2011-01-14
Lisa Miller / Within Myself
イエロー・バルーンのアルバムをリリースしていた、カンタベリー。ごく短命なレーベルであって、アルバムは三枚しか出ていません。そのうちの一枚が、リサ・ミラーの「Within Myself」(1968年)です。
ジャケット写真からは分かりにくいかもしれませんが、彼女はこのときまだ11歳の子供でありました。
リサの母親のケイ・ルイスと伯母のヘレンはルイス・シスターズとして1950年代後半からレコードをリリースしていたのだが、'60年代にはモータウンと契約し、スタッフ・ライターとしても活動していたそうな(マーヴィン・ゲイの残した "This Love Starved Heart of Mine" も二人の書いた曲です)。そのつてもあって、リサも8歳の頃からモータウンで録音を始めていたらしい。
で、この「Within Myself」というアルバム、プロデュース及び作曲は母姉妹の手によるものですが、オーソドックスなつくりの佳曲揃い。ところどころサイケ時代を反映したようなカラフルさも散らしてあって、飽きさせません。
ミディアムの乗りのいいものは、いかにもモータウン風。ソウルっぽいガール・ポップという点で、むしろ同時代のイギリスに似たようなものを見ることができるかも(ほら、怠惰なライターが「モッド・ガール」とか書いてるようなやつね)。
スロウの方でも、一曲の中で強弱のコントラストをつけ、変化に富んだものになっており、しっかりとアレンジが考えられていますよ。
また、カバーが3曲入っているのですが、中ではルルの "To Sir With Love" が特に気に入りました。原曲よりテンポを上げ、よく動くベースも気持ち良く、格好良い仕上がり。サビでストップ・タイムになり、一瞬ハープシコードが入るところなど小技も効果的です。
さて、肝心の歌の方なんだけれど、なかなかどうして。力のある声で堂々とこなしていて、緩急もしっかり。これ、言われなければ子供の歌とは思わないんじゃないかな、とさえ思いました(もっとも、かなりコンプレッサーを強くかけている感じにも聞こえるが)。
キッズらしいものを期待するとちょっと違うかもしれないですが、しっかりと作られ、アレンジに技の感じられるガールポップでありました。ドラムもいいしね。
ところで、ボーナストラックにはアルバムよりちょっと前にでたシングル曲が入っているのだけど、これを聴くと声に子供らしさがだいぶ残っていて線も細く、かなり違った印象です。つまり、アルバムのほうでは声を相当太くなるように加工しているのだな、やっぱり。
2011-01-11
G・K・チェスタトン「四人の申し分なき重罪人」
四つの中編を連作風にまとめた一冊。
各編、プロットは探偵小説らしいのものなのですが、それは短編を支えるぐらいの内容で、その分キャラクターが饒舌であって、独特の道徳観や文明批判が強く出ています。といっても堅苦しくはならず、あくまでユーモラスな娯楽読み物として仕上がっているのですが。
ブラウン神父譚でもお馴染みの善悪の入れ替わりや、物語の最初のほうで示されたあるモチーフが後半になってより大きな形で反復される、などのチェスタトンらしさはここでも健在。そして、価値の転倒を引き起こす独特の逆説ももちろん。
中編として紙幅の余裕があるせいか、じっくりとした筆致で思想や事物の極端化・抽象化が強烈に進められ、どの作品も現実感は希薄であります。
風景や出来事は詩的あるいは幻想的に描写され、事物の形は揺らぎ、曖昧になっていき、ついには登場人物の意識まで侵食するようで、そこでは何でも起こりうるような印象さえ覚えます。
そうした混沌の世界が入念に醸成されるからこそ、理性が際立ち、奇妙な論理が光り輝くのでしょう。
チェスタトンを読むことは独特の体験であります。他の何にも似ていないゆえ、一般的なミステリ読みで未だその作品に触れたことのないひとには、受け付けない一冊かも知れません。まずはブラウン神父シリーズから入るが吉ででしょう。
The Turtles / Happy Together
タートルズ、1967年リリースのサード・アルバム。
タイトル曲の大ヒットはこのグループの音楽性を、それまで元気のいいロックンロールからソフトサウンディングなものへと一気にシフトさせるきっかけとなった。いま、改めて聴くと "Happy Together" は良い曲なんだけど、ロックンロールコンボにとってはジョーク寸前なくらい、おセンチで大げさなものであるね。特にボーカルの二人の、後のフロー&エディーとしての活動を考えると。
