「刑事コロンボ」のR・レヴィンソンとW・リンクのコンビが手掛けたテレビドラマ「エラリー・クイーン」、そのシナリオのうち未発表を含む5本を収録。
「エラリー・クイーン原案」とありますが、一作を除くとクイーン作品をそのまま元にしたものは無く、クイーンの作品世界を独自に再構築したものであって、読み物としてはパスティーシュとして受け取ればいいんじゃないかな。
もしかしたらクイーンの名前を利用した、お手軽な商売の本だったりしないかという不安はあったのですが、実際に読んでみるとこれは悪くないですね。面白かったです。
キャラクターがテレビ向けにアレンジされているようなところがありますが、ミステリとしてはかなりしっかりした仕上がり。手掛かりの出し方や謎解きの作法などがいかにもクイーンらしくて、作家陣は相当にクイーン作品を研究していたのではないでしょうか。
また、シナリオ後半には毎回「読者への挑戦」ならぬ「視聴者への挑戦」があるのも嬉しいところ。
放送された全エピソードについての解説もついており、労作です。
エラリー・クイーン本人の作品ではありませんが、個人的には後期クイーンの代作長編のうちの出来の落ちる作品よりも楽しめるんじゃ、と思います。以前出たラジオドラマ集が気に入った人なら、是非。
2010-03-05
エラリー・クイーン原案 飯城勇三編「ミステリの女王の冒険 ― 視聴者への挑戦」
2010-02-28
カーター・ディクスン「一角獣の殺人」
舞台はフランス、外部から隔絶された古城。
そこに集まった人々の中には変装の名人である国際的な怪盗と、フランス警視庁が誇る名探偵、その二人ともが正体を隠して紛れ込んでいる。
そして起こる衆人監視下での殺人事件。死因は額の深い傷で、それは弾丸などでは出来えない、鋭い角で突かれたとしか思えないものであった。
伝説の一角獣による殺人か? そして、誰が怪盗で誰が探偵なのか?
探偵小説としてのそそる趣向を大量に盛り込んだ上に、いつものドタバタとサスペンス。
読んでいる間は本当に楽しい。山場の作り方とか、プレゼンテーションなど、流石にカー、といううまさ。
もっとも、マンネリズムの楽しさもあって、これはカーの作品をある程度の量は読んでいないと伝わらないかもしれない。
正直、相当無理があるお話なのだが、リアリズムなど堅物野郎にでも喰わせておけばいい。
フーダニットとしてのトリックは意表を突いた大胆なものであります。ただ、筋を複雑にした分、解決には無理がみられますが、それはいつものことか。
カーという作家は最終的に面白ければいいじゃない? というエンターテイメントの職人でもあって。現代の目から見て傑作とはとても言いかねますが、それはモノサシが違うのだな。
見よ、このストーリーテリングの冴えを。
なんかミステリを長年読んでいると、こういった古めかしい趣向が心地よくて。
完成度の高い作品や先鋭性を持ったミステリも良いんだけれど。
自分の帰るところ、心地よい場所というのは、結局ある時代にしか書かれえなかったものなのかな、という気がします、最近は、ね。
2010-02-21
ヘレン・マクロイ「殺す者と殺される者」
そんな書き出しで始まる一人称小説。いかにも信用できない語り手という感じではある。と言ってもこの主人公は虚偽を書いたり、重要なことをあえて書かなかったりするわけではない、誠実な語り手ではありますが。
主人公は転んで頭を強打し、意識を失ってしばらく入院する。その事故の後、それまでは自分の記憶の確かさには自信を持っていたのに、いくつかの場面でそれらが事実とは異なるという経験をします。また、見知らぬ人間から旧知の間柄のように話しかけられ困惑するなど、読んでいてあからさまなまでに違和感がある場面が散りばめられ、「もしかしてパラレルワールドもの?」なんて思ってしまった。
更に主人公の周辺で不可解な事件が続発し、ついには死人が。
ミステリとしてはとんでもない大技が使われているのだけれど、この作品は1957年のものであって、それ以降さまざまな作品で使用されてしまうネタであるため、ミステリを読みなれているならある程度見当が付くであろう。ただ、それまでに敷き詰められた伏線の量が半端なく、さまざまな疑問が一気に氷解していく迫力は素晴らしい。大ネタに向けて丁寧に仕込み・構築された世界は流石マクロイ、といったところ。
でもって、この最大の驚きが発覚するのは実は作品の3分の2くらいのところであって、これがクライマックスというわけではないのね。そこからも物語はまるで予期せぬツイストを経ていく。
そして、読み終わった瞬間には作品タイトルの意味が浮かび上がる趣向が絶品。
静かな文体の中で、本当にさりげない形で逆転が示されるのが、もうニクイったらありゃしない。かなり人工的な印象の小説ではあるけれども、それを補う情感も申し分ないでしょう。
やはりマクロイに外れなし、なのか?
