2014-03-16

John Sebastian / John B. Sebastian


英Edselより、ジョン・セバスチャンがリプリーズに残したスタジオアルバムをまとめたものが出ました。こういったCDセットは最近多いですが、今回のものにはDVDが付いているのが目玉であります。
その内容はというと、1970年にBBCで放送されたスタジオライヴ「In Concert」。一曲だけハーモニカの独奏がありますが、あとは全編ギターの弾き語りで、収録時間は33分ほど。
温かみを感じさせるボーカルの良さは勿論、唄伴として非常に巧いギターを弾くのが印象的です。唄とギターだけで殆ど充分なくらい表現できてしまえるのだな(そういう曲を選んで演っているのだろうけど)。


しかし、絞り染めのカラフルなシャツを着て、終始笑顔を絶やさないジョン・セバスチャンはいかにもヒッピーっぽいなあ。こういうひとだから音楽ビジネスの変化についていけなくて、業界から一歩退いてしまったのだろうか。



「John B. Sebastian」はファースト・ソロアルバムです。1968年には完成しており、シングルも出されていたのだけれど、レコード会社のゴタゴタに巻き込まれてしまいリリースが'70年まで延び延びになってしまった、という経緯があります。

ラヴィン・スプーンフルを脱退してさほどないうちに制作されたわけですが、サウンドはバラエティ豊かながら、グループ時代と比べるとややシンプル目のアレンジかも。特にロックンロールでの乾いた抜けの良さやスケール感は、それまで無かったもの。アイケッツをコーラスに従えた "Baby, Don't Ya Get Crazy" で聴けるダイレクトなR&B感覚も新鮮。
一方で独特のポップセンスも健在で。ストリングスやリコーダーも入った "She's A Lady" の控えめな美しさ、ヴァイブが効いた "Magical Connection" がかつての "Didn't Want To Have To Do It" やティム・ハーディンの "Misty Roses" をも思わせるちょっとジャジーな手触りで、いや良いですな。
また、スプーンフルの再演 "You're A Big Boy Now" は弾き語りでありますが、密やかでぐっとパーソナルな仕上がりが悪くない。

2014-03-09

アガサ・クリスティー「ゼロ時間へ」


「わたしはよくできた推理小説を読むのが好きでね」彼は言った。「ただ、どれもこれも出発点がまちがっている! 必ず殺人が起きたところから始まる。しかし、殺人は結果なのだ。物語はそのはるか以前から始まっている」

1944年発表の長編。探偵役はバトル警視で、彼が出てくるものとしてはこれが最後の作品のようです。これまでは有能だけれど掴みどころのないキャラクターであったバトルですが、ここではその私生活にも触れられ、作品の真ん中でしっかりと存在感を示しています。

財産家の老婦人の屋敷に、彼女からの加護を受けてきた男とその妻、さらには男の前妻や妻の元恋人などが集まります。複数の絡み合う三角関係は当然のように緊張を高めていく。その一方で、はじめから殺人を行なうつもりで計画を練っている人物の存在が描かれます。
殺人が起こるのは物語のちょうど中間くらいのところ。事件発生までをじっくり書き込んだ作品としては『白昼の悪魔』などが既にあったわけですが、今作は犯罪の瞬間「ゼロ時間」に至る過程こそが重要なのだ、ということが冒頭部分、ある人物の口を借りてはっきりと宣言されています。
とは言っても、読み進めていて、結局、いつものクリスティとそう変わらないんじゃない、という気がしていたのですが。

いや、甘かった。解決編では思ってもみない展開が待ち受けています。はっきりと書けませんが、構成の妙というか、とんでもない誤導を使うものだ。
そして、この決定的な瞬間にバトル警視は、登場人物たちではなく、読者に向かって直接語りかけているように思えてならない。

骨格だけ取り出せば間違いなく「いつものクリスティ」なのだが、参ったね。違う物語を隠しておく、という趣向を過激なまでに推し進めたひとつの形かもしれません。

2014-03-03

Bobby Womack / Communication


1970年代前半のボビー・ウォマックのアルバムはどれも快適なサウンドのものだけれど、最近よく聴いているのはこの「Communication」(1971年)で、マスル・ショールズ録音ね。
冒頭のタイトル曲こそ粘るようなファンクですが、それ以外はゆったりとした、懐の深さを感じさせる曲調のものが多く、くつろいで聴けますわ。

