2012-08-16

Follow Me (original soundtrack)


1969年にユニ・レーベルからリリースされたサーフィン映画のサウンドトラックで、手がけたのはスチュ・フィリップス。我が国でも数年前にCD化されましたが、しばらく入手困難になっていました。
で、最近になってサントラ専門のReel Timeというところからストレートリイシューされたのですが、これアナログ盤起しのようです。特に音が悪いって程じゃないけど。ライナーノーツには、原盤権利者が見つからなかったのでエスクロー・アカウントを立ててどうこうして、とりあえず出しちゃいました、なんてことも書かれてまして。日本盤を持ってるひとは買い直す必要は無いんじゃないかな。

内容のほうですが。サーフィン映画といっても、音楽はあんまりそんな感じがしない。まあ、'69年ですからね、流石にリバーブ全開のギターとか、ビキニのお姉ちゃんとGO! なんて時代ではないです。レイドバックしたリゾートミュージックってところですか。
ポップスファンには、ディノ・デシ&ビリーがボーカルを取る四曲が注目ですね。まあ、歌はそんなにうまくないんだけれども。やはり、デヴィッド・ゲイツが絡んだ "Thru Spray-Colored Glasses" が頭ひとつ抜けてますが、もうひとつのゲイツ作 "Just Lookin' For Someone" も甘すぎず悪くない出来。
また、その他を占めるインスト曲もいかにも'60年代らしいカラフルさと軽やかさが好ましいもの。フルートやヴァイブを生かした美麗できらきらしたサウンドに、エキゾティックな味付けがバラエティを与えていて。特にスキャットコーラス入りの曲はポップスファンでも充分に楽しめるかと。

そろそろ終わりかけの夏に相応しい一枚とかなんとか。

2012-08-15

アガサ・クリスティー「雲をつかむ死」


エルキュール・ポアロものの1935年発表長編。
パリからロンドンへ向かう旅客機内で、まもなく目的地に着こうかというときに老婦人の死体が発見される。その死因は南米の吹き矢による毒殺らしいのだが、どうやら誰にもそれを使う機会は無かったようなのだ。

これまでの作品で、列車を閉鎖空間として扱ったものはあったが、今度は旅客機でやったというところかな。もっとも、こちらは乗客たちの相互監視の目がずっと強く、そのことがミステリとしての難度を決定しています。
ジャンル小説としての純度は非常に高く、人物紹介を手際よく済ませるとすぐに事件が起こってしまう。60ページにはすでに検視審問がはじまるのだから進行が早い。その後はずっと、ポアロとジャップ、そしてフランスの警部の三人が頭を突き合わせながらの捜査が続くのだが、わざとらしくないユーモアの加減もあって、退屈せずに読んでいける。このあたり、ワンパターンなのだろうが、読者にストレスをかけない流れはもう名人芸といっていい。
不可能犯罪としての興味もありますが、その辺の検討は置いてけぼりで、いつものポアロものと同じく人間性にまつわるあれこれでお話は進んでいきます。

最後に明かされる真相はごくシンプル。当たり前過ぎるがゆえの盲点を突いたスマートなもの、と言いたいところなのだが、冷静に考えると相当無理がある。もっと大きな無理筋のものをミスリードにしているので、見逃してしまいそうになるが。

着想は良く、抜群の技術の冴えも見せながらも、詰めが甘い。そんな感じですかね。

2012-08-14

チャイナ・ミエヴィル「都市と都市」


架空の現代都市を舞台にしたSFだが、設定が恐ろしく奇妙でかつ魅力的なもの。
その領土が複雑に入り混じり、ときには同じ空間を共有してさえいるふたつの国「ベジェル」と「ウル・コーマ」。異なる文化や言語を有するだけでなく、国民たちはそこに存在するもうひとつの国の建物や人物を直視することが禁じられている。そして、他国の領域を侵犯した者は、不可蝕で超越的な外部権力「ブリーチ」によって除去されてしまうのだ。
こうやって説明すると不条理というか頭でっかちっぽいのだけど、作品内ではしっかりと描写されることによって、なんだかありそうなものとして受け入れさせられてしまうのが凄い。

そんなベジェルにおいて女性の刺殺死体が発見されるのだが、国内には被害者に該当する人物が見つからない。一体、彼女はどこから来たのか、そして、犯人は誰なのか。やがて、捜査の過程で浮かび上がってきたのは、伝説上の第三の都市。

