2013-08-06
都筑道夫「退職刑事 1」
安楽椅子探偵ものの短編集、再読です。若い頃はあまりこの作品とは合わなかった覚えがあるのだけれど。
小説としては親子がちゃぶ台を挟んで喋っているだけ。物語性を犠牲にしている、という点でとても極端なミステリであって、この形式のままシリーズ化したというのが凄いところ。
作者自身がトリックからロジックへ、と言っているように巧緻な犯罪計画が実行されることはありません。で、ミステリのヒキとして不可解な状況が用意されているわけですが、これは結果的に偶々そうなった、というもの。それを言い当てる推理は畢竟、辻褄は合っていても説得力が弱くならざるを得ない。作品によっては出来の良い落語の三題噺を聞いているようでもあって、実際に推理の通りに事件が起こったのかはどうでもいい、ということになるか。
「写真うつりのよい女」 殺された女は裸に男物のパンツだけを身に着けていた。
― 殺害状況に関する推理は手掛かりが少な過ぎる気がしますが、そこに辿り着くまでの状況を整理していく過程のキレや、多くの伏線による畳み掛けが良いので、読まされてしまう。
「妻妾同居」 性豪で知られる男が、同居の妻と妾が外出中に殺された。そして、その発見者は新たな愛人であった。
― 小道具から手掛かりから徹底して下ネタにこだわったような一編。ちょっとした状況の齟齬から始まって、大きな逆転を導く構成がいい。これが論理のアクロバットの醍醐味か。
「狂い小町」 誇大妄想狂の女性の死体は、よその家の流しで化粧を洗い流された状態で発見された。
― これも推理によって導かれる隠れた物語に意外性が潜んでいる一編。しかし、余詰めがあっさりしているので、説得力が弱い。そうなると、ちょっとこじつけめいて感じられるな。
「ジャケット背広スーツ」 殺人事件の容疑者は、上着を着ているのに腕にもジャケットを二着抱えた男を見た、と主張する。この男が見つかればアリバイが成立しそうなのだが。
― 本筋とは関係無さそうな事柄から思いもよらないところに辿り着く、ハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」を思わせる作品。蓋然性をフル活用して、ありえたかもしれない物語を紡ぐ楽しさが堪能できます。一方、謎がふたつになっていることで、作品としての締りが弱くなった面もあるか。
「昨日の敵」 関係者の駐車場に放置され、後に消えた人形は、殺人予告だったのか?
― 矛盾し、まとまりの無い状況を綺麗に収束させてみせる手際は見事。ただ、紙幅に対して事件の関係者が多いため、いささか窮屈になった感が。
「理想的犯人像」 知り合いを死に至らしめてしまった、と自首してきた男。だが死体が見つかったのは別な場所であり、死亡時刻も男の主張より早い時刻だった。
― 謎の難易度が高い分、推理がそう厳密でなくても満足できます。人間の出し入れがうまく運び、すっきりと良くまとまった作品。
「壜づめの密室」 殺人事件が起こる前、ボトルシップの中に首を切られた人形が出現していた。あれは殺人予告だったのか?
― 奇妙な謎を扱っていますが、その絵解きも奇妙な心理に寄りかかったものであり、どうかな、と思えるもの。殺人の解決は細かな手掛かりを積み重ねた手堅い仕上がりですが。
地味なようで、実はとても過剰なミステリですな。この机上の空論を楽しめるかは、ひとを選ぶかも。
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