2013-08-05

Nilsson / The RCA Albums Collection


来ました、ニルソン箱。
えらい中身の詰まりようであります。新たにマスタリングされたオリジナルアルバム14枚は勿論、レアトラックの質・量が凄い。多くが未発表のもので占められたレアトラックだけのCDが3枚あるだけでなく、各ディスクのボーナストラックにも未発表のものが含まれているのだから油断できない。
BBC出演時の録音などもあって、思わず初めてのものだけを先に聴きたくなりますが、とりあえずは一枚ずつ順番通りにいこうかな、と。



「Pandemonium Shadow Show」は1967年、ニルソンがRCAより出した最初の作品。このアルバムと次作「Aerial Ballet」(1968年)は今回ステレオ/モノの両ミックス収録になっていて、モノラルは初CD化らしい。

"Cuddly Toy" や "Without Her" をはじめとするオリジナルのチャーミングなポップソングの数々、技巧的なビートルズ・カバーもいいですが、ここ数年気に入っているのは "There Will Never Be" という曲で、作者はロビン・ウォードの "Wonderful Summer" を書いたペリー・ボトキンJr. とギル・ガーフィールドであります。アルバムのいくつかの曲においてボトキンJr. がアレンジを担当しているので、その伝で取り上げられたのかもしれませんが、ジャジーな演奏の中に洒落た軽味が生きていて良いな。アルバムの流れのなかでも、ちょっと雰囲気を変えることに成功しているように思いますよ。

2013-08-04

The Chi-Lites / I Like Your Lovin' (Do You Like Mine)


シャイ・ライツが1970年、ブランズウィック・レコードから出したセカンドアルバム。
ジャケットのセンスはちょっと田舎臭いですが、中身は若々しい勢いと軽快さが心地いい都会のソウルです。全10曲のうち6曲が前年に出されたファーストアルバムからの使い廻しになっているのはシングル曲のヒットを受けて急ぎで制作されたからでしょうか。このジャケットに使われているメンバー写真は、ファーストアルバムのバックカバーにあるのと同じのを裏焼きしたもののようであります。

で、そのヒットした2曲がいずれも生きのいいファンクで、特に冒頭の "Are You My Woman? (Tell Me So)" が強力。ノーマン・ウィットフィールドが手がけたテンプテーションズの影響が非常に強く感じられますが、モータウン製に比べてこちらはしつこくなくて、ずっとすっきりとした仕上がりになっています。演奏時間もコンパクトにまとまっているし、何より主役はシンガーたちなのだな。

他の曲にはスロウもあるのですが、この時期ではまだ余り目立つほどの出来では無いか。そうなると、ここではいかにもシカゴらしい軽やかなミディアムが聴き物ということになります。中では、穏やかながら華のある "24 Hours Of Sadness" や "Give It Away" が気に入りました。
また、カバー曲がテンプス&スプリームスがヒットさせた "I'm Gonna Make You Love Me" やデヴィッド・ラフィンの "My Whole World Ended" 、スタンダード曲の "The Twelfth Of Never" とあるのですが、どれも少しテンポを上げてさらっと粋に仕上げています。

言って見ればデビュー盤のつくり直しみたいなアルバムですが、既にカバー以外はすべてユージン・レコードの手によるものであって、いや、良い曲が書けるというのは強いな。

2013-07-28

エラリー・クイーン「オランダ靴の謎」


突然、ふたりの間に生まれた意思の火花が、以心伝心、いなずまのごとく空間を走り抜けた。警視の顔に、それは飛びこんできた――叡智と、驚嘆と、決断が。一瞬で、そのすべてがほぼ消え去ったあとには、真一文字にくちびるを引き結び、皺の寄った険しい顔が残った。

年一冊ペースで刊行されている創元社からの新訳国名シリーズ、その第三弾です。一方、同シリーズが角川文庫からは相手を変えながらの共訳という荒業でもって、三ヶ月に一作というハイペースで出されています。よっぽど後発の角川に乗り換えようか、と思ったのだけれど、よく考えたら僕は全部読んだことのある作品なので、急ぐ必要は無いのでした(*)
まあ、それはともかく。

