2010-09-19

アガサ・クリスティー「茶色の服の男」


1924年作のノンシリーズもの。若き女主人公の波乱万丈、冒険ロマンス編であります。

イギリスを舞台にした序盤は、連続殺人に謎めいた人物等、いかにもミステリらしいお膳立て。それら事件の秘密を追って、主人公であるアンが南アフリカ行きの船に乗ってからは、一癖あるキャラクターが出揃い、更にアン自身も命を狙われるなどスリラー色濃くなっていきます。そして、アフリカに渡ってからは本格的に活劇小説という感じです。

この小説はアンによる一人称の間に、旅路を共にすることになった下院議員ペドラー卿の日記が挟まれている構成になっています。事件のことなど大して気にしていないペドラーの呑気な様子がユーモラスでありますが、後から見るとその中にもヒントが転がっていたりして、油断ならない。

ただ、探偵小説として描かれていない分、あまりカッチリとした伏線を引かずに、ご都合主義的に山場を作っていて。この展開はどうかなという場面もあったのが正直なところ。また、推理も「あいつ怪しそう、あの場所にもいたし」的な単なる勘で引っ張っていて、謎解きミステリのファンとしてはややキツいものがあります。
そうは言っても、結構大胆にミステリ的実験がなされている面もあって。クリスティのキャリア上、無視していい作品ではないのだな。

物語としてはこの結末の付け方、予想だにしないものでした。ええーっ!? という。アンの奔放すぎるキャラクターや激烈ロマンスといい、これはクリスティが未だ若かったからこそ書けたものでしょうね。読み手のこちらも若ければもっと楽しめたか、という気もしなくも、でした。

2010-09-04

D・M・ディヴァイン「災厄の紳士」


うー、やっと読み終えた。
この作品を紹介する文章で、コン・ゲームがフーダニットに変貌、云々という紹介がされているものをいくつも見ていたので、期待して取り掛かったのだけれど。
この小説の前半、これをコンゲーム小説といっていいのか? ユーモラスなやりとりや知恵を駆使した丁々発止、なんてものは無いし。煎じ詰めれば結婚詐欺&脅迫で金銭を奪う、という下衆なだけの展開で。全然乗れなかったのが本当のところ。
そして舞台となる家族間では確執が絶えず、なんだか鬱陶しい雰囲気。さらには事件の捜査にあたる警官も家庭に問題がある上、上司や同僚に不満があって、とこちらもやりきれない。
とにかく作品世界に馴染めず、なかなか読み進める気にならなかったのであります。

小説の中盤くらいで死体が発見されてからは、一気に読みやすくなりました。が、これは僕個人の問題かもしれないですな。
ミステリとしては凄く良く考えられていますね。読み終わってみれば、ごく単純な話であったということがわかります。トリックらしいものもないし。それが見せ方の工夫でもって、奥行きがあり、謎だらけの複雑な小説になっているのは大したものであり。
そして、解決編はシンプルがゆえに力強い。ひとつの物証からただ一人の容疑者へとたどり着くロジックは鮮やか。
逆に、それを補完する心理的・性格的な証拠の説得力は弱い。というか、これでは辻褄が合わないのでは。犯罪が計算づくなのか杜撰なものなのか、よく判らなくなってくる。回収される伏線には大胆なものもあって、僕好みなのだけど。

キャラクター設定や特異な構成等の全てが、実はフーダニットとしての効果に寄与しており、そういった意味では野心的であり純度の高い謎解き小説ではありますが。

2010-09-01

Cal Tjader / Sounds Out Burt Bacharach


1968年リリース、ヴィブラフォン奏者によるバカラック・カバー集。

カル・チェイダーは元々ラテンのひとのようなのだが、このアルバムではそういうところは殆ど感じません。
そもそも個々のプレイヤーの個性が目立つようなつくりではないです(ドラムはジム・ケルトナーであって、流石と思う瞬間はありますが)。
チェイダーのソロもテクニックを披露するよりも、ゆとりを感じさせるような美麗なもの。
バカラックのメロディをそのまま生かしたアレンジの、イージーリスニング・ジャズといっていいでしょう。

