2020-11-09
ジョン・ディクスン・カー「死者はよみがえる」
1937年のギディオン・フェル博士もの、その新訳。連続殺人を扱った長編です。
導入から事件までの流れがすっきりしているし、犯罪をめぐる状況も(奇妙な要素はあるものの)明確に示される。細かいアリバイが絡んでくるが、それは偶然の目撃者によるものであり、あまりごちゃごちゃしてこない。
物語の早い段階で事件が出揃って、その後は尋問・調査が続く。怪奇や不可能趣味によるけれんは、この作品では排されており、カーにしてはストレートなフーダニットという感じです。
中盤過ぎ、一通り手掛かりが集まってからのディスカッションが楽しい。意外な容疑者の指摘と微妙に焦点をずらしたような推理。さらにはそれまで俎上には上がってこなかった要素に関する、ある可能性の指摘。
もっとも、ここでのフェル博士は、いつも以上に意見がはっきりとしない。この出し惜しみが後からすごく効いてくるのだけれどね。
いよいよ捕り物となってからの展開は意表を突いてきて、ぐっと引き込まれるのだけれど、これフェアすれすれじゃないかなあ。
そして最終的に明らかにされる真相は、非常に意外なものであります。しかし、その分、使われている手は相当にあこぎ。大して検討されずにいた、いわば推理の前提となっていた部分の穴を突いてくるのだ。さらに言うと、犯行計画にもかなり無理がある。
もっとも、容疑者を絞り込む際の構図の逆転は印象的ではあるし、いくつもあった疑問点がこうでしかない、という形で解決されていく快感はやはりなかなかのもの。作品タイトルも肩透かしではない意味が持たされている。
かなり無茶なのだが、まあ、すごく面白かったのな。
2020-11-01
Astrud Gilberto / Gilberto With Turrentine
アストラッド・ジルベルトがCTIで制作した唯一のアルバム、1971年リリース。
アレンジはエウミール・デオダート。タイトルこそ「ウィズ・タレンタイン」だが、スタンリー・タレンタインが参加しているのは全10曲中4曲にとどまる。
このアルバム、レコーディングが完成する以前にアストラッドは何か気に入らなかったのか、仕事を放棄してしまったそう。2曲インストが入っているのは苦肉の策だったわけだが、完成した作品はスムーズな流れの感じられるものになっていて、このあたり流石はクリード・テイラーといったところ。
音楽のほうは、アルバムのアタマとケツをバカラック&デヴィッドの曲でまったりと包んだミドル・オブ・ザ・ロードのポップスの間に、CTIらしいブラジリアン・フュージョンが挟まれているといった具合。
特に後者のクールでカラフルなアレンジ、適度な緊張感を湛えた演奏が気持ちいい。ただしバックが印象的な分、ボーカルの存在感を薄く感じる瞬間もあります。バランスがうまくいっているときには親しみやすさを残した歌物フュージョンという趣があるのだけれど、逆にヘナヘナとした歌が邪魔にさえ思える曲もあって、痛し痒しではあります。
個人的なベストは "Mulher Rendeira" という、ボサノヴァ以前の時代の古い曲。ここでは "Braziliam Tapestry" というタイトルがつけられていますが、これぞデオダートという洒落たものに生まれ変わっていて、実に格好良いです。
なお、海外盤CDにはアウトテイクが3曲ついているのだが、アルバム本編よりずっとリラックスしたつくりで、こういうほうがアストラッド・ジルベルトには合っている、とは思います。うち2曲がニルソンの曲というのも(13曲目が「"Polytechnical High" (Deodato, Everett) 」とクレジットされているが、これはニルソンの"Poly High" である)好ましく、ポップスファンとしては思わぬ拾い物でありました。
2020-10-31
小森収・編「短編ミステリの二百年2 」
二冊目です。
この巻のはじめはスリック誌「ニューヨーカー」中心に寄稿していた非ミステリ作家のものがいくつか。洗練されているし、洒落てはいるのだけれど、個人的には読んでいてあまりピンとはこなかった。
ただし、わが国での短編ミステリの需用への影響を絡めた、この辺りの作家を論ずる解説部分は冴えております。ヘミングウェイに影響を受けた大きな二つの流れのひとつが、これら都会小説であり、もうひとつが「ブラック・マスク」誌である、という展開にはどうしたって乗せられてしまう。
そして、この後からはいよいよミステリ・プロパーの作家が続きます。エンターテイメントの読み物としてはこちらの方が楽しいです。
作品の並びの大雑把な流れとしてはブラック・マスクに書いていた作家から、ジャンルでくくると零れ落ちそうなレックス・スタウトと来て、英国のポスト黄金期といった感じ。
