2011-03-25

Stackridge / Stackridge (eponymous title)


スタックリッジのデビュー・アルバム、1971年リリース。

一曲目の "Grande Piano" は、いかにもビートルズの血筋を汲む典型的な英国ポップですが、他の収録曲はどれも一筋縄ではいかなくて、なかなか手に負えない。アコースティック・ギターをベースにフィドルやフルートが活躍するトラッド風味と、英国特有の奇妙なユーモアを感じさせる密室的ポップセンスが絡み合う、他にちょっと無い個性のものであります。リリカルなフォークソングが突如として10cc風モダンポップに変化する "The Three Legged Table" は特に強烈。
雑多な要素がごった煮になった音像は、時に未整理といえなくもないのだけれど、バンドとしてのスケールの大きさを感じさせるものであるのは確か。

また、アナログ各面の最後に長尺のナンバーが置かれているのは、ライブバンドとして鳴らしていた矜持の表れか。特にラストを飾る "Slark"。草原の中で得体の知れない気配が跋扈し、聴いているうちに罠にかかったような感覚に陥る、14分に及ぶ田園プログレであります。

人懐っこい歌声に引き込まれるうちに、なんだかわけのわからない場所に出てしまった、そんな音楽。
ジェームス・ウォーレンのソングライティングは確かにマッカートニー的ではありますが、よく目にする「田舎のビートルズ」というフレーズは、このバンドの音楽的拡がりを到底掬い切れていないとも思いますね。

2011-03-21

マイクル・コーニイ「ハローサマー、グッドバイ」


二年以上積んであった一冊を、ようやく消化。評判を聞いて買ったものの、帯の「SF恋愛小説の最高峰」という文字に尻込みしていたのですよ。

地球に良く似た星を舞台とした、(人間に極めて近い)少年少女の物語です。海辺の町で、身分の差等の障壁を越えた恋愛が育っていく。
異世界の構築は派手ではないものの、特異な環境や生物などが生活に密着しており、無理なく受け入れられるものになっています。

正直、途中までは読み進めるのがしんどかった。主人公の少年は反抗期入ったくらいの時期だろうか賢しげであって、権威主義的な両親にことある毎に反発する、その青い痛さ。読んでいる自分はむしろ、その親の立場に近いしね。
あと、描かれる恋愛は最初の方こそ奥手なものだが、次第に大胆になって行き、始終いちゃつくようになるのだな。

それが、物語中ほどで戦争の激化により環境が激変、それに少年たちは翻弄されていきます。ここら辺から展開がスリリングで引き込まれ、目が離せなくなってきた。
さらに後半にはこれが地球の物語ではなく、異世界ものであることを思い出させる衝撃的な事実が告げられ、一気にディストピアものの様相を強めていく。
いったいどうなってしまうのか、そういう思いに駆られて読んでいくと。

おおおお! これは。
残り数ページで思わぬ次元に話が展開していき、それまでの世界観が全てひっくり返される。思い起こせば、伏線もしっかり張られていたのね。
全くの最後になってSF小説として真の姿を現すのだな。いや、やられたぜ。

わが国の現代ミステリのファンにも合うでしょうね、これは。続編も訳出されるなら読んでみたくなった。

John Valenti / Anything You Want


ジョン・ヴァレンティ、1976年リリースのファーストアルバム。
白いスティーヴィー・ワンダー、とはよく言ったもの。この人のヴォーカル、特にテンション高い歌唱がそっくりで、発声や唄いまわし、果てはフェイクや間投詞の入れ方など相当意識しているね(曲によっては、あまり似てないものもあるのだが)。

サウンドのほうでもクラヴィネットを使うなど聴いていて思わず顔が綻ぶところがありますが、全体的な印象は結構コンテンポラリーな西海岸ポップスというところ。当然、本家のような思わず神棚に上げて拝んでしまいそうな密室的な空気感も皆無で、まあ、それは親しみ易さ、ということでもあるのだけれど。

曲によってはちょっとシンガーソングライターっぽいテイストも感じられて、トッド・ラングレンやギルバート・オーサリヴァンを思わせる瞬間もあるかな。
とにかく、アルバム全体が前向きで元気な調子で統一されていて、気持ち良く流していられます(ただ、2曲のカバーではそれが合っておらず、裏目に出ているとは思う。多くのヴァージョンがある "Time After Time" やジャッキー・ウィルスンの "Higher And Higher" のカバーの中で、このアレンジを好んで聴くという人はそういないのでは。オリジナル曲の出来がいいだけに、惜しい気がする)。

