2013-08-12

The Young-Holt Unlimited / Soulful Strut


最近、我が国のウルトラ・ヴァイヴ(ヴァイブではないのね)からブランズウィック・レコードのカタログがリイシューされていますが、中でもこれは単独タイトルとしては初CD化ではないかな。

「Soulful Strut」は1968年に出されたアルバムで、プロデューサーにはカール・デイヴィスとユージン・レコードがクレジットされています。
大ヒットしたタイトル曲がバーバラ・アクリンの "Am I The Same Girl?" のオケに、ボーカルの代わりにピアノでメロディを入れたものだということは、今となっては有名でしょう。従って、この曲で演奏しているのはシカゴのスタジオミュージシャンであって、ヤング&ホルトは参加していないようなのです。名義貸しですね。
更にこのアルバムにおいては、タイトル曲以外でも3曲がバーバラ・アクリンとの競作になっています。そのことを受けてCDのライナーノーツでは、これらの曲はミックスは違えどもバーバラ・アクリンのレコードに使われているのと同じセッションのものではないか、つまりヤング&ホルトは演奏していないのではないか、という推測をされています。
実際聴き比べてみると、同じですな。
いや、もっと踏み込んでみると、このアルバム全11曲のうちヤング&ホルトらしい演奏はわずか4曲しかないぞ。

いくつか他のアルバムを聴くと、彼らはヒット曲のカバーもたくさん演ってきたけれど、それらは渋いセンスを感じさせるジャジーなものになっていました。ところが、このアルバムのプロダクションははっきり二種類に分かれている。ギターや管弦が入ってリッチに仕上げられた唄の無いソウルミュージックと、ピアノトリオによるソウルジャズ。おそらく、そのうちユージン・レコードが絡んでいるのは前者だけであって、それらは全てスタジオミュージシャンによる演奏ではないか。
個人的にはトリオ演奏の方が断然、好みで。エキゾティックな "What Now My Love" は格好いいし、スキャットや語りも交えた"Baby Your Light Is Out" なんてライヴ的な雰囲気が心地よくて、もっと長く聴いていたくなる。

ヤング&ホルトらしい個性を楽しむとなるとちょい不満でありますが、そもそも "Soulful Strut" の線で作られた音を聴かせるという面の方が大きいアルバムなのだろう。そういったもののうちでは、ジョニー・テイラーのカバー "Who's Making Love" がソリッドな仕上がりで悪くないな。

2013-08-06

都筑道夫「退職刑事 1」


安楽椅子探偵ものの短編集、再読です。若い頃はあまりこの作品とは合わなかった覚えがあるのだけれど。
小説としては親子がちゃぶ台を挟んで喋っているだけ。物語性を犠牲にしている、という点でとても極端なミステリであって、この形式のままシリーズ化したというのが凄いところ。

作者自身がトリックからロジックへ、と言っているように巧緻な犯罪計画が実行されることはありません。で、ミステリのヒキとして不可解な状況が用意されているわけですが、これは結果的に偶々そうなった、というもの。それを言い当てる推理は畢竟、辻褄は合っていても説得力が弱くならざるを得ない。作品によっては出来の良い落語の三題噺を聞いているようでもあって、実際に推理の通りに事件が起こったのかはどうでもいい、ということになるか。


「写真うつりのよい女」 殺された女は裸に男物のパンツだけを身に着けていた。
― 殺害状況に関する推理は手掛かりが少な過ぎる気がしますが、そこに辿り着くまでの状況を整理していく過程のキレや、多くの伏線による畳み掛けが良いので、読まされてしまう。

「妻妾同居」 性豪で知られる男が、同居の妻と妾が外出中に殺された。そして、その発見者は新たな愛人であった。
― 小道具から手掛かりから徹底して下ネタにこだわったような一編。ちょっとした状況の齟齬から始まって、大きな逆転を導く構成がいい。これが論理のアクロバットの醍醐味か。

「狂い小町」 誇大妄想狂の女性の死体は、よその家の流しで化粧を洗い流された状態で発見された。
― これも推理によって導かれる隠れた物語に意外性が潜んでいる一編。しかし、余詰めがあっさりしているので、説得力が弱い。そうなると、ちょっとこじつけめいて感じられるな。

「ジャケット背広スーツ」 殺人事件の容疑者は、上着を着ているのに腕にもジャケットを二着抱えた男を見た、と主張する。この男が見つかればアリバイが成立しそうなのだが。
― 本筋とは関係無さそうな事柄から思いもよらないところに辿り着く、ハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」を思わせる作品。蓋然性をフル活用して、ありえたかもしれない物語を紡ぐ楽しさが堪能できます。一方、謎がふたつになっていることで、作品としての締りが弱くなった面もあるか。

「昨日の敵」 関係者の駐車場に放置され、後に消えた人形は、殺人予告だったのか?
― 矛盾し、まとまりの無い状況を綺麗に収束させてみせる手際は見事。ただ、紙幅に対して事件の関係者が多いため、いささか窮屈になった感が。

