2001年にRGFというところからファーストがCD化された際に付けられたものと、全く同じ文章でした。
肝心のCDの音のほうはまあ、特段にクリアというわけでもないが、悪くもないといったレベルでありますね。
ファーストの「Inner Dialogue」は1969年リリース、鍵盤を中心にしたちょっとジャジーな、ポップスというには商売っ気が足らず、イージーリスニングにするには癖が強い、そんなアルバムであります。フリー・デザインを引き合いに出されることもありますが、こちらの方が密室性が感じられ、ひんやりとした雰囲気がありますね。
女性二人のヴォーカルが、澄ましてるんだけれど可愛げがあって、今回聴きなおしていて、バーバラ・ガスキンを連想したりしました。
さて、今回初CD化の「Friend」(1970年)の方ですが、これはファーストとはだいぶ違いますね。
フォークロック調の曲が多くなり、アレンジは全体にドラマチックで。ファーストではしれっとしていたヴォーカルも、ここでは感情を込めて唄い上げる式のものになっております。美麗なコーラスを聴かせる曲もあるんですが、可愛さはやや減退、といったところですか。
ファーストアルバムと同じようなものを期待しなければ、中には結構出来のいい曲も入っていて、ポップスとしてはそう悪くないのですが、このグループならではの個性があまり感じられなくなったようでもあり、ちょっと残念。こちらはソフトロックマニアなひとには勧められませんねー。
2010-06-13
Robert Lester Folsom / Music And Dreams
帯には「First authorized CD reissue ~」云々とありまして。そうすると、十数年前に我が国独自にCD化されていたものは、権利をクリアしないパイレート盤だったということか、やはり。
デジタルリマスター&ボーナス2曲付きであって、古いCD持ってたひとも買い直しでしょう、これは。
改めて聴きなおすと、確かにアレンジは'70年代中期のSSW/フォークロックの流行を反映している。だけれど、印象は何だかとってもピュアで。
アコースティックギター、エレピ、シンセに素朴なボーカル。自主制作盤らしいラフさゆえ、アイディアやメロディの良さがストレートに伝わってくる。
サンシャインポップというにはあまりに曇り空なメロウさ。
AOR化したニール・ヤングという趣もあって、"See The Sky About To Rain" あたりを思わせる瞬間も。
こういう音楽は騒ぎ立てずに、時々引っ張りだしてはこっそり浸る、というのが正しい鑑賞方法のようでもありますね。