2012-05-06
Pugwash / The Olympus Sound
パグウォッシュの新作「The Olympus Sound」は、アイルランドでは昨年夏にリリースされていましたが、今年になって英国での配給契約もなされたことで、日本でも手に入り易くなりましたよ。
シングル曲である "Answers On A Postcard" は、間奏後におけるビーチ・ボーイズ風の遊びが楽しい、メロウでレイドバックした超絶ポップでありますが、他の曲からも'60年代後期のビートルズを思わせる音像や、ELOそのものといったコーラスが聴かれるのがたまらないな。
そして、なんといっても全体に後期XTCの影響は大で。特にアルバム後半に並んでいるソフト目の曲には「Skylarking」あたりのイメージを強く感じます。
また、'60年代サイケを再現している "15 Kilocycle Tone" という曲などは、どうしたってデュークス・オブ・ストラトスフィアの世界ですな。
それでも、あくまで主役は歌で。凝った音作りに負けない珠玉のメロディ揃いであります。どの曲でも、アコギをかき鳴らしながら気持ち良さそうに唄っている姿が目に浮かぶようだ。
ネオアコ王道一直線の"Fall Down" やストレートなギターポップ "Be My Friend Awhile" といった曲では、比較的シンプルなアレンジがメロディの良さを一層際立たせていますよ。
ボーナストラックも含めて捨て曲無し。痒い所にまで手が届いた、英国ポップ好きなら堪えられない一枚。
2012-05-05
アガサ・クリスティー「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」
除隊して以来、定職につかずぶらぶらしていたボビイは、ゴルフコースを回っている最中に、断崖から落ちて瀕死の男を発見する。一瞬意識を取り戻したその人物は「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」と言い残して絶命した。貴族の娘、フランキーとともに事件の謎に挑むボビイであったが・・・。
1934年のノンシリーズ長編。若くて向こう見ずなカップルが主人公のロマンス活劇で、かなりコミカルというか、まあ大味ですかね。ただ、これ以前に発表された同趣向の作品と比べると、ぐっとミステリらしくなっています。
クリスティが脂の乗っていた時期であることを反映するように、中心となる謎が変化して行く展開や、叙述上のちょっとしたフックなど、ミステリファンの気持ちをくすぐる工夫が心憎い。その一方で、キャラクターがどいつもこいつも怪しげな上、少し思わせぶりが過ぎる感もあるかな。これでは誰が犯人であっても意外に思えないぞ。
タイトルになっている『なぜ、エヴァンズに~』はいわゆるダイイングメッセージなのだけど、犯人を直接指し示すものではないという、ちょっと珍しいパターンですね。終盤にその意味は明らかにされるが、これはスマートで、優れて現代的な落とし方ではないかな。また、それ以降の展開も意表を突くと同時にユーモラスであって、これには参ったね。大胆な伏線もなかなか綺麗に決まった。
ただ、ミステリとして綿密に計算された部分とプロットのご都合主義がうまくかみ合っていないようでもあって。そのせいか細部の辻褄に関しては説得力が弱く感じられるな。
細かいことを言わなければ、アイディアがあれこれ盛り込まれていて、充分に楽しめる娯楽長編ではあります。クリスティのミステリ作家としての持ち味が、こういった作品に合わなくなってきていたのかも。
2012-05-04
パトリック・クェンティン「迷走パズル」
アル中からの回復のため精神病院で療養中の演劇プロデューサー、ピータ・ダルースはある夜、殺人を警告する自分自身の声を聴いてしまい、恐慌をきたす。しかし、所長のレンツによればそれは幻聴でなく、患者たちの様態を悪化させようとしている何者かによるものだという。レンツの依頼ににより患者間の様子を探ることとなったダルースであったが、ついに実際の殺人が。
クェンティンの「パズルシリーズ」第一作であり、これまで我が国では「愚者パズル」や「癲狂院殺人事件」の名で呼ばれてきた長編ですが、新訳を得て初の書籍化です。
発表されたのは1936年、ポスト黄金期であって、作家たちはオーソドックスな謎解きをこれまでとは違った器に盛りつける、その工夫にそれぞれの個性を打ち出していた頃。
この作品では、サイコサスペンス風の導入からミステリとしての本題への繋ぎがスムーズで、うまいなと。文体はユーモアを交えながらもきびきびしていて、軽ハードボイルド風。展開も推理や尋問によるものではなく、更なる事件の予兆や、死者からの電話など、次々と起こる変事によって作られており、どんどんと読んでいけます。
終盤には関係者を一同に集めての謎解きがなされ、俄然本格ミステリらしくなってくるのだけれど、推理そのものは非常に堅実なもの(正直、読み慣れたひとならとっくに犯人の見当はついているでしょう)。むしろ、アイロニーに満ちた展開が見所であります。
