2010-05-01

アガサ・クリスティー「スタイルズ荘の怪事件」


クリスティをね、ちょっとずつ読んでいこうかな、と。
だいたい有名どころは昔、読んでるんだけれど。『葬儀を終えて』『満潮に乗って』あたりのタイトルまで。でも、内容は覚えてない。
作品によっては読んだかそうでないかもはっきりしないものもある。
クリスティ作品はなんか細かいんだよね、仕掛けが。
手掛かりには心理的なものもあるし。探偵役が何かを発見したようでも、それを解決編まではっきり書かないでぼやかしたりして、そういうところは趣味じゃ無いかなあ。

ところが、クラシック本格の発掘を読んでいても「面白いけど、クリスティならアベレージのレベルだなあ」なんて感じることが多くなってきて。そのうち本腰入れてクリスティに取り組まなきゃなあ、とは思ってたのですが。
最近、ウェブサイト[翻訳ミステリー大賞シンジケート]の連載「アガサ・クリスティー攻略作戦」を見ていて、よし、僕もイチから読んでいこう、という気にさせられました。


まあ、いってみよう。

『スタイルズ荘の怪事件』はクリスティのデビュー作で、ポアロものです。僕は(たぶん)初読でした。
事件の舞台や人間関係、殺害方法等いかにもクリスティという様式がこの時点で出来上がってるというのは凄いね。大胆なミスリードの手筋も、そう。
後年の作品と比べると、謎解き小説のフォーマットを手堅く踏まえた感があり、その分ややリーダビリティで落ちるような。屋敷や事件現場の図面が入ってるのも、らしくないかも(考えてみるとエルキュール・ポアロの、ベルギーからの亡命者であり、まぎれもない紳士でありながら英国ではときに使用人からすら蔑むような視線を浴びることもある、という設定は古典的な探偵小説の伝統を踏まえた、異人としての探偵のものなのだな)。

ゆるやかなサスペンスを保ちながら、後半、容疑者がどんどんと入れ替わっていく趣向がいいですね。
1920年発表ということを考えると、明らかにアイディア過剰でしょう。微妙な伏線もたまらない。
いや、面白かった。

2010-04-29

The Goggles / Music From The Original Soundtrack And More

1971年リリース、米国のテレビ番組のサントラアルバムみたいです。で、その番組にフィーチャーされたバンドがゴーグルズということで、モンキーズの線を狙っていたそう。
韓国のBIG PINKというレーベルからの紙ジャケCDリイシューで、三面開きの円形ジャケットなのだが、これはどうもオリジナルの完全再現では無いような・・・。

メンバーにはサンシャインポップ界隈では良く知られるロッド・マクブライエンと、NYの腕利きギタリスト、デヴィッド・スピノザ。あと役者さんがふたりで、うち紅一点のジェシカ・ハーパーさんは後の映画「ファントム・オブ・パラダイス」や「サスペリア」のヒロイン。
ジャケ写ではみなさん首からゴーグルをぶら下げてますが、内容もまあ、そういう感じの肩の凝らない音楽です。
落ち着いた感じのバブルガムというか、全体に突出したところはないのですが、丁寧に作られた感じのソフトサウンディングなポップスで。曲の粒が揃っている上、アレンジも良く、派手さはないもののツボを押さえたつくりであります。 ワルツタイムの "Jennifer Rain" という曲などはロジャー・ニコルズのファンにも是非聴いていただきたい心ウキウキな出来。
音楽への愛情、ということを考えさせられる好盤ですわ。ちょっと大人になったソルト・ウォーター・タフィー、というと強引かな。

しかし、デヴィッド・スピノザがテレビショーでニコニコしながら演奏してたかと思うと、なんか面白いな。

(関係ないが、このリイシューレーベル独自のインナーバックには小さい字で "PLAYING SPEED 200-500r.p.m." なんて書かれていて、ちょっと可笑しい)

2010-04-25

Jan & Dean / Carnival Of Sound

ジャン&ディーン、’60年代後半の未発表(未完成)アルバム。
音源自体は、アセテート盤から起こしたものがファンの間で出回っていたが、正規な形でリリースされたことは喜ばしい。今回、ジャン・ベリーによるオリジナルの(おそらくは最終的な)モノミックスと、新たに作成されたステレオミックスが収録されている。
ブックレットにはレコーディングに関する詳細なデータも添えられており、1966年から'68年にかけて如何にしてセッションが進んでいったか(そして頓挫したのか)を知ることが出来る。

