2012-10-22

大山誠一郎「密室蒐集家」


『アルファベット・パズラーズ』『仮面幻双曲』と、戦前の探偵小説家を思わせる世界感の作品をものしてきた大山誠一郎。その新作は密室殺人を扱った短編集です。

「あの、密室蒐集家ってどなたですか」
「いわゆる『密室の殺人』が起きると、どこからともなく現れて解決すると言われている謎の人物や」
ユーモア交じりでも何でもなく、大真面目な会話だ。この作者のものを今まで読んだことがなくて、これが受け入れられない人は向いてないかも。リアリティ? 人間を描く? 物語性?――いやいや、スッカスカだよ、潔いほどに。
手掛かりが全て提示されたら、すぐに謎解きが始まってしまう。小説家としての成熟を犠牲にして維持され続けたアマチュアリズム、これこそが魅力だ。

密室の趣向が一つ一つ違うのは当然として、密室状況が存在するという事実そのものに特別な効果を持たせたものもあって、なかなかに(ミステリとしては)現代的。
そして何より盲点を突き、いつのまにか倒錯の域へとずれていくロジック、その異様さが素晴らしい。本当は探偵が作者の代弁者で無い限りはそこまで断定できるはずがないのだけれど、短編としてなら成立しているというスタイルで。推理とともに事件の構図が反転していくスリルもたまらんねえ。

個人的なベストは「少年と少女の密室」かな。あるトリックの意外な使い方が新本格テイストで嬉しくなってしまった。
ゴリゴリのパズラーを読む喜び、ここにあり。

2012-10-21

Little Beaver / Party Down


マイアミのギタリスト/シンガー、1974年リリースのサードアルバム。

ゆったりとしたテンポに乗せて展開されるジャジーな和声感、メロウさを強調する鍵盤にブルージーでしなやかなギターの絡み。都会的な感覚といなたさの絶妙なバランスはマイアミ、という地ならではか。
リトル・ビーヴァーのヴォーカルは悪くないものの、本人が自分で思っているほどはうまくない、といった感じ。味のある声ではあります。

冒頭のタイトル曲 "Party Down" が群を抜いて素晴らしい。ざわめきによる演出も効果的に、パーティの終わり、というタイトル通りの雰囲気が描き出される。湿度を感じさせながらけだるくも心地いいサウンド。リトル・ビーヴァーの唄もここでは哀愁たっぷり、見事に決まった。
続く同曲の (Part Two) はインストヴァージョンで、高音を絞ったような丸みのあるギターが控えめにリードを取る。バックトラックだけでもずっと聴いていられそうな、いいグルーヴです。

他では "I Can Dig It Baby" が同じようにメロウながら、しっかりしたファンクとしても仕上がっていて、これも凄く好み。

最後に語りも入って、徹底してロマンティックに迫った "Let's Stick Together" でアルバムが締められると、いかにも軽いようでありながら後味は強く残る音楽だ、ということに気付かされる。一枚通して聴いても30分ちょっと、という短さも実はちょうどいいのかも。

2012-10-19

Donovan / The Hurdy Gurdy Man


1968年リリース。ドノヴァンがミッキー・モストと組んだアルバムの中ではこれが一番好きかな。
すっきりとして風通しがいいんですよ。これ以前にはまだ、陰鬱なフォークソング、ごてごてした管弦を背負った弾き語り曲なんかが幅を利かせていたのだけれど。このアルバムはなんか吹っ切れているようで、ドラムの入った曲の比率がだいぶ多くなっていますし、色々とポップな味付けはされていても整理がいいというか、それまでと比較して少ない工夫で大きな効果が上がっているという感じで。