まあ間違ってもプロパーなソウルファン向けでないのは確かですが、弛みなく良く出来たポップソウルのアルバムじゃないでしょうか。
個人的に気に入ったのは "I Wrote This Song For You" という鍵盤オリエンテッドな曲。瑞々しさや繊細なニュアンス滲むメロディは、日本人好みですな。

2011-03-16

Lou Reed / Rock and Roll Heart


オペラとかバレエは好きじゃない
最新のフランス映画ってやつ ちんぷんかんぷんだね
俺は無口な男 だって あんまり賢いわけじゃないし
けどね 奥深くには ロックンロール・ハートを持っているんだ


ルー・リードがアリスタに移籍して出した一枚目のアルバム、1976年リリース。
サックスや鍵盤が大きくフューチャーされたやや軽目のサウンドはFMラジオ向きなんだろうけど、グラムロック的という見方もできるかな。
シンプルで無駄を削ぎ落としたロック、を期待するとハズレだが、弾力性のある演奏ではあって、特にドラムが上手い。キラキラしたピアノはなんだかブルース・スプリングスティーンみたいだ。
インスト曲がひとつ入ってるけれど、ゆったりとしたフュージョン風であって、さながらクロスオーバー・イレブンの世界であります。

一曲目の "I Believe In Love" などはジャジーでしなやか、洒落た大人のシティポップで。 あのルー・リードが、ねえ!? また、気持ち良さそうに唄ってるのな、これが。 けど純粋に曲としては、意外と良く出来てるんだよね。サビの展開とかさ。 問題は、らしくもないぜ(@木村健吾)ということだ。
ピアノのコード連打が聞ける "Banging On My Drum" はタイトルのフレーズを連呼しているだけなのだけれど、直情性よりもオールディーズ趣味の方が強く伝わってくるか。
弾丸を撃ち続けているような "Follow The Leader" と、逆にリラックスした4ビートの "A Sheltered Life" は両方ともヴェルヴェット・アンダーグラウンド期からのナンバーのようでありますが、違和感なく収まっています。
ルー・リードならではの都会性とサウンドがうまく調和しているのは "Vicious Circle" "Temporary Thing" あたりかな。 特に後者は、別れる相手に対してさんざん悪態をついているだけという曲なんだけれど、わけのわからん凄みがある。


タイトル曲 "Rock and Roll Heart" の歌詞は説明しすぎなような、描写じゃなくて。
ラジオの音楽に合わせて踊りだす少女の情景、をくっきりと浮かび上がらせるヴェルヴェッツのあの曲とは対照的で。

メッセージとかその手のものは好きじゃない
そういうこと言うやつらは よそに行ってくれないか
俺は無口な男 馬鹿なのは判っているから
けどね 奥深くには ロックンロール・ハートを持っているんだ
そうさ 心のずっと奥には ロックンロール・ハートがある

でも、力強い言葉が聞きたいときには、この不器用なまでのまっすぐさこそが何より頼もしい。

2011-03-13

アガサ・クリスティー「アクロイド殺し」


再読なのだが。若い時分に一度読んだきりであって、結末は勿論はっきりと覚えてはいたけれども、そこに至る細部については全然でした。

この作品はポアロものとしては三番目の長編に当たるのだけれど、それまでの二長編といくつかの短編でもって、そろそろ読者にも馴染みが出来つつあったろうポアロとヘイスティングズの掛け合い、というスタイルがここでは見られない。そういう意味でも意欲作ではあるよね。

さて、根幹になるネタを知った状態で読んでみると、えっ!? と思うような、現代の作家なら絶対やらないだろう恐ろしく大胆な伏線が引いてあって、驚き。丸見えではないか。
また物語後半、ポアロが「ある男のことを考えてみましょう――ごくありふれた男です」と犯人でありうる人物の心理を分析するシーンは、真相を知って読むからこそどきどきさせられるな。

作品全体、ほのかにユーモアを漂わせてもいて、むしろ明るい雰囲気なのだけれど、それが犯人告発のシーンで一転。キリキリと息詰るサスペンスが素晴らしく、消去法によるポアロの推理はいつにも増して迫力があります。それまで小説内の誰かに向かって話していたのが、いきなり読者であるこちらを向いて指差された、そんな感覚すら覚えましたよ。

