2014-03-02

トマス・フラナガン「アデスタを吹く冷たい風」


――おれはなにも怖れてはおらん。卑怯者だから怖れんのだ。希望を失ったから怖れることがなくなったのだ。

1949~58年の間にEQMM誌上に発表された作品を収録した、日本独自の短編集。作者は歴史小説家でもあるそうですが、ミステリ畑における作品はここに収められているもので全てのようです。

全7編のうち4つが、軍事政権下で警察活動に従事するテナント少佐を主人公にしたもので、このテナントの策士ぶりがえらく格好いい。
切れ者でありながら冷遇されているテナントは、政権を司る〈将軍〉を内心では激しく憎みながらも、国益のために働いており、内に大きな屈折を抱えています。立場上〈将軍〉の意には背けず、同時に己の信義を通そうとする矛盾が人物と物語の奥行きに繋がっているのです。
ミステリとしても4編全て、良く出来た意外性のあるものばかりであって。各作品で使われているトリックは、それだけ取り出せば古典的な手なのですが、独特な作品世界と有機的に結びつくことで大きな効果をあげています。
ハメットのプロットをチェスタトンのように語る、といったら良いのか。いや、ちょっと他に類を見ない個性でありますね。

また、ノンシリーズもののうち2作は現代米国を舞台にしたクライムストーリー。軽いものだけれど切れの感じられる仕上がり。背景の設定が平明な分、やや結末が見え易いかな。

そして、本書の末尾に置かれているのがデビュー短編という「玉を懐いて罪あり」。中世イタリアを舞台にした、密室からの盗難を扱った作品です。練り込まれた背景と、そこでこそ生きるアイディアが抜群で、これもテナント少佐ものに匹敵する出来の良さであります(ただ、最初の方の訳注で話のオチを割っているのはいかがなものか@宇野利泰)。

コンパクトでありながら読み応えがある作品揃いで、これが米国でまとめられていたら〈クイーンの定員〉にも選ばれていたんじゃ、と思いましたね。

0 件のコメント:

コメントを投稿