長らく読めなかった作品でありますが、現在から見ればそこそこの出来かと。まあ、こうして出されたことだけで喜ばしいのかな。
次作『俳優パズル』も新訳が予定されているようなので、この機会にシリーズの全貌が明らかにされることを期待したいですね。
2012-05-01
三津田信三「幽女の如き怨むもの」
戦前、戦中、戦後にわたる三軒の遊郭で起きた
三人の花魁が絡む不可解な連続身投げ事件。
誰もいないはずの三階から聞こえる足音、
窓から逆さまに部屋をのぞき込む何か・・・・・・。
刀城言耶シリーズの最新長編。三部よりなる過去の記録が500ページくらいまで続き、最後に言耶が事件の解釈をつける、という構成です。となると当然、ミステリとしてはメタ性が意識されるところ。
ただ、冒頭の「はじめに」では「ここには密室や人間消失も、連続殺人や見立て殺人も、試行錯誤によって齎される多重解決やどんでん返しも、恐らく何もない」とあり、これまでの作品に見られたような、いかにもな趣向は抜きであることが宣言されています。
実際、これまでのシリーズに比べると、物語全体に占める怪異や推理の割合は少なめで。特に250ページほどある「第一部 花魁」は戦前に、何も知らないまま田舎から遊郭に売られてきた少女の日記なのだけれど、そこで主になっているのは遊郭という異界で翻弄されていく若い女性の運命であって、怪異はその一部分でしかないという印象。
その後は徐々にミステリらしい様相を強めていくのですが、事件そのものが掴みどころのないもので、これ自体のヒキは弱いかなと。
もっとも、解決編に入れば、やはり流石の一言。
三度も繰り返される連続身投げを犯罪とするか事故と見るか、解釈の綱引きにおける不安は個人的に乱歩テイストを感じるものです。また、盲点をつく「幽女」の正体は、凄く収まりがよくて、逆にびっくり。
さらに、その後に明かされる三つの時代を貫く真相は、物語そのものを変容させるものでありながら、動機、トリックが渾然一体となったこれ以外無いもの。回収される伏線や、明らかになるミスリードなどには、ただただ唸るのみであります。
ごてごてせず、スマートに落とす絵解きは以前には無かった手際かな。
今までで一番、ドラマ部分に比重がかかったような印象ですが、それも読者がキャラクターに同情して読むほど目眩ましにあうという、ミステリとしての必然からくるもの。
やはり三津田信三でなければ書けない作品でしょう。古典的なガジェット抜きでも堂々たる本格ミステリであります。
2012-04-22
アガサ・クリスティー「オリエント急行の殺人」
エルキュール・ポアロものの有名作ですが。
若い時分は、とにかくミステリには大きなトリックを求めていまして。旧版の早川文庫でこの作品を読んだとき、先に裏表紙の内容説明を見て「もしかしてこういうネタでは・・・」と想像していたら、ほぼその通りだったのですね。がっかり。それ以来、この作品のことはあまり思い出さないようにしてきたのですよ。
まあ、いってみましょう。
大雪で立ち往生した列車、そのコンパートメント内でいかにも曰くありげな人物が殺される。現場のドアには鍵が掛かっていた上、内側からはチェーンも。窓は開いていたが、その外側の雪上には足跡はひとつもない。
「殺人犯はわれわれのそばにいる―― いまも、この列車のなかに……」
まず、クローズド・サークルを列車で作ってしまう、というアイディアが素晴らしい。雪の山荘では駄目で、列車でなくてはならない必然もしっかりしていて、これ自体がひとつの創意だと思います。
クリスティとしては珍しく、非常に夾雑物の少ないミステリであって。「第一部 事実」で登場人物の紹介から事件の発生、被害者の正体までが語られ、「第二部 証言」では文字どおり尋問が、12人に対して立て続けに行なわれます。容疑者が非常に多く、その誰にも比重が偏っていないにも拘わらずキャラクターがきっちりと書き分けられているのは流石。そしてあらかたのデータが揃った後に「第三部 ポアロ、じっとすわって考える」となるわけです。
ネタを知った状態で今回読み返してみて、下手をすれば馬鹿馬鹿しくなるお話をきちんと成立させるべく、隅々まで精緻に構成されているのには感心させられました。
また、中心となっている大きなアイディアは勿論、物語の締め方、あるいは奇妙に喜劇的な展開などは、ミステリというジャンルそのものに対しての絶妙なバランスが感じられるもので。そこから、「探偵の操り」テーマをひとつの趣向とみなして、クリスティ一流の解決をつけた、と読むことも可能でしょう。
しかし、この装丁。谷口ジローの描いたポアロはらしくないなあ。まるで西洋に乗り込んで行った日本人武道家みたいだ。
2012-04-21
Sam & Dave / I Thank You
英Edselより、サム&デイヴのスタックス制作のアルバム四タイトルが2in1、2in2のセットでリイシューされまして。ボーナストラックも入っているので、これらでスタックス期のものは網羅されているのかな、と思ったのだけれど実際には漏れている曲がありますね。