ところで『アクロイド殺し』、原題は "The Murder of Roger Ackroyd"。散文的というかセンスの感じられないネーミングだよね、これ。後のミステリ史には大きな影響を与えた作品であるけれど、発表された当時、何の予備知識もなくこの題名を見た人はどんな印象を持っただろう。
そして読み終わったあとには、この犯罪実話風のタイトルが実は必然だったことが分かるのだな。凄いね。

2011-03-09

The Mohawks / The "Champ"


英国を代表するオルガン使いのひとり、アラン・ホークショウが1968年にPamaというレーベルからリリースした、モホークス名義での唯一のアルバム。
誰それがサンプリングした、とか、ヨーロッパあたりのレア盤を多く再発してる会社から出た、なんて理由でそれほど大したことないブツが「幻のナントカ」なんて呼ばれる、そんな冗談にはもう食傷気味でありますが。
いや、こいつは格好いい。

イージー・リスニング系の仕事でも知られるホークショウ、ラウンジファンの間では "Girl In A Sportscar" が人気ですか。このアルバム「The "Champ"」は有名なタイトル曲の他にも、ソウルのヒット曲のカバーなど、ちょっとルーズながらファンキーで実に気持ちが良い演奏です。走り廻るオルガンと野太いベース、タイトなドラムの組み合わせは繰り返し聴いていたくなる。Pamaがスカやブルー・ビートのレーベルであったことを反映してか、それっぽい乗りの曲もあり。

ホークショウ自身の手になるオリジナルも4曲入っているのだけれど、そちらはジャジーなフレーズや滑らかなメロディにセンスを感じさせるもの。これらの曲は実は、ホークショウがライブラリー・レコード用に録音してあったストックを流用したものであるとか。そういえば、演奏もそれらのほうがシャープな感触であります。

アラン・ホークショウ本人はこのアルバムについて、さっさと仕上げたルーティン・ワークのひとつだ、という風にコメントしていまして。つまりは特に思い入れも無い、ただの雇われ仕事。
いや、大量生産されるが故の高品質、ということか(逆説だか正論だか分からないが)。

イージー・リスニングとソウルインストの狭間を行き、MG’sの英国流解釈ともいえる音は流石の一言。往時のセッション・ミュージシャンの実力、とくと聴きやがれ、てんだ。

2011-03-06

アントニイ・バークリー「第二の銃声」


再読、の筈なのだが全然内容を覚えてなかった。

扱われているのは犯罪劇のさなかに本物の殺人事件が起こるという趣向で、前提からして虚実が混ざっているわけですな。さらに小説としては、最大の被疑者による手記という体裁であって、眉に唾して読むのが当然の態度でしょう。いや、仮にかの人物が潔白であっても、その視点には真相を見えにくくするバイアスがかかっているのは疑いのないところ。
などと思いながら読み進めていくと、物語の半分にさしかかったところで早くも、
「もし私の試みが成功しているとすれば、この段階で読者は誰の指が引き金を引いたか、完全に知ったことと思う」
「(私は)死の執行者が誰であったかについては、完全な知識をすでに得ている」
読者への挑戦めいた記述が。さすがはバークリイ、こちらの予断の軽く上を行くね。果たしてその「死の執行者」は誰なのか。いや、その推理はそもそも正しいのか。

小説前半はじりじりとしたサスペンスに支配されていますが、中ほどになって我らが名探偵、ロジャー・シェリンガムが召喚されると雰囲気が目に見えて軽くなる、軽くなる。
大詰めの犯人告発の場面にすら喜劇的要素を盛り込むのは、この作者ならではでしょうか。

さて、謎解きとして、ですが。
物証に頼らない、とする推理作法と抜群のテクニックにより、いくらでも話はひっくり返すことが可能なように思えるのだけれど、バークリイの作品をいくつも読んでくると、そのパターンに慣れてしまうことは否めない(皮肉な結末すら想定の範囲内だ)。そうすると、今度は推理の説得力が弱いような気がしてくる。
それでも充分に面白い作品として成立しているのは結局、小説としてのうまさや構成力によるのだろうな。

『第二の銃声』では作品のコンセプトに、この作者らしさが上手く嵌っているように思いましたよ。綺麗に決まったときのバークリイは、そりゃもう、大したものです。