では、毒にも薬にもならない、どこにでもあるような音楽なのか、というとそうではなくて。
このアルバム、全体の雰囲気がとにかく素晴らしい。
あらゆるエッジを周到に削ぎ落とした、ほのかに甘く、どこか茫洋としたサウンド。その中で、ヴァイブの音色だけが青白く輝く。
そして、曲をずっと聴いていると受け手である自分も、その仄かな光に向かって深く潜っていく、そんな印象です。
カル・チェイダーの、というよりプロデューサーのゲイリー・マクファーランドのセンスが強く出たものなのかな。

この夏、ボーカルものを受け付けないときに、繰り返し聴いております。クールでメロウな一枚。

2010-08-20

Laura Nyro and Labelle / Gonna Take A Miracle


1970年リリース、バックコーラスにラベルを迎えた、全曲R&Bクラシックのカバーアルバム。

フィラデルフィア制作で、プロデュースはケニー・ギャンブル&リオン・ハフ、アレンジはトム・ベルが担当と聞くとさぞ豪奢なサウンドが、と思いそうだが実際はそれほどでもない。
管弦は控えめにミックスされ、音像の真ん中に大きく在るのはボーカル/コーラスとピアノであって、それだけとればいつものローラ・ニーロであります。僕も最初に聴いたときは、これならわざわざフィラデルフィアまで行かなくても、チャーリー・カレロと組めばよかったんじゃあ、と思いました。ソウルミュージックのプロパーなファンが期待して聴いてみたらがっかりするかも。これなら収録曲のオリジナルのほうがいい、ってね。

けど、何度か聴くうちに、やはりこれは唯一無二のアルバムなのでは、と思い直したのですよ。
'60年代終わりから'70年代にかけて、急速に洗練・都会化していったノーザンソウル。その内に肉声の生々しさを甦らせよう、自分がかつて愛した音楽の力強さを宿らせよう、といった意思がここにはあったのではないか。
そして、そういった(当時の)ソウルミュージックのヒット・メソッドを踏み越えたレコードを作る自由は、ソウルというジャンルの外側にいたアーティスト、ローラにしかなかったのでは。

まあ、そんなことを考えずとも、お気に入りの曲ばかりを歌うローラの声からは、他に無い楽しさや開放感が溢れているのだけれど。なんだかボーカルグループの一員になっているような感じもして。
特に "Dancing In The Street" や "Nowhere To Run" といったダンスナンバーで、パーカッションだけをバックに掛け合いを聞かせる瞬間は、ぞくっとするほど格好良いや。

2010-08-15

紙ジャケを試作してみた。

夏休みの工作、ってわけでもないが。
頂きものの音楽ファイルがたくさんありまして。まあ、それはCD-Rに焼けばいいんだけれど、テキスト形式でのトラックリストがついてなくてさ。それがあればコピペして編集、プリンタで出力で一丁あがり、なんだが。CDのジュエルケース用のアートワークが付属していて、そのバックインレイにしかトラックリストが無いのね。
嫌いなんですよ、プラケのごついのって。かといって、いちいち手で入力していくにはデータが多すぎる。
熟考した結果、自作してみっか、ということになった。面白そうだし。

道具はいつもお世話になっているフリーソフト、ラベルプロデューサー様。これに紙ジャケ用のレイアウトが付いているわけではないのだが、使い慣れているんで。



自分なりに設計図を引いて、その上にジュエルケース用のアートワークをサイズ調整や加工をしながら、しっくりいくように配置していった。

いい感じになったので、プリンタ出力。


あとはハサミと糊でひたすら工作あるのみ、っす。

いろいろ試してみたが、用紙は光沢紙くらいでないと厚みが足りなさ過ぎて、ペラペラでいかにも頼りない。ただ、光沢紙は表面に粘る感じがあって、作業中にすぐ傷が入ってしまうし、汚れも付きやすいのね。ニンともカンとも。



インナースリーヴやレーベル面も刷って出来上がり。



どうだ、スパイン(背表紙)もあるぞ。


ひとつ作るのに結局、半日以上かかってしまった。徹夜なり。
ノウハウは判ったので、次からはもっと早くできるだろうが、しばらくはもうやりたくないでござるの巻。

2010-08-11

espresso espresso


カーミンスキー兄弟が「In Flight Entertainment」に続いて手掛けたラウンジコンピレーション、こちらも1996年リリース。
副題に “a lightly latin brazilian blend” とあり、ラテンやブラジル風の曲を揃えたものです。
一曲目では、セルジュ・ゲーンズブールがお姉ちゃんたちのコーラスを従え、ゆる~い感じでコーヒーについて歌っております。このCDのジャケットと併せて考えるに、これはカフェ・ミュージックのコンピである、という宣言なのかも。

