2011-09-11

ジョン・ディクスン・カー「火刑法廷〔新訳版〕」


これも大昔に旧訳で読んでいた作品です。正直、カーの作品で訳を改めて欲しいものは、もっと他にあるとは思いますが。

二階にある部屋から存在しない扉を通って出て行った殺人者、コンクリートで固められた霊廟から消えうせた遺体と、不可能興味は申し分ありません。そして、名探偵役が不在のためか怪奇趣味がいつにもまして強調されています。

黄金期におけるカーの作品らしく投入されているアイディアの量は豊富であり、なおかつ状況も複雑なのですが、この作品に限ってはそれらが指し示している方向がある程度揃っているために整理が良く、飲み込み易いのが美点でしょうか。フェル博士やヘンリー・メリヴェール卿なら、話があからさま過ぎてかえって胡散臭い、とか言いそうであります。そうしたカー独特のジャンルに対するメタな視点が、今作では特異な形で示されているということかな。

それにしても、いつものコミックリリーフを排してみると、かなり迫力のあるものになるのですね。持続するサスペンスといい、この作家の筆力を再認識しました。
ミステリとしては世評に違わぬ出来で、今さらどうこう言う事もないですか。再読してもその印象は変わりませんでした。脂の乗った時期のディクスン・カー、その狙いがずばり嵌った作品です。
(なお、腰巻には「従来は割愛されていた原著者による注釈も復活させた『完全版』」と書かれていますが、あまり期待はされぬように)

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