このひとの持ち味は洗練された音楽センスとディープなソウル・シンガーらしい肉体性のバランスにあると思う。ここでも南部らしい温かみや開放感の中でメロウさを生かすような音作りがいい。そうしてしっかり作りこんだバックに、思い切りのいいボーカルが乗るわけだからたまらない。

甘さと激しさのブレンドが絶妙なミディアム "(If You Don't Want My Love) Give It Back" と、シングルヒットであるスロウの "That's The Way I Feel About Cha" の出来が抜けていますが、いずれもギターのフレーズが実に格好いいなあ。
お得意のカバーもジェイムズ・テイラーの "Fire And Rain"、カーペンターズがヒットさせた " (They Long to Be) Close to You" などありますが、いつもながら自分の色に染め上げてしまう力が凄い。こんなに気持ち良さそうに唄うひとはちょっといないよ。

最後をゴスペルの "Yield Not To Temptaion" で締める構成もなかなか。さまざまなスタイルに取り組んでるようで、ルーツに対する落とし前も忘れないという、ね。

2014-03-02

トマス・フラナガン「アデスタを吹く冷たい風」


――おれはなにも怖れてはおらん。卑怯者だから怖れんのだ。希望を失ったから怖れることがなくなったのだ。

1949~58年の間にEQMM誌上に発表された作品を収録した、日本独自の短編集。作者は歴史小説家でもあるそうですが、ミステリ畑における作品はここに収められているもので全てのようです。

全7編のうち4つが、軍事政権下で警察活動に従事するテナント少佐を主人公にしたもので、このテナントの策士ぶりがえらく格好いい。
切れ者でありながら冷遇されているテナントは、政権を司る〈将軍〉を内心では激しく憎みながらも、国益のために働いており、内に大きな屈折を抱えています。立場上〈将軍〉の意には背けず、同時に己の信義を通そうとする矛盾が人物と物語の奥行きに繋がっているのです。
ミステリとしても4編全て、良く出来た意外性のあるものばかりであって。各作品で使われているトリックは、それだけ取り出せば古典的な手なのですが、独特な作品世界と有機的に結びつくことで大きな効果をあげています。
ハメットのプロットをチェスタトンのように語る、といったら良いのか。いや、ちょっと他に類を見ない個性でありますね。

また、ノンシリーズもののうち2作は現代米国を舞台にしたクライムストーリー。軽いものだけれど切れの感じられる仕上がり。背景の設定が平明な分、やや結末が見え易いかな。

そして、本書の末尾に置かれているのがデビュー短編という「玉を懐いて罪あり」。中世イタリアを舞台にした、密室からの盗難を扱った作品です。練り込まれた背景と、そこでこそ生きるアイディアが抜群で、これもテナント少佐ものに匹敵する出来の良さであります(ただ、最初の方の訳注で話のオチを割っているのはいかがなものか@宇野利泰)。

コンパクトでありながら読み応えがある作品揃いで、これが米国でまとめられていたら〈クイーンの定員〉にも選ばれていたんじゃ、と思いましたね。

2014-02-24

Nilsson / Nilsson Sings Newman


ニルソン、ランディー・ニューマンを唄う。1970年発表。

ニューマンの楽曲を作者の弾くピアノに乗せて唄う。ボーカルは多重録音され、小さくバスドラなどが聴こえる曲もありますが、基本構成は鍵盤と声のみ。個人的にはドラムの入っていない音楽はあまり好きではないのだが、こいつは例外。
ニルソン自身はそもそもソングライターとして世に出たわけだし、その曲の良さを知っているつもりではいるけれど、それでもニルソンのアルバムで一番好みなのは、この「Sings Newman」であります。他人の曲を演る、ということによってニルソン特有の韜晦趣味が抑えられていて、ときに層なす歌声はひたすらに優美だ。
収録されているどの曲も好きでありますが。あえてひとつ挙げるなら "Cowboy" になるか。

「かつて気ままに吹いていた風も/今はただ埃を巻き上げるだけ」

時代が変わったことで居場所がなくなり、かといって今更生き方を変えることもできないカウボーイ。
センチメンタルで、けれども乾いた空気が絶品。エンディングで聴けるハープシコードもなんとも儚げでたまらない。

