2012-06-17
アガサ・クリスティー「三幕の殺人」
エルキュール・ポアロものの、これも有名作でしょうね。再読ですが、犯人以外の細かいところはすっかり忘れていました。
『謎のクィン氏』のサタースウェイトが再登場。
引退した人気俳優の邸宅で行なわれたパーティで、誰からも恨みを買いそうにないような温和な老牧師がカクテルを飲んだとたん急死した。当初は事故だと思われていたのだが、数ヶ月後、別なパーティで俳優の友人である医師がやはり同じような状況で死亡、にわかに連続殺人の様相に。
俳優を中心とした素人探偵たちが中心になって進むお話であって、過程における推理の妙味は薄め。また、ミステリとしての最大のフックは「何故、そして、どうやって牧師は殺されたのか」というところで、ヒキはちと弱いか。
それでも、ポアロによる解決編に辿り着けば納得の面白さでありまして、メインになっているアイディアはなにげに凄いもの。読者を観客に置き換えることによって、叙述トリックを使わずにそれと同じような効果をあげることに成功しており、そのために作品全体が周到に構築されていたこともわかります。
ただ、今回、犯人を知った状態で読んでいると、相当にえげつないという印象も受けました。犯人の行動には読者を罠にかけるという以上の必然が感じられないようなものも目に付き、物語としては歪みが出ているように思います。
ともあれ、このあこぎな程の騙しもまたクリスティではあるよな。
2012-06-09
The Beach Boys / That's Why God Made The Radio
ビーチ・ボーイズのニュー・アルバム「それゆえに神はラジオを創りたもうた」。収録曲の殆どには、ブライアン・ウィルソンのソロアルバム「Imagination」(1998年)のプロデューサーであったジョー・トーマスが共作者としてクレジットされている。
聴く前にはなんとなく、ブライアンのソロに他のメンバーが参加したようなものになっているのだろうな、と思っていたのだけれど、全然違った。勿論、カールとデニスはいないし、ジェフリー・フォスケットが全面的に活躍しているけれど、これはビーチ・ボーイズだわ。
ジョー・トーマスのインタビューによれば、タイトル曲 "That's Why God Made The Radio" は「Imagination」の後に作っていたものを、ビーチ・ボーイズ用にずっとキープしていたそうなのだ。ブライアンの中ではソロとビーチ・ボーイズは別物、という線引きがあるのだろう。
単なるファンのノスタルジーかもしれないけれど、マイクやアルらの声と一緒になることで起こる特別なバイブレーション、それを信じて作られた音楽ではないだろうか。
また、ここ最近のブライアンのソロアルバムと比較すると、気張っている感が抜けていて、ずっとナチュラルに美しく仕上がっているとも思う。しかし、個人的にはなんだか感情がうまく整理できないなあ。
確かに、新しいものなどひとつもない。だが、それがどうしたというのだ。
ビーチ・ボーイズという魔法がここに再生している、それで充分ではないか。
2012-06-05
飯城勇三 編訳「エラリー・クイーンの災難」
世界初のクイーン・パロディ、パスティーシュ集ということだそうです。
内容は「贋作」「パロディ」「オマージュ」の三部からなり、全部で16編が収められていますが、その殆どが本邦初紹介であり、残りのものも現在、単行本で入手可能なものは外してある、という気合いの入ったセレクトになっております。結果としてはレアリティを優先したせいで玉石混交になったきらいはありますが、バラエティは凄い。
「第一部 贋作篇」が一番、ミステリとしては読み応えのあるものが揃っているかな。
冒頭のフランシス・ネヴィンス・ジュニアによる「生存者への公開状」では、後期クイーンの奇妙なミステリ世界が見事に再現されていて、感心。
また、エドワード・D・ホックは二作収められているのだけれど、うち「インクの輪」はクイーンのある有名長編を思わさずにいられないミッシングリンクものの力作なのですが、意外な展開はまるで法月綸太郎のよう。
「第二部 パロディ篇」では普段はたいして気にも留めずに読んでる、クイーン作品の奇矯性が極端に強調されていて、各編が単なるおふざけを超えた批評になっている、とは言いすぎ・・・だな。底が抜けたような言葉遊びが過ぎて、筋を追うにも一苦労なものもありますね。
クイーン親子がスタートレックの宇宙船に乗り込み謎解きをする「フーダニット」では、無茶な設定にも拘わらず、いかにもクイーンらしい手掛かりが使われていて、逆にびっくり。
「第三部 オマージュ篇」では作品世界だけでなく、現実の作家としてのクイーンやEQMMの編者としてのクイーンに引っ掛けたものまで含められています。
最後に収められている「ドルリー」というのが、スティーヴン・キングの『ミザリー』のパロディにもなっている上、クイーン作品への理解も感じさせるという点で、面白かった。
以前に出たラジオ及びテレビドラマのシナリオ集と比較しても格段にマニア向けですね。クイーン作品についてある程度知っていないと、これは楽しめない一冊でしょう。
2012-06-03
ジョン・ディクスン・カー「皇帝のかぎ煙草入れ」