「理想的犯人像」 知り合いを死に至らしめてしまった、と自首してきた男。だが死体が見つかったのは別な場所であり、死亡時刻も男の主張より早い時刻だった。
― 謎の難易度が高い分、推理がそう厳密でなくても満足できます。人間の出し入れがうまく運び、すっきりと良くまとまった作品。

「壜づめの密室」 殺人事件が起こる前、ボトルシップの中に首を切られた人形が出現していた。あれは殺人予告だったのか?
― 奇妙な謎を扱っていますが、その絵解きも奇妙な心理に寄りかかったものであり、どうかな、と思えるもの。殺人の解決は細かな手掛かりを積み重ねた手堅い仕上がりですが。


地味なようで、実はとても過剰なミステリですな。この机上の空論を楽しめるかは、ひとを選ぶかも。

2013-08-05

Nilsson / The RCA Albums Collection


来ました、ニルソン箱。
えらい中身の詰まりようであります。新たにマスタリングされたオリジナルアルバム14枚は勿論、レアトラックの質・量が凄い。多くが未発表のもので占められたレアトラックだけのCDが3枚あるだけでなく、各ディスクのボーナストラックにも未発表のものが含まれているのだから油断できない。
BBC出演時の録音などもあって、思わず初めてのものだけを先に聴きたくなりますが、とりあえずは一枚ずつ順番通りにいこうかな、と。



「Pandemonium Shadow Show」は1967年、ニルソンがRCAより出した最初の作品。このアルバムと次作「Aerial Ballet」(1968年)は今回ステレオ/モノの両ミックス収録になっていて、モノラルは初CD化らしい。

"Cuddly Toy" や "Without Her" をはじめとするオリジナルのチャーミングなポップソングの数々、技巧的なビートルズ・カバーもいいですが、ここ数年気に入っているのは "There Will Never Be" という曲で、作者はロビン・ウォードの "Wonderful Summer" を書いたペリー・ボトキンJr. とギル・ガーフィールドであります。アルバムのいくつかの曲においてボトキンJr. がアレンジを担当しているので、その伝で取り上げられたのかもしれませんが、ジャジーな演奏の中に洒落た軽味が生きていて良いな。アルバムの流れのなかでも、ちょっと雰囲気を変えることに成功しているように思いますよ。

2013-08-04

The Chi-Lites / I Like Your Lovin' (Do You Like Mine)


シャイ・ライツが1970年、ブランズウィック・レコードから出したセカンドアルバム。
ジャケットのセンスはちょっと田舎臭いですが、中身は若々しい勢いと軽快さが心地いい都会のソウルです。全10曲のうち6曲が前年に出されたファーストアルバムからの使い廻しになっているのはシングル曲のヒットを受けて急ぎで制作されたからでしょうか。このジャケットに使われているメンバー写真は、ファーストアルバムのバックカバーにあるのと同じのを裏焼きしたもののようであります。

で、そのヒットした2曲がいずれも生きのいいファンクで、特に冒頭の "Are You My Woman? (Tell Me So)" が強力。ノーマン・ウィットフィールドが手がけたテンプテーションズの影響が非常に強く感じられますが、モータウン製に比べてこちらはしつこくなくて、ずっとすっきりとした仕上がりになっています。演奏時間もコンパクトにまとまっているし、何より主役はシンガーたちなのだな。

他の曲にはスロウもあるのですが、この時期ではまだ余り目立つほどの出来では無いか。そうなると、ここではいかにもシカゴらしい軽やかなミディアムが聴き物ということになります。中では、穏やかながら華のある "24 Hours Of Sadness" や "Give It Away" が気に入りました。
また、カバー曲がテンプス&スプリームスがヒットさせた "I'm Gonna Make You Love Me" やデヴィッド・ラフィンの "My Whole World Ended" 、スタンダード曲の "The Twelfth Of Never" とあるのですが、どれも少しテンポを上げてさらっと粋に仕上げています。

言って見ればデビュー盤のつくり直しみたいなアルバムですが、既にカバー以外はすべてユージン・レコードの手によるものであって、いや、良い曲が書けるというのは強いな。

2013-07-28

エラリー・クイーン「オランダ靴の謎」


突然、ふたりの間に生まれた意思の火花が、以心伝心、いなずまのごとく空間を走り抜けた。警視の顔に、それは飛びこんできた――叡智と、驚嘆と、決断が。一瞬で、そのすべてがほぼ消え去ったあとには、真一文字にくちびるを引き結び、皺の寄った険しい顔が残った。

年一冊ペースで刊行されている創元社からの新訳国名シリーズ、その第三弾です。一方、同シリーズが角川文庫からは相手を変えながらの共訳という荒業でもって、三ヶ月に一作というハイペースで出されています。よっぽど後発の角川に乗り換えようか、と思ったのだけれど、よく考えたら僕は全部読んだことのある作品なので、急ぐ必要は無いのでした(*)
まあ、それはともかく。