ジャン・ベリーは1966年に交通事故を起した。乗っていたコルヴェットは大破、彼自身も肉体と脳に大きなダメージを受け、喋ることも満足にできなくなってしまった。そんな状態であっても音楽への意欲は衰えておらず、フラワーパワーの時代に対応したジャン&ディーンのレコードを作ろうとしたのだ。
そうして出来た実際の音のほうは、ファズを掛けたギターやシタール、SEなどでサイケデリックな装飾を施したカリフォルニアポップといえようか。ハル・ブレインによるドラムはなんだか叩きまくりではある。ジャン自身によるオリジナル曲の出来も非常にいい。よくぞここまで、という感すらある。
しかし、「幻の名盤」なんてものは、そうそう無い。売れなかった、あるいはお蔵入りしたレコードにはそれなりの理由がある。

結局、あまりにまともすぎるのだ。従来のジャン&ディーンのものと同じく、陰影に乏しく予定調和的な曲想のものばかりで、あくまでオールディーズポップ。意欲的なアレンジとはミスマッチな場面も少なからずある。
もし、このアルバムが当時完成していたとしても、それほど売れたとは思えない。厳しく言うと、時代に乗り損なっている。
何より1968年にはもう、これほど楽天的なポップスは受け入れられなかったのでは。

しかし、時代的なことを考えなければ、ジャン&ディーンのファンでなくとも充分に楽しめる出来である。バラエティに富んだ曲、演奏ともに素晴らしい。
現在でこそ、価値が認められるリリースだと思う。


2010-04-16

Daniela und Ann / Samba-Soul-Beat in Black & White

1969年リリース、ドイツ製ジャズボッサ歌謡。
'60年代後半にはセルジオ・メンデスのブラジル'66がバカ売れしていたため、その音楽的フォーマットを踏襲したようなグループが世界中で生まれていました。このダニエラ&アンも女性二人のヴォーカルであり、ボサノヴァのリズムに乗せて、英詩で唄っています。
何だかヨーロピアンな哀愁メロディと、ヴォーカルに深く掛けられたエコーが昭和歌謡な感じで、レコード屋はこれを「ラウンジ感覚」とかなんとか呼ぶのだろうな、シタールなんかも鳴ってるし。また、タイトルには「Samba-Soul-Beat」とありますが、ソウル的な要素は殆ど無いです。
演奏にはドイツの一流どころが当たっているらしく、なんと、あのダスコ・ゴイコヴィッチが参加! とか言っても、さっぱり。かの国のミュージシャンは全くわからないな。
ポップスとしては、どこか重さというか、商売として吹っ切れてないところがあって、ミュージシャンとしての主張が残ってしまっているけど、今聞くとそれが逆に聴き応えがあって格好いい。
歌はそれほど上手くないような可愛い系ですが、スキャットなどは雰囲気良くはまっているかしら。悪くないです。
楽曲は良く出来てるし、変わったポップスが好きなひとには合うんじゃないでしょうか(凄く曖昧な表現だな)。

さて、CDのライナーノーツを読むと、このグループはライヴやプロモーションを全くせず、アルバム一枚を残して消滅した、とあります。これを見て僕は、ははあ、さては、と。
こういうワンショットの企画アルバムなんてのは、セッションマンたちがレコードを完成させた後になってから、グループ名やコンセプトらしきものをでっち上げることが多い。きっと、実際に唄ってる女性はそもそもダニエラでもアンでもないんじゃないかな。でもって、ジャケットに写ってるのも音楽とは全く関係ないモデルさんたちでは、と思ったわけです。だって若い黒人と白人の女の子が唄ってて「Black & White」なんてタイトル、いかにも作り物っぽいじゃない。

で、検索してみました。すると、Ann Helstone は確かにライナーにあるようにミュージカル「ヘアー」に参加しているし、Daniela Milatovic もいくつかのレコードを出しているようです。なるほど、唄ってるのは確かにダニエラとアンかもしれない。けれども、それがジャケ写の二人とは限らないよね。
続いて画像検索。するとダニエラさんのレコードを掲載したウェブサイトに突き当たりました。

