2011-10-19

Todd Rundgren / Runt


トッド・ラングレンのベアズヴィル時代のカタログが英Edselより2CD形態でリイシューされました。今回出たのは「Runt / Runt: The Ballad of Todd Rundgren」「Something/Anything」「A Wizard a True Star / Todd」「Initiation / Faithful」そしてユートピアの「RA / Oops, Wrong Planet」の5セット。付属ブックレットの記載を見ると、後4セット9タイトルが予定されているようであります。

今回のリイシューのいくつかはボーナストラック付きなのだけど、目玉はファーストの「Runt」(1970年)。アンペックスからの初回ミスプレス盤12曲入りに収録されていた別テイク等が8曲すべて収録されています。まあ没ミックスとかは正規なものより良いはずがないですが、"Baby Let's Swing" の全長版や未発表であった "Say No More" がちゃんとした形で聴けるようになったのは嬉しい。


「Runt」において多くの曲でドラムとベースを演奏しているのはトニー、ハントのセイルズ兄弟で、その他のパートはトッド自身によるもの。後にイギー・ポップの「Lust For Life」に参加したり、デヴィッド・ボウイとティン・マシーンを結成するセイルズ兄弟なのだけれど、この当時はまだ十代のアマチュアみたいなもので、全体にこじんまりとしていることは否定しがたく、ゲストプレイヤーが演奏している曲と比べるとちょっと見劣りがする。
ただ、細部に及ぶアレンジはそういった面を救って余りあるもので。ソロデビュー盤とあってかサウンド全体の方向性は定まっていないし、唄い方にもまだしっかりした個性が確立されていないにもかかわらず、幾重もの音の重ねかたには既にトッド・ラングレンならでは、と言いたくなる魅力が横溢しております。

個人的に好きなのはメドレーの "Baby, Let's Swing/The Last Thing You Said/Don't Tie My Hands" かな。洒落たメロディは勿論、ハーモニーのアレンジがとっても楽しい。

2011-10-11

James Brown / The Singles Vol.11: 1979-1981


Hip-O Selectからのジェイムズ・ブラウンのシングル集もいよいよ打ち止めのようであります。勿論JBはこれ以降もさまざまなレーベルからレコードをリリースしてはいたのだけれど、ユニヴァーサルが権利を持つのはここまで、ということですね。

このシリーズの何が良かったか。まずは音ですね。
今までのJBのCDでは一番音質が良かったんでは。
それからアルバム未収録・初CD化の曲も多く、さらにはリリースが計画されたけれどお蔵入りになった未発表・別ヴァージョンなどのレアトラックが混じっていたり。

そしてJBのマネージメントをしていたアラン・リーズによる詳細なライナーが素晴らしく、これだけでもちょっとした値打ちがあるもの。当時の資料を調べ、元バンドメンバーやレコーディング・スタッフたちのコメントを盛り込んだそれは、個人的な感情や感想でなく、まずは事実に語らせるというものだから読み応え満点。
エピソードも満載であって、"It's A Man's Man's Man's World" のドラマーとしてはバーナード・パーディがクレジットされているが、実際のOKテイクではジャボ・スタークスが叩いている、とかいう話も興味深いではないか。
作曲においてナット・ジョーンズやピーウィー・エリス、フレッド・ウェズリーたちが果たした役割の大きさも再認識できました。

JBは所謂アルバムアーティストではなかった。それは時代的な限界もあるのだけれど、音楽スタイルのイノヴェイションのスパンがかなり短かったということも大きい。それと何しろ仕事量が多い。ツアー先の土地でもスタジオを押さえていて、ライヴを終えた後にレコーディングを行なうのは普通であったし、自分のバンドがオフのときにもセッションマンたちとともにスタジオ入りしていたのだ。アルバム単位で提示することなど初めから眼中にないのだな。この「The Singles」のシリーズを聴いていると絶えず新しいアイディアが生まれ、数ヶ月単位でダイナミックに変化していく様子が追体験できる。

さて、この第11弾ですが。2枚組の一枚目はポリドール在籍時最後のシングルをまとめたもので、これまでと同じなんですが、二枚目が12インチヴァージョン集になっていて。ネタ切れなのを無理に2CDに合わせた、という感は否めません。ただ、JBの曲は長尺のものも多くて、それらはシングルでは両面にまたがって収録されていました。だから12インチというフォーマットはそもそもJB向きであった、と強弁できなくないか、な?