2010-02-01
綾辻行人「Another」
既に色々なところで言われてるように、『Another』は綾辻行人の新たな代表作になるのかな。力作だけど、重くなっていない。
中学校を舞台にしたホラーで、死人はばたばたと出るものの、それほど怖くない。この作者らしい雰囲気重視のねっちりした描写は今回控えめで、(キャラ萌え要素も含みつつ)会話中心で淡々と進んでいく。そのせいか、700ページ弱の量をするすると読んでしまえた。
物語を駆動していくのは恐怖よりも謎への興味である。ホラー設定下に置けるミステリといえるのだが、SFミステリのような特別なルール下においての謎解き、というのともちょっと違う。人は次々に死んでいくのだけれど、それは事故死だったり病死であったりで原因はまちまち。大元になっているのが呪いや祟りと云った不気味な力や法則ではなく、よくわからないが何故か死人が出てしまう、という特異な設定である。さらには事件に関わった人々の記憶や記録がいつの間にか改竄されてしまうのだ。ルール自体がはっきりしない上に事実も不確定という、かなり特殊な状況におけるミステリであるから、関係者でありながら事件の謎を論理的に解く、というのが極めて困難である。
(読者にとっての)伏線やヒントはかなり大判振る舞いされているので、早めに真相にたどり着くひともいるかも知れない。僕もある程度までは読めたのだが、最後の最後にはしてやられた。この瞬間に物語全体が変質してしまう、といっていい鮮やかさ。あざといまでに読者の裏を掻く、この手口こそ綾辻の真骨頂ではある。判ってしまえばすごく構造がすっきりとしており、シンプルなのは美点だとは思う。
余りにぶっといボリュームに比すると読み応えがやや薄い、という感じはありますが、青春小説的な爽やかさが救っているんではないかと。
事件がすべて終わった後、よく考えたら問題は何も解決していない、というのもアレですが。青春とはそんなものか。
2010-01-24
Kenny Rankin / Mind-Dusters
代表曲 "Peaceful" が、やはり素晴らしい。
サウンド的にはギターによる弾き語りに、バックが付いているという感じのものが多く、曲によってはフォークロック的な意匠がやや時代を感じさせもする。個人的にはまったくOKでありますが。
この作品には、オリジナル曲とカバーが半々で収められている。ランキン独特の歌いまわしは優しいんだけれども強烈で、どの曲も自分のスタイルにしてしまっているように思う。ボブ・ディランの "Mr. Tambourine Man" がこんなにも柔らかに響くとは! ちょっとジャズ的でもあるかな。
低いキーの歌だと、ドノヴァンを思わせるところも。
とにかく一曲目、"Cotton Candy Sandman" を初めて聴いたときは衝撃だった。歌い出しを数秒聴いただけで、完全にやられてしまった。浮遊感を漂わせた、というより浮世離れしたような声。何これ?