似てるな...。これは同一人物かな。
どうやら僕が間違っていたようだ。何でも裏を読むのは良くないね、反省。

ところが、更にいろいろと検索していると、ダニエラとアンの本職はストリッパーだという噂がある、てな文章に出くわした。更には、裏付けになる写真まで揚げられている。

何だかよくわからなくなった。

2010-03-31

倉阪鬼一郎「三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人」

第三回世界バカミス☆アワード受賞作。
僕のぼんやりとした記憶では「バカミス」というと昔は、読者の裏を掻こうとする野心の余り、違うレベルに突き抜けてしまったような設定や大トリックを茶化すような意味で使われていたのだがな。宝島の「このミステリーがすごい」なんかでは、本格ミステリ作品について明らかに見下すような意図で「バカミス(笑)」や「しょせんバカミス」という風に書かれていて、あまりいい気はしなかった。
ところが、今では「バカ」というのが文脈によっては褒め言葉にもなるし、ううん、変わったものだ。

さて、『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』ですが、タイトル通りの連続密室殺人ものであります。
犯人は冒頭から割れています。だから密室にまつわるハウダニットということになるのだけど、謎は読者にとってのみ存在しており、作中人物にとっては何の不思議もない、という質のものです。文章を読んでいても、そこここに違和感があって如何にも何か仕掛けられている風。
で、物語の後半に差し掛かったところで、その大トリックが明かされるのですが、衝撃を受けましたね。力無い笑いがこみ上げるのを抑えることが出来ませんでした。
 ここまででも同じ作者の『四神金赤館銀青館不可能殺人』に匹敵するのですが。

バカミスとしての本領はその後から明らかになっていきます。
もう、これが凄い。小説全体に掛けられた仕掛け、その途轍もない技巧と労力たるや。そして、その仕掛けがミステリとしてのカタルシスには繋がらない、というのがまた素晴らしい。 まさに読者置いてけぼり。
本という媒体でしかありえないし、文庫化も不可能でしょう。
小説、って凄いぜ。

ところで、この本の巻末には作者の著訳書リストが載っており、◇は句集、☆はバカミス、▲は時代小説という印が付けられています。何気なく見てたのだけど『四重奏 Quartet』という作品はバカミスなのね。僕はシリアスな実験作として読んでいたのだが。あれがバカミスだとすると、北山猛邦のあの作品なんかもそうなるよなー、などと感じたり。

2010-03-29

アントニイ・バークリー「毒入りチョコレート事件」


言わずと知れた歴史的作品であります。
もちろん再読なのだけれど、昔は探偵役がロジャー・シェリンガムの作品で邦訳されている長編は他に無かったのです。バークリイ名義のもので他に読めたのは『トライアル&エラー』くらいで、だいぶ後になって『ピカデリーの殺人』が紹介されたわけで、これらはアンブローズ・チタウィックを探偵役にしたものでした。
そのせいか、最初に『毒入りチョコレート事件』を読んだときには、シェリンガムがいかにもな名探偵のカリカチュアで、控えめなチタウィック氏こそが真に優れた謎解き役であるという感想を持ったのですが、ロジャー・シェリンガムがシリーズ探偵であることが判っている現在になって読み返してみると、だいぶ違う印象を受けました。

この作品は、ロジャー・シェリンガムを含む「犯罪研究会」の6人のメンバーが、警察がお手上げになってしまった事件に対し、それぞれの推理を順番に披露していくというお話ですが、メンバー皆が同じ手がかりを基にして推理をしていくわけでなく、先に出された説は後から判明した事実によって覆されていく、という展開が繰り返されます。
この図式だけを見ると、他のシェリンガムものの作品とおんなじで、違うのはシェリンガムひとりで何度も推理をやり直すか、それを6人が交代で受け持つかってだけじゃんと思ってしまいそうですが、そこはうまくしたもの。メンバーそれぞれのキャラクターによって推理の手法を使い分けることで変化をつけ、ほぼディスカッションのみで進行される小説でありながら、全く単調さを感じるところがありません。
中には比較的緩い推理が披瀝される場面もありますが、そこらへんはユーモラスなやりとりでもって充分フォローされており、早い話が抜群に面白い、と。