2011-10-10

The Critters / Awake In A Dream: The Project 3 Recordings


クリッターズがイノック・ライトのプロジェクト3に残した音源がCD化されました。セカンド、サードアルバム全曲に加えシングルオンリーの一曲が収録されていて、コンプリート版になるのかな。

1968年のアルバム「Touch'n Go With The Critters」は長らくリイシューが待ち望まれていたのでは。
キャップレーベル時代のフォークロックと比べるとソフトで落ち着いた感触ですが、ぐっとサウンドは豊かになりポップスとしてアレンジの手が込んだものになっています。特にコーラスには力がこもっていて、曲によってビーチ・ボーイズぽかったり、ジャズコーラス風であったりの凝りようが楽しい。
楽曲の出来の方も、飛び抜けてキャッチーなものは無いけれどアルバム一枚通してどれもしっかりと作られていて、メロウさが心地いいです。
サンシャインポップのファンにならかなり自信を持ってお勧め。

翌年の「Critters」になると、それまでスタジオミュージシャンに演奏を任せていたのを自分たちでやってみたい、と言い出して。ロックバンドらしさが強いサウンドになっていますがそんなに上手くもなく、プロコル・ハルムの出来損ないといったところ。アイディアをしっかり支えるだけの力がバンドに不足しているように思うし、ボーカルの線の細さが物足りなくなってしまう。良いメロディがところどころにあるだけに惜しい。


まあ、「Touch'n Go With~」がCD化されただけでも収穫大でありますね。
ところで、ブックレットを読んで知ったのだけど、プロジェクト3というレーベルは音楽的には好きなようにやらせてくれたが、ポップレコードを売るノウハウが無く、プロモーションも全然してくれなかったとか。なるほど、そういう社風だからフリー・デザインが大してセールスが無くとも、あれだけのアルバムを作れたのかなあ。

2011-10-09

アガサ・クリスティー「シタフォードの秘密」


1931年発表のノンシリーズ長編。書き出しがすばらしい。雪の山荘という典型的な舞台ではあるけれど、ほんのわずかな描写でその情景をはっきりと浮かびあがらせる手際は見事。
降霊術の最中に、霊によって殺人が起こったことが告げられる。そして実際、降霊術が行なわれていたまさにその時間に、距離を隔てた場所で事件が起こっていた、というお話。ディクスン・カーが好みそうな不気味な道具立てなのだけれど、後から特に怪奇ムードを盛り上げるわけでもなく、平明なフーダニットとして物語が進行するのはクリスティらしさか。

事件の指揮を取る警部は抜け目無く手堅いが、それだけではクリスティの作品にはならない。事実だけで無く、もっと入り込んだ人間関係を穿り出す探偵役がひとり必要。そう思っていると100ページちょっと過ぎたあたりで容疑者のフィアンセが登場。頭の回転が早く行動的という、女史の冒険物ではお馴染みの属性を持つヒロインです。

なんだか隠し事をしているような人物はいるのだけれど、はっきりした手掛かりが無いままで、厳密な証拠の検討もあまり見られず。キャラクターの魅力と何か企みがありそうだぞという雰囲気でもって物語は終盤まで引っ張られていきます。

突然明らかにされるメイントリックは、それだけ取ると現在ではやや古く見えるのは否めないか。ただ、以前に使ったアイディアを他のトリックでもって補強することで意外性を高める、という工夫が良いです。
そして、結果としてフーダニットらしさを守ることが実は一番の煙幕であった、という趣向は面白い。
年季の入ったミステリファンの方が楽しめるかもしれませんね、これは。

2011-10-08

The Pleasure Fair / The Pleasure Fair (eponymous title)


プレジャー・フェアは女性一人を含む四人組のヴォーカルグループ。後にブレッドを結成するロブ・ロイヤーが在籍し、1967年にリリースされたアルバムのプロデュースはデヴィッド・ゲイツが手がけています。

音のほうはソフトで美麗なコーラスを生かしたフォークロック。管弦やハープ等も入ってカラフルでクラシカルな感じが付加されているのだけれど、決して大げさにはならずむしろ全体に抑制された感じが好感。ハル・ブレインのドラムは派手なことはしてないけれど演奏を引き締め、甘さに流れ過ぎないようにするのに大きな役割を果たしていると思います。

メンバーによるオリジナル曲はバブルガム的なキャッチーさこそ薄いですが、どれも良くできていて繰り返し聴くほどに良くなってきますよ。
4曲あるカバーもそれぞれちゃんと考えられていて、安易なつくりのものが無い。ヴァン・ダイク・パークスの "Come To The Sunshine" は曲の進行に伴って変化していくアレンジが万華鏡のようでありますし、当時の映画の主題歌 "Barefoot In The Park" もヴィブラフォンがジャジーな雰囲気を醸していてセンスの良さを感じます。

