2015-06-14
Linda Jones / The Complete Atco, Loma & Warner Brothers Recordings
リンダ・ジョーンズが残した音源のうち、1960年代半ばから後半にかけてのコンプリート集で、全21曲のうち5曲が初CD化とのこと。米Real Gone Musicからのリリースです。
プロデュースは全てジョージ・カーが、また'67年以降の曲の多くではリチャード・ティーがアレンジャーとしてクレジットされています。
ディスクの最初には'65年にアトコから出されたシングル曲が収録されていまして、音のほうはやや時代を感じさせるところもありますが、ゆったりとしたミディアム "I'm Taking Back My Love" は中々の好曲。当時まだ十代であったはずのリンダはすでに堂々とした歌いっぷりながら、声のほうはちょっと可愛さが残っていて、これがいい。
ライナーノーツには2002年に行われたというジョージ・カーのインタビューからの抜粋が盛り込まれているのですが、リンダの歌入れはあまり手間がかからず、多くの場合はファースト・テイクを採用していたとのこと。特にヒットした "Hypnotized" はリハーサルのつもりで歌っているのをこっそり録音したものだそう。そう知って聴くと、この曲はほかと比べてちょっと抑え目な感じがして、それがかえって良かったのかな。
もちろん、リンダ・ジョーンズの個性はなんといっても気合の入りまくったボーカルで、それがジョージ・カー制作による甘いバックにうまく嵌るととても魅力的なものになるのですが、題材によってはややトゥー・マッチなこともあるのです。いくつかあるドライでハードなサウンドのミディアムではどぎつい感じを受け、やはりポップな音作りの中でこそ生きる歌声、という気はします。メロウな "What've I Done (To Make You Mad)" なんてとても好みですね。
個人的なベストは以前にも書きましたが "A Last Minute Miracle" というキャッチーなアップ。技巧的に組み立てられた曲ゆえ、リンダの歌も全開とはいかないのですが、それでも十分な迫力なのはさすが。結果として、モータウンの線を狙ってはいるけれど、本家モータウンではありえなかった音楽になっているのでは。
こうなるとこの時代以降のNeptune、Turboでの録音を総ざらいしたものも出して欲しいですね。
2015-06-13
ジェイムズ・ヤッフェ「ママは何でも知っている」
これも相当な昔、ポケミスで読んだことがあるか。日本独自に編まれた短編集でありまして、米国で同じような内容のものが出されたのはずっと後年になってからのようです。
刑事である息子から、そのとき抱えている事件の話を聞いただけで、母親が真相を言い当てて見せるという短編が八作。それぞれが発表されたのは最初の五作が1952~55年で、残りが十年以上後である1966~68年とのこと。
安楽椅子探偵ものの古典であり、都筑道夫はこの〈ブロンクスのママ〉のスタイルを『退職刑事』のヒントにした、と書いていたと思う。
全体に軽快でユーモアを感じさせる語りの中、コンパクトにまとめられたフェアな謎解きが楽しめます。人間性に基づくロジックにはクリスティのものをさらに押し進めたような感覚もあるかな。これは容疑者のキャラクターについて(典型ではあるが)わかりやすく丁寧に書かれているからこそ成立しているのだろう。
純粋にミステリとしてみると表題作「ママは何でも知っている」の手掛かりの鮮やかさが目を引く。これなんていかにもエラリー・クイーン好み、という感じ。
また「ママの春」での、意外性のある真相をうまく収めた手際も巧い。安楽椅子探偵ものではあまり事件の構図をややこしくしてしまうと、推理が妄想に近づいていって説得力が薄れてしまうのだが、ところを得た伏線のおかげで綺麗な仕上がりを感じさせてくれます。
他では「ママは祈る」はアイディアだけ取ればチェスタトン的、ともいえそうなのだが、それが物語に自然に溶け込んでいるのに感心。人間性が浮かび上がってくる結末近くの台詞にも虚を衝かれるようだ。「ママ、アリアを歌う」もまた、特定のコミュニティにおける特有のロジックを扱いながら、抵抗なく飲み込めるものになっているのが何気にすごい。
特段にトリッキーなものはないのですが、謎解きを引き立たせるプレゼンテーションが素晴らしいし、人間を書き込むことがミステリとしての面白さに結びついている好例かと。
2015-06-03
