2015-01-31
三津田信三「シェルター 終末の殺人」
編集者兼作家である三津田信三は「シェルター 終末の殺人」という長編作品を構想していた。
「世界規模の核戦争が勃発した後、ある核シェルター内に生き残った数人の男女の間で、有ろうことか連続殺人が起こる。下手をすると自分たち以外の人類はすべて死んでいるかもしれない極限状況の中、なぜ連続殺人が発生するのか」
その取材の為に、三津田は実際に核シェルターを備えた屋敷を訪れたのだが・・・・・・。
カバー裏の作品紹介には「"作家三部作" に連なるホラー&ミステリ長編」とあるのですが、今作においてホラーの要素は控えめ、クローズドサークルでの連続密室殺人を描いたミステリとして展開していきます。誰が犯人かは勿論、なぜ、初対面の人々の間で連続して殺人が、しかも密室となった部屋で起こるのかが大きな謎。
事件の大枠は三津田自身のアイディアを具現化しているように見えたが、やがて別の物語をなぞっているのでは、という疑念も浮かび上ががってくる。このあたりから、謎がさらに深いものになっていきます。犯人うんぬんよりも、全体として一体何が起こっているのか? を強く意識させられるのですね。また、ことさらにメタフィクション性が言及されるわけではないが、使われている密室トリックの人工性が強いため、読者からすれば虚構性を意識せずにはいられない。
大雑把な構造はクリスティの『そして誰もいなくなった』なわけで、読者の期待値が高まるなか予想をどう外すか。解決はとても丁寧に組上げられているにも拘わらず、設問の難度が高い分、印象が弱くなったきらいは否めません。
それを措いても、後半の展開がスリリング。充分に愉しみました。
2015-01-24
The Iveys / Maybe Tomorrow
軽快な演奏に、時にバブルガム的であるキャッチーさ。1969年に制作されたアイヴィーズの唯一のアルバムは、当時は日本と西ドイツ、及びイタリアでしかリリースされなかったそうであるけれども、それもうなずけなくはない。時代に対してちょっとそぐわなさそうなポップスであって、やはりビートルズ、しかも中期あたりの影響が非常に強く感じられます。ジャケットの方もニコッと笑顔で、アイドル然としたものだ(しかも、どうやらこの写真は左右反転しているらしい)。
急いで仕上げられたせいか全体にもこもこしたミックスもまた、いかにも垢抜けなさを感じさせますな。このアルバム収録曲のうちいくつかは翌年、バッドフィンガーとしてのデビュー盤「Magic Christian Music」にリミックスされた上で流用されるわけなんだけれど、そちらのほうが骨格のはっきりした明快なものに仕上がっているのは確か。
プロデュースは彼らをひいきにしていたアップルのマル・エヴァンズが5曲、残り7曲をトニー・ヴィスコンティが担当。
ヴィスコンティによれば、もともとは売れっ子プロデューサーであったデニー・コーデルがシングル盤の制作を請け負ったらしいのだけれど、走ったり遅れたりを繰り返すグルーヴの悪いドラムに我慢がならず、アシスタントであったヴィスコンティに丸投げするかたちでセッション途中に出て行ってしまったらしい。そして、なんとかそのシングルを完成させたヴィスコンティが、その流れでアルバムトラックも(グリン・ジョンズの助けを借りつつ)仕上げた、ということだそう。
ギターを中心にした陽気な曲調から、大胆にオーケストレーションを配したミドル・オブ・ザ・ロードなものまで、バラエティに富んだアレンジは逆に個性を弱めてしまっているところもあるのだけれど、後のハードポップとは違うクリーンなギターの音など'60年代ポップスのファンにはなかなかにたまらない。
また、作曲はピート・ハムとトム・エヴァンスが大体半分ずつを分け合うかたちでありますが、ピートらしい泣き節はこのころは未だなく、その分、トムがとても瑞々しいメロディの "Beautiful And Blue" や "Maybe Tomorrow" を聴かせてくれます。
全体にまだ青臭さを残した、未成熟なポップソング集であり、これ単体ではどうということは無いのかもしれませんが。いや、この軽味や無邪気さが今となってはなんとも捨て置けないな、と。
2015-01-18
The Moody Blues / The Magnificent Moodies
ムーディ・ブルースのデビュー・アルバム(1965年)、50周年記念の2CDです。 英Esotericからのリイシューで、オリジナルマスターテープからのリマスター、ということ。
内容としては、デニー・レイン在席時の音源がほとんど網羅されているよう。ただし、米盤アルバムではオープナーの "I'll Go Crazy" が別テイクらしいのだけれど、今回の2枚組にはその別テイクは収録されていません。