細かなアレンジの妙と押し付けがましさのない品の良さが嬉しい、当時のLAポップの洗練が楽しめる一枚。もっと話題に上ってもいいアルバムだと思うんだけどなあ。

2011-09-24

エラリー・クイーン「レーン最後の事件」


ドルリー・レーン四部作の新訳、その最後になりましたが、予告に遅れず出版されましたよ。
この作品は、レーンものとして書かれた他の三作とは随分と趣が違いまして。現代的でスピーディーに展開していく、という点は同年の『エジプト十字架の謎』と共通するものだけど、純粋に探偵小説として見ればやや大味な点があるのは否定できないところ。
ただ、大胆な伏線などは流石で、一見、ただのケレン趣味と思われたものにも実は必然があるのだね。そして、一気呵成に語られる犯人特定の迫力は充分なのだが、ラスト前のレーンによる人物確定の手掛かりとの相似は、どうしたって異様で。果たして、レーン自身は音の手掛かりに思い至ることができたのだろうか?

まあ、そのようなことを置いておいても、クイーン長編の中でも特にドラマとして忘れがたいのがこの作品なのだな、うん。何度も読んでいて筋がわかっているせいだろうけど、そちらの盛り上がりに気が行ってしまう。
単独の作品としてより、四部作の最後としての意味がずっと強いものではありますが。

レーンはサムに手を差し出した。「さようなら」
「さようなら」サムは小声で答えた。しっかりと握手を交わす。


さて、訳者あとがきによると2012年からは角川文庫からも国名シリーズが出るということだそうで。創元推理文庫の後追いになるわけで、それほど売り上げは見込めないだろうが、古典としてカタログに残しておきたい、ということなのであれば嬉しいな(喰い合って共倒れにならなければいいのだけれど)。
しかしヴァン・ダイン(以下略)。

2011-09-23

アガサ・クリスティー 他「漂う提督」


『漂う提督』は英国の探偵作家の集まりである〈ディテクション・クラブ〉のメンバーにより書かれたリレー長編小説で、1931年に出版されたもの。
最近クリスティの作品を月イチくらいで、だいたい発表年代に沿って読んでいて、今回はその番外編のつもりでした。これまでは全部、早川書房の「クリスティー文庫」を新品で買っていたのだけれど、この作品は版元品切れが長い事続いているようで、中古で入手。そうして実際に手にしてみると、クリスティは少ししか書いておらず、肩透かしの感。

この作品、プロローグを担当したチェスタトンを除くと、12人の作家が参加しておりまして。クリスティの他、有名どころではセイヤーズ、クロフツ、バークリイ、近年になって我が国でも見直されているのがヘンリー・ウェイド、ジョン・ロード、ミルワード・ケネディ、ロナルド・ノックスあたりで、その他はあんまり良く知らないひとたち。
分量は各作家ばらばらで、一番多いのは80ページにわたる解決編を手がけたバークリイなんだけれど、その次がセイヤーズで、彼女は序文も書いてる力の入れようです。逆にエドガー・ジェプスンなどは7ページしかない。


さて、その出来栄えですが。
リレー小説なので各章によってキャラクターの印象が変わってしまうのは仕方が無いのかもしれないけれど、どうも他の作家の目を気にし過ぎたのか、既出の捜査結果をひっくり返して意外な展開を作っていることが多い。警部が「これは重要な手掛かりを掴んだぞ」と思っても次の章になると「あれはちゃんとしたものじゃなかった」なんて考え直すことがしばしばで、読んでいて混乱してくる。
それで、第八章においてノックス僧正がそれまでにさんざんかき回された事件の疑問点を整理して挙げていくのだが、その数なんと39。作家たちの不注意が原因である矛盾も含まれているであろう、これらの疑問全てに合うようなうまい説明をつけるのはちょっと無理でしょう。彼より後の部分の担当者たちがうんざりして「ノックスのやつは余計なことをしてくれる」と思ったとしても不思議は無いな。
そういう風なので、最後を引き受けたバークリイは相当苦労したのでは。自分の前までで全く収束に向かう気配がないのだし。それでもさすがバークリイ、意外な展開も交えつつなんとか解決はつけたものであるけれど、う~ん・・・。

あと、巻末には各作家たちによる、自分が担当した章までの材料を用いた推理の梗概が並べられていて、(中には穴だらけのものもありますが)『毒入りチョコレート事件』的な面白さも見て取れるか。

なんだかごちゃごちゃしていていて、独立した長編としてはいまひとつなのですが、ミステリのエッセンスみたいなものが濃縮されている作品ではあるかな。疲れました。