2012-01-15
綾辻行人「奇面館の殺人」
「こんなとんでもない状況は前代未聞ではないか、と思う。現実に起こった事件については云わずもがな、古今東西、さまざまなミステリの物語中で描かれた事件を見渡してみたとしても」
久しぶりの「館」シリーズ新作。発表インターバルの長さに比例してまた大部なお話になるのではないか、と不安があったのだけれど、実際には400ページ余で収まっていて逆に意外でした。
雰囲気も基本はシリアスではあるものの重苦しい描写は少なく、あくまで不可解な犯罪を中心に組み立てられた、ストレートな探偵小説であります。
僻地に立てられたいわくある館で、招かれた人々はそれぞれが仮面を被らされている。豪雪で外部との連絡が遮断された、そんな状況で発見される首無し死体。
外枠だけを取れば本当、古典的な設定であるよね。今時、珍しいだろうというくらい。けれど、二十数年前『十角館の殺人』に出会ったときにもやはり同じような印象を持ったのだ。そして、こんなにわくわくする小説が他にあるだろうか、とも。
今作はもう、読んでいる間は嬉しくってしようがなかった。
勿論、稚気に満ちた仕掛けでもって読者の意表を突く、それが綾辻行人だ。逆に、圧倒的な完成度とか水も漏らさぬ精緻な構築、なんてものとは無縁だとは思う。
2012年の新本格。作者らしい遊び心に満ちた作品です。
2012-01-09
米澤穂信「折れた竜骨」
十二世紀の欧州を舞台にしたファンタジーと謎解き。
北海に浮かぶ孤島の領主が魔術の力によって斃されてしまう。準密室の現場、得体の知れない異教徒たち、呪われた不死の戦士、ゴーレム。
ミステリとしての骨格は不可解な事件が起こり、探偵役が調査・尋問を進めていく、というオーソドックスなもので、非常にわかりやすい。
一方で、異世界の設定はシンプルなものだけれど、それゆえ作り込みも充分。
キャラクターもはっきりし、文章も平明であって、二段組300ページ余をぐいぐいとドラマに乗せられるまま、まったく淀みなく読み進められます。
そうして辿り着いた終盤、ついに堂々たるフーダニットとしての姿を明らかにする場面にはぞくぞくさせられました。
魔術や呪いが有効である特殊設定下における謎解きなのであるけれど、どのように犯人を特定するか、という原則は物語半ばにおいてはっきりと示されていて、フェア。その上で、意外性に満ちたロジックが矢継ぎ早に展開されていく、その迫力たるや。当然のようにファンタジーの要素がミステリとしての必然に結びついているのも素晴らしい。
『インシテミル』が合わなかったひとも、これはいけるのでは。細部までしっかり練り込まれた力作ですな。
正直、米澤穂信がこれだけ太く、豊かな物語をものするとは思っていなかった、いやいや。
最後のパラグラフにはぐっと来たな。
2012-01-08
The Golden Gate / Year One
1910フルーツガム・カンパニーにも携わった作曲/プロデュースチーム、リード・ワイトロウとビリー・カルーチ。その二人によるワンショットのスタジオプロジェクトがゴールデン・ゲイト、1969年リリース。
鍵盤を中心にすえたバンドサウンドをホーンセクションがバックアップ、というスタイルでコンセプトとしてはバッキンガムズやスパイラル・ステアケースの線を狙ったそうでありますが、こちらのほうがやや甘くてMOR寄りかな。なお、ホーン・アレンジはソルト・ウォーター・タフィーでも仕事をしている、ミーコ・モナードが手がけています。
音像には若干奥行きに欠ける感があって、そこがちと残念。
バブルガム出身とはいえ、ふたりの手による楽曲には安っぽいところは微塵もなく、転調をうまく効かせ、洒落ていて都会的なセンスを感じさせるもの。
サンシャインポップ王道、と言いたくなる乗りのいいミディアムからバート・バカラックの線を狙ったメロウなものまで、どれも良い出来で捨てるものが無いですね。
