2017-04-23

Mel Torme / Comin' Home Baby!


アトランティックから1962年にリリースされたアルバム。これが当時の流行なのかソウルジャズ色が感じられて、凄く好みなのです。

12曲のうち2曲がNY録音で、アレンジはクラウス・オガーマン、録音はトム・ダウドが担当。
シングルヒットになった "Comin' Home Baby" はブルージーな曲調のもの。スモールコンボの演奏にクッキーズのバックコーラスがR&Bらしい雰囲気を盛り立てる。クッキーズはレイレッツの親戚みたいなものなので、この辺はばっちり。主役であるメル・トーメも実に渋格好良い。この曲のサビ部分の展開はスペンサー・デイヴィス・グループの "I'm A Man" のヒントになっているのではないかしら。
その "Comin' Home Baby" とシングルでカップリングになったのが "Right Now"。テンポ早目のラテンリズムであるこのような曲で力を込めて歌っても、リズム感が優れているおかげか仕上がりは軽やか。アレンジ面ではコーラスやオルガンがアクセントになっていて、ポップソング仕様というところ。

アルバムの残り10曲はLAでの制作。ショーティ・ロジャーズによるビッグ・バンドの演奏で、録音はボーンズ・ハウ。
こちらも黒っぽいながら、ジャズらしさはしっかり残しています。特に気に入ったのは "Dat Dere" という曲。いきなり可愛い子供の声から始まってびっくりするのだが、抑えた曲調からのダイナミックなものへ対比が印象的。レンジ広く、高ぶっていくような歌唱も決まっています。
あと、いくつか収録されている古いミュージカル曲なんかで朗々と声を張る箇所は小林旭みたいだなあ。気持ち良さそうに歌うのね。

男臭くもスタイリッシュで、しかも抜群にうまいという。僕はブリティッシュ・ビートのファンなので、ジョージイ・フェイムやペドラーズのロイ・フィリップスのボーカルはここから来ているのかな、なんて思いましたよ。

2017-04-18

横溝正史「本陣殺人事件」


アガサ・クリスティの作品を月イチでずっと読んできて、残すところそれも3作。次は何を読むべえか、と考えた。そういえばKindleで「金田一耕助ファイル 全22冊合本版」というのを買っていたのだが、まったく手をつけていなかった。これにするか。 
なんとなく、昔読んだ黒いカバーの角川文庫もいくつか引っ張り出してみたのだが、目を通してみて文字サイズが凄く小さいことに驚いた。しかし、昔はこれを普通に読めていたのだなあ。


金田一耕助の初登場作品である「本陣殺人事件」は今見るとあまり分量がない、長めの中編といったところ。
戦前の農村を舞台にしているけれど、内容は非常にモダンで、ジャンルに淫したようなところがある。ミステリマニアである登場人物が事件の様態をややこしくしているし、物語の語り手もこれが探偵小説であることを意識している。
そして、密室トリックは昔読んだときにも思ったけれど、あまりに手が込み過ぎている。とても推理によって解明できるものとは思えない。けれど、純日本的な小道具を駆使したそれからは、構築美みたいなものを感じる。人工性の強さがむしろ美点に思えるのだ。
また、それでいて密室を作った動機は、なんというか、推理の流れから逸脱している。動機などどうでもいいではないか、要はそういうことだろう。手段が目的になってしまっている、そのことこそが素晴らしい。


併録作品がふたつ。

「車井戸はなぜ軋る」
顔かたちが瓜二つの男のうちひとりは戦死し、もうひとりが復員してきた、という設定。
パズルとして構成されているわけではないので、その一転・二転するプロットが読みどころ。因果が思わぬ形で作用してしまう、というのが実に日本的だ。
また、この作品は『獄門島』よりもあとに発表されたものだが、「本陣~」と一緒に収録されたことが、ちょっとしたミスリードになっている。
なお、金田一耕助はおまけ程度に登場するが、その部分はあとから書き足されたものだそう。

「黒猫亭事件」
これは中編としての分量がある。
作者・横溝正史が金田一耕助より紹介された事件、それは顔の無い死体の新機軸だという。
手の込んだトリックだが、時代を考慮すると相当マニアックなミスリードも凝らされている。ファン心理が読めているというか、先入観を植え付けるのが実に巧い。
この作品が一番、現代的かも。


三作品ともアイディアの過剰さが嬉しい。とりあえずここから始まったのだな。

2017-04-16

The Aerovons / Resurrection


セントルイス出身のビートルズ・フォロワー、エアロヴォンズが英パーロフォンに残した録音集。2003年、RPMからのリリース。

これら曲の制作は1969年にアビイ・ロード・スタジオで行われ、エンジニアにはアラン・パーソンズが、いくつかのトラックではジェフ・エメリックが就いています。プロデュースは当初ノーマン・スミスが担当していたのですが、その仕事ぶりが気に入らなくてクビに、以降はグループの中心人物である、当時17歳のトム・ハートマンが自分でやることになりました。