今作『オランダ靴の謎』は、デビュー作『ローマ帽子の謎』や続く『フランス白粉の謎』より、事件の設定そのものが捻りのあるものになっていて、純粋な謎解き小説としてならこれがベストなのかな、という気はします。
時系列的には『ローマ帽子の謎』より前に起こった事件らしいのですが、前二作では事件が発生してから、警視に伴ってエラリーが現場に出動していたのに対して、今作は発端からしてちょっとした工夫が感じられます。
あと「幕間」の章があって。これは別に普通にストーリーの中に組み込んでも何ら問題は無いようにも思うのですが。ページ下に余白があるだけで微妙に作品との距離感が狂うような気がして、遊戯性を強く意識させる仕掛けですな。

勿論、些細な手掛かりから一気に容疑者を絞り込むところが最大の見所なのだけれど、個人的には何度も読み返している作品なので、今回はなぜ犯人は殺害方法にこだわったのか、という理由に感心しました。

次作『ギリシア棺の謎』は当然のように2014年刊行予定、ということなので、また来年。

2013-07-21

ポール・ギャリコ「シャボン玉ピストル大騒動」


1974年、作者晩年に出された作品だそう。原題は "The Boy Who Invented The Bubble Gun" と、ちょっと鹿爪らしいのが逆に面白い。

9歳のジュリアン君は眼鏡をかけてやせぎす、吃音癖のあるちょっと夢想的な少年。両親の目を盗んで単身、夜行バスに乗り込み、サンディエゴからワシントンへと長距離旅行。自らの発明したシャボン玉ピストルの特許を取るためだ。バスの同乗者の中には戦争帰還兵や逃亡中の犯罪者、高校生のカップルもいれば、陸軍大佐に果てはソ連のスパイまで。

ジュリアンがひとりで大人たちの世界に向き合っていくことで成長していく、というのが主な流れなのですが、同時にその子供らしく、あまり深い考えなしの行動が周りの人々の運命を左右してしまうわけですな。ドタバタ・コメディだったり、心温まるところもあればときにサスペンスフルな展開など盛りだくさんで、予定調和っぽいけれど緩急が良く、いかにも古き良き時代の映画的かも。
頼りないジュリアンの面倒をついつい見てしまうのが帰還兵マーシャル。いつしか、歳が離れた兄弟のようになっていく二人。しかし、人間は簡単に善にも悪にも転んでしまうのだな。

ヴェトナム戦争を経験したアメリカで、とてもわかりやすいかたちで人間の良さを描こうとした作品なんだろうか。夢があって、でも残酷で、それらを併せ呑むのが大人になることだというのが、お爺さんになったポール・ギャリコの考えだったとしたら、普遍的ではあるが、いかにも月並みに思えるかもしれないけれど。

結末が素晴らしい。

2013-07-20

Honey Ltd. / The Complete LHI Recordings


デトロイト出身の女性4人組ボーカルグループ、ハニー・リミテッド。米Light In The Atticより、彼女たちがリー・ヘイズルウッドのLHIレーベルに残した音源をまとめたものが出ました。
ブックレットにはメンバーのコメントを盛り込んだバイオグラフィー、当時(及び現在)の写真などに加え、レコーディング参加メンバーも明記されています。



彼女たちの唯一のアルバム「Honey Ltd.」は1968年のLA録音。演奏は当地のセッションミュージシャンで、アレンジはマイク・ポストもしくはイアン・フリーベアン・スミスが担当。
内容はというとフォークロック調のサウンドをバックに、クールな感触ながら繊細に絡み合うコーラスが独特の魅力を放っていて、カート・ベッチャーのボールルームあたりを思わせるところも。
収録曲の殆どが彼女たちの手によるオリジナルで、どれもフックのあるメロディがなかなかの出来。めまぐるしく曲調が変化するようなものが多い中、"Silk ’N Honey" という曲がオーソドックスな構成のなかでサイケデリックな意匠が生かされていて、特に良いですね。
唯一のカバーがキングスメンの "Louie Louie" をちょっとテンポを落としてR&B風に仕上げたもので、ジャック・ニーチェのアレンジ。ライ・クーダーのスライドが唸っていますが、曲としてはミスマッチでしょう。
ところで、このアルバムは全体として8曲入りで22分ほど、さらに1968年なのにモノラルミックスしかないようなのだ。とても一般市場向けに作られたとは思えないのだけれど。

アルバム後に制作されたものが未発表も含めて3曲ありますが、ローラ・ニーロの "Eli's Coming"、カントリーソングの " Silver Threads And Golden Needles"、クリームも演っていた "I'm So Glad" といずれもカバー。管弦が全面的に入ったダイナミックなサウンドになっていて、力の入ったつくりではあるのですが、彼女たちの個性がやや伝わりにくくなった面は否めない。

残りは未発表のバッキングトラックが2曲。うち、ひとつが "Louie Louie" と同セッションで録られたジャック・ニーチェのもので、こちらもライ・クーダーのギターが全面的に鳴っています。上物がない分、作り込まれたアレンジを楽しむことができますよ。