また、コーラスアレンジは明らかにフォー・シーズンズを意識したものなのですが、これが厚みがあり、大きな効果をあげています。唄っているのはなんとトレイドウィンズとのこと。勿論、アンダース&ポンシアはとっくにいませんが、彼らはさまざまなポップスのレコードにバックコーラスで参加していたようです。
突出した一曲はありませんが、フォー・シーズンスの若版としても聴けて、悪くない一枚ですな。フランキー・ヴァリがいればもっと良かったのに。
2012-01-01
霞流一「スパイダーZ」
なんだか凄くごちゃごちゃした話だ。作者の言葉には「コロンボ×ブルース・リー×ダークナイト」とある。警察小説であり、アクションあり、サイコさんでもあり、そして勿論本格ミステリでもある。
大まかにいうと倒叙形式により、ちょっと歪んだ精神の犯人による連続見立て殺人が描かれる、ということになるか。
純粋にミステリとして見ると、何気に凄い趣向。こんなことをやった作品は他に無いのでは。
うーん、ある程度踏み込まないと何も書けないな。
捜査側の人間が事件に後から加担し、発展させてしまう、というのは麻耶雄嵩もやっているのだけれど、ここではそれが物語の中心を占めている、というのがポイント。こういう風にすれば普通は悪徳警官ものになりそうなのだが、この作品ではあくまで本格ミステリの文法で描かれているのだ。
構成上、真の犯行方法が描写されたのち、偽の解決が説かれるという倒錯。そして、その偽ロジックが意外性に満ち、かつレベル高い。細かい伏線が秀逸であります。また、密室殺人のトリックが何種類も開陳されるはで、密度の濃さも間違いないところ。
自分で手掛かりを撒いておいて、それを自分で回収する。その様子は「探偵の操り」を自作自演でやっているようでもある。
だが、同時に凄く馬鹿馬鹿しい小説でもあって。色々と盛り込まれた要素が互いに相殺しているような気がしないでもない。
すさまじく力がこもっているのが伝わりすぎて困った。このコテコテ感が楽しめるかどうかはひとを選ぶでしょう。
2011-12-29
Paige Claire / Paige Claire (eponynous title)
ペイジ・クレアという女性シンガーが1970年頃、米MGMからリリースしたおそらく唯一のアルバム。
プロデュースは当時ブレイディ・バンチでヒットを飛ばしていたジャッキー・ミルズ、アレンジにはアル・キャプスの名前も。
主役であるクレア嬢のボーカルはウィスパーボイス混じりの可愛いもので。ちょっとバックの演奏に対して粘るような唄いまわしが上手く嵌っていて、魅力的であります。このタイプのシンガーとしては意外にも(と言ったら失礼か)リズム強めのアップから穏やかなスロウまで無難にこなしていますし、歌い上げるような曲も違和感無く収まっています。
音の方は、柔らかな管弦を控えめに配したMORポップスといったところ。
取り上げている題材の過半数は制作当時のヒット曲のカバーなのですが、どれもソフトサウンディングな仕上がり。比較的古い曲であるシェルビー・フリントの "I Will Love You" もフルートやチェレスタを効かせ、洒落た感じに生まれ変わっていて、良いです。
また、LAの売れっ子セッション・シンガーでラヴ・ジェネレイションのメンバーでもあったトム・ベイラーが三曲を書いていて。中でも "I'm Too Shy" という曲は乗りの良いサンシャインポップ風で、流石の仕上がり。
なお、ジャケット裏には「Special Thanks to Jackie Ward for all her help」の文字がありまして。ベテランのセッション・シンガー、ジャッキー・ウォード("Wonderful Summer" のロビン・ウォード)から歌唱について何らかのアドバイスがあったのかもしれませんね。トム・ベイラーの曲があるのも、彼がウォードの仕事仲間であったからでは。
