2016-03-06
Emitt Rhodes / Rainbow Ends
エミット・ローズ、43年ぶり四枚目になる新作。これまでと同じように自宅ガレージを改造したスタジオで制作されたそう。ただし、ワンマン・レコーディングではなく、バンドとしての形態によるものだ。
ロジャー・マニングやジェイソン・フォークナーといった、いわば「わかっている」ひとたちが全面的に参加しているということで、聴く前からそう大きな外れかたはしていないとは思っていた。
実際に聴いてみると、過去の作品と比べても仕方がないとは思うが、まあ、随分と落ち着いたものにはなっている。これをパワーポップと形容するのはやや無理があるだろう。清涼感をたたえていた歌声は、苦味を漂わせる深みのあるものへと変わった。サウンドからは軽快さが失われ、全体にメランコリックな雰囲気のものとなっている。
また、いくつかの曲ではカラフルなアレンジが施されているけれど、ミキシングにおいてあまり目立ち過ぎないように配慮されているように思う。
キャラクターが別なものになってしまったようで、あらかじめ知らなければこれがエミット・ローズの音楽だとは思わないだろうが、展開やブリッジの作り方には名残が感じられるし、どの曲も2、3分台で終わってしまう(未だに!)。
曲のテーマとしては悲しみや喪失を扱ったものが多いようなのだけど、音楽そのものは希望を感じさせるものだ。60代半ばの男がもつナイーヴさが痛々しくも美しい。
表面的な派手さは無くとも、フックのある良いメロディ揃いであって。
繰り返し聴くほどに染み入ってくる、そんなアルバムです。
2016-03-05
アガサ・クリスティー「蒼ざめた馬」
歴史学者のマークがたまたま居合わせたカフェで女性同士がつかみ合いの喧嘩を始める。そのうちのひとり、タッカートンという女性は髪の毛を引き抜かれるありさま。結局その場は無事に収まったものの、一週間ほど後になって、マークは新聞記事で彼女が病死したことを知る。
一方、路地裏で撲殺された神父が隠し持っていたメモ、そこには数人の名前がリストになっており、なかにはタッカートンという名前もあった。調べてみると、ほかにも既に亡くなっている人物がいるようなのだ。
1961年に発表されたノンシリーズのスリラー編。
推理作家のオリヴァ夫人ほか、何人か過去の作品でのキャラクターが再登場。ポアロもの(『ひらいたトランプ』)とミス・マープルもの(『動く指』)両方の世界が重なっていることは興味深い。
さて、この作品の大きな特徴はオカルト要素の導入でしょう。魔術でひとを殺すことができる、といってはばからない女性、すなわち魔女が登場します。登場人物たちは「そんなことはありえない、魔術なんて、ばかばかしい」と何度も繰り返し否定しますが、現に何人もの死人が出ているわけで。実際にはいったい何が起こっているのか? 暗合やほのめかしを重ねて雰囲気を高めながら、物語は進んでいきます。
クリスティのスリラー作品の例に漏れず、プロットのつくりはかなり強引です。決定的な手掛かりも終盤になってから唐突に出されますが、そこから明らかにされていく犯罪計画は意外かつ独創的なもの。また、細かな伏線が一気に収束していくので、ミステリらしい手応えは充分あります。
軽快な語り口もあって、読後感も悪くない。期待するものを間違えなければ、かなり楽しめる作品ではないかと。
2016-02-28
カーター・ディクスン「貴婦人として死す」
1943年作品の新訳です。
不倫の末の、崖からの飛び降り心中。地面には二人以外の足跡はない。単純に思えた事件だったが、後日発見された死体は射殺されており、その凶器も現場からかなり離れたところから発見された、というお話。
第二次世界大戦を背景にしていて、ヘンリ・メルヴェール卿が登場するまでは神経症的な雰囲気も漂っています。
語り手は事件が起こる家と付き合いのあった老医師。彼の目撃したことによって、事件は犯人の足跡の無い不可能犯罪としての様相を呈するのだが、この件を穏便に処理したい弁護士らは、故人の名誉を守りたい医師が証拠を改ざんすることで単なる自殺を他殺のよう見せかけているのだ、と主張する。
真犯人は誰なのか? そしてトリックを弄したのは犯人か、被害者自身か、あるいは語り手なのか?