全体に、フォークロックと出番をわきまえたオーケストレーションの組み合わせが絶妙で、温かみがあり丁寧に作られたポップアルバムであります。
タートルズというバンドは、メンバーのオリジナル曲はややキャッチーさに欠けるのだが、外部ライターからの選曲が優れている。
冒頭の "Makin' My Mind Up" はスパイラル・ステアケースの優れたバージョンがありますが、タートルズはハンドクラッピングを交えつつ、変化に富んだコーラスなどで更にメリハリをつけていて、こちらも良い出来。
また、タイトル曲を書いたゲイリー・ボナー&アラン・ゴードンは他にも二曲提供していて、中では "Me About You" がいい。この曲はラヴィン・スプーンフルやモージョー・メンも取り上げていますが、タートルズのものが一番良いと思う。
このアルバムで僕が一番好きなのは "Too Young To Be One" という曲。グリニッジ・ヴィレッジ界隈で活動していたらしいエリック・アイズナーというひとが書いた曲で、ジェントルなボーカルに穏やかな管弦が素晴らしい、青く美しいフォークロック。間奏でテンポダウンするところなど凄くお洒落。
演奏はスタジオ・ミュージシャンによるものだろうけれど、優しさと激しさを併せ持つボーカルが(少し意外なほど)表情豊か。あと、コーラスもそのアレンジの多彩さも含めて非常にうまいですね。
2011-01-02
アガサ・クリスティー「ポアロ登場」
クリスティにとって最初の短編集はエルキュール・ポアロもの。
原題も "Poirot Investigates" と非常にシンプル。
短編として考えても短めのものが多く、謎解きとして手がかりは十分とはいえず、ロジックは緩いし、ちょっと無理があるんじゃ、というものも。ミスリードもごく分かり易いものだ。アイディアとしては優れたものが多いので、もっとじっくり書き込めば結構なものができたのでは、と何度も思わされた。
とはいえ各作品に変化をつける工夫はなされているし、必ず意外性の演出が凝らされているのはさすが。また、ポアロのうぬぼれが強く、綺麗好きなキャラクターが戯画的なまでに誇張されて描かれているのも面白い。
いくつかの作品では明らかにシャーロック・ホームズ譚をお手本にしてあります。書き出し、もしくは締め方がそっくりであったり、舞台設定を借りたものもあり、盲点をつくパターンを踏襲した節も。果ては、ある有名作品の決め台詞をもじったようなものまであって、思わず笑ってしまった。
中では冒頭を飾る「〈西洋の星〉盗難事件」が一番長さがあり、読み応えがあった。
これもホームズ譚をなぞったような出だしなのだが、ポアロの事件との関わり方に非常に大胆な仕掛けがあって、これを短編集のいきなり最初に持ってきていることにちょっと驚いた。
ヘイスティングズのミスがプロットに捻りを与える役割を果たしており、それを見越した上でのポアロの独走、という長編でもお馴染みのスタイルが楽しめます。
正直、現代の目から見ればミステリ短編集としてはちと喰い足りないですが、どの作品も幕切れが洒落ているのがクリスティならでは、ということになりますか。
2010-12-29
レイモンド・チャンドラー「リトル・シスター」
村上春樹訳チャンドラー第三弾。『さよなら、愛しい人』のあとがきで次はこの作品を訳する、と知ったときはちょっと意外だった。創元社からの『かわいい女』のイメージがあったからだ(しかし、この本の帯には「翻訳権独占 早川書房」と書かれているな)。村上春樹は、清水俊二が翻訳を手掛けたチャンドラー作品を全部新たにやり直すつもりなのだろうかと思っていたが、「このあともマーロウものの翻訳を更に続けていきたいと思う」ということらしい。
僕はチャンドラーの作品は一応、全部読んでいるけれど、この長編はややこしすぎてあんまり覚えてないのです。
プロットの不備には訳者あとがきでも触れられているけれど、それ以上に比喩のやりすぎ感が強い。ファンタスティックで意味がよくわからないところもあるし、全然うまくないな、と思うところも多い。なんだか枝葉が出すぎて筋道がすっと頭に入ってこない。
また、独白が饒舌すぎてとてもハードボイルド小説とは思えないところもある。だれかに分かってもらいたくて仕方がないのに、自分からは心を開こうとしない孤独な男。彼のストイシズムは他人への甘えを「悪」と見なすことから来ているのか。
ついでに言うとディテールの書き込みにはリアリティがあるが、物語自体にはリアリティはまるっきり、無い。そして、事件の真相はこの作家の長編の例に漏れず、非常に入り組んだものである。「私はいかにももっともらしく見えるものごとは間に受けないことにしている」とそれまでとは別のレベルの「ありそうなこと」を語り始め、おおよそ誰にも見当が付かないような複雑な、しかし状況設定に対してはもっともふさわしい真相に辿り着くのだ。ここらへん、日本の現代ミステリに通じるところが大、だと思うのだが。