冒頭に置かれた "Hurdy Gurdy Man" なんか、メロディだけ取ると展開に乏しい鼻歌みたいなもんですが、この曲にヒット性がある、と考えたミッキー・モストは偉かったんだ。エッジを効かせたバンドサウンドやタンブーラ、エコー処理でもってポップソングになっているのだから、本当、プロダクションの勝利ですよねえ。
もう一つのシングル "Jennifer Juniper" も童謡のような曲に、柔らかで控えめな管弦がちょうどいい塩梅です。
その他には、ジャジーなものやカリビアン風メロディ、もろインドかぶれの曲などあってヴァラエティにも欠きませんが、全体に軽やかな仕上がりが好ましい。
そして、アルバム終盤には穏やかで優しいアコースティックな手触りのものが並んでいて、流れも良いですね。
アルバム「Sunshine Superman」だけ聴いて、なんか古臭いなあ、眠くなってくるなあ、なんて思ったひとには試していただきたいな、と。

あと、現行CDのボーナストラックの中には「Greatest Hits」(1969年)のために再録された "Colours" と "Catch The Wind" も入っているのだけれど、これらも素晴らしく、当時のドノヴァン&モスト組の充実ぶりが伝わってきます。特に "Colours" は小船に揺られながら川を下っているような雰囲気がとても良くって、ニック・ドレイクを思わせるところもありますね。

2012-10-14

パトリック・クェンティン「俳優パズル」


パズルシリーズの第二作です。この作品は昔、旧訳で読んだことがあるのだけれど、そのときはあまり印象に残らなかったのだな。エラリー・クイーンの「国名シリーズ」の向こうを張った「パズルシリーズ」だと聞いていたので、さぞや凄いパズラーだろうと期待していたのがいけなかったか。

病気からの回復を果たしたピーター・ダルース。演劇プロデューサーとしての復帰をかけた舞台のリハーサルはしかし、最初からトラブル続き。ひとくせある俳優たちに、曰くある劇場。幽霊が目撃され、悪意ある何者かからの脅迫めいたメッセージが見つかる。そして、ついに死者までもが。

とにかく凄くテンポがいい。次々に過去の因縁や、意外な人物の繋がり、奇妙な謎が掘り起こされていきだれることが無い。そういった事件の解決に対する興味と同時に、舞台の成功を脅かすサスペンスが進行することでぐいぐい引き込まれて、まさに巻を措くあたわず。
また、ダルースをめぐる状態はかなり悲観的なんだけど、軽味を失っていないところも良いです。

そして、レンツ博士の古典的な名探偵ぶりは前作『迷走パズル』と比べてもずっと際立っていて。物語の進行に伴い、不可解な謎をひとつひとつ解いていく姿は堂々たるものです。
それでも事件全体を貫くものが明らかにされないまま迎えるクライマックス、このプレゼンテーションが実に鮮やか。ドラマ部分と謎解きがぴたり、と嵌った格好良さはグレイト!、のひと言。

大トリックや精緻なロジックはありませんが、非常にうまく組み立てられたミステリでした。面白かった。

2012-10-09

Betty Wright / I Love The Way You Love


ヒット曲 "Clean Up Woman" を収録したベティ・ライトのセカンドアルバム、1972年リリース。
制作はマイアミで、クラレンス・リードやリトル・ビーヴァーが中心になっており、曲も二人のいずれかが書いています。

とにかくキャッチーなメロディのものが揃っていて。中でも "If You Love Me Like You Say You Love Me" という曲は'60年代モータウンを思わせるし、スロウの "I'm Gettin' Tired Baby" でも展開には一捻り。
その他、ファンキーで乗りのいい "All Your Kissin' Sho' Don't Make True Lovin'"、南部風の "Pure Love" などアレンジのヴァラエティも上々。
唯一のカバーがビル・ウィザーズの "Ain't No Sunshine" で、オリジナルのイメージをしっかり残しながらも、ぐっとメロウなテイストを付け加えることに成功していて、これも良いな。

この頃、まだベティ・ライトは十代であったのだけれど、デビューが早かったこともあってか、既に堂々とした唄いっぷりを聴かせてくれます。ポップな題材との相性も良かったのだろう、若々しい勢いは感じさせながら、それが拙さに繋がっていない。