今作『オランダ靴の謎』は、デビュー作『ローマ帽子の謎』や続く『フランス白粉の謎』より、事件の設定そのものが捻りのあるものになっていて、純粋な謎解き小説としてならこれがベストなのかな、という気はします。
時系列的には『ローマ帽子の謎』より前に起こった事件らしいのですが、前二作では事件が発生してから、警視に伴ってエラリーが現場に出動していたのに対して、今作は発端からしてちょっとした工夫が感じられます。
あと「幕間」の章があって。これは別に普通にストーリーの中に組み込んでも何ら問題は無いようにも思うのですが。ページ下に余白があるだけで微妙に作品との距離感が狂うような気がして、遊戯性を強く意識させる仕掛けですな。

勿論、些細な手掛かりから一気に容疑者を絞り込むところが最大の見所なのだけれど、個人的には何度も読み返している作品なので、今回はなぜ犯人は殺害方法にこだわったのか、という理由に感心しました。

次作『ギリシア棺の謎』は当然のように2014年刊行予定、ということなので、また来年。

2013-07-21

ポール・ギャリコ「シャボン玉ピストル大騒動」


1974年、作者晩年に出された作品だそう。原題は "The Boy Who Invented The Bubble Gun" と、ちょっと鹿爪らしいのが逆に面白い。

9歳のジュリアン君は眼鏡をかけてやせぎす、吃音癖のあるちょっと夢想的な少年。両親の目を盗んで単身、夜行バスに乗り込み、サンディエゴからワシントンへと長距離旅行。自らの発明したシャボン玉ピストルの特許を取るためだ。バスの同乗者の中には戦争帰還兵や逃亡中の犯罪者、高校生のカップルもいれば、陸軍大佐に果てはソ連のスパイまで。

ジュリアンがひとりで大人たちの世界に向き合っていくことで成長していく、というのが主な流れなのですが、同時にその子供らしく、あまり深い考えなしの行動が周りの人々の運命を左右してしまうわけですな。ドタバタ・コメディだったり、心温まるところもあればときにサスペンスフルな展開など盛りだくさんで、予定調和っぽいけれど緩急が良く、いかにも古き良き時代の映画的かも。
頼りないジュリアンの面倒をついつい見てしまうのが帰還兵マーシャル。いつしか、歳が離れた兄弟のようになっていく二人。しかし、人間は簡単に善にも悪にも転んでしまうのだな。

ヴェトナム戦争を経験したアメリカで、とてもわかりやすいかたちで人間の良さを描こうとした作品なんだろうか。夢があって、でも残酷で、それらを併せ呑むのが大人になることだというのが、お爺さんになったポール・ギャリコの考えだったとしたら、普遍的ではあるが、いかにも月並みに思えるかもしれないけれど。

結末が素晴らしい。

2013-07-20

Honey Ltd. / The Complete LHI Recordings


デトロイト出身の女性4人組ボーカルグループ、ハニー・リミテッド。米Light In The Atticより、彼女たちがリー・ヘイズルウッドのLHIレーベルに残した音源をまとめたものが出ました。
ブックレットにはメンバーのコメントを盛り込んだバイオグラフィー、当時(及び現在)の写真などに加え、レコーディング参加メンバーも明記されています。



彼女たちの唯一のアルバム「Honey Ltd.」は1968年のLA録音。演奏は当地のセッションミュージシャンで、アレンジはマイク・ポストもしくはイアン・フリーベアン・スミスが担当。
内容はというとフォークロック調のサウンドをバックに、クールな感触ながら繊細に絡み合うコーラスが独特の魅力を放っていて、カート・ベッチャーのボールルームあたりを思わせるところも。
収録曲の殆どが彼女たちの手によるオリジナルで、どれもフックのあるメロディがなかなかの出来。めまぐるしく曲調が変化するようなものが多い中、"Silk ’N Honey" という曲がオーソドックスな構成のなかでサイケデリックな意匠が生かされていて、特に良いですね。
唯一のカバーがキングスメンの "Louie Louie" をちょっとテンポを落としてR&B風に仕上げたもので、ジャック・ニーチェのアレンジ。ライ・クーダーのスライドが唸っていますが、曲としてはミスマッチでしょう。
ところで、このアルバムは全体として8曲入りで22分ほど、さらに1968年なのにモノラルミックスしかないようなのだ。とても一般市場向けに作られたとは思えないのだけれど。

アルバム後に制作されたものが未発表も含めて3曲ありますが、ローラ・ニーロの "Eli's Coming"、カントリーソングの " Silver Threads And Golden Needles"、クリームも演っていた "I'm So Glad" といずれもカバー。管弦が全面的に入ったダイナミックなサウンドになっていて、力の入ったつくりではあるのですが、彼女たちの個性がやや伝わりにくくなった面は否めない。