個人的な好みとしてはハメットとチャンドラーとなるか。ここで採られている作品も既読になるのだけれど、やはり別格です。
ハメットに関しては解説部分でも小論といっていい分量が費やされ、内容も鋭く、読み応えのある分析がなされています。チャンドラーについてもその特質を抽象的な表現に流れずに語っていて、いやあ、評論とはこういう明晰なもののことだよなあ、と思わされます(なお、わたしが読んだこの本は再版なのだけれど、その巻末には、チャンドラーの「待っている」の鑑賞に更なる付記が加えられていました)。
その他ではロイ・ヴィカーズの「二重像」ですね。本巻でミステリとして一番よくできていると思いました。シンプルなんだけど巧いなあ。
あと、エドマンド・クリスピンの「闇の一撃」が拾い物でした。短編集『列車にご用心』に入っていた「ここではないどこか」の初出版であって、短い分、キレが感じられる仕上がりです。
2020-10-01
Roy Wood & Wizzard / Main Street
ロイ・ウッドがウィザードを率いたアルバムとしては最後の作品、英Esotericからのリイシュー。
元々このアルバムは1976年に「Wizzo」というタイトルで制作されたものの、先行シングルがヒットしなかったことから、レコード会社の判断でお蔵入りに。それが2000年になって英Edselより発掘されたのですが、収録曲のひとつ "Human Cannonball" はロイ・ウッド自身の意向によりオミット。この曲はしばらく後の編集盤で日の目を見、今回のリリースでは盤の最後にボーナストラック扱いで収録されております。
アルバム全体としてはサックスが大きくフューチャーされ、ジャズ要素が強く出ているのは確か。なのだが、メロディはいつものロイ・ウッド節であるし、例によってアレンジはしつこく、頭のおかしいオーボエも鳴っている。結果としてその音楽はきらびやかで、かつ実験的、しかしポップというまぎれもないロイ・ウッド。
一曲目の "Main Street" がとにかく良いです。ジャジーなアレンジと繊細でメロウなテイストのブレンドはまるで70年代のブライアン・ウィルソンのようだし、ブリッジのメロディにはロジャー・ニコルズを思わせる瞬間もあって。いや、この一曲で元がすべて取れる、グレイト・サンシャイン・ポップ。
その他の曲には、ムーヴ中期以来のヘヴィな面を引き継いだようなものもあるけれど、割合にすっきりしている方だと思う。逆にスウィング・ジャズをベースにした "French Perfume" という曲などはお洒落ポップになりそうなアレンジなのだが、ガッツがあり過ぎる演奏や歌唱とダイナミックな展開により、結果、スケール感あるものに仕上がっているのが面白い。やはりオリジナルなひとですな。
明快さと複雑さが自然に混交した、これもロイ・ウッドでしかありえない一枚。
2020-09-13
Laurindo Almeida / Guitar From Ipanema
この夏、一番よく聴いた一枚。イージー・リスニング的なボサノヴァとでもいいましょうか。キャピトルより1964年のリリース。
ローリンド・アルメイダはブラジル出身のギタリストなのですが、ボサノヴァ勃興以前より米国で活動していまして。そうするとルーツを生かしたというよりは流行に乗って作られた企画物と考えていいのかな。わたしにとってアルメイダというのは、ジョーニイ・サマーズと一緒にボサノヴァのレコードを作っていたひと、というくらいの認識でありましたが。
これはギタリストのリーダーアルバムではあるけれど、あまりギタープレイには言及されることがなく、どちらかというと全体のアンサンブルやサウンドの感触でもって好まれてきたようであります。
実際の演奏も控えめなんですよね。エレクトリック・ギターをフィンガーピッキングで弾いていまして、芯がくっきり太いながらまろやかな音。それで美麗にメロディを奏でていることが多く、よく聴いていると素晴らしく切れのよいプレイを見せる瞬間があるのですが、あまりそういうのは前には出てこない。でもって、涼やかでカラフルなフルート、口笛やオルガンなんかが入ってくると、それらのほうが目立つわけです。また、2曲だけアイリーン・クラークのボーカルが入っていて、そこではガット・ギターを弾いているのですが、そうなるともう歌伴という印象です(すごく巧いんだけれども)。
アルバム全体としてはなんというか流石なものですね。まあ、気持ちいいわ。リッチ。聞き流しても心地良いし、しっかり聴けば、それなりに応える部分もある。ボサノヴァのくくりのなかで、しっかりバラエティもあるし。ちょっとケチのつけようがない。
