2013-04-21

ロバート・J・ソウヤー「ゴールデン・フリース」


地球と似た環境を持つと思われる惑星へと調査へ向かう巨大宇宙船〈アルゴ〉、それを司る人工知能イアソンは何らかの秘密を知られたため女性乗組員のひとりを自殺に偽装して殺した。だが、その状況に不審を抱いた故人の前夫アーロンが調査に乗り出す。イアソンはあの手この手を駆使して、アーロンの疑惑を掻き消そうとするのだが。

作品の語り手は第十世代コンピュータ、イアソン。殺人を犯した人工知能による一人称という、倒叙ミステリっぽい設定です。
このイアソンは船内の全ての機能を制御、カメラでの監視は勿論、一万を超える乗組員全員に対しても手首に埋め込まれた遠隔検診器なる代物で生理状態をモニター、あげく自分に不都合なデータは改ざんし放題と、いわば全能の能力を有しています。そして腹黒いことに、うわべでは人間に従順であるように振る舞いながら、内心では秘密裏にうまくコントロールしてやろうと考えているようなのです。
こう書くとえらく嫌なコンピュータじゃないか、と思われそうですが、結構人間臭いところもあって憎めない。感情は無いのでしょうが語り口はなんだか皮肉っぽく、予測外の出来事に出くわせば驚き焦ったりもして、それらがほのかなユーモアとなっています。

面白いのは一人称の小説であるにもかかわらず、イアソンが神の視点に近いものを有しているがゆえに疑似三人称小説としての側面も感じられるところでしょう。そして、その部分での主人公はアーロンであって、彼が極めて限られた武器でもって隠蔽された真相にたどりつこうとする様がスリリングです。
更に、読者から見れば何故イアソンが殺人を犯さねばならなかったか、という謎に加え、地球外生命体からのコンタクトが脇筋として存在、これがどう絡んでくるのがという興味もあります。

真相においては、期待していたミステリらしい要素もさることながら、一気に開陳されていくいかにもSFらしい奇想が抜群で、これには満足。
いろんなアイディアを詰め込みながらごたごたせずにまとめたのもスマートですね。

2013-04-15

The Sugar Shoppe / The Sugar Shoppe (eponymous title)


カナダで活動していたボーカルグループ、シュガー・ショップ。彼らが1968年にCapitolで出した唯一のアルバムがNow SoundsからCD化されました。
制作はLAであって、演奏にはハル・ブレインやキャロル・ケイといった名前がクレジットされています。プロデュースはアル・ディ・ローリー、アレンジはモート・ガースンが担当。

男女2人ずつという編成はママズ&パパズのフォロワーっぽく、実際にそういう曲もあるのですが、こちらは男声が細めなせいか比較すると軽量級という感じであり、可愛らしさが持ち味にもなっています。

アルバムに収録されている11曲のうち7曲がカバーですが、それぞれバラエティの感じられる出来。
冒頭のドノヴァン "Skip-A-Long Sam" はオールドタイミーな仕上がりがで楽しいし、ポール・ジョーンズが主演した映画「Privilege」の主題歌は見事にフォークロック化されています。ボビー・ジェントリーの "Papa Won't You Let Me Go To Town With You" はジャズボサぽい曲調で、ちょっとキャロル・キングの "Raspberry Jam" を思わせるところもありますが、コーラスが見事に決まってます。
中でも特に良いと思ったのはトニー・ハッチ&ジャッキー・トレント作の "Take Me Away"。転調とともに雰囲気も変化するのが格好良く、いかにもトニー・ハッチらしい。
対して、メンバーの手によるオリジナル曲も決して悪くないのだけれど、ナイスなカバーの数々と比べるといまひとつ地味かな。

ボーナストラックとしてはモノシングルヴァージョンの他に、アルバムリリースの翌年にEpicから出されたシングル曲のアセテート起しが入っていて、これらがなかなか良いです。うち、ローラ・ニーロの "Save The Country" が力強くも華やかで気に入りました。

全体に繊細なアレンジが光る作品ですが、これで突き抜けた一曲があったら、という感じもします。ともかく、サンシャインポップのファンなら楽しめるのでは。

2013-04-14

Paul and Linda McCartney / Ram


1971年にリリースされた二枚目のソロ・アルバム。ポールのソロではこれが一番好きだ、というひとは結構多いのではないかしら。頭からケツまでだれたり、趣味に走りすぎたりしない、見事なポップアルバム。前作「McCartney」の手作り感も良い塩梅に残してあるのが親しみ易さにも繋がっていると思います。

長年聴いてきて思うのは、このアルバムにおけるポール節ともいえそうなアレンジの凄さ。
アコースティックギターでドライヴ感を作った上で、瀟洒なポップソングとワイルドなロックンロールが無骨な手つきで接続されているのだけれど、唐突な曲展開や、思い付きじゃないの? というようなフレーズがズバズバ決まっていく。こう書くと他の英国モダンポップにもありそうなのだが、ポールの場合ずっと天然というか、変わったことをしてやろう的な狙った感がまるで無いのだ。