収録曲には南米系のミュージシャンによる演奏もあるのだけれど、それ以外のジャズやイージーリスニングのラテン/ブラジル風味付けのものの方が多いです。
中でもバート・バカラックの "Something Big" は凄いな。コンピで聴いてもすぐ判るというか、もうバカラック以外の何物でもないという。逆にちょっと浮いてるんじゃないか。濃い。

ヒット曲のそれ風アレンジのものも "Bend Me, Shape Me"、"I Feel Fine" とあって。後者は元々ビートルズのオリジナルにもラテンの雰囲気がかすかにあると思っていたので、ここでのスタンリー・ブラック楽団の解釈はゴキゲンな出来。
ビートルズカバーでは他に "Things We Said Today" もありますが、こちらはタイトルを言われなければ判らないくらいの大胆なジャズアレンジ。メロディをシンプルにしてリフ化させているんだけれど、実に格好いいです

さて、ひとつ引っかかったのはウィルソン・シモナルの "Nem Vem Que Nao Tem" という曲で。実はこれと同じ曲が前コンピ「In Flight Entertainment」にもブリジッド・バルドーの唄で入っていたのだな(そちらのタイトルは "Tu Veux, Tu Veux Pas" となっているけれど)。バルドー版ではミディアムのダンス仕様だったのが、こちらではテンポゆるめのパーティサンバ。ファンキーです。
こういうシリーズものならではの遊びも楽しいな。

10年以上前にでたコンピですが全然古くなっていないすね。トータルの内容でも「In Flight ~」と甲乙つけがたい。
まさしく今の季節にぴったりの一枚(ホットコーヒーはちょっと飲めないけれど・・・)。




2010-08-04

Dave Frishberg / Oklahoma Toad


1970年にCTIレーベルからリリースされた、デイヴ・フリッシュバーグのファースト・ソロ・アルバム。我が国ではヴィヴィッドからCD化されていたが、それも入手し難くなって結構経っていました。それが今回、なんと2枚組のデラックス・エディションで登場です。

フリッシュバーグの本業はジャズ屋、ということなんだろうけど、このアルバムには凄く親しみやすいポップソングが満載。それらの楽曲は全て詩・曲とも本人によるものですが、これがかなり、粒ぞろいで。フックのあるドリーミーなメロディ、ユーモラスな(ときに意味不明な)歌詞。伝統的なアメリカのミュージカルライターたちからの流れを感じさせるような、品というか筋みたいなものも感じます。
で、それらの曲を唄うボーカルはとくに上手い、というものではないですが、人懐っこくて肩の力が抜けた、洒脱な味わいのものであります。また、本職である鍵盤の方も気持ちよく転がっていますね。
プロデュースはマーゴ・ガーヤンと彼女の旦那であるデヴィッド・ロスナーが担当。曲によって、カントリー風だったり、サイケがかったり、変拍子を絡めたり、ファンキーに迫ってみたりと、さまざまな意匠を凝らしながらも、全体としては穏やかな手触りであります。

さて、今回のリイシューですが。付属ブックレットを読むと、そもそも、このアルバムは制作を終えた後になってからCTIとのリリース契約がなされたそうで、その際にオーバダビングやリミックス、曲順の変更という条件があったとか。でもって、2枚組CDの1枚目にはCTIミックスとして従来ヴァージョン、2枚目にはプロデューサーズ・ミックスと称して、クリード・テイラーやヴァン・ゲルダーらの手が入る前のものが収録されています。

実際に1枚目のCDを聴いてみると、音は以前のものより分離良く、クリアになっていますが、そのせいか曲によっては派手で、ロック的なエッジが強調されたようにも。

比較して2枚目は装飾を抑えたシンプルな印象ですが、同時に演奏のスウィングする感じが強く伝わってきます。曲順の違いも結構、大きいな。
よりパーソナルな雰囲気でもありまして、ブロッサム・ディアリーとの近しさがこれまで以上に感じられますね。
馴染みのアルバムの違った面が見れた、という感じでありました。惚れ直した、うん。