クロウディーン・ロンジェやマーゴ・ガーヤンよりそつがなく、馴染み易い(それは個性の弱さ、ということでもありますが)。
温かみがあって、落ち着いて楽しめる一枚です。
2011-12-18
ジャック・カーリイ「ブラッド・ブラザー」
さあて、四作目まできたぞ。
舞台はアメリカ南部アラバマを離れ、大都会ニューヨークへ。その地で、これまでのシリーズでお馴染みのキャラクターのひとりが惨殺される。被害者は生前に自分自身を撮ったビデオの中で、カーソン・ライダー刑事を呼ぶ事を要請していたのであった。
NYに引っ張ってこられたライダーは、地元の警官たちに敵視されながらも捜査に加わる事に。そうして浮かび上がった容疑者はライダーの兄であり常人離れした頭脳を持つ殺人鬼、ジェレミー・リッジクリフ。
施設を抜け出した彼が、NYを舞台に暴れまわる。
デビュー時を考えると、ミステリとして本当に巧くなっていますね。
プロットは緊密。頭からケツまで無駄がなく、キャラクターの色付けのように見える些細なエピソードまでが必然を持って置かれていて。
また、ミスリードにはミステリを読み込んできたファンこそが迷ってしまうような微妙なものもあって、嬉しいところ。
一方で、意外性の演出には今までの作品と通じるパターンが目に付いて(特に前作『毒蛇の園』ね)、展開が見えるところもありましたが。
ジェレミーがどうして施設から出られたかという理由は、大まかになら早い段階で見当が付くもの。けれど作品後半、その詳細が明らかにされることで物語が大きく変質していく。ここらがこの作家の巧いところだよな。
ある程度読者の先読みを許しながら、それを上回っていく芸当は本当にお見事。
作品全体に張り巡らされた伏線もたまらない。
翻弄されたまま予想外のところに連れて行かれる、あっと言う間の400ページでありました。
2011-12-12
法月綸太郎「キングを探せ」
法月綸太郎、五年ぶりの長編は交換殺人もの。
序盤は犯人側の描写で占められます。それぞれに殺したい相手がいる四人の男が結託し、交換殺人を計画。トランプのカード四枚を標的になぞらえ、それを引くことによって、殺人の分担が決められる。
『キングを探せ』という題名は被害者探し、という趣向を示しているのか。
一方では、法月警視が自殺に偽装された殺人事件を担当することに。綸太郎とのディスカッションの中で鉄壁のアリバイを持つ容疑者に対し、共犯者の可能性が挙げられますが、なかなか事件の目鼻が付かない。
犯人たちには万全に思えた計画であったのだが、やがて大きなアクシデントが起こる。これにより複数の事件の関連が明るみに出、五里霧中であった捜査が一気に動き出す。少し綸太郎の勘が良すぎるように思うけれど、とにかく交換殺人という画が浮かんでくる。そうして、まだ他に関連した殺人があるのでは、というところまで辿り着きます。
半ばまでは読んでいても、捻った設定はともかく、倒叙としての面があってネタが割れているせいか、推理によってもたらされる意外性はちょい物足りない、と感じたのが正直なところ。
終盤に入り、警察及び犯人側双方が互いの手の内を知るに至って、相手の裏を掻くべく知恵比べが始まります。刑を軽くしようと奇策を打ち出す犯人と、付け入る隙を見出そうとする法月親子。ここから俄然面白くなってくる。
仕掛けられている大きな錯誤については、注意深く読んでいればある程度まで気付くのだけれど、それでも255ページを見た瞬間「?」となった。トラップを見抜いたつもりでいる事で引っ掛かる別のトラップ。事件の構造がひとつズレるのだ。
スマート!
しつこいロジックこそありませんが、形の美しい本格。アメリカの現代ミステリを意識した節も感じられる一作でありました。
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