また、このアルバムがCD化されたときにボーナストラックとして追加された "Snow" という曲、これも本編に劣らず素晴らしい。ニルソン以前にハーパーズ・ビザールとクロウディーン・ロンジェのヴァージョンで聴いていたのだけれど。いや、三者三様、どれもいいのだ。
ニルソンのものはアウトテイクだけあって、オーバーダブもないシンプルなものなのだが、他には何もいらないよな、と思わされる出来で、描かれた情景が鮮やかに立ち昇る。

これほど理性的でありながら、なおかつメランコリックな音楽を、僕は他に知らない。
もう春は目の前だというのに。

2014-02-23

アガサ・クリスティー「動く指」


買ったぜ、Kindle Paperwhite。紙の本より見易い、ということは絶対に無い。だけれど扱い勝手がいいのは確か。重さは厚めの文庫本くらいで、片手でも読めるし、置いた状態でも読める。ライト内臓なので暗がりでも・・・というわけ。

それよりクリスティだな。1942年のジェーン・マープルもの長編です。

作品の語り手は負傷した軍人であるジェリー、彼は療養のために妹のジョアナとともに田舎町に家を借りて住み始めた。特に波乱の無い日常が続くに思えたある日、二人に対する根も葉もない中傷を綴った、匿名の差出人からの手紙を受け取る。そのうちに判ったのだが、実は町中の人たちも同じような手紙を受け取っているようなのだ。何の根拠もないような中傷、だが、それが偶々真実を突いてしまうことがあったら? そして悲劇が起こった。

具体的な事件が起これば警察は動き出すし、ロンドンからも警部が呼ばれますが、何人かの疑わしい人間はいるものの、証拠といえるものは挙がらない。ジェリーは自分の見聞きしたことの中で、いくつか引っ掛かることがあるようなのだけれど。
謎解きと同時に「みにくいアヒルの子」的ロマンスも平行しながら物語は進みます。ここいら辺、調子よく読める一方、ミステリ的にはやや軽い感じであります。

終盤(Kindleだと残りページがよくわからないな)まで来て、ようやくミス・マープルが召喚されると、話を聞いただけで事件を解決に導いていく。全体に漂う煙幕を整理し、ごくシンプルな事件の骨格を提示していく手際がお見事。まさに名探偵、という感じ。
特に「被害者のもとに匿名の手紙はどのように届けられたのか?」という疑問に対する回答が実にスマート。僕はこういうのが好きでミステリを読んでいるのだな。

見かけの物語の裏側で実は別のお話が進行してました、というのはクリスティの得意としていたところであるけれども、今作ではそれを犯人の計画の中に落とし込むことで、古典的な探偵小説らしい稚気を獲得した、という感じかな。
軽量級ですが、しっかりと構成された作品でした。

ところでKindle版って、文庫巻末の解説が付いていないのね。

2014-02-09

フィリップ・K・ディック「時は乱れて」


〈火星人はどこへ?〉コンテストの常勝者、レイグル・ガム。今日まで二年間にわたって全国チャンピオンの座をキープ。コンテストが始まって以来、最長の記録。

退役軍人のレイグルは新聞の懸賞クイズをずっと当て続けることで高額の収入や名声を得てきた。だが、その代償として彼の精神は疲弊していく。やがて現実に小さな違和感を覚えるようになっていき・・・・・・。

1959年に発表された長編で、サンリオSF文庫から出ていたものの改訳決定版、だそうです。
舞台は作品が発表された当時の米国のようである。作中ではアイゼンハワー大統領や歌手、俳優などリアルタイムの著名人たちに触れられていて、つまりはこの小説は非常に現実に近いところから始まっていくわけです。ディック独特の奇妙なガジェットが活躍する機会もなく、まずは世界への(そして自分自身への)懐疑を抱いていく過程がじっくりと描かれていきます。

やがて新聞の懸賞、なんて大したこと無さそうなものがとんでもないところへと結びついていく。中盤よりそのヒントらしきものが大胆にばら撒かれていき、登場人物たちも大きく動き始めます。俄然、サスペンスが盛り上がり、頁を繰る手も止まらなくなる。

テーマとなっているのはこの作家お馴染みのものでありますが、今作はプロットが緊密、アイディアも分かり易く提示されています。それゆえ、真実が分かったとき、それまで見せられていた世界が変質していく、この仕掛けが抜群に効いてくるのです。つまりは面白いぞ、と。

ディックらしさと娯楽性が両立した上、完成度も高い作品であります。初めてのひとでもこれなら大丈夫かと。