2015-03-07
ヘレン・マクロイ「歌うダイアモンド」
〈クイーンの定員〉にも採られた自選短編集 "The Singing Diamond and Other Stories" に、中編「人生はいつも残酷」を加えたもの。
バラエティに富んだ内容からは、マクロイが自身の持つさまざまな方向性をショウケースにして見せた、という感じを受けます。とりわけ、ミステリ長編でも顔を出す超自然的なものへの関心が、はっきりとしたかたちを成しているのが興味深い。
「東洋趣味(シノワズリ)」 舞台は清王朝末期の北京、中心になるのは欧米国の公使たちからなるコミュニティ。濃厚な異国趣味と、それを背景にした人間消失の謎が楽しい。純粋にミステリとしてみれば軽い作品ですが、異社会の論理に、秘密めいた絵画も登場して、泡坂妻夫を思わせるような丁寧な手触り。
「Q通り十番地」 近未来の、極端な管理社会を描いたSF。ワンアイディアで非常にわかりやすいお話だけど、その分、いささか寓意が露骨ではある。
「八月の黄昏に」 21世紀、新しい理論による飛行法が開発され、その最初の実験の顛末が語られます。展開はさほど独創的とはいえないけれど、それより主人公にとってもっとも印象的な思い出、それを描くことに主眼があるのか。
「カーテンの向こう側」 とても怖い夢を見る新婚女性、その原因は現実生活の中にあるようだが、というお話。疑念を掻き立てる導入がこの作家らしくて巧い。結末が一歩先に見えてしまう構成ではあるけれど、そこに至るまではサスペンスとしてもツイストが効いた展開でよくできている。
「ところかわれば」 異星人とのファーストコンタクトもの。最初のところに面白いフックがあって、ミステリファンの好みにも合いそうだ。異世界間の文化的ギャップがユーモラスに描かれ、なんだか初期の筒井康隆っぽい。それだけに締めの部分が古びているようなのが残念。
「鏡もて見るごとく」 マクロイのレギュラー・キャラクター、ベイジル・ウィリングが探偵役を務める、不可能犯罪もの。後に長編『暗い鏡の中に』に仕立て直されるだけあって、非常に密度が濃い内容。読後感は『暗い鏡の中に』とは違い、より謎解き小説らしい仕上がり。
「歌うダイアモンド」 続いてもベイジル・ウィリングもの。「歌うダイアモンド」と呼ばれる未確認飛行物体を目撃した人物たちが全米各地で次々に殺されていく。おそろしく魅力的な謎であるけれど、その分、解決は(筋は通っているものの)膝を打つものというより、現実味が薄く感じられる。ただ、いくつかのSF短編に目を通した後に読むと、この犯罪計画のファンタスティックな味そのものがマクロイの個性なのでは、という気もします。
「風のない場所」 終末テーマを扱った美しい小編。この短編集に収められた他のSFものと違い文明批判が落としどころになっておらず、静謐なイメージのほうが勝っているのがいい。
「人生はいつも残酷」 文庫本で90ページほどある中編。十五年前に事件に巻き込まれ、失踪した男は復讐の為に素性を変えて故郷の町に帰ってきた。ところがそこで知ったのは、自分は殺されたことになっているという事実だった。
複雑なプロットがうまくまとめられていて、読み応えがある作品です。リアリスティックな設定においては、マクロイの欠点であるロジックの甘さが目立ってしまっている感がありますが、伏線の妙はさすがにこの作家らしいところです。
SFもののうちには現在からするとどうかな、と思うものもありましたが、ミステリ作品はどれも面白く、かつユニークな仕上がりで。トータルでは満足な一冊でした。
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