今回リイシューされたアルバムはどれもステレオミックスが採用されています(ただし一作目「Hold On, I'm Comin'」に収録されている "You Don't Know Like I Know" のみ、モノラルにはあるパーカッションがステレオには欠けているため、モノ版を採用。なら、両ミックスとも入れて欲しいのが本当のところですが)。
初期のアルバムには、曲によってはボーカルがセンターに定位していないものがあって、それはちょっと迫力に欠けるかな。
あと、細かいことを言うと "Soul Man" の唄い出しがステレオとモノではちょっと違います。
改めて聴いてみて、スタックス期のサム&デイヴに関しては、どのアルバムも甲乙付けがたい、という印象を受けました。勿論、時代的な変化はあって、最初のころの凄くオーソドックスなサザンソウルから、次第にちょっと凝ったアレンジのものが増えていきますが。基本的にはどれもアイザック・ヘイズ&デヴィッド・ポーター制作であり、演奏しているのもスタックスのハウスバンドであるMG'sやマーキーズなので、出来の良し悪しにはそんなに差がないかなと。
「I Thank You」は1968年、スタックスとの提携が切れた後にアトランティックから出されたアルバムでありますが、収録されている曲は全てスタックスで制作されたもの。ライナーノーツによれば、過去のアルバム用に録音されながら未使用だったトラックも多く含まれているそうで、なるほど、そういわれれば音の感触が違うものが混じっているな。
ヒットしたタイトル曲はゴスペルとファンクを結びつけた強力なナンバー。ロック的なギターも聴かれ、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの影響を感じさせながらも、それを乗り越える脂の乗ったボーカルが素晴らしい。クラヴィネットも格好良く決まって。
そのシングルB面であった "Wrap It Up" はそれまでのサム&デイヴのスタイルをファンクでやったというものでありますが、これも良い出来です。
また、ストリングス入りの都会的なものもいくつかあり、これらがいずれもロマンティックな要素がデュオの持ち味に合った良いさじ加減で、気持ちいいな。
中では "Everybody Got To Believe In Somebody" が南部色は薄まっているけれど、オーソドックスなデュエットで気に入っています。
2012-04-18
Dr. Feelgood / All Through The City (With Wilko 1974-1977)
ウィルコ・ジョンスン在籍時のドクター・フィールグッド、その音源及び映像をまとめた3CD+DVDセット。
ブックレットには当時を振り返るウィルコのインタビューも掲載されているんだけど、そこそこの量でちゃんとした読みでがあります。
デジブック仕様なんだけれど、最近たまにみるCDが取り出し難いタイプ |
ディスク1、2にはライヴを含むアルバム四枚を収録。それらアルバムのうち三タイトルは2012年リマスター。音圧が高いね。「Down By The Jetty」のみ2006年となっており、おそらく以前モノラル+ステレオの2CDで出されたコレクターズ・エディションと同じリマスターと思われます。
ディスク3はレアトラック集で、23曲中16が未発表(収録時間の関係からか「Stupidity」のおまけシングル曲はこちらに収録)。
目玉はDVDですね。僕はアマゾンで輸入盤を購入したのだけれど、NTSC仕様であって日本向けプレイヤーで問題なく見ることができます。
収録されているのは全て1975年の演奏で、どれも実に格好いい。
TVショウ「The Geordie Scene」から7曲。9割が若い姉ちゃんという客層の前であるけれど、そんなことは関係なく熱いR&Bをぶちかます。画質も上々。
音楽ファンにはお馴染み「Old Grey Whistle Test」からは3曲。パフォーマンスはやや大人しめか。音が凄くいいのは流石。
「45 (With Kid Jensen)」からは "Back In The Night" 一曲だけですが、リー・ブリローがスライドを決める姿が拝めます。
そしてサウスエンドでのライヴ。「Going Back Home」としてこれは単独タイトルで出ていたものですが、そちらは現在は入手し難くなっているため、ここにまとめて入ったのは嬉しい。
画質はそれほど良くないですが、当時のリアルなステージを見れるという点でこれ以上のものはありません。全8曲、攻撃的な演奏にウィルコが動きをキメまくる姿を堪能できます。
次にフィンランドのライヴから二曲。ステージ脇から一台のカメラで撮ったもので、引きの画が全くないし、客席も映らないのでどれくらいのハコであるのか判りませんが、臨場感はあります。音があまり良くないのが残念。
最後にインタビューがあって、DVD全体では70分くらいかな。
「Going Back Home」付属CDの音源が漏れているのが惜しいですが、最新リマスターと初期映像の集大成として凄く良心的なパッケージではないでしょうか。
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