正直、あまりとっつき易い小説ではない。また、作品内で世界のルールを丁寧に説明してくれるわけではないので、自信の無いひとは先に解説に目を通しておいたほうがいいでしょう。
けれど、読み進めていくと途中からは都市の持つ謎と殺人事件の捜査が有機的に絡みあって、ぐいぐいと引っ張られていく。
そして後半、物語の様相が一転・二転。「プリズナーNO.6」を思わせるところもあって、ミステリなんだかSFあるいはファンタジーなのか、プロット上の落としどころをどういうレベルでつけるのかが、最後まで見当がつかない。

いや、無茶な世界を破綻無く書ききった力作ですな。筋を追うことに汲々としていては楽しめないかも。まずは異世界ものならではの醍醐味を堪能していただきたい。

2012-08-05

Cal Tjader / Soul Burst


1966年、ヴァーヴからのリリース。プロデュースはクリード・テイラー、録音にルディ・ヴァン・ゲルダーとお馴染みのチーム。

軽快なラテンリズムと流麗なメロディが良い塩梅で、クリード・テイラーらしく耳当りは良いがユニークなアルバムになっています。勿論ヴァイブが主役なのですが、フルートが大きく絡むことで、メロウさが強調されているのではないかな。
ピアノを弾いているのがチック・コリアなのだけれど、パーカッシブとさえいえるアタックを感じさせる演奏はラテン色の補強に一役買っているよう。特に、短い曲だけれど "Descarga Cubana" では同じリフが延々繰り返されているのをバックに、彼の一人舞台といったところです。
なお、タイトルに反してアルバムのどこを取ってもソウル色は皆無。「Soul」と銘打てばちょっとは売れ行きが良くなるのでは、という思惑でもあったのかと。

アルバム全10曲中、ラテンパーカッションだけでなくドラマーも参加しているものが4曲あって。目立たないプレイに終始しているのだけれど、昭和歌謡っぽい哀愁メロディの "Cuchy Frito Man" とディジー・ギレスピーのクラシック "Manteca" は、それでもリズムが強調されたごきげんなミディアムに仕上がっています。特に "Manteca" は、コンパクトにまとまった曲が多いこの盤にあって比較的に尺が長く、グルーヴに乗ってどんどんと演奏が続いていくさまが気持ちいい。

また、クルト・ワイル作のものが2曲取り上げられていますが、ともに穏やかなスロウ。うち、"My Ship" はラテンというよりボサノヴァですね、もう。ここら辺、クリード・テイラーの入れ知恵なのかな?

乗りがいいのが聴きたいけど暑苦しいのは嫌だ、というワガママな要求に答えてくれる一枚ですな。

2012-07-31

カーター・ディクスン「黒死荘の殺人」


『プレーグ・コートの殺人』のタイトルでも知られる、ヘンリ・メリヴェール卿初登場作の新訳です。これも大昔に一度読んだきりでありましたが「そういえばこんな話だったか」程度には覚えていました。

今作品においては、怪奇小説としての色付けが特に強いです。事件が実際に起こるまで100ページほど、じっくりと雰囲気を煽り立てていきますが、これが退屈にはならず結構読ませる。マスターズ警部に偽霊媒の使うトリックなど語らせながら、それでも拭えない不気味さが高まっていきます。
そして起こる殺人事件はかなりの不可能犯罪。堅固な密室のうえ、建物周囲の地面に足跡が無い。捜査するほどに状況の不可解さが明らかになっていくようで、マスターズたちはすっかり途方に暮れてしまいます。

物語半ば過ぎになってようやくH・M卿が登場するのですが、そこで物語の雰囲気は一旦、がらりと変わります。不気味な様相は一掃、謎解きの興味が前面に。
密室の謎はまだ残しながらも、事件のみせかけに惑わされていた関係者たちの蒙を啓く鮮やかさは、流石のひと言。
しかし、更なる事件が起こり・・・。

いや、本格ミステリとして面白さ全開の展開です。なおかつ最後に明らかにされる真相は相当に意外なもの。
一方で、トリックを知った状態で読んでいても、あまりに手掛かりが弱い、という気はします。また、初期のカーらしく、非常に独創的なアイディアが用意されているかわりに、細部の辻褄はややこしくて一読ではすぐに飲み込めないかも。
ひっくるめてカーのある面での代表作であるといえましょうか。

なお、ダグラス・G・グリーンによる序文がついているのですが、これが美