オカルト趣味の味付けは皆無で、表面的な派手さも控えめなのですが、読み終えてみれば実に良く出来たミステリです。
メイントリックは手が込んでいるけれど理解はしやすく、効果も絶大。事件の展開には偶然が作用するところがあるものの、それをフォローする伏線も充分。
そして何より、真相開示の呼吸が素晴らしい。
カーというとごてごてしたイメージがあるかもしれませんが、これは力がこもっていながらスマートな仕上がりの作品ですね。
さて、次は『絞首台の謎』なのかな。
2016-02-27
Harpers Bizarre / The Complete Singles Collection (1965-1970)
ハーパーズ・ビザールがワーナー在籍時にリリースしたシングル曲のコンプリート集。英Now Soundsからのリリースで、全26曲中24曲がモノラル・ミックスです。
収録全曲について、メンバーであるディック・スコーペトンによるコメントが添えられています。それによれば、ヴォーカル・パートはディックとテッド・テンプルマンの二人が何度も繰り返し声を重ねて作り上げていったもの。また、もともとロック・バンドとして出発した自分たちがコール・ポーターなどの昔の曲をやることについて複雑な気持ちがあった、という正直なところも明かされています。そして、4枚目のアルバム制作に至って、長い時間をかけてワーナーのスタッフを説得することにより、自分たちでの演奏も採用されるようになったとも。
オリジナル・マスターを使用したというモノラル・シングル・ミックスは中域のしっかりしたもので、耳にやさしい仕上がり。いつもながらNow Soundsは丁寧な仕事ですな。
彼らのキャリアが後半になるにつれて、シングルのチャート・アクションは徐々に落ちていったようですが、続けて聴いていても質が悪くなったという感じはないですね。ただ、ちょっと音楽的にヒップになりすぎてしまったのかな、という気はします。
もっとも、ディスクの最初には前身バンドであるティキスの曲も入っていますが、これらは改めて聴いてもそれほどの個性は感じられないかな。ここから彼らのソフトな声質に目をつけたレニー・ワロンカーらは大したものだな、と思いますけれど。
ところで、そのティキス時代にはスライ・ストーンになる前のシルヴェスター・スチュワートの元でデモ録音を行っていたそうですが、ディックによればそのころからスライは別の惑星の生き物のようだった、とか。
ハーパーズ・ビザールにはシングル以外でもいい曲が多いので、必ずしもこれ一枚で最良の部分をさらった、ということにはならないとは思いますが。聴いていて、ただただ楽しいコンピレーションではあります。
シングル・オンリーのものだとアドリシ兄弟の書いた "Malibu U." が個人的なベストかな。しかし、これB面曲なんだよねえ。凄いよなあ。
2016-02-20
The City / Now That Everything's Been Said
1968年にリリースされたシティ唯一のアルバム。昨年秋に、米Light In The Atticからリマスター盤が出ました。
長文のライナーノーツがついていて、アルバム制作の背景について色々と知ることができます。オードの社長でプロデューサーのルー・アドラーは、第一にはキャロル・キングのレコードが欲しかったのであって、グループであることにはそれほど興味はなかったことや、制作時にはみな(ルー・アドラーが持ち込んだ)ローラ・ニーロのデビュー・アルバムを良く聴いていて、単にポップソングにとどまらないその音楽性から影響も受けていたことなど、なかなか興味深い。
音のほうは旧日本盤CDと比べるとかなり良くはなっていますが、もともとのミックスがあまりすっきりしないもののように感じます。また、チャールズ・ラーキーによればレコーディングはロサンゼルスで行われたそうですが、どこにでもあるような、特別なところのないスタジオだったということ。エンジニアもあまり聞いたことのないひとで、つまりは録音もいまひとつなのか。
まあ、それはともかく。
チャールズ・ラーキーとダニー・クーチマーは、キャロル・キングのソロ・デビュー盤「Writer」にも参加していますが、少人数での制作のせいか、この「Now That Everything's Been Said」のほうがぐっと親密な印象を受けます。
