2013-03-18

松本寛大「妖精の墓標」


松本寛大、四年ぶりになる二作目。デビュー作『玻璃の家』を読んだときには「このスタイルだと量産は効かないだろう」と書いたのだけれど、本当にそのようだ。

前作はアメリカを舞台にしたモダンなミステリであったのに対して、今作の帯には「横溝ミステリーへの、超新星からの挑戦!」と書かれていて、ちょっと意外な感じを受けました。実際、地方の旧家における連続事件を取り扱っているのだから、それっぽい。
もっとも探偵役は引き続き、ボストンに住む心理学者のトーマ・セラで、妖精の幻覚を見る、という現象を脳医学から解いていく要素がひとつの柱をとしてあるわけで、ここは前作同様、島田先生いうところの「21世紀本格」ですな。

ノベルズで300ページほどの分量の中に本当にいろんな要素が詰め込まれていて、風呂敷を拡げている間の期待感は結構なもの。途中、これは空中分解するんじゃないの、と思いましたが、最後にはちゃんと有機的に絡み合うひとつのものとして収束させたのは本当、大したものです。ただ、奇想の光景を解き明かす「21世紀本格」とオーソドックスなミステリとしての部分の親和がもうひとつ、という感じは受けました。
また、トーマの推理は面白いのだけれど飛躍も多く、個人的には納得するのが難しいところも。伏線はあっても手掛かりには乏しいのだ。特に、登場人物の心理における説得力が弱く感じました。おかげで、明らかにされる構図は意外なものなのにさほど驚けなかった。
意欲は買うけれど、先生張りの豪腕を使うには早いんじゃない、という。

あれもこれも欲張りすぎてかえって読後感が薄くなったきらいがあります。じっくり書き込めば凄いものになったかもしれないけれど、惜しいな。

2013-03-15

Donald Byrd / A New Perspective


1963年、牧師の息子・ドナルド・バードによる、ジャズにゴスペルの要素を大胆に取り入れた意欲作、ということなのだが。
制作背景や時代的なコンテキストから切り離して演奏に接してみると、これはクール目のソウルジャズ。デューク・ピアスンによるアレンジの元、バードをはじめハービー・ハンコックやケニー・バレル、ハンク・モブレイらがごく淡々とプレイしている、ように聴こえる。とくにハンコックのピアノが良いかな。

やはり音楽をユニークなものにしている男女8人からなる太いコーラスの存在。もっとも、少しラフではあるけれど、スキャットのフレージングは普通のジャズコーラスにおけるそれに近いもので。実際、メンバーは普段教会で歌っているひとたちではなく、音楽学校の生徒から多く選抜されていたそうである。
崇高さよりメランコリックさが勝ったような印象の歌声は、ときに昭和映画の挿入歌を思わせるようなフックを生み出しており、結果としてコマーシャルというのとは違う意味での大衆性を獲得することになっているように思う。

これらジャズのイディオムで再構築されたゴスペルは、物静かな都会の黒人たちに向けて鳴らされたのであろうか。新しい時代のための、歌詞の無いソウル・ミュージック。

2013-03-04

フィリップ・K・ディック「空間亀裂」


1966年発表、原題は "THE CRACK IN SPACE"。クラックはダブルミーニングなのかと思ったけれど、そうでもなさそう。

中期ディックらしく、新奇なアイディアが次々に現れる。また、300ページちょいの話に30人ほどのキャラクターが登場。プロットの進行も乱暴と思えるほどに早すぎて、長編一本分の展開が物語の中ほどにくるまでに消費されてしまう。その分、深みとかはまるっきり無い。薄っぺら。

小説として破綻しているとか、途中で放ったらかしになるエピソード、なんてことを気にしていてはディックの作品は読んでられない。そもそもこの作家にとって現実というのがそういうものであったのだから。
ただ、この作品については元々が短編を引き伸ばしたものらしく、つぎはぎ感があからさまであって、整合性が弱い。危機はご都合主義の多用によって回避され、とってつけたような結末に至っては作中で、なぜこんなふうになったのかはわからないが、と断わられているほど。

面白くないわけではない。感動とか衝撃、あるいは斬新さなんてものとは無縁なだけである。
読んでいる最中はどこに中心となるテーマがあるのかがさっぱり見当がつかないし、予定調和からこれほどかけ離れた作品もそうないだろう。
脂の乗った時期のフィリップ・K・ディック、そのやっつけ作。

2013-02-25

S・S・ヴァン・ダイン「ベンスン殺人事件」


「ぼくのズボンがクリーニング屋に出してあるからといって、ぼくがクリーニング屋にいたってことになるかい?」

遂に出ました新訳ヴァン・ダイン、といっても実はヴァン・ダインは『僧正殺人事件』しか読んだことがないのだ。僕がミステリを読み始めた時分には既に、代表的な作品を除いては過去の遺物のような扱いだったのです。『グリーン家殺人事件』についてもある国内作家の作品や書評の中で犯人の名前をはっきり書いているものを目にしていたため、すっかり読む気が削がれてしまいました。
けれども一方でその作風が、初期のエラリー・クイーンや戦前における我が国の探偵作家たちに大きな影響を与えたらしい、という評判も目にしていたわけであって。新訳で出るなら読んでみよう、と思っていたのです。
で、どうだったかというと・・・。