残りは未発表のバッキングトラックが2曲。うち、ひとつが "Louie Louie" と同セッションで録られたジャック・ニーチェのもので、こちらもライ・クーダーのギターが全面的に鳴っています。上物がない分、作り込まれたアレンジを楽しむことができますよ。

2013-07-15

アガサ・クリスティー「黄色いアイリス」


1932~37年に発表された作品を収録したオムニバス短編集。内訳は全9編のうちエルキュール・ポアロもの5編、パーカー・パインものが2編、ミス・マープルものが1編と、残るひとつがノン・シリーズの幻想小説であります。


「レガッタ・デーの事件」 衆人監視下からの宝石消失を扱っていて、容疑をかけられた人物がパーカー・パインに相談に行く、というもの。ミステリのルーティンからするとオフビートな展開が楽しい。

「バクダッドの大櫃の謎」 とてもクラシックな道具立てのミステリ。巧妙なミスリードや隠れた状況の発見など、しっかりと作りこまれていると思う。

「あなたの庭はどんな庭?」 あまり捻りが感じられないフーダニット。読み所は何かにつけて几帳面なポアロのキャラクターを生かした手掛かりかな。

「ポリェンサ海岸の事件」 『パーカー・パイン登場』を読んでいると、このお話のパターンはある程度見えてしまうかもしれないが、それでも意外性の物語として楽しめる。

「黄色いアイリス」 謎めかした電話に釣られてポアロが出かけていったレストラン。5人の出席者のためのテーブルには、6人分の食事が用意されていた。不吉な予感が高まる中・・・。予期せぬ展開によってぐいぐいと読まされる。シンプルでシャープな謎解き、人間性が浮かび上がってくる結末も良い。個人的にはこれがベスト。

「ミス・マープルの思い出話」 ミス・マープルが息子のレイモンドたちに、自分の解決した事件について語る、というもの。トリッキーといえばそうなのだが、謎解きとしては事件の状況をあいまいに説明しておいて、後からその抜け穴を突くというもので、ちょっと甘い。

「仄暗い鏡の中に」 奇譚というのが相応しいような一編。幻想短編集『死の猟犬』収録作品と比べてもあっさりとした物語なのだけど、ちょっとした絵解きを入れてるのが、クリスティらしさか。

「船上の怪事件」 ストレートなフーダニットで、殺人事件で最大の容疑がかかる人物にはアリバイがあった、というもの。謎は魅力的なのだけれど、真相はいささか古臭い。

「二度目のゴング」 中編「死人の鏡」の元になったような短編。トリックは面白いのだが、解決の駆け足な感が強いか。


小味な短編集であって、気楽に読めるのが良いです。作品の出来にはばらつきがあるのですが、それがあまり気にならないのは、この時期にはしっかりとしたスタイルが確立されていたからでしょうか。長編ほどフォーマットの縛りが強くないので、その分バラエティに富んだ趣向が楽しめるかな。
しかし、裏表紙の内容紹介はちょっと間違っているな。

2013-07-14

King Floyd / King Floyd (eponymous title)


ニュー・オーリンズのシンガーによるマラコ録音アルバム、1971年リリース。
全体としてはマイルドなミディアムと粘るようなファンクの二本立て、というところ。
中でもシングルヒットした "Groove Me" はレイドバックしたファンキーソウルで、これは流石にひとつ抜けた出来。ゆったりとしたグルーヴを従えて、ラフながら甘さを滲ませたボーカルが映えています。極端に手数の少ないベースによって、ちょっとレゲエっぽいニュアンスも生まれているし、サビで畳み掛けるところではぐっと南部っぽい演奏になっていて、曲に締まりが出ていると思う。

キング・フロイドの歌声はハスキーなテナーで、サザンソウルらしさを感じさせることもあるけれど、ソウルシンガーとしてはやや線が細く、ときに中性的なところも。
ただ、アレンジャーのワーデル・ケザーグが、その軽量級のボーカルを生かすような音つくりをしているので、聴いていて物足りなく感じることはないです。また、収録されている多くの曲がフロイドの自作という強みがあって、題材との相性も良いのだな。特に、リズムナンバーではシャープな唄い回しがうまく嵌っています。

懐の深さを感じさせる演奏に特異な個性がうまくかみ合った、いいアルバムだと思います。
個人的には、ダブル・キーボードでメロウに仕上げたミディアム "Let Us Be" が気に入りましたよ。