楽曲はひとつを除いてすべてキャロル・キングのもので、さすがにいいものばかり。"Snow Queen" はロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズが、"I Wasn't Born To Follow" はバーズ、タイトル曲はスプリング、"A Man Without Dream" はモンキーズが演っている曲。きっちりと仕上げられたそれらのヴァージョンに比べれば、ここで聴けるものはプロダクションが簡素で、それが物足りなくあり、また魅力でもあるか。サウンドの隙間をアイディアで埋めていこうという姿勢は個人的には嫌いじゃない。
しかし、まあジム・ゴードンのドラムの見事なこと。そのせいで、逆にほかのメンバーの不安定さが目立つような気もしますな。
欠点はあれどいとおしい、そんなアルバム。'68年という時代を反映しているように、楽観的な雰囲気もいいのですね。
2016-02-07
アガサ・クリスティー「教会で死んだ男」
英米で出された二つの短編集から編まれた、早川書房オリジナルの拾遺集。
1920年代に発表されたエルキュール・ポアロもの十一作に加え、'50年代に発表されたジェーン・マープルものとノンシリーズのものがひとつずつ収録されています。
『ポアロ登場』でもそうであったけれど、ごく初期の短編はシャーロック・ホームズ譚の影響がすごく強い。「呪われた相続人」や「料理人の失踪」のプロットなど、そのまんまという感じ。
ヘイスティングズの語りにもワトソン博士風のところが多く見られて微笑ましく、特にクリスティの短編として最初に世に出たという「戦勝記念舞踏会事件」の書き出しなど、もしかしてパロディなのか? と思うほどだ。
ミステリとしては「クラブのキング」がシンプルな手掛かりが効果的でいいし、「マーケット・ベイジングの怪事件」も物証から組み立てられる手堅い推理が悪くない。また、「コーンウォールの毒殺事件」での心理分析は後年の長編に通じるものがあるか。
しかし、意外な真相を志向しているものの伏線不足で、ポアロの推理を聞いてもあまりピンとこないものも多いな。むしろ謎解き小説の定型を脱している「二重の罪」や、ヘイスティングズが出てこない「スズメ蜂の巣」が、展開が読めなくて面白かった。
ノンシリーズの「洋裁店の人形」は知らないうちに移動している人形の話。ミステリではないのですが、一作こういうのが混じっていてもいいか。
最後の「教会で死んだ男」はマープルもので、冒険スリラー作品に近いテイストかな。『予告殺人』の牧師夫妻が再登場。
大して手掛かりはなくとも、例によってマープルにあっちゃあ何でもお見通しだ。
後に中・長編に仕立て直されるアイディアも見られますし、ヴェラ・ロサコフ伯爵夫人の初登場作品なんてのもありますが、全体として小粒な印象。まあ、ファン向けですね。
2016-02-01
Jimmy McGriff / The Best Of The Sue Years 1962-1965
ジミー・マグリフが1960年代前半、スー・レコードに残した録音からのコンピレーション盤。
寒い季節になるとオルガン・ジャズを聴くことが多くなる。僕がこういった音楽に興味を持つようになったのは'60年代英国のR&Bグループの影響だ。すぐに思いつくのはスペンサー・デイヴィス・グループ、ペドラーズ、ブライアン・オーガーなんてところ。
マグリフというひとのプレイはブルース・オルガンと形容されたりもして、短いフレーズを積み重ねるようなソロを取る。その緩急がブルース・ギタリストの演奏にも通じるようで、ロック・ファンにもとっつき易いのですね。
このコンピレーションではクリスマス・アルバムとビッグ・バンドを従えた「Topkapi」からの曲は外されていて、全編にわたってスモール・コンボによるご機嫌なソウル・ジャズが楽しめます。時代を反映してか演奏もコンパクトにまとまったものばかり。マグリフはもっと後年のファンキーなものにも格好良いのがありますが、この頃はもろモッズ好み、という気がします。
軽い音楽といえば確かにそうか。けれど、温かみを感じさせるサウンドがなんともたまらない。フットベースのせいもあるんだろうな。
なお、この盤を出していたStatesideというところは良いリイシューを結構やっていたのだけれど、親会社が変わったせいで、みな廃盤になっちゃったようですね。
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