そんなシリアスに聴くものではないかもしれませんが、ちゃんとした大人がちゃんと考えて作った音楽ですよね。いいのはジャケットだけじゃあないぜ、という感じ。
不安定さを取り除かれたボサノヴァというのは非常にアメリカ的だな、なんてことも思ったり。
2020-08-08
H3O / La Musica De "H3O"
メキシコ産5人組グループ唯一のアルバム。ジャケット写真を見るとまるで1990年代のギターポップのようだが、リリースは1967年。
基本編成はドラム、ウッドベース、アコースティック・ギター、フルートときどきオルガンで、ボーカルが女性で男声コーラスが絡むというもの。
演っているのはボサノヴァ曲が多いのだけれど、この時代によくあるセルメンフォロワーかというと、そうでもないのが面白いところ(ピアノもいないし)。確かにジャズボサを達者にこなしているけれど、それ以外はクラシック曲を土台にしたインスト、割合ストレートなビートルズ・カヴァー、ゴージャスなオーケストラを従えて歌い上げるものなどあって、スタイルはまちまち。けれどポップな線はあまりはずしてはいないというところか。
更にはこのアルバム、ライヴとスタジオ録音が混じっているようである。なんか、趣旨がいまいちつかめないつくりです。
正直、ビートルズ曲の出来は面白くないですが、それ以外は全体にセンスの良さが感じられます。ボサノヴァ有名曲にしても普通に演奏しているのですが、ちょっとした味付けで、ぐっと耳当たり良く仕上がっております。
そんでもって個人的なベストは映画「The Knack」のテーマ曲のカヴァー。この曲を取り上げる時点で反則みたいなものですな。アレンジをあまり弄りすぎず、元々の良さを残しつつ、いい感じのジャジーな歌物になっていて、うむ、格好いいです。
2020-08-07
エラリー・クイーン「エラリー・クイーンの新冒険」
クイーンの第二短編集(1940年)、その新訳版。収録作品が発表されたのは1935~39年。長編でいうと『スペイン岬の謎』から『ドラゴンの歯』にあたります。パズルの中に物語性を織り込む試みののちにハリウッドへ、おおざっぱにはそういう時期。
冒頭の「神の灯」はメイントリックだけを取り出せば、(現代の視点からすると)大したことはないかもしれないが、手掛かりも含めたそのプレゼンテーションがとてもドラマティックかつ、よくできている。また、サブトリックの絡ませかたも実に利いていて、やはり黄金期のミステリ中編としては随一ではないか(カーの「妖魔の森の家」が発表されたのは既に黄金期ではないゆえ)。
続いての4短編は全て題名に「冒険」の文字が付いています。
「宝捜しの冒険」は手掛かりこそ弱いが、犯人心理を辿るロジックが気持ちいい。プロットも結末までびしっと決まった。
「がらんどう龍の冒険」は謎解きに一ひねりあり。題名が読者に対して微妙に効いているのだ。ひとつの手掛かりから全体像が見えてくる筋道はクイーンならでは。
「暗黒の家の冒険」発見された手掛かりが更なる謎を生む展開が楽しい。犯人特定につながる手掛かりもちょっと盲点を突いたものだ。
「血をふく肖像画の冒険」設定は派手ですし、フェアに作られていますが、ミステリとしてはどうということもない。描写や雰囲気の醸成に力を入れた感じか。
残り4つはスポーツを絡めた連作。エラリーはハリウッドで働いていて、当然ポーラ・パリスも一緒だ。
「人間が犬を噛む」野球の試合が行われているスタジアムを舞台にした毒殺劇。本書ではここではじめてリチャード・クイーン警視が顔を出す。シチュエイションをうまく生かしたミステリで、ロジックがやや緩いものの、試合が終わるまでに全てを解決させるというプロットはスマート。物語全体に感じられる陽性の雰囲気もいい。
「大穴」お次は競馬がテーマ。キャラクターが薄っぺらで、ミステリとしてもお手軽なつくりであり、フェアであるかも疑わしい。
「正気にかえる」ボクシング会場付近で起きた事件。謎解きがきっちり作られている上、簡潔で生き生きとした描写、締まったプロットが楽しめる。
「トロイの木馬」最後はフットボール・スタジアムで起きた盗難劇。意外な隠し場所の性質はこの時期らしい創意が感じられるのだけれど、本書では同じようなテーマの作品としてすでに「宝捜しの冒険」があって、作品全体としては分が悪いか。
「神の灯」を除いてもいくつかはとても切れのあるミステリに仕上がっていますし、それ以外の作品にしてもなにかしらの魅力がありますね。まあ、わたしはファンなのでエラリーが活躍していればそれでもう満足ではありますが。
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