フランスの避暑地に住む女性、イヴ。彼女は、婚約者の父を殺害した容疑をかけられてしまう。犯行時には自宅の寝室にいたイヴだが、そこには前夫が侵入してきていたために自分の行動を正直に説明できない。更には身に覚えのない証拠までが現れ、イヴは逃れようの無い窮地へと追い込まれていく。
創元推理文庫から進められているカー新訳、今回は有名作ですね。この作品については、大昔に一度読んだときには、あまりカーらしくないので、やや物足りない感を受けたのだけれど。
怪奇趣味や不可能犯罪が無い、というだけでなく、いつもなら本筋に絡むようにして他にも不可解な謎をいくつも転がしたり、探偵役が思わせぶりな台詞を言ったりなど、ミステリファンの気持ちをくすぐるいかにもなあれこれが用意されていますが、今作は不幸なヒロインをめぐるメロドラマとして進行していきます。
さて、メイントリックがクリスティ的であることにはしばしば言及されますが、今回、ネタを知った状態で読んでいてさえ、これで成立するんだろうか? と不安になるとても微妙なバランス。執拗なまでのダブルミーニングの多用もスリリング。
そして、トリックだけでなく、真相解明のロジックも負けず劣らず素晴らしい。そのシンプルさ、最短距離を結ぶような美しさには再読しても感嘆であります。手掛かりは恐ろしく大胆であって、容疑を決定的にすると同時に・・・という。
カーらしい娯楽満漢全席とは違いますが、余計な装飾が無いゆえに意外な真相による衝撃は抜群。一般的なミステリファンにはもっともアピールし易い作品かも知れないですね。
解説を読んで、映画版ではペトゥラ・クラークが出演していた、というのも初めて知ったな。
2012-05-27
The Critters / Younger Girl
クリッターズといえば、昨年Now Soundsからプロジェクト3在籍時の音源がリイシューされていましたが、今回はそれより前の時期のもので、副題は「THE COMPLETE KAPP & MUSICOR RECORDINGS」とされています。彼らのKappレーベル時代のものとしては以前にもコンプリートと銘打たれたものがありましたが、今回はそれ以前のMusicorレーベルに残された三曲と、Kappから離れるどさくさに素性のあやしいところから出たシングル曲が追加されています。
果たして古いCDと比べて少しは音が良くなっているのかな、と実際に手にしてみるとパッケージ裏には「FROM THE MONO MASTERS」と書かれていて。なるほど、今回のは単なる出し直しではなくて、最近Now Soundsが進めているアソシエイションやハーパーズ・ビザールのモノラル再発と同じ流れのものだったのだな。
で、軽く聴きくらべてみたのだが。う~ん。ステレオミックスの方がきらきらして軽やかな感じかな。モノラルの方が穏やかだけれど、各楽器の分離は悪くないし、奥行きはちゃんとあって。甲乙付け難いというか、それほど印象が違わないというのが本当のところ。個人的にはモノの方が落ち着いて聴けるけれど、これは趣味の問題ですね。
なお、今回新たに追加された五曲ですが、悪くもないが、取り立てて特徴も無い出来かな。
ステレオミックス収録CD。あまり変わらないね。 |
「Younger Girl」は1966年にリリースされた、クリッターズのファースト・アルバム。基本的なスタイルは、マージービート風のコーラスを生かした、陰影豊かなフォークロックといった感じ。
タイトル曲であるラヴィン・スプーンフルのカバー "Younger Girl"、ジャッキー・デシャノンの "Children And Flowers" も良いですが、個人的に気に入っているのはメンバーのオリジナル曲のうちで少しメランコリックな味わいのあるもの。スマッシュヒットした "Mr. Dieingly Sad" は勿論、メロウな "Gone For Awhile" の間奏前後の流れとか、"Forever Or No More" の繊細さを感じさせるコーラスアレンジなど何とも言えない雰囲気でたまらないですな。
さらに、アルバムより後に出たシングル曲にも優れたものがあって。
アンダース&ポンシア制作の "Bad Misunderstanding" と "Marryin' Kind Of Love" 、これらはもろトレイドウィンズの世界。
そして、哀感を湛えたメロディで始まり、一気に疾走していくようなハーモニーによる盛り上がりが素晴らしい "Don't Let The Rain Fall On Me"。オリジナル曲ではベストとしたい出来であります。
2012-05-22
Small Faces / Small Faces (Immediate)
あまり話題になっていないような気がするのだが、スモール・フェイシズのデラックス・エディションであります。英米で発売日が違うようで、とりあえずイミディエイト期の2セットが到着しました。
パッケージは同じユニヴァーサルからのキンクスのリイシューと良く似た感じです。
ケニー・ジョーンズとイアン・マクレガンが監修、ということになっており、ブックレットにも二人のコメントが多く盛り込まれていますな。ただ、各トラックの詳細なデータが記載されていないのは残念。