エドワード・D・ホック「怪盗ニック全仕事1」
エドワード・D・ホックのニック・ヴェルヴェットものは、大昔にポケミスで2冊くらい読んでいる(はず)。
本書にはそのシリーズ短編87作のうち最初の15作が発表順に収められています。すべて新訳もしくは改訳とのこと。
ニックは依頼を受けて価値のないものを盗む泥棒であって、その獲物はプールいっぱいの水、すでに公演が終わったショウの切符、大リーグの野球チームをまるごと、湖に住まう大海蛇、などなど。一作ごとに趣向を変えた奇妙な依頼と、それを盗み出す知恵が楽しい。
一方で、依頼者が事前に盗む理由を教えてくれることがあまりなく、気付かないうちに別の犯罪の道具として利用されることも多い。そのためニックは、あの手この手で依頼に応えつつ、同時に隠された盗みの動機について頭をひねることになる。一作のうちで泥棒と探偵役の両方を務めるわけだ。
物語の大枠だけ取ると良く似た展開のものが多いので、続けて読むには向かないのだけれど、ひとつひとつはアイディアと意外性に富んだ作品ばかり。作品によっては詰め込みすぎに感じるものすらあります。
個人的に気に入ったのはニックの怪盗ぶり・名探偵ぶりともに格好いい「おもちゃのネズミを盗め」、謎解き小説としての要素が非常に強い「邪悪な劇場切符を盗め」、単純な手掛かりをうまく隠した「陪審団を盗め」あたり。クライム・ストーリー的な切れを残す「聖なる音楽を盗め」、意外なプロットで先を読ませない「七羽の大鴉を盗め」も手が込んでいる上に少しテイストが変わっていて、面白い。
特にユーモラスな描写や表現がなくとも自然と顔がほころんでくるのは、遊び心に満ちているからだろうな。気楽に読めるのもいいですね。
2015-06-01
フィリップ・K・ディック「ヴァルカンの鉄鎚」
長く続いた核戦争が終結したのち、人類は世界連邦を樹立。重要事項の決定はすべて巨大な高性能コンピューター〈ヴァルカン3号〉の判断に従うことになった。しかし、機械に従属することに反発する人々が現れて・・・・・・。
ディック、最後の未訳長編。米国では1960年に発表されています。
これが期待以上に面白い。特に前半部分は、こんなものがどうして今まで翻訳されていなかったんだろう、というくらい。
〈ヴァルカン3号〉に忠誠を誓うなかでも、権力者たちはそれぞれの地位をめぐってつばぜり合いを起こしている。一方ではコンピューターによる政治に反旗を翻す宗教者に率いられ、世界中で暴動が広がっていく。さらに、それらとは別に謎の存在が暗躍していて、という具合にいくつかの線が絡まりながら、適度なサスペンスを維持しつつ、テンポも良く展開していきます。
ただ、相当な困難と思えたものがあっけなくクリアできたりするのはディックではいつものこととはいえ、そこがメイン部分に据えられた小説となると、やや点が辛くなるのはしかたがないか。
それでも意外な正体などが盛り込まれていて、読む手は止められません。
衝撃とか深い洞察、あるいはこの作者でしか得られないものとなるとどうかな、とは思いますが。冴えたストーリーテリングに支えられ、そこそこ楽しめる作品だと思いますよ。
2015-05-31
Dee Dee Warwick / I Want To Be With You/I'm Gonna Make You Love Me
1967年にマーキュリーよりリリースされた、ディー・ディー・ワーウィックのファーストアルバム。
内容は'65年からそれまでに出されたシングル曲の寄せ集めです。
プロデュースは全10曲のうち3曲がジェリー・ロス、それ以外はエド・タウンゼンドが担当。
制作時期に幅があるためにアルバムとしての統一感は薄く、良く言えばバラエティに富んでいます。特にオープナーの " I Want To Be With You" はミュージカル曲のせいか、あまりソウル的な感じがしない歌唱であって。サンレモ音楽祭とかユーロヴィジョン・コンテストに出品しそうな勢いの仕上がり。
また、もうひとつのタイトル曲である "I'm Gonna Make You Love Me" は後にテンプス&スプリームスで取り上げられますが、すでに基本的なアレンジはここで出来上がっています。
他にはキング&ゴフィン作のスロウや、モータウンを意識したようなミディアム、ラテン的な味付けの曲などもあり、どれもしっかりと作られていて愉しく聴けるものです。