個人的なベストは "I'll Love You Forever Heart And Soul"。美しいトラックとテンション高めの歌唱の組み合わせがアリス・クラークにも通じるようでありますよ。

2012-10-08

エラリー・クイーン「フランス白粉の謎」


しかし――」その言葉は、すさまじい勢いで皆に襲いかかった。「――実はもうひとつの推理も引き出されるのです――ただひとりを除いて、すべての容疑者を一気に除外してしまう推理が・・・」眼に炎が燃え盛った。声からかすれが消えた。エラリーは慎重に身を乗り出し、机の上に散乱する証拠品越しに、彼自身の引力でもって一同の注意をしっかりとひきつけた。「すべての容疑者を――ひとりを除いて」ゆっくりと繰り返した。

国名シリーズ新訳の第二弾です。
もう何度も読んでいる作品なのであるけれど、うん、やはりいいですね。

最初の100ページほどを占める第一部ではまだデビュー作『ローマ帽子の謎』がそうであったように、警察小説としてのフォーマットが守られているようだ。クイーン警視による尋問の様子は事細かに描写されているし、捜査に上役からの横槍が入ったり。
それが第二部に至ると、アマチュア探偵エラリーが友人をワトソン役に立てて、独自に現場を調査する。ここに至って本格ミステリとしての興味が俄然高まってくるし、前作『ローマ帽子の謎』にあったような構成上の単調さが回避されている。『ローマ~』の実質的な主人公がリチャード・クイーン警視であったのに対して、ここからがエラリーが中心となった物語なのだ。

死体の奇怪な出現による発端から次々に事件の主眼が動いていく展開も見所。そうしたプロットの充実が都会的な設定に見事に落とし込まれていると思う。
ロジックには後の作品と比較すると蓋然性に寄りかかったような箇所が目立つのだが、推理そのものによって生み出されるドラマが素晴らしい迫力で、これこそがクイーンの真骨頂だ。

もったいぶった気取りさえ、二十代半ばの作者の手によるものだと考えるとチャーミングに思える。実に洒落ていて、最高に心地の良い手触りにはしかし、僕が好むような読み物は現代では既に死に絶えたものである、ということを思い知らされるようでもある。

次作『オランダ靴の謎』は2013年刊行予定、ということなのだが、ひょっとして年一冊のペースなのだろうか。

2012-09-24

ジェデダイア・ベリー「探偵術マニュアル」


常に雨が降り続ける都市の探偵社、そのベテラン記録員アンウィンはある日突然に、探偵への昇格を命じられる。そして、何かの間違いでは、と上司を訪ねたところで死体を発見してしまう。渡された「探偵術マニュアル」と眠り病の助手を頼りに事態の収拾に努めるうち、アンウィンはいつしか奇怪な陰謀の中に巻き込まれていく。
・・・と書くといかにもミステリっぽい筋立てでありますが、これはファンタジー作品と言ったほうがいいかな。

もういい年のはずなのに少年のような心を持つ主人公アンウィン。不条理感漂う探偵社のルール。夢遊病者が集まるパーティ、カリガリ・サーカス、町中からかき集められた時計。そして伝説の怪事件。
キャラクターたちはそれぞれが裏の顔を持ち、謎めいたセリフを残していく。
どう進むつもりなのか見当がつかない展開には本当、わくわくさせられる。

事件の全容が明らかになっていく後半の雰囲気は、ほのぼのしたフィリップ・K・ディックといった感じで、繰り広げられる奇妙なイメージが魅力的です。

一方で、ミステリとしての筋道がこの作品をしっかりとエンターテイメントの枠内に落とし込むことになっていて。拡げた風呂敷はきっちり畳まれている、というわけ。
博物館の中で開陳されるチェスタトン的なトリックには、思わず頬が緩みました。

ジャンルにこだわらずに面白いものを読みたい、というひとにはいいでしょう。
BGMは10ccの「How Dare You!」というところで。