2012-05-01

三津田信三「幽女の如き怨むもの」


戦前、戦中、戦後にわたる三軒の遊郭で起きた
三人の花魁が絡む不可解な連続身投げ事件。
誰もいないはずの三階から聞こえる足音、
窓から逆さまに部屋をのぞき込む何か・・・・・・。

刀城言耶シリーズの最新長編。三部よりなる過去の記録が500ページくらいまで続き、最後に言耶が事件の解釈をつける、という構成です。となると当然、ミステリとしてはメタ性が意識されるところ。
ただ、冒頭の「はじめに」では「ここには密室や人間消失も、連続殺人や見立て殺人も、試行錯誤によって齎される多重解決やどんでん返しも、恐らく何もない」とあり、これまでの作品に見られたような、いかにもな趣向は抜きであることが宣言されています。

実際、これまでのシリーズに比べると、物語全体に占める怪異や推理の割合は少なめで。特に250ページほどある「第一部 花魁」は戦前に、何も知らないまま田舎から遊郭に売られてきた少女の日記なのだけれど、そこで主になっているのは遊郭という異界で翻弄されていく若い女性の運命であって、怪異はその一部分でしかないという印象。
その後は徐々にミステリらしい様相を強めていくのですが、事件そのものが掴みどころのないもので、これ自体のヒキは弱いかなと。

もっとも、解決編に入れば、やはり流石の一言。
三度も繰り返される連続身投げを犯罪とするか事故と見るか、解釈の綱引きにおける不安は個人的に乱歩テイストを感じるものです。また、盲点をつく「幽女」の正体は、凄く収まりがよくて、逆にびっくり。
さらに、その後に明かされる三つの時代を貫く真相は、物語そのものを変容させるものでありながら、動機、トリックが渾然一体となったこれ以外無いもの。回収される伏線や、明らかになるミスリードなどには、ただただ唸るのみであります。
ごてごてせず、スマートに落とす絵解きは以前には無かった手際かな。

今までで一番、ドラマ部分に比重がかかったような印象ですが、それも読者がキャラクターに同情して読むほど目眩ましにあうという、ミステリとしての必然からくるもの。
やはり三津田信三でなければ書けない作品でしょう。古典的なガジェット抜きでも堂々たる本格ミステリであります。

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