2013-07-21

ポール・ギャリコ「シャボン玉ピストル大騒動」


1974年、作者晩年に出された作品だそう。原題は "The Boy Who Invented The Bubble Gun" と、ちょっと鹿爪らしいのが逆に面白い。

9歳のジュリアン君は眼鏡をかけてやせぎす、吃音癖のあるちょっと夢想的な少年。両親の目を盗んで単身、夜行バスに乗り込み、サンディエゴからワシントンへと長距離旅行。自らの発明したシャボン玉ピストルの特許を取るためだ。バスの同乗者の中には戦争帰還兵や逃亡中の犯罪者、高校生のカップルもいれば、陸軍大佐に果てはソ連のスパイまで。

ジュリアンがひとりで大人たちの世界に向き合っていくことで成長していく、というのが主な流れなのですが、同時にその子供らしく、あまり深い考えなしの行動が周りの人々の運命を左右してしまうわけですな。ドタバタ・コメディだったり、心温まるところもあればときにサスペンスフルな展開など盛りだくさんで、予定調和っぽいけれど緩急が良く、いかにも古き良き時代の映画的かも。
頼りないジュリアンの面倒をついつい見てしまうのが帰還兵マーシャル。いつしか、歳が離れた兄弟のようになっていく二人。しかし、人間は簡単に善にも悪にも転んでしまうのだな。

ヴェトナム戦争を経験したアメリカで、とてもわかりやすいかたちで人間の良さを描こうとした作品なんだろうか。夢があって、でも残酷で、それらを併せ呑むのが大人になることだというのが、お爺さんになったポール・ギャリコの考えだったとしたら、普遍的ではあるが、いかにも月並みに思えるかもしれないけれど。

結末が素晴らしい。

2013-07-20

Honey Ltd. / The Complete LHI Recordings


デトロイト出身の女性4人組ボーカルグループ、ハニー・リミテッド。米Light In The Atticより、彼女たちがリー・ヘイズルウッドのLHIレーベルに残した音源をまとめたものが出ました。
ブックレットにはメンバーのコメントを盛り込んだバイオグラフィー、当時(及び現在)の写真などに加え、レコーディング参加メンバーも明記されています。



彼女たちの唯一のアルバム「Honey Ltd.」は1968年のLA録音。演奏は当地のセッションミュージシャンで、アレンジはマイク・ポストもしくはイアン・フリーベアン・スミスが担当。
内容はというとフォークロック調のサウンドをバックに、クールな感触ながら繊細に絡み合うコーラスが独特の魅力を放っていて、カート・ベッチャーのボールルームあたりを思わせるところも。
収録曲の殆どが彼女たちの手によるオリジナルで、どれもフックのあるメロディがなかなかの出来。めまぐるしく曲調が変化するようなものが多い中、"Silk ’N Honey" という曲がオーソドックスな構成のなかでサイケデリックな意匠が生かされていて、特に良いですね。
唯一のカバーがキングスメンの "Louie Louie" をちょっとテンポを落としてR&B風に仕上げたもので、ジャック・ニーチェのアレンジ。ライ・クーダーのスライドが唸っていますが、曲としてはミスマッチでしょう。
ところで、このアルバムは全体として8曲入りで22分ほど、さらに1968年なのにモノラルミックスしかないようなのだ。とても一般市場向けに作られたとは思えないのだけれど。

アルバム後に制作されたものが未発表も含めて3曲ありますが、ローラ・ニーロの "Eli's Coming"、カントリーソングの " Silver Threads And Golden Needles"、クリームも演っていた "I'm So Glad" といずれもカバー。管弦が全面的に入ったダイナミックなサウンドになっていて、力の入ったつくりではあるのですが、彼女たちの個性がやや伝わりにくくなった面は否めない。

残りは未発表のバッキングトラックが2曲。うち、ひとつが "Louie Louie" と同セッションで録られたジャック・ニーチェのもので、こちらもライ・クーダーのギターが全面的に鳴っています。上物がない分、作り込まれたアレンジを楽しむことができますよ。

2013-07-15

アガサ・クリスティー「黄色いアイリス」


1932~37年に発表された作品を収録したオムニバス短編集。内訳は全9編のうちエルキュール・ポアロもの5編、パーカー・パインものが2編、ミス・マープルものが1編と、残るひとつがノン・シリーズの幻想小説であります。


「レガッタ・デーの事件」 衆人監視下からの宝石消失を扱っていて、容疑をかけられた人物がパーカー・パインに相談に行く、というもの。ミステリのルーティンからするとオフビートな展開が楽しい。