CDスリーヴは当時の米盤とオランダ盤を模したもの |
ディスク1は「The Magnificent Moodies」丸ごとにシングル曲、及び "Go Now!" の未発表ヴァージョンからなります。
このアルバムはいかにもなブリティッシュR&Bという感じですね。鍵盤の響きを生かした硬質なサウンド。オリジナル曲も演っていますが、何より性急さを感じさせるカバー曲の解釈が気持ちいい。大ヒット・シングルである "Go Now!" を除くと強い個性には欠ける印象を持っていたのですが、絶大なるリマスター効果で演奏の重量感がぐっと強くなった。格好良さ2割増しですよ。
ディスク2は全てが未発表のもので占められています。初期のレコーディングセッション、BBCでのスタジオライヴ、そして'66年に制作されながらリリースされずじまいであった新曲など。BBCはちょっと行儀がいい感じかな。
'66年のレコーディングのものは、麗しいコーラスアレンジにも力をいれたポップソング集で、ホリーズあたりを思わせるところもある。ただ、同時期のシングルにもいえるのだけれど、オリジナル曲にはいまひとつキャッチーなフックがない、というのも事実か。詳細なライナーノーツに寄せられたコメントによると、デニー・レインは既にこの頃にはムーディ・ブルースを辞めて新たなバンドを組むことを考えていたそう。あくまで過渡期の作品群、ということになりますか。
ミニポスターやカードなんかもついています |
2015-01-12
アガサ・クリスティー「マギンティ夫人は死んだ」
暇をもてあましていたポアロのもとを旧知のスペンス警視が訪れる。殺人事件の犯人を逮捕し、裁判で死刑判決が下るに至ったにもかかわらず、スペンスにはその人物が殺したとは思えなくなっていたのだ。かといって、他に有力な手がかりがあるわけではないという。ポアロは懊悩するスペンスの姿に心動かされ、事件を再調査し始める。
1952年に発表されたエルキュール・ポアロもの長編。
導入こそシリアスな調子ですが、それより後は穏やかなユーモアに包まれた作品です。
ポアロは事件のあった田舎町で単独、住民たち相手の聞き込みに廻るものの、高名な探偵を自負するポアロのことを皆、その名前も聞いたことがない様子。また、ポアロが滞在することとなるゲストハウスは散らかり放題かつ食事はお粗末というわけで、おおよそポアロの高級な趣味には合わないのですが、そこしか泊まれる場所がないので仕方がない。色々と失礼な目に遭いながら奮闘するポアロの姿が珍しくも楽しい。
更に、物語の三分の一くらいのところで『ひらいたトランプ』にも出ていた女流探偵作家のオリヴァ夫人が登場します。彼女は自作に登場する外国人の探偵についてひとしきり愚痴ったりして、作者クリスティ自身のポアロに対する気持ちが見えるよう。
ミステリとしてもよく出来ているのです。序盤において、些細な事実から事件のとっかかりを見つけるひらめきはいかにもこの作者らしい冴えが感じられます。また、捻りを持たせた解決編は読み応えがあり、真相の意外さや奥行きも充分。特に、第二の殺人の大胆さには感心するしかない。
その一方で、伏線に乏しい感はあるかな。ポアロが発見した決定的な手がかりが伏せられているのは厳しい。
展開は地味ですが、実はトリッキー。作品全体としても、いつものクリスティとは一味違ったテイストでありましたよ。
2015-01-03
レイモンド・チャンドラー「高い窓」
二年おきくらいで出る、村上春樹訳チャンドラー。
『高い窓』はチャンドラーの長編のうちでは、継ぎはぎ感がなく、枝葉のエピソードも少な目であって、筋道が比較的につかみやすい作品だと思う。一方で、マーロウ自身が窮地に追い込まれることがないので、サスペンスは薄い。
全体としてはまとまりがいいのだけれど、それがかえって地味な印象を受けるかもしれない。
まあ、今更それがどうした、なのだが。
ある種の小説ではまず文体であって、内容はその次になる。そして印象的な情景を描くことは、プロットを首尾一貫させることよりも優先される。もし展開を追うことばかりに気をとられていれば、何も起こらない、例えば徐々に町が夕暮れに覆われていくだけの描写などは、無駄な部分に思えるかも。
「あなたがたの問題は」と私は言った。「何でもないことをすぐ謎めいたものにしてしまうことだ。パンを一切れ齧るのにも、いちいち合言葉を言わなくちゃならない」
謎解きの妙を期待してチャンドラーを読む人はあまりいないだろう。トリックといえるものがなくとも事件が錯綜して見えるのは、単に誰も彼もが嘘を吐き、そこそこ力を持つ人物はそれを使ってもみ消しにかかるからだ。
