2014-10-19
マージェリー・アリンガム「窓辺の老人」
副題には〈キャンピオン氏の事件簿Ⅰ〉とあります。日本オリジナル短編集で、1937~39年に発表された七編が収録。
活字がでかいうえに300ページもないので、さくっと読んでしまえる。このボリュームはどうなの、アリンガムの短編で大したものはそんなに多くないということか、と勘繰ってしまうのだが。戸川安宣氏の解説には「このたび、キャンピオンの活躍する中短編の精華をあらまし年代順に並べて提供しようということになった」と書かれているので、今回収録されたのより後年に書かれた短編から編んだものが〈事件簿Ⅱ〉として出されるのでありましょう、きっと。
それはともかく、簡単な感想をば。
「ボーダーライン事件」 不可能状況と証人の心理の謎を扱っていますが、絵解きは盲点をついたあっさりとしたもの。そして、事件の解決によって見えなかった物語が立ち上ってくる、この結構が実に味わい深く、巧い。ぶっきら棒なタイトルの妙もまた、後から効いてくる。
「窓辺の老人」 オーソドックスな手がかり、謎解きの流れに沿って行動しているのだけれど、説明は全て結末まで後回し、というシャーロック・ホームズ以来の作劇法ですね。奇妙なキャラクターに非常に魅力的な謎、それに意外な展開で最後までぐいぐいと引っ張っていきます。
「懐かしの我が家」 読み終えてみれば、一人合点な探偵自身が事件を錯綜させている、といった感じではありますが。小さなアイディアを、見せ方でもって読ませるものに仕立てているのは確か。控えめなユーモアの加減も好ましい。
「怪盗〈疑問符〉」 設定が子供っぽくもチャーミング。嘘から出たまことというか、棚からぼた餅というか、偶然につながっていくようなプロットが楽しい。謎解きはまあ、おまけみたいなものだ。
「未亡人」 いかにも手の込んだ犯罪計画が楽しい。これもホームズ譚のような味わい。
「行動の意味」 チェスタトンや泡坂妻夫を思わせる奇妙な謎とその顛末が語られる。プロットは割りにストレートだが、シリアスな雰囲気とユーモアの対比がこの作品集中では際立っていて、クライムストーリー風の味わいも。
「犬の日」 キャンピオンが休暇中に体験した不思議な出来事を綴った小品。オチが読めてしまうのは仕方がないか。
全体としては、推理の面白さにはさほどこだわらず、飛躍のある展開や意外ななりゆきで読ませるといった感じですかね。
また、探偵役のアルバート・キャンピオンは奇矯なところのない控えめな英国紳士で、そこに物足りなさを感じるひともいるかもしれませんが、それが作品形式の柔軟さにつながっているようでもあります。要は使い勝手がいい、と。
がっちり構成されたミステリや強力な個性を期待するひとには向いていないかな。ゆとりを感じさせる語り口に乗せられた、古き良き時代の探偵小説です。
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