ビッグ・スターのサード・アルバム、その拡大版3枚組。デモ、ラフ・ミックス等が盛り込まれ、未発表のものも28トラック収録されています。
ディスク1の前半はギターとボーカルのみによるデモで、これ、異様に音がいいです。内容もしっかりしたもので、後にアルバムに収録されることになる曲の多くが、恐ろしいくらいに美しく、澄み切ったかたちで提示されています。未だデカダンな雰囲気があまりなく、メロディの良さも伝わりやすくて、曲によっては最終形のものよりも好みですね。
その後に、ゆるいセッションのようなものをいくつか挟んで、"Big Black Car" のバンド形式でのデモが入っています。演奏はそれほどかっちりしていないけれど、サイケデリックなギターソロが興味深い。
ディスク1の後半からディスク2の殆どを占めているのがプロデューサーを務めたジム・ディキンソン、及びアーデント・スタジオのオーナーでエンジニアのジョン・フライそれぞれの手によるラフ・ミックス。ただミックスが違うというだけではなく、ボーカルが異なっていたり後にオーバーダブされるパート(特にストリングス)が未だ無かったりと、別ヴァージョンといったほうがよいものも多いです。
ディキンソン版のほうはあちこちでテープの劣化に起因すると思われるノイズがありますが、音質そのものは十分聞けるもの。中でも "Thank You Friends" は荒削りな感触が悪くないし、"Take Care" はカントリー色が直接的に出ているようで、これもいい。
一方で、ジョン・フライがミックスした方は音質ばっちり、生々しいですね。ドラマーのジョディ・スティーヴンスの "For You" をアレックス・チルトンが、また "Till The End Of The Day" をガールフレンドのリザが歌っていますが、これらはいまいちかな。個人的には "Lovely Day" が軽やかでカラフルな感触のものになっていて、気に入りました。
ディスク3はこのレコーディング・セッションの最終ヴァージョン。「Third」もしくは「Sister Lovers」としてリイシューされる度に曲順や収録曲が違っていたのだけれど、今回は制作当時のテスト・プレスの並びを採用。
こちらも決定版といえそうな音の良さであります。ただ、ラフ・ミックスを聴いた後だと、ややオーバー・プロデュース気味の印象も受けてしまうかな。
付属のブックレットは非常にインフォーマティヴなもので、レコーディングのはじまりから、制作終了後数年経ってリリースされるまでのいきさつを当事者のコメントを散りばめながら再構成してあります。
これを読んでいくと、「Third」はそもそもビッグ・スターのアルバムと意図して制作されていたのではないことがはっきりします。アレックス・チルトンは仕上げの段階ではもう手を引いてしまっていたようであるし、リリースの際に商業的な判断でその名が使われた、というのが有力そうで、掲載されているクリス・ベルの1975年のインタビューからの抜粋でも、そのことについて触れてあります。
その他のエピソードとしては、"Femme Fetale" では困惑するスティーヴ・クロッパーを、ジム・ディキンソンが説得してギターを弾かせたとか、いかにもという感じ。
また、出来上がったものをディキンソンとジョン・フライがワーナーのレニー・ワロンカーやアトランティックのジェリー・ウェクスラーのところに持っていったところ、ぼろくその評価を受けたとのこと。つらかったが、そう意外な反応ではなかったとも。
タイトルは「Complete」ですが、作品としては未完成で、むしろ制作過程に内包されていた広がりを示したセットという感じでしょうか。
今までリリースされていたヴァージョンは必ずしも最良の部分ではなかったのではないか、という思いが聴くほどに強くなります。