また作中、推理作家が「技巧的な論証は、ほかの技巧的なものがすべてそうであるように、ただ選択の問題です。何を話し、何をいい残すかを心得ていさえすれば、どんなことでも好きなように、しかも充分に説得力をもって、論証できるものですよ」とうそぶき、複数の違った結論を続けざまに証明する場面がありますが、そこにバークリイの作風というのが凝縮されているように感じます。

それにしても、この作品におけるシェリンガムの推理は素晴らしいものではあります。状況をそれまでと全く違う方から見るやり方といい、些細な事実から一気に犯人を確定する際の迫力といい、堂々たる名探偵ぶりであります(それに対してチタウィック氏の推理は穴が無く手堅いのだけれど、飛躍に欠ける気がします。意外さは用意されていますが)。

再読なので犯人が判っている状態で読みましたが、それでも無類の面白さでありました。

2010-03-21

The Monkees / The Birds, The Bees & The Monkees

ライノ・ハンドメイドからモンキーズの5枚目のアルバム「The Birds, The Bees & The Monkees」(1968年)が3枚組ボックスになって出ました。 モンキーズの4枚目までのアルバムは通常のライノからステレオ+モノラルミックスの2枚組でリイシューされてきたのだけれど、今回はハンドメイドレーベルということで数量限定です。まあ、これまで出してきたリイシュー盤が期待されたほど売れなかったのだろうな。モンキーズファンというものの母数は相当に多いと思われるのだが、未発表曲やミックス違い、アウトテイクまで欲しいという層がそれほどないのだろう。ポップミュージックとは難しいものだな。

さて、今回のリリースはライノ・ハンドメイドだけあってマニアックなつくりです。ステレオ、モノとボーナスマテリアル合わせて88曲入りであって、全体の3分の2以上がレアトラックという仕様。また、音のほうは当然ながら良いです。特にステレオミックス。モノラルのほうはこれまでのリイシューのレベルからするとクリアさが少し落ちるんでは、という気がします(尤もこのアルバムについてはアナログのモノラル自体が結構レアらしいので、収録されただけでも喜ばしいことかも)。
パッケージも凝っていて、20cm弱のケースの表面は3D仕様になっています。中を開けてみると、大判のブックレットがあり、3枚のCDは紙ジャケットに収納。底のほうには当時の広告のレプリカのようなものが。あと、なぜか可愛いバッジもあって。

この 「The Birds, The Bees & The Monkees」というアルバムは裏ジャケットに "Produced by The Monkees" と書かれているように、先行してヒットしたシングル "Daydream Believer" を除くすべての曲をモンキーズ自身がプロデュースした作品であります。といっても、実際にはそれぞれのメンバーが自分の曲をスタジオミュージシャンを使って仕上げ、それを持ち寄ったものであって、グループとしての共同作業はあまり無かったようです。それゆえ、自分で曲を手掛けないミッキー・ドレンツは歌入れ以外ではやることがなく、スタジオを空ける期間も多かったとか。このボックスセットのブックレットには当時の写真が満載されているのだけど、それを見てもメンバーが揃って写っているものがごく僅かしかなく、レコーディング・アーティストでのモンキーズはこの時点でグループとしては機能しなくなっていたのかも知れません。
また、メンバーだけに任しておくとシングル切れそうなものができないだろう、てんでトミー・ボイス&ボビー・ハートが送り込まれて来ていくつか曲を制作しています(プロデューサーとしてはクレジットされていないですが)。

曲としてはデイヴィー・ジョーンズの甘くゴージャスなポップソングもいい出来ですが、今の目から見るとマイケル・ネスミスのカントリーポップが時代の先を行っていた感じですね。サイケ風の試みも実に意欲的。ボイス&ハートの曲はカッチリ出来過ぎて、逆にこのアルバムでは浮いてるような感じです。
また、レアトラックには当時に正規リリースされた曲と比べても遜色無いものも少なくなく、メンバーの創作意欲が充実していたことが伺えます。中でも、ピーター・トークが(モンキーズのオーディションに落ちた)スティーヴン・スティルスと二人だけで演ってるデモはちょっと異色です。

ライノにはなんとか「The Monkees Present」までリイシューしてもらいたいけれど、無理かなあ。
とりあえず「Head」はピカピカの反射ジャケットを再現していただきたいものです。