チャンドラーの個性が強く出すぎて、作品としてはバランスの悪いものとなった作品であります。だが、ファンであればそれだからこそ、愛でることができるのではないか。現代にわざわざチャンドラーの小説を読むのに、いまさら完成度を求めるひともいないだろう。
あと、村上春樹の仕事はすばらしい。『リトル・シスター』が『かわいい女』ではないのはもちろん、あとがきにも目から鱗、であります。
2010-12-12
Colin Blunstone / One Year
ゾンビーズは若い頃、結構気合を入れて聴いていましたが、解散後のメンバーの作品はそれほど熱心にフォローはしていません。時代が違って、サウンドも全然別になってしまっていて、あまり好みではなかったので。
コリン・ブランストーンのソロ一枚目「One Year」(1971年)は時々、その存在を思い出して引っ張り出します。正直、"She Loves The Way They Love Her"、"Smokey Days" は後年になって発掘されたゾンビーズのヴァージョンの方がいいし、"Misty Roses" もティム・ハーディンのオリジナルにはかなわない、とは思う。けれど、アルバム全体の流れが凄く良いのですね。丁寧に作られた感じで、通しで気分よく聴いていられる。
プロデュースはクリス・ワイトとロッド・アージェント、ゾンビーズ時代の仲間であります。演奏もバンド形態のものはアージェントのメンバーが担当しています。他にはクラシカルな室内楽団をバックにした曲が入っていて、実はこちらの方がずっと好みなのだな。エルヴィス・コステロが「Juliet Letters」を出したときには、この「One Year」を連想したものですよ。あくまでポップソングだけれど、せいぜいアコギくらいで後は無理にロック的アレンジを混ぜようとしなかったのが吉と出ていますな。
個人的に一番好きなのはラストを飾る "Say You Don't Mind"。跳ねるリズムに美しいメロディ、ストリングスとの調和がいい。ボーカルの表情の使い分けもいい感じで、最後で裏返るところなど、たまらない。デニー・レインのオリジナルもそのうち聴いてみたい、とずっと思っているのだが未だ果たせないでいる。
声とサウンドが絶妙の相性を聴かせるこのアルバム、他にない個性を湛えた愛すべき一枚ですな。この季節、しみるねえ。
有栖川有栖「長い廊下がある家」
火村英生ものの短編集。
冒頭にあるのが表題作「長い廊下がある家」、これが100ページちょっとで一番長い作品。特異な舞台設定の不可能犯罪であって、いかにも本格ミステリといった感じですが、読みなれた人ならトリックの見当は付いてしまうかも。捨てトリックはその分、大げさで何だか面白く、手堅いだけのお話になりそうなところを救っている感。
また、ちょっとありそうにない話に出来るだけリアリティを持たすためのプロット、状況が丁寧に作りこまれているのが良いです。決め手になる物証の冴えはこの作家ならでは。
「雪と金婚式」ある人物が殺人事件の犯人の見当がついたのだが、事故で記憶を失ってしまった。はたして警察も苦労している事件を解決できた、その手掛かりとはなんだったのか。一捻りある趣向です。
条件が限られているので意外性は無く、軽めのお話なのですが、綺麗にまとまっています。ええ話や。
「天空の眼」火村准教授が出てこず、普段はワトソン役であるアリスが思いつきを繋げるようにして謎の真相に迫っていく。グーグルアースで何気なく事件現場に当たっているうちにヒントを掴む、とかこの作家らしいな。意外なプロットの展開が良いね。
「ロジカル・デスゲーム」比較的緩めの作品が続いたところで、この短編では火村自身が頭のイった人物に拘束され、自殺ゲームを強要されるという緊迫した状況。3つのグラスに注がれたオレンジジュース、うちひとつには致死量の毒が入れられており、どれかを選んで飲み干さなければならない。心理的な駆け引きを交えつつ、どうやって解決策にたどり着くか。
ガチガチのパズルの中で意外な抜け穴を突いた、この本の中では一番の佳編。
各編、本格ミステリの枠組みの中でバラエティを凝らし、水準はクリアしているのですが安定感がある反面、やや食い足りないか。表題作意外にも、もう少し長めの作品が欲しかったというのが正直なところ。ねちっこいロジックのものが読みたいですな。
登録:
投稿 (Atom)