2012-02-05

レオ・ブルース「死の扉」


帯には「英国が誇る名探偵、キャロラス・ディーン。初登場作が新訳でついに復活!」とありまして。まさに「ついに」ですな。もうすぐ出る、と言われ続けて十年以上。レトロな表紙イラストも含め、嬉しい新訳です。

街の誰からも嫌われている女性と、その死体を発見した巡査が殺される。歴史教師キャロラス・ディーンは生徒にけしかけられて事件の解決に乗り出すのだが、物証に欠ける上、アリバイのない半ダースほどの容疑者たちはそれぞれ後ろ暗いところがあるのか、みな嘘をついているようであって、犯人の絞込みすら容易ではない。

レオ・ブルースは昔、ビーフ巡査部長ものをいくつか読んだことがあるのだけれど、この『死の扉』はそれらより後の年代に書かれた作品のようですね。ビーフものが「この時代にこんなことまでしているのか」と思わされる、いわば大向うを唸らせる作品であったのに対して、今作はオーソドックスなフーダニットと言えましょうか。
それでも、探偵小説というジャンルそのものに対するくすぐりは随所に見られますし、読みなれたファンが「このパターンは・・・」と思うところで、登場人物もそれを意識したような発言をするのが面白い。

「みんな来ればいい」キャロラスは言った。「容疑者全員、それに関係者もだ」
「その手は流行りませんよ」とルーパートは言った。「あまりに使い古された手です。一人の人間を逮捕しておきながら、結局、真犯人は別にいて、容疑者の中から拾い上げるんでしょう」

メインになっているアイディアは他にも用例があるのだろうけど、ここではかなり大胆な使い方。また、謎解きはそれほど厳密なものではないけれど、細やかな伏線の妙はそこをカバーするに足るものだと思います。

長らく読むことが困難であった一作ですが、あまり構えずに、気軽に楽しむのが良いかと。
ユーモラスで機知に富んだ、いかにも英国らしいミステリです。

2012-01-28

The Presidents / 5-10-15-20-25-30 Years Of Love


1970年、ヴァン・マコイ制作の甘茶ソウル、プレジデンツという三人組ボーカルグループ唯一のアルバムです。
CDリイシューの副題には「THEIR GREATEST HITS」とありますが、実際はアルバム全曲にシングル曲一つを追加したもの。

裏声リードとコーラスが強烈な個性こそ無いけれど瑞々しくも爽やかで、これは気持ち良いなあ。程々の濃さが風通しの良さに繋がっており、スロウ、ダンサーとも切なさを湛えつつ軽やかなポップスに仕上がっていますよ。曲によっては'60年代的なセンスが残っているのも好みです。

制作はおそらくニューヨークなのだと思うのだけれど、曲調はデトロイト風であったりシカゴ風であったり。それによって、アルバム通して聴いても単調に陥らないバラエティが出ていると思います。ミディアムではちょっとシャイ・ライツっぽいものもあって、これも良い。

そんな佳曲揃いの中でも、ヒットしたタイトル曲がやはり一つ抜けていますね。これもシカゴっぽいスタイルですが、繰り返し聴いても飽きがこない出来で、まさしくクラシック。
また、この曲をはじめ五曲がプレジデンツのメンバーの手によるオリジナルなんだけれど、それらが残りのヴァン・マコイ作のものと比べても全く見劣りがしない、というのもなかなか。

甘茶好きは勿論、特にソウルファンでなくともいける一枚ではないでしょうか。

2012-01-22

アガサ・クリスティー「死の猟犬」


幻想・怪奇短編集。英国での刊行は1933年であるが、収録作品は'20年代に書かれたものが中心になっているようです。
題材には精神感応や異常者、幽霊や降霊術などを扱ったものが多いですね。クリスティの純ミステリ作品においてミスティフィケーションとして使われるようなものも見られます。
また、怪奇的な設定ながらミステリ的なオチが付く話もいくつか混じっており、それがいいアクセントにはなっています。ただ、それらの作品を個々に見ると、ずばりと巧く決まったものもあれば、ミステリとしての趣向が見えみえで興ざめなものもあるかな。

クリスティの場合、幻想譚であっても現象の説明は具体的で平明なのが特徴で、判り易くはあるがその分、想像を拡げる余地が少ないように思う。全てを明らかにしすぎる、というか。描写よりプロット展開によって恐怖を呼び起こすものが主になっていますね。
そんな中、表題作「死の猟犬」は意外なほどに正統的な怪奇小説でした。読後に割り切れなさやもやもやしたものが残っている、というのが古典的で良かった。
あと、子供の幽霊を扱った「ランプ」がちょっとした作品なんだけれどレイ・ブラッドベリを思わせて気に入りました。

この短編集で唯一、幻想・怪奇色のない「検察側の証人」はツイストの効いた法廷物として、発表された当時には斬新だったのだろうな。最後の台詞から翻って全体の印象ががらり、と変わる趣向はお見事。

全体に、同時期に書かれたミステリ短編と比較するとフォーマットの縛りが緩いためか、語り口に余裕が在るようにも感じました。
ただ、ゴシック的なものを期待するとあてが外れるでしょう。むしろ「奇妙な味」を楽しむものかな。
どの短編も最後の一行の切れが良いのは流石。

2012-01-15

綾辻行人「奇面館の殺人」


「こんなとんでもない状況は前代未聞ではないか、と思う。現実に起こった事件については云わずもがな、古今東西、さまざまなミステリの物語中で描かれた事件を見渡してみたとしても」