リマスターの方は、まあ、良いんではないでしょうか。一応、2009年に出たものと聞き比べてみたのだけれど、劇的に改善されたわけではないにしろ、こっちのが音圧は控えめながら自然な鳴りという印象を受けました。
マスターテープの箱の写真も載っていますが |
個人的に、彼らのアルバムの中で一番良く聴いたのはイミディエイトでの一枚目の方の「Small Faces」(1967年)です。デッカ時代の、俺らのR&Bをぶちかますぜオラオラ、的な曲も好きなのだけれどね、こちらの「Small Faces」での膨らみの感じられる曲が自分には合っているかな。
フォークロック的な曲調にサイケがかったアレンジがいい具合に起伏を生み出しているようで、どの曲も一筋縄ではいかない展開であります。 "Get Yourself Together" のようなアップでも余裕が感じられる仕上がりが楽しい。
ロニー・レーンが唄う曲が多いのも、メロウでいいんだなあ。何故か米盤の「There Are But Four Small Faces」からは外れているものが多いんだけど。
あと、インストの "Happy Boys Happy" も凄く格好良いね、うん。一見、ただのMG's気取りのようだけれど、モッズから一歩進み出た感じがするよ。
スモール・フェイシズのものでは一番、楽しそうなアルバムだと思います。これが、次作の「Ogdens' Nut Gone Flake」になると楽曲の出来不出来が大きすぎて、通して聴いてると飽きてしまうのだけれど。
しかし、"Something I Want To Tell You" のテープ転写みたいなボーカルは直らないのね。
2012-05-13
George Harrison / Early Takes Volume 1
ジョージ・ハリスンのレアトラック集でありますが。昨年発表されたドキュメンタリー映画からのスピンオフのような扱いのせいか、収録曲の制作時期や演奏パーソネルなどのデータが一切記されていないのが残念。時間もトータル30分と今時のものとしては短く、ちょっと物足りないかな。
1.My Sweet Lord
ドラム、ベース、アコースティックギターによるシンプルな演奏。リリースされたものよりテンポ早めで、完成にはまだ足りないという印象。アレンジが重要な曲なのだな。
2.Run Of The Mill
一方のこちらはギター一本によるデモであるけれど、ほぼイメージが固まっているという感じ。
3.I'd Have You Anytime
穏やかなバンドサウンド。完成形に近いのだけれど、生々しさが良い。ここまで三曲は「All Things Must Pass」収録曲。
4.Mama You've Been On My Mind
トゥイッケナム・セッションでも演っていたボブ・ディランのカバーで、唄い方もそっくり。小さく入ったリズムボックスにアコースティックギターと、スライド。ひとりでやってるハモりが密やかな感じで、気に入りました。
5.Let It Be Me
エヴァリー・ブラザーズのカバー。これも(たぶん)ひとりでハモっているのだけれど、やけに泣きの入った仕上がり。
この曲は1988年にラジオショウに出演したときに、ジェフ・リンとのデュエットで演奏しています。声の枯れた感じからして、これと一つ前の "Mama~" はそれくらいの頃の録音かな?
6. Woman Don't You Cry for Me
アルバム「Thirty Three & 1/3」に、ファンクアレンジで収録されることになる曲でありますが、ここではフォークブルース風の仕上がり。これも「All Things Must Pass」期の演奏でしょうか。
7.Awaiting On You All
骨太でシンプルなバンドサウンドは、正規ヴァージョンでの厚塗りのものとは違った魅力があって、これはこれで良いです。ここからの三曲も「All Things~」収録曲。
8.Behind That Locked Door
アコースティックギターとペダルスティールのみのデモだけれど、ほぼ完成形がイメージできる。
9.All Things Must Pass
一曲目の "My Sweet Lord" 同様、ドラム、ベース、アコースティックギターでのシンプルな演奏ですが、ジョージの頼りないボーカルが凄くしみるなあ。
10.The Light That Has Lighted The World
切々とした弾き語り。「Living In The Material World」収録ヴァージョンでは随分センチメンタルな仕上がりでしたが、こちらのあっさりした方が好きだな。
ジョージのアルバムにはときに、バックのサウンドにボーカルが負けていたり、あるいはサウンドそのものが古びて感じられるようなものがあるのだけれど、これは全編控えめな演奏のためかそんなことがなく、パーソナリティがしっかり伝わってくる。バンドでの演奏と一人で作ったようなものが混在していますが、違和感無く収まっていて。
単にレアトラック集というだけでない、現代に聴けるジョージ・ハリスンの音楽として構成されていると思います。しみじみと楽しめる、これこそが「ジョージの魂」。
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