警察による現場検証をしっかり書き込むところなど、なるほどこれはクイーンが踏襲したのだろうなあ、と。読み物としてもセンスが都会的であって、ちょっと洒落たユーモアが感じられます。この作品について言われた、一夜にしてアメリカの探偵小説を大人に、云々も肯ける。

純粋に謎解きとしてはどうかというと、現在の目からは厳しいというのが正直なところです。事件そのものは何の変哲も無いようなものであって、その解き方が肝心なわけなのだけれど、斬新なコンセプトを徹底し切れていない上、恣意的なところが目立ちます。
一方で、多重解決めいた趣向などは面白いですし、1926年の作品ということを考えれば凄い、ということになるのでしょうが。

大上段からかまされるはったりなど、いかにも古典らしく、そういった雰囲気はたまらないので、次作の『カナリア殺人事件』も新訳が出たら読むとは思います。
が、若い人にはお勧めしませんね。

2013-02-22

Terry Callier / What Color Is Love


テリー・キャリアー、カデットからの二枚目、1973年。プロデュースは前作「Occasional Rain」に引き続きチャールズ・ステップニーが担当。

非ソウル的な音作りという点では共通しているものの、「Occasional Rain」では小編成での演奏であり、時に実験的なアレンジが試みられていたのに対して、今作ではアコースティック・ギターの響きは残しながらも管弦がふんだんに取り入れられ、ドラマティックな作りに。展開が豊かになり、映画音楽を思わせる瞬間もあります。アルバム最後の曲は女性コーラスが入るものの、インストでありますし。

実際、普通のポップスファンがこのアルバムの多くの曲から連想するのはバート・バカラックやジム・ウェッブではないだろうか。特にタイトルになっている "What Color Is Love" やキャッチーな "Just As Long As We're In Love" のアレンジはとてもバカラック的であるし、この二曲やカントリー的な甘さを含んだ "I'd Rather Be With You" などはB.J.トーマスが歌ってもおかしくないのでは。
もっとも、そういったポップソングだけでなく、ペースを変えるようにファンキーなベースが効いた "You Goin' Miss Your Candyman" も格好良く決まっています。

全てテリー・キャリアー自身の手になる楽曲はますますメロディに磨きがかかり、ヴォーカルは前作同様に熱がこもっていながらも、よりストレートでくどさが気にならないものになっています。

と、いうわけでソウルのプロパーなリスナーには結構好みが分かれそうでありますが、ジャンルなんてどうでもいいわ、というひとなら黒人音楽版「A Tramp Shining」としてお勧めしたいな、と。

2013-02-17

Spinetta / Silver Sorgo


アルゼンチンのミュージシャン、ルイス・アルベルト・スピネッタによる2001年のアルバム。
「銀のもろこし」というタイトルはまるで宮沢賢治のようだな。

肉体性を感じさせるバンド演奏から人工的な箱庭ポップスまで、スタイルは自在に行き来するも、サウンド全体としては浮遊感を湛え、ヨーロッパ的なロマンティシズムを感じさせる、とてもメロウなもの。
一方、メロディからは英米のものよりはむしろ、日本のポップスに近いセンスを感じます。

冒頭に置かれた "El Enemigo" が良いです、凄く。透明な響きのギターとシンセサイザーの組み合わせは、'70年代中頃のトッド・ラングレンをアップデイトしたようである。そして、そこにニール・ヤングを思わせるリリシズムが炸裂する。極上のアダルト・メランコリック・ロックンロール。

また、"Abrazame Inocentemente" は下世話なアレンジにキャッチーなメロディのポップソング、なのに喚起するのはどうしようもなく切ない感情だ。
世界の中で迷子になってしまったよ、とっくに大人だというのに。

ひんやりした質感の音と甘いメロディの中で、発育不全な情感が溶けていく。
もう泣いたりはできないおっさんのためのモダンポップ。

2013-02-11

アガサ・クリスティー「ナイルに死す」


1937年のエルキュール・ポアロもの長編で、ナイル川を巡航する観光船をクローズド・サークルに仕立てた作品です。
クリスティの書いたミステリの中でも最も長いものだそうですが、そんなことは全く問題にならないくらい筋運びは滑らか、ただ登場人物が多いだけです。腹に一物ありそうな面々が実に手際よく紹介され、いかにもこれは伏線なんだろうなあ、というエピソードを盛り込みながらサスペンスが高まっていく。で、すっかり乗せられて気持ちよく読んでいると、不意打ちのようなタイミングで事件が起こる、この呼吸が鮮やか。

殺人の他に、高価な宝石の盗難、果ては政治犯までが絡んできて、ミステリとしての奥行きは充分であります。
また、作品の途中から『ひらいたトランプ』にも顔を出していたレイス大佐が登場、ワトソン役を務めるのだが、ヘイスティングズと比べて明敏であり、そのことによって今まで以上に踏み込んだディスカッションが可能となっているよう。

実を言うと、フーダニットとしては弱いのです。トリックには驚くようなものが使われていますが、相当に無理目。それを細かい伏線の数々によって押し切ってしまった感はあります。
ただ、メインの謎だけではなく脇筋もしっかり作りこまれており、一見錯綜していた構図が綺麗に収束していく手際はお見事としか。

物語る力が半端ないのに、そこには一切の強引さを感じさせない筆運びが素晴らしい。華やかで堂々たるエンターテイメント小説という印象を持ちました。