ブルース形式をしっかり守りながら絶妙なリズム感覚によってポップソングとなっている "3 Legs" やスキャット、4ビートまであってしかし全然ジャズではない "Heart Of The Country" などはポール・マッカートニーでしかありえない、という気がします。また、リンダと二人だけでレコーディングした "Ram On" も、ギリギリのバランスでプロの仕事として成り立っている、と思うな。
シングル曲の"Uncle Albert/Admiral Halsey"、あるいは "Dear Boy" や "Back Seat Of My Car" のようなドラマティックなものだけではなくて、ちょっとした、一見地味な曲もしっかり作りこまれているので、アルバムとして繰り返し聴けるものになっているのですね。

なお、モノラルミックスは落ち着いていて、まとまりが良いものではあるけれど、大胆不敵、余裕綽々なスケール感のある音像、という点においてステレオの方がずっと好みであります。



「Thrillington」は「Ram」のデラックス・エディションで初めて聴きました。リズムセクションは、クレム・カッティーニ、ハービー・フラワーズ、ヴィック・フリックら英国を代表する腕利きであり、コーラスを務めているのは我が国のソフトロックファンにも人気なマイク・サムズ・シンガーズ(彼らはビートルズの "Good Night" や "I Am The Walrus" にも参加している)なのだから良いに決まってるだろう、と思ったのだけど、期待していたほどでも無かった。上物の管弦がちょっと当たり前すぎるようだ。やはりあの型破りなアレンジがないと、曲の魅力は損なわれてしまうのだな。ちなみにアレンジャーのリチャード・ヒュースンは「Let It Be」の数曲にも関わったひとであります。
一般にカバーというのは原曲に遠慮してはいけないと思うのだが、本人が関わった以上しようが無いのかな。

2013-04-13

Herman's Hermits & Peter Noone / Into Something Good


2008年にEMIから出された、ハーマンズ・ハーミッツの音源を未発表のものやピーター・ヌーンのソロも含めてまとめたCD4枚組。副題は「The Mickie Most Years 1964-1972」。
ずっと気になってはいたのだけど、同じようにEMIから出たホリーズの「Clarke, Hicks & Nash Years」が悪くないものだったので、昨年になって入手しました。

内容としては、ミックス違い等は別にすると当時の彼らの曲は殆ど入っている模様。ホリーズのものが制作時系列に沿って曲を並べていたのに対して、こちらは英オリジナルアルバム三枚と米盤「Blaze」の収録曲に関しては、その曲順を残すような編集になっております。
マスタリングはピーター・ミュウがクレジットされていますが、ホリーズのものもそうであったように、レアトラック以外は既発CDの音源を流用しているようです。正直、この盤は音を綺麗にしようとする余り、ちょっと勢いや空気感に乏しいものになっているようではありますが。僕は熱心なファンというわけではないので、そんなに不満でもないです。
ただ、アマゾンのレヴューでも触れられていますが、何故か "You Won't Be Leaving" という曲が2回入っているというミスが。あと、楽曲クレジットを記した文字が異様に小さく、ちょっと読む気にはなれない。こういう雑なところに、彼らは軽視されている存在なのだなあ、と思わないではないですが、まあ、徳用品というのはこんなものなのかな。

クリックしてもらえれば元の倍のサイズで読めますが、文字の小ささはわかると思います

ハーマンズ・ハーミッツというのはそもそもティーンエイジャーの女の子をターゲットにしたポッププロダクトです。プロデューサーのミッキー・モストは、ピーター・ヌーンの顔は若いときのケネディに似ていていい売り物になりそうだ、という理由で彼らと契約したそうであります。
当然、演奏の多くはセッション・ミュージシャンによるもので、選曲はモストが決定していました。グラス・ルーツと競作となった "Where Were You When I Needed You" など、英国産ポップの曲が並んでいる中で、いきなりロサンゼルスのスタジオの音がして驚いてしまいます。

その音楽からは彼ら自身の志向性などというものはあまり感じられませんが、だからこそ良いとも言えます。サイケデリック時代に至っても表現者としてのエゴ、なんていう退屈なものに毒されずにいたわけですから。
ミッキー・モストは彼らのキャラクターにぴったりな曲を用意してきたのであり、そのキャラクターの賞味期限が切れるとともに、彼らの時代は終わってしまいました。しかし、今聴いてもそのヒット曲の数々はなんとチャーミングでしょうか。

2013-04-07

アガサ・クリスティー「ポアロのクリスマス」


資産家で専制君主的な老人がクリスマスに息子たち夫婦――老人を憎んでいる者や、財政的に困っている者たち――を呼び集め、遺言状を書き換えることを宣言する。不穏な空気が漂う中、屋敷にすさまじい格闘の音と叫び声が響き渡った。家中のものが駆けつけて発見したのは、滅茶苦茶に荒らされた密室内で血まみれになって横たわる死体であった。

1938年のポアロもの。序文でクリスティ自身が書いているように黄金期を思わせるような殺人現場を扱った作品であります。事件が起こるタイミングも、この時期のクリスティにしては随分と早いです(それでも100ページを越えてはいますが)。

