2014-11-02
フラン・オブライエン「スウィム・トゥー・バーズにて」
「申し分なき小説は紛うかたなき紛い物でなくてはならず、読者は随意にほどほどの信頼をそれに寄せればよいのである」
伯父のすねをかじりながら、ほとんどの時間をベッドの中で過ごしている、大学生の「ぼく」。彼が執筆している物語、その登場人物のトレリスもまた小説家であり、自分の創作した人物たちを自分と同じホテルに住まわせ、その行動を監視していた。だが、トレリスの作中人物たちはやがて、作者の支配から逃れようとして・・・・・・。
1939年発表作。章立てというものがなく、のらくらとした大学生の日常と、彼の手による創作物、さらにはその中で語られる虚構、これらが一見すると脈絡ない具合に並列して進んでいきます。そして、その作中作部分では、饒舌で熱を帯びた語りがこちらをぐいぐいと引っ張っていく。アイルランドの英雄譚、カウボーイ、悪魔に妖精など多ジャンルにまたがった要素もただただ面白さに奉仕するために存在しているようだ。このお話がどこへ向かうのか、読み進めていても一向に見当がつかなくて、それにもわくわくさせられる。
一方で、作中現実での語り手である「ぼく」は、仲間内で益体もない会話に熱中しながら、家庭ではごくつぶしとして扱われる。妙にリアリティがある「ぼく」より作中作のキャラクターのほうがずっと生き生きとしていて、その対比もいとおかし。
メタフィクションの古典なのだろうけれど、そんな形式にはこれっぽっちもとらわれていないような出鱈目っぷりが素晴らしい。特に後半の展開は書きようによってはSFにもなりそうだ。
何ら教訓や深遠なる洞察もないし、結末もなんだかはっきりしない。しかし、そんなことは問題にならないほど、ほら話の愉しさに満ちた一冊でありました。
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