個人的なベストは "We're Doing Fine" という曲。作曲・アレンジともにホレス・オットが手掛けた軽快なポップソングで、静と動のコントラストを感じさせるアレンジがちょっとバカラックぽく、いいフックになっています。
ディー・ディー・ワーウィックのボーカルは力強さと品の良さのバランスがとても好みなのです。この時代はまだ二十代はじめとあって、まっすぐな歌唱がときに硬さも残すものではありますが、それもひっくるめてとてもチャーミング。
なお、英SoulMusic Recordsからのリイシューではボーナストラックとしてシングル・オンリーのものが7曲追加されています。特にいいと思ったのはこれぞジェリー・ロス、という感じの洒落ていてメロウな "We've Got Everything Going For Us"。また、若きギャンブル&ハフが手掛けた "I'll Be Better Off Without You" がドラマティックで、これも凄く出来がいいですよ。
2015-05-23
アガサ・クリスティー「死への旅」
世界のさまざまな場所から何人もの科学者たちが次々と失踪していた。鉄のカーテンの向こうへと誘拐されたとも考えられるのだが、確かな証拠は何も無い。だが、英国情報部のジェソップはわずかな可能性に賭けて、作戦を開始する。
一方で、娘を病気で亡くし、浮気性の夫と別れたある女性がいた。彼女は遠くイギリスを離れた地、モロッコで自身の命を絶つつもりなのだ。ホテルの自室で多量の睡眠薬を飲もうとした矢先に、その部屋に侵入してくる者があった。
1954年発表のノンシリーズもの長編。
冒険スパイ小説という感じのもので、クリスティのこの傾向の作品がだいたいそうであるように、全世界を巻き込むどでかい悪事が企まれているのに細部がすっこぬけいて、およそリアリティは皆無。
こちらもその辺りは読む前から判っているつもりだったが、いや、なかなか突っ込み所は多い。田舎の村を舞台にした作品で有効だった手段を、そのまま世界規模の事件でも同じように使っている、という感じさえする。
さらに、ドキドキハラハラ編のはずが、本作では本当に危険な事件は何も起こらないように見える。ヒロインの感情の高まりも序盤がピークであって、あとは緩やかな不安が続くのみだ。
物語の起伏が乏しい上、道中にばら撒かれるサプライズもやや小さめ。読みやすいけれどスリラーとしては凡作。
なのだが、さて、この結末はいかに。これを取ってつけたものと感じるか、あるい大掛かりな誤導も決まった鮮やかな背負い投げと見るか。辻褄は合っているが、伏線が少ないようでもあるし、う~ん。
2015-05-22
スタンリイ・エリン「特別料理」
米本国では1956年に出版されたスタンリイ・エリンの第一短編集。EQMM誌上に発表された十短編が年代順に収められています。原題は "MYSTERY STORIES" で、そのシンプルさは作品に対する自信の現われでもあるように思える。
エラリー・クイーンが熱の入った序文を書いていて、その文中でこの『特別料理』の〈クイーンの定員〉入りを宣言しているのだから、なんだか凄い入れ込みようだ。
デビュー作である「特別料理」がやはり頭ひとつ抜けている。作中の秘密は見えみえなのに、こんなに魅力的なのは何故だろう。表面的には事件は起こらないまま、暗示を積み重ねるだけで成立している物語で、その手触りはジェントルでブラック。店の主人、スピローの奇妙な話し方も印象的だ。
店内に肖像が飾られている「あの作家」とはアンブローズ・ビアスのことのよう。
その他の収録短編を読むと、エリンというひとはそんなに奇矯なアイディアで勝負するタイプではないように思える。しかし無駄のない語り口、その純度の高さは途轍もないもので、ぐいぐいと引き込まれていく。また、作品のオチは仮に先読みできるものであっても、その処理というか書き振りが洒落ていたり、あるいはそれによって意外な面を浮かび上がらせることで余韻を残すものばかりである。
そして、巻末に置かれた「決断の時」はリドル・ストーリーでありながら、どちらを選んだのかは実は問題ではない、そもそも正解がないからこその必然としてのリドル・ストーリーといった感じを受ける。結末がないにもかかわらず、描くべきものは全て描き切られているようでもある。極限の状況が生み出すゴシック的な恐怖も忘れがたい。
もしかしたらミステリしか読まないような人には向いていないかもしれません。
いかに語るか、がおそろしく高いレベルにある作品集でありました。
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