全体のサウンドはジェントルな英国サイケポップという印象のものですが、くっきりとしたベースラインやコンプレッサーで潰したようなドラムがいかにもビートルズ純正。トム・ハートマンのボーカルはポールとジョージの間を行ったりきたりする感じで、特にダブルトラックでのハモりはポールそっくりに聴こえます。
曲によってはラトルズかよ、と思うくらいにビートルズに似せたものがありまして、それらはさすがにやりすぎ。しかし、ビージーズやグレイプフルートを思わせる曲など、総じて、丁寧に作られたメロディのものが多いかと。ただ、'69年にはもうこの音楽ではなかったろうな、という気はします。

突出した個性には乏しいですが、ビートルズ云々を意識しなくても楽しめる、達者に作られたポップソング集です。
中でも、"She's Not Dead" という曲がエミット・ローズのデビュー盤に共通する、パワーポップへと突き抜けかけているような魅力があって、いいですね。

2017-04-09

ロード・ダンセイニ「二壜の調味料」


素人探偵リンリーもの9作を含む、全26作品を収録。

やはり表題作「二壜の調味料」の出来が抜きん出ていいです。似たようなテーマを扱った作品は世の中には多くありますが、はっきりと書かず、いかにほのめかすかがポイントでありますね。この作品ではワトソン役であるスメザーズの慇懃な語りがとても効果をあげていると思います。この一作品だけ取ってみるとスメザーズからは、実は全てを知ったうえでそらとぼけているのでは、というような胡散臭さが感じられるのです。また、幕切れの台詞もうまい。
ほかの8作もリンリーのキャラクターに奇矯なところがない分、スメザーズの存在がなんと言うか、過剰に感じられます。「第二戦線」の結末部分などは無くてもよいのだけれど、妙に後味が残る。
ミステリとしては「クリークブルートの変装」の論理がチェスタトン風で好みです。またシリーズ最後の「一度でたくさん」の逮捕劇も実にひとを喰っていて面白い。

その他の収録作にはクライム・ストーリーにとどまらず、スパイものやSFめいたものもあり、あるいは犯罪を扱っていないものもあります。どれも語り口は抑制が利いたもので、それがうまく嵌ったときには異様な雰囲気に結びついているのですが、アイディア勝負のような作品では物足りなく感じることもあるかな。
中では泥棒に入った男が語る「不運の犠牲者」の皮肉な成り行きや、ある議員のスピーチを阻止しようとする「演説」の盲点を突いた手口が気に入ったのだけど、特にいいのが最後に置かれた「アテーナの盾」。見え見えの話なのにやけにもったいぶるなと思っていると、予想だにしない展開が待っている。読んで驚け、という感じですね。

謎解きの要素もありますが、むしろミステリ・プロパーからでは出ないような発想・展開が楽しい短編集です。

2017-04-04

アガサ・クリスティー「運命の裏木戸」


田舎に引っ越してきたべレズフォード夫妻は、家の前の持ち主からまとめて買い取った本の数々を整理していた。そのうち一冊のなかに犯罪を告発する暗号が隠されているのを発見。しかし、その関係者たちは半世紀以上も前に亡くなっていた。はじめは単なる好奇心から調査を始めた二人は、やがてかつてのスパイ活動に突き当たる。


クリスティが最後に執筆した長編で、トミー&タペンスもの。「フランクフルトの件」に関わったロビンソン、パイクアウェイ氏らも登場。
トミーとタペンスは『NかMか』の事件を解決したことによって諜報部関係者の間では名をあげており、その『NかMか』の内容にも結構触れられています。

女史のキャリア末期における作品がみなそうであるように、これも遠い昔に起きた事件をほじくり返すというお話。タペンスが「過去の罪は長い影を曳く」というフレーズを口にするのですが、これは『象は忘れない』にも出てきたし、『カリブ海の秘密』にも似たようなのがあった。
そして、やはりこの時期の他の作品と同じ欠点も共有している。展開が冗長で、同じことが繰り返し語られる。中心人物の行動範囲は極めて限られており、その調査が進んでも事実関係は曖昧にしか語られない。口述筆記の弊害なのかな。

これ以前のトミーとタペンスものはスリラー小説といっていいものだった。怪しい人物を尾行。犯罪組織のアジトに潜入捜査。命を狙われることもある。そして、危険なイベントを乗り越えていくうちに、意外な真相に突き当たる。
キャラクター、あるいは作者の老齢のせいか、今作ではそういった行動的な要素がない。昔の事情に通じていそうな人々に会いに行って、話をするだけだ。

ミステリとしても特に見るところはない。現代と過去において犯人といえる人物が存在するが、謎解きの興趣には乏しい。プロットにもツイストがない。
つまり、これは予定調和を楽しむべきなのだろう。