この作品の解決も、当て推量と思いつきの末に辿り着いたようなもの。だが、今回読み直してみて、華麗な比喩や自己愛の表出が控えめである分、謎と意外な解決というミステリの形式が物語そのものの奥行きに大いに与っているという印象も受けた。
久しぶりに時間に余裕を持って、じっくりと読んだ。これはそういう本だ。
あと、今更ながら村上訳の日本語としてのこなれは凄いね。
2014-12-31
The Kinks / The Anthology 1964-1971
キンクスのパイ・レコード在籍時のアンソロジー、予定より一月以上遅れて入手しました。
英国で最初に出回ったものにはマスタリングのミスで、ディスク3収録の "Two SIsters" 別ミックスに音飛びがあったそうなのだけど。チェックしてみたら、さすがにもう修正されていて、まずはひと安心。
パイ時代のアルバムに関してはここ数年のうちに、2タイトルを除いてデラックス・エディションとして出し直されている。しかし、今回のセットはさらなる新規リマスターで、音の感じはそう大きくは変わらないものの、やや高音が強めに仕上がっているように思う。
5枚組、140トラックのうち未発表とされているのが25曲(ディスク5にはひとつも入っていない)。聴いてみた感じ、別ミックスのうちいくつかは今回新規にマルチトラックから作られたもののようだ。
ただライナーノーツを読むと、当時のセッションテープは1970年代になってパイ・レコードによって廃棄されてしまっていて、そんなには残っていないらしい。
レアトラックを目当てにしていたら、ちょっと量的に物足りないかもしれない。けれど、この時期のキンクスの充実ぶりを一気に追体験していると、そんなことはあまり気にならなくなってしまう。
何人かのミュージシャンたちのコメントが記されているけれど、ピート・タウンゼンドが一番長い。 「Village Green Preservation Society」が俺の無人島レコードだ、なんて言ってます。 |
しかし、デビュー当時はすごく若々しいね。特にディスク1の頭10曲、ゆったりした曲調のものがひとつもなく、チンピラ臭いロックンロールが一気に畳み掛けてくる。ディスク2の半ばまで、長さが3分を越える曲がない、というのもまた気持ちがいい。
そして、ディスク4あたりを聴いていると、やっぱり「Village Green Preservation Society」も単体でリマスター盤を出して欲しくなるな。今回のセットでは「Something Else」収録曲はステレオミックスが採用されているのに、何故か次にリリースされた「Village Green~」からの曲はモノラルが殆どだ。はて?
2014-12-30
エラリイ・クイーン「災厄の町〔新訳版〕」
クイーン氏はまた深く息をついた。「だが、そんなことはだれにもわかるまい? これは実に奇妙な事件だったよ――人間関係も感情も出来事もひどくこみ入っていて、ぼくが出くわしたことのないものばかりだった」
さて、新訳版です。
えらく厚くなったような。字が大きいわけでもないのに500ページくらいある。
帯には「エラリイ・クイーンの最高傑作!」とあります。そうなのでしょう、きっと。
この『災厄の町』は今まで何度か読み返してきました。クイーンにとって大きなターニング・ポイントとなる作品であり、実際に面白いのですが、最初に読んだときには、ミステリとしては大したことないんじゃないか、と思いました。
エラリーを渦中に取り込むことで、事件を外側から見ることができなくさせてしまう、それによってこの作品は成立しているのだけれど。読者からすれば真相は簡単に見当が付く。そして、さすがにこのままでは終わらないだろう、と思って最後まで読み続けると、なんと、本当にそのまま終わってしまう。
ある程度の複雑さを犠牲にしたことで、小説としての力強さが生まれているのだとは思いますが。若いひとが「よし、犯人を当ててやろう」と意気込んで読んだとしたら、がっかりするんじゃないかな。
全体の構成はとても優れているのです。犯人の設定は過去に使ったものの再使用なものの、物語の上ではずっと大きな効果を挙げている。また、投函されていない手紙、というアイディアの独創性は見事というしかない。
一方で、クリスティ風のダブルミーニングも使われていますが、これはちょっと硬いかな。
既にエラリー・クイーンのファンになっている人間にとっては、とても読み応えのある作品ではあります。
なお、早川からは夏に『九尾の猫』の新訳が出るそうです。先に『十日間の不思議』を読んどいたほうがいいんだけどな。
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