いかにも探偵小説らしい奇怪な殺害状況を巡る謎は手掛かりが充分出されているため、大雑把な見当は付くでしょう。こういうのはクリスティはそれほど得意ではなかったのだろうけれど、稚気が感じられる楽しい仕掛けではあります。
一方でフーダニットとしてはなかなか複雑で。偽の解決のために置かれた伏線に紛れた、真相に繋がる線だけを拾っていくのは難しい。読者を右往左往させておいて、その実・・・という仕掛けはいつもながらの冴え。ただ、今回は些か絵解きの肌理が粗いのは否めないですが。

大胆にしてあざとく、いかにもクリスティらしい作品であって、それまでのパターンを組み替えて巧く効果を上げているのですが、同時にいつもとあまり変わらないなという感じも受けました。新たな作風を試行錯誤しているようではあるのだけれど。
なお、『三幕の殺人』の犯人について言及があるので、未読のひとは注意を。

2013-03-31

法月綸太郎「ノックス・マシン」


法月綸太郎の新刊はミステリではなく、結構癖の強いSF中短編集です。

「ノックス・マシン」 ミステリの世界ではお馴染み「ノックスの十戒」をモチーフにしたホラ数学SFであり、タイムトラベルもの。
世界構築は意外なほどしっかりしており、理屈はデタラメっぽいんだけれど「No Chinaman 変換」という発想が面白い。あと、ロナルド・ノックスのキャラクターをうまく生かした落とし方も上手いですね。

「引き立て役倶楽部の陰謀」 クラシックな探偵小説における名だたるワトスン役たち――アーサー・ヘイステイングズ、アーチー・グッドウィン、ヴァン・ダイン、そして勿論ジョン・H・ワトスン博士――らが所属する〈引き立て役倶楽部〉は緊急会合を開いた。名探偵及びその助手役を必要としない問題作『テン・リトル・ニガーズ』を書いたアガサ・クリスティを抹殺するために。
こちらはフォー・ミステリ・ファン・オンリーな一編で、裏テーマはヴァン・ダインによる二十則でしょうか。虚実がないまぜになったこのメタフィクション、にやにやしながら愉しむのが吉。

「バベルの牢獄」 今回の中では一番短い作品。一応脱獄ものといえますが、非常に堅い手触りのSFで、普段ミステリしか読まないひとには好みが分かれるかも。
中心アイディアには、僕は筒井康隆の『驚愕の曠野』を思い出しましたが、若い人はこれ倉阪鬼一郎じゃん、と言うのだろうな。いや、こういう風に書くと二番煎じみたいだけれど、ちゃんとオリジナルな捻りがありますよ。

「論理蒸発――ノックス・マシン2」 高度に発達したネットワーク内部にテロリストが仕掛けた自走的壊滅プログラム、その鍵はエラリー・クイーンの『シャム双子の謎』にあった。
クイーン論そのものをSF的アイディアに転化した一編。よくこんな変なことを思いついたものだ。プロット自体もすっきりと決まった。

総じて、かっちりした縛りの無い条件で奇抜なアイディアを描く文章は、謎解き小説を書いているときよりも活き活きしているようであります。
ただ、モチーフはミステリから持ってきているけれど作品としては完全にSFというのは、どうも据わりが良く無いという感じもします。ファン向けというか、読者を選ぶ作品集かなあ。

2013-03-29

パトリック・クェンティン「人形パズル」


時は第二次大戦中、海軍将校となっていたピーター・ダルースはつかの間の休暇を利用して、妻のアイリスとサンフランシスコで落ち合う。ふたりにとっては不案内な土地であったが、不思議な幸運によってホテルの部屋を取ることが出来た。だが、サウナで将校の制服を盗み取られてから、ピーターは犯罪の罠へと引きずり込まれていくのであった。

パズルシリーズの三作目は巻き込まれ型サスペンスといったところ。ピーターが事態を解決しようともがけばもがくほど、状況はどんどん悪くなっていきます。
また、ピーターの窮状を見かねて味方になってくれる探偵が登場。落ち着いていて、いかにもタフであり頼れそうな男ではあるのだが、フィクションの中の私立探偵のパロディのような趣があって、この作品世界の中ではちょっとユーモラスな存在です。

いわゆる名探偵役がいないためか、謎の多くは展開につれて偶然のようにして解けていきます。やろうと思えばもっと錯綜させることができたはずですが、あえてパズル性を犠牲にしている風。制服を用いたミスリードなんか面白いのだけれど、扱いがあっさりしていてちょっと勿体無いように思いました。

大胆な真相はある程度読めそうですが、そう思った読者を引っ掛ける微妙な記述があって、どちらにしても意外なもの。現代の作家なら叙述トリックでスマートに処理するところでしょうが、そうしないことで逆に難易度が上がっているのでは。ただ、犯罪計画のリスクが高すぎることもあわせて、謎解きにこだわるひとなら不満を覚えるかも。

ともあれ、前二作同様に軽快で読みやすく、しかも手の込んだミステリではあります。悪くない。