「バクダッドの大櫃の謎」 とてもクラシックな道具立てのミステリ。巧妙なミスリードや隠れた状況の発見など、しっかりと作りこまれていると思う。

「あなたの庭はどんな庭?」 あまり捻りが感じられないフーダニット。読み所は何かにつけて几帳面なポアロのキャラクターを生かした手掛かりかな。

「ポリェンサ海岸の事件」 『パーカー・パイン登場』を読んでいると、このお話のパターンはある程度見えてしまうかもしれないが、それでも意外性の物語として楽しめる。

「黄色いアイリス」 謎めかした電話に釣られてポアロが出かけていったレストラン。5人の出席者のためのテーブルには、6人分の食事が用意されていた。不吉な予感が高まる中・・・。予期せぬ展開によってぐいぐいと読まされる。シンプルでシャープな謎解き、人間性が浮かび上がってくる結末も良い。個人的にはこれがベスト。

「ミス・マープルの思い出話」 ミス・マープルが息子のレイモンドたちに、自分の解決した事件について語る、というもの。トリッキーといえばそうなのだが、謎解きとしては事件の状況をあいまいに説明しておいて、後からその抜け穴を突くというもので、ちょっと甘い。

「仄暗い鏡の中に」 奇譚というのが相応しいような一編。幻想短編集『死の猟犬』収録作品と比べてもあっさりとした物語なのだけど、ちょっとした絵解きを入れてるのが、クリスティらしさか。

「船上の怪事件」 ストレートなフーダニットで、殺人事件で最大の容疑がかかる人物にはアリバイがあった、というもの。謎は魅力的なのだけれど、真相はいささか古臭い。

「二度目のゴング」 中編「死人の鏡」の元になったような短編。トリックは面白いのだが、解決の駆け足な感が強いか。


小味な短編集であって、気楽に読めるのが良いです。作品の出来にはばらつきがあるのですが、それがあまり気にならないのは、この時期にはしっかりとしたスタイルが確立されていたからでしょうか。長編ほどフォーマットの縛りが強くないので、その分バラエティに富んだ趣向が楽しめるかな。
しかし、裏表紙の内容紹介はちょっと間違っているな。

2013-07-14

King Floyd / King Floyd (eponymous title)


ニュー・オーリンズのシンガーによるマラコ録音アルバム、1971年リリース。
全体としてはマイルドなミディアムと粘るようなファンクの二本立て、というところ。
中でもシングルヒットした "Groove Me" はレイドバックしたファンキーソウルで、これは流石にひとつ抜けた出来。ゆったりとしたグルーヴを従えて、ラフながら甘さを滲ませたボーカルが映えています。極端に手数の少ないベースによって、ちょっとレゲエっぽいニュアンスも生まれているし、サビで畳み掛けるところではぐっと南部っぽい演奏になっていて、曲に締まりが出ていると思う。

キング・フロイドの歌声はハスキーなテナーで、サザンソウルらしさを感じさせることもあるけれど、ソウルシンガーとしてはやや線が細く、ときに中性的なところも。
ただ、アレンジャーのワーデル・ケザーグが、その軽量級のボーカルを生かすような音つくりをしているので、聴いていて物足りなく感じることはないです。また、収録されている多くの曲がフロイドの自作という強みがあって、題材との相性も良いのだな。特に、リズムナンバーではシャープな唄い回しがうまく嵌っています。

懐の深さを感じさせる演奏に特異な個性がうまくかみ合った、いいアルバムだと思います。
個人的には、ダブル・キーボードでメロウに仕上げたミディアム "Let Us Be" が気に入りましたよ。

2013-07-05

Bob Dylan / Planet Waves


1974年、ボブ・ディランがザ・バンドと組んで作った作品。それまではスタジオ・ミュージシャンとレコーディングすることの多かったディランが、初めてツアーバンドとだけで制作したアルバムでもあります(まあ、ツアー自体これ以前は長いことやってなかったのだが)。

ザ・バンドとディランの相性は良い、というか良すぎ。ディランがグループの一員のようですらある。
ときにそれが行き過ぎて、曲によっては演奏の個性にディランが負けているように感じる瞬間も。当たり前だが、サウンドのカラーがザ・バンド寄りなのだ。"Tough Mama" という曲なんて実に格好いいロックンロールに仕上がっているのだが、これなどはザ・バンドのスタイルにディランが乗っかっているだけ、と言えなくもない。

昔の僕は、ディランはバックと対等じゃあだめだ、演奏を従えた存在でないと、などと考えていて、あまりこのアルバムは好きではなかったのだが。最近は、いや、これも有りだな、と思うようになってきた。
ザ・バンドとの相性が尊重されたのか楽曲はわかりやすいものが並んでいて。リラックスしたボーカルも相まって、謎めいたところのあるディランというひとの素に近い面というか、感情が比較的ストレートに出ているような気がする。
何よりディランの悪い癖である、やたら長いのに変化に乏しくて退屈な曲が無いのがいいですわ。

ディランらしさ、とか深く考えなければ、凄く気持ちよく聴けるな。純粋に音楽として楽しい一枚。

2013-07-04

本格ミステリ作家クラブ 選・編「ベスト本格ミステリ2013」


今年はもういいかな、と考えていた年間短編選集。しかし、評論が面白そうなタイトルだったので、これがつまらなかったら来年からはもう買わないぞ、と思いつつ購入。してから気付いたが、その評論は既に読んだことのあるものだった。