久しぶりの「館」シリーズ新作。発表インターバルの長さに比例してまた大部なお話になるのではないか、と不安があったのだけれど、実際には400ページ余で収まっていて逆に意外でした。
雰囲気も基本はシリアスではあるものの重苦しい描写は少なく、あくまで不可解な犯罪を中心に組み立てられた、ストレートな探偵小説であります。

僻地に立てられたいわくある館で、招かれた人々はそれぞれが仮面を被らされている。豪雪で外部との連絡が遮断された、そんな状況で発見される首無し死体。
外枠だけを取れば本当、古典的な設定であるよね。今時、珍しいだろうというくらい。けれど、二十数年前『十角館の殺人』に出会ったときにもやはり同じような印象を持ったのだ。そして、こんなにわくわくする小説が他にあるだろうか、とも。
今作はもう、読んでいる間は嬉しくってしようがなかった。

勿論、稚気に満ちた仕掛けでもって読者の意表を突く、それが綾辻行人だ。逆に、圧倒的な完成度とか水も漏らさぬ精緻な構築、なんてものとは無縁だとは思う。

2012年の新本格。作者らしい遊び心に満ちた作品です。

2012-01-09

米澤穂信「折れた竜骨」


十二世紀の欧州を舞台にしたファンタジーと謎解き。
北海に浮かぶ孤島の領主が魔術の力によって斃されてしまう。準密室の現場、得体の知れない異教徒たち、呪われた不死の戦士、ゴーレム。

ミステリとしての骨格は不可解な事件が起こり、探偵役が調査・尋問を進めていく、というオーソドックスなもので、非常にわかりやすい。
一方で、異世界の設定はシンプルなものだけれど、それゆえ作り込みも充分。
キャラクターもはっきりし、文章も平明であって、二段組300ページ余をぐいぐいとドラマに乗せられるまま、まったく淀みなく読み進められます。
そうして辿り着いた終盤、ついに堂々たるフーダニットとしての姿を明らかにする場面にはぞくぞくさせられました。

魔術や呪いが有効である特殊設定下における謎解きなのであるけれど、どのように犯人を特定するか、という原則は物語半ばにおいてはっきりと示されていて、フェア。その上で、意外性に満ちたロジックが矢継ぎ早に展開されていく、その迫力たるや。当然のようにファンタジーの要素がミステリとしての必然に結びついているのも素晴らしい。
『インシテミル』が合わなかったひとも、これはいけるのでは。細部までしっかり練り込まれた力作ですな。

正直、米澤穂信がこれだけ太く、豊かな物語をものするとは思っていなかった、いやいや。
最後のパラグラフにはぐっと来たな。

2012-01-08

The Golden Gate / Year One


1910フルーツガム・カンパニーにも携わった作曲/プロデュースチーム、リード・ワイトロウとビリー・カルーチ。その二人によるワンショットのスタジオプロジェクトがゴールデン・ゲイト、1969年リリース。

鍵盤を中心にすえたバンドサウンドをホーンセクションがバックアップ、というスタイルでコンセプトとしてはバッキンガムズやスパイラル・ステアケースの線を狙ったそうでありますが、こちらのほうがやや甘くてMOR寄りかな。なお、ホーン・アレンジはソルト・ウォーター・タフィーでも仕事をしている、ミーコ・モナードが手がけています。
音像には若干奥行きに欠ける感があって、そこがちと残念。

バブルガム出身とはいえ、ふたりの手による楽曲には安っぽいところは微塵もなく、転調をうまく効かせ、洒落ていて都会的なセンスを感じさせるもの。
サンシャインポップ王道、と言いたくなる乗りのいいミディアムからバート・バカラックの線を狙ったメロウなものまで、どれも良い出来で捨てるものが無いですね。

また、コーラスアレンジは明らかにフォー・シーズンズを意識したものなのですが、これが厚みがあり、大きな効果をあげています。唄っているのはなんとトレイドウィンズとのこと。勿論、アンダース&ポンシアはとっくにいませんが、彼らはさまざまなポップスのレコードにバックコーラスで参加していたようです。

突出した一曲はありませんが、フォー・シーズンスの若版としても聴けて、悪くない一枚ですな。フランキー・ヴァリがいればもっと良かったのに。

2012-01-01

霞流一「スパイダーZ」


なんだか凄くごちゃごちゃした話だ。作者の言葉には「コロンボ×ブルース・リー×ダークナイト」とある。警察小説であり、アクションあり、サイコさんでもあり、そして勿論本格ミステリでもある。
大まかにいうと倒叙形式により、ちょっと歪んだ精神の犯人による連続見立て殺人が描かれる、ということになるか。

純粋にミステリとして見ると、何気に凄い趣向。こんなことをやった作品は他に無いのでは。
うーん、ある程度踏み込まないと何も書けないな。
捜査側の人間が事件に後から加担し、発展させてしまう、というのは麻耶雄嵩もやっているのだけれど、ここではそれが物語の中心を占めている、というのがポイント。こういう風にすれば普通は悪徳警官ものになりそうなのだが、この作品ではあくまで本格ミステリの文法で描かれているのだ。
構成上、真の犯行方法が描写されたのち、偽の解決が説かれるという倒錯。そして、その偽ロジックが意外性に満ち、かつレベル高い。細かい伏線が秀逸であります。また、密室殺人のトリックが何種類も開陳されるはで、密度の濃さも間違いないところ。
自分で手掛かりを撒いておいて、それを自分で回収する。その様子は「探偵の操り」を自作自演でやっているようでもある。

だが、同時に凄く馬鹿馬鹿しい小説でもあって。色々と盛り込まれた要素が互いに相殺しているような気がしないでもない。
すさまじく力がこもっているのが伝わりすぎて困った。このコテコテ感が楽しめるかどうかはひとを選ぶでしょう。