70歳を過ぎてもまだ明るさを失っていないトミーとタペンスと出会える、そういう価値の作品です。

2017-04-01

The Creation / Action Painting


クリエイションの1965~68年におけるスタジオ録音をまとめた2CDアンソロジー、米Numeroより登場です。新規にテープトランスファーからやり直され、マスタリングは当時のプロデューサーであるシェル・ターミー監修のもとで行われました。
ちなみに5月には英Edselより再結成後のキャリアもフォローした4CD+DVDのセット「Creation Theory」も出る予定。どちらを購入するか、凄く迷ったんですよ。前身バンドであるマーク・フォーの音源が「Creation Theory」には8曲入ってるんだけど、「Action Painting」には収録時間の関係か4曲しかない。あと、「Creation Theory」のDVDには1966、67年の演奏も5曲入っているのだ。
細かいことを言えば「Creation Theory」の方を持っていたい。しかし、個人的にあまりごっついセットのものは何度も繰り返して聴くことが少なくなってきているのです。あと、EdselよりNumeroのほうが丁寧な仕事のイメージがある。

CDは紙のポケットに入っているのだが、サイズがきついので取り出す際に破れそう

パッケージはCDサイズのハードカバー本。写真は豊富だし、ライナーノーツはバンドの歴史、全レコーディングについてのコメントの付いた詳細なもので、読み応えがあります。
これによればマーク・フォー時代、ロックンロールのカバー・バンドから独自のR&Bへの方向転換に際して非常に大きな影響を受けたのは、トゥモロウの前身バンドであるフォー・プラス・ワンの演奏だったという。
その他にも、"Tom Tom" は "Painter Man" の改作だとか、"How Does It Feel To Feel" というフレーズはディランの "Like A Rolling Stone" の歌詞から来ている、などなど。


ディスク1はオリジナル・モノラル・ミックスのリマスターで固められています。
しかし、最初期のサウンドはザ・フーそっくりだな。鍵盤はニッキー・ホプキンズだし。まあ、そこから突出しようとしている個性がギターのボウイングなのだけど。何にしろ、凄く格好いいからOKだ。
今回のリイシューではクレジットやバンド・ヒストリーが書かれているので、どこまでがオリジナル・ギタリストであるエディ・フィリップスの演奏なのがが、ある程度わかりました。このディスク1でいうと13、14、17、18、22曲目がロニー・ウッド参加後の演奏。
はっきりしないのが活動末期にリリースされた "Bonie Moronie" と "Mercy, Mercy, Mercy" です。"Bonie Moronie" はフィリップス在籍時の未完成トラックに後からボーカル入れをしたものではないか、また、"Mercy, Mercy, Mercy" の演奏はセッション・ミュージシャンによるのではないかと推測されていますが、果たして。


ディスク2に入ると、まずマーク・フォーのシングル曲が4曲。こちらの音質も上々。あとは新規ステレオ・ミックスが15曲に、バッキングトラックが4曲(うちふたつが未発表)という構成です。
ステレオ・ミックスが凄くいいですね。音質は抜群で、モノラルだと埋もれているようなパートも生々しく響きます。まあ、凶暴な迫力ならモノラルが上ですが、新ミックスにはこれまで気付かなかったようなアレンジのアイディアを発見したりという楽しみがあります。


モッド・ビートからサイケポップまで変化しながら、独特のヘビーな感覚があるのが彼らの個性であります。今回、そのキャリアを意識しながら聴いてみると、なるほどギタリスト交代後ではそのサウンドの手触りは変わっているのかな(あいまい)。エディ・フィリップスのプレイからはハードロック的なものの萌芽が感じられます。

2017-03-27

Prix / Historix


末期ビッグ・スターに少しだけ関わりのあったジョン・ティヴンとトミー・ホーエン(ティヴンはライヴに、ホーエンはサード・アルバムにバックコーラスで参加していたそう)が中心になっていたパワー・ポップ・ユニット、プリー(プリックスではない。「And by the way, it's pronounced "Pree."」と書かれています。そうするとタイトルは「ヒストリー」なわけだ)。
彼らは活動中に一枚のシングルと、活動停止後にもう一枚をリリースしただけの存在です。しかし、その音楽はメロディとエネルギーの混交が素晴らしいロックンロールだ。

この盤の内容は、1975~76年のメンフィスはアーデント・スタジオでの録音6曲に、そのうち3曲の新規ミックス、1976年にコロンビア・レコードのオーディションを受けたときの演奏にオーバーダブを加えて仕上げたものが5曲、それに新曲が1曲となっています。

1975年、ジョン・ティヴンはアレックス・チルトンのソロ・アルバム「Bach's Bottom」のプロデューサーを務めていて、そのレコーディングにはトミー・ホーエンも参加していた。やがてチルトンのプロジェクトが完全に停滞してしまったため、一緒にバンドをやるか、となったそう。

メンフィス録音のうち4曲ではプロデュースと演奏でクリス・ベルが協力しており、いかにも初期ビッグ・スター、というサウンドが聴けます。特にシングルで出された "Girl" はまんま「#1 Record」の世界そのもので、しかも非常にいい出来。
さらに、よりラフでハードな仕上がりのものではラズベリーズ・フォロワーという趣もあります。"Love You Tonight (Saturday's Gone)" という曲なんて実にそれっぽいな。
また、前述したような経緯もあってか "Free Again" 等、「Bach's Bottom」といくつか共通する曲も演っています。

音質にはばらつきがあり、クリアなものもあれば正直、聴き辛いものもありますが、いや、それでも抗い難い魅力を感じますね。格好いいもの。