曲自体は先にハーパーズ・ビザールのカバーで知っていたのだけれど、全然違う。曖昧な言い方だけど、ハーパーズのヴァージョンは僕にとって心でもって把握できるものだった。けれど、ケニー・ランキン自身のものには触れることすらできない、そんな感じを受けたのだ。アコギと美麗なオーケストレーションの組み合わせも抜群。
この曲はわずか2分足らずで終わり、メドレーのようにしてフレッド・ニールのカバー "The Dolphins" に続くのだけれど、そこでも音の海のなかを自在に泳ぐ歌声、という感じであります。最高。
2010-01-04
Procol Harum / Procol Harum (eponymous title)
このSalvo盤のボーナストラックにも当然「青い影 (A Whiter Shade Of Pale)」が収録されている。ブックレットを読むと、この曲についてプロデューサーのデニス・コーデル自身が当時のインタビューで、ゲイリー・ブルッカーのヴォーカルは「サイケデリックなパーシー・スレッジ」のように聴かせたかった、と言ってたらしい。してみると、元々「男が女を愛する時 (When A Man Loves A Woman)」との類似は意識されていたのだな。
「青い影」は我が国においては、「男が女を~」同様のロマンチックな曲だと思われているフシがあるのだが、実際には何だか気味の悪い歌詞が付いている。キース・リードの書く詩は難しすぎて、正確に意味が判ったためしはないのだが、それでも「青い影」の歌詞から受けるイメージは英国ゴシック小説の不気味さであって、普通のラヴソングであるとは思えないのだが。
ところで、従来のCDでは「青い影」の作者として、ゲイリー・ブルッカーとキース・リードの二人がクレジットされていたのだけれど、Salvo盤ではマシュー・フィッシャーの名前も入っている。数年越しの裁判の結果、昨年になってフィッシャーも作者としての権利がある、という判決が下りたのだな。フィッシャーによるイントロのオルガン(元はバッハだが)は曲を決定づけるものであって、印税もらってもいいかな、という気はするが、歌詞や唄メロを書いたわけではないので、自分の演奏パートをアレンジしただけだ、という見方もできる。この裁判が前例となってしまうと、ヘッドアレンジでも印象的なフレーズなら作曲となるわけで、何だかややこしいことではある。
Ian Dury / New Boots And Panties!!
アルバム全体、すごく無駄がないのにニュアンスが豊かで、特にチャーリー・チャールズの特別なことはしていないようなのに格好いいドラムに、これは何なんだろう、なんでこんなに気持ちいいんだ、と。このレコードと後、アル・グリーンですね、ドラムに注目して聴くようになったのは。叩き方は勿論、音色も素晴らしい。
にしても、初期のブロックヘッズはよろしいですね。ノーマン・ワット=ロイとチャーリー・チャールズという最強のリズム隊に、お洒落番長チャズ・ジャンケルの下世話一歩手前のアレンジ、その上で猥雑な日常を詩的に表現するイアン・デューリー。異種のセンスがちょっと無いようなバランスで成り立っていて、クールであり、また熱もはらんでいる。
「New Boots ~」の2枚組エディションにはデューリーとジャンケルが中心になって作成したデモテイクが多数収められている。それを聴くとアレンジはほぼ出来上がっているんだけれど、ところどころフュージョンっぽい瞬間があって、これがチャズ・ジャンケル本来の趣味なのかな、という気がします。
ところで、このアルバムの2枚組エディションは英DEMONから2種類出ています。先にリリースされたのが上に書いたデモ満載のやつで、これは日本盤も出ている。それとは別で、2007年に30周年記念盤としてCDとDVDがカップリングされたものもあるのだが、これはUK盤しかない。
DVDの内容は1977年12月にBBCで放送されたライヴであります。30分くらいのものではあるけど、極上のファンクから御機嫌なパブロック風味、そして激情を噴出させるパンクな面まで勢いに乗っている時期のブロックヘッズが確認できます。
ファンなら是非入手、と言いたいところなんですが、これUK盤なのでDVDはPAL形式なんですよね。再生環境があって、その上ダブリ覚悟でもいいファンなら是非。