麻耶雄嵩「バレンタイン昔語り」・・・「神様ゲーム」シリーズの一編。作品の冒頭で、殺人犯の名前が告げられるのだが。強烈な真相に辿りついたとき、それまで深く考えていなかった異世界設定ミステリとしての面が顕在化する。いやいや、やっぱり凄いね。

中田永一「宗像くんと万年筆事件」・・・十代の読者を対象に書かれた青春小説、だそう。扱われているのは小学校を舞台にした盗難事件であり、いじめや不登校、といった問題も絡んでいきます。非常にオーソドックスな形の良さを備えた短編なのですが、ミステリしか読まないひとには逆に、この作品がミステリとして優れている、ということが判らないかも。

滝田務雄「田舎の刑事の宝さがし」・・・とぼけた会話からの導入がスマート。手掛かりはなんだか大雑把だし、トリックそのものもどうかな、と思われるようなものだけれど、主眼はまた別なところに。考え抜かれた構成が素晴らしい。

里見蘭「絆のふたり」・・・親子の愛情をテーマにした、可愛らしい「日常の謎」かあ、そう思って読んでいると思わぬ展開が。微妙な点もあって、そこは作者がミステリ・プロパーでないからこそ思い切って書けたのかも知れない。

小島達矢「僕の夢」・・・夢そのものを素材にした作品。結構無理筋な話のようで実は、というのは良かった。ファンタジーをミステリとして読み変える、という趣があって。けれどその徹底が、同時に世界を窮屈なものにしている感も。こんなに理に落ちていいのか、という。

岸田るり子「青い絹の人形」・・・いきなりの死体消失事件で引き込まれるが、その後、物語はまったく違うところへ。読者を翻弄する手際が快い、舞台となったフランス製ミステリを思わせる洒落た逸品。

鳥飼否宇「墓守ギャルポの誉れ」・・・言葉を解さない墓守は、なぜ遺体を損壊するのか? いかにも本格ミステリらしい謎には嬉しくなってくる。奇妙な論理もいいが、ミスリードの巧妙さに唸った。

乾くるみ「ラッキーセブン」・・・特殊ルール下におけるデスゲーム。ガチガチの推理を盛り込みつつギャンブル小説として纏め上げられている。うまいものだな。

乾緑郎「機巧のイヴ」・・・時代小説に溶かし込まれたSFミステリ。仕掛けが非常にシンプルである分、決まったときの威力が凄いですな。小説としての仕上がりも実に良い。

七河迦南「コンチェルト・コンチェルティーノ」・・・被害者当てと言ったらよいか。何かが仕掛けられているのは明らかなのだが、さて。連城三紀彦を思わせる、凝りに凝った一編。

戸川安宣「『皇帝のかぎ煙草入れ』解析」・・・評論枠。仕掛けを割った上で、作者の企みを辿っていく大変親切な解説。


今年は変てこなのが多かったように思う。現代ミステリとはこんなに異様なものなのか。
一作ずつ間を置いて読んだので楽しめたけれど、続けて読むと胸焼けするかも。

2013-06-30

エリック・キース「ムーンズエンド荘の殺人」


出演者はそろい、舞台も整った。 "ナインマンズ・マーダー" ゲームへようこそ。

15年前に探偵学校で学んだものたちの元に、校長の別荘で開かれる同窓会の招待状が届いた。卒業生たちには勿論、職業探偵もいれば地方検事局で働くもの、作家や司祭、逆に犯罪に手を染めるようになったものまで。彼らは単に旧交を温めるだけが目的でなく、それぞれに隠れた思惑をもって同窓会に集まってきた。だが、主催者であるはずの校長の姿が見えない。やがて雪が降り始め・・・。

帯には「雪の山荘版『そして誰もいなくなった』!」の文字。米国作家による2011年発表のデビュー作です。
大まかな流れとしてクリスティの作品を踏まえつつ、それと平行して過去に登場人物たち全員が関わったが未解決に終わった事件の謎についてのディスカッションも行なわれる。
身近に連続殺人が起こっているにしては皆、随分と冷静であって。強烈なサスペンスは感じられず、オーソドックスなフーダニットを読んでいる雰囲気。

新人作家らしく意欲的に色々と詰め込まれているんだけど、そのせいで話の流れが悪くなっている上、ミステリとしてはちょっと手堅すぎるかな。手掛かりをちゃんと拾っていけば犯人の見当はついてしまうし、誤導も素直すぎて読み慣れたひとなら引っ掛からないだろう。『そして誰もいなくなった』をやるのなら、批判覚悟で少々汚い手を使うくらいでないと。
一方で、こってり盛られた解決編はなかなかのもの。結構な量のある細かな疑問や違和感が綺麗に収束されていく快感がたまらない。密室トリックはしょぼいものですが、それを補って余りある読み応えを感じました。

クラシックな探偵小説を志向してバランスを取り損ねたような作品ですが、何かやってやろう、仕掛けてやろう、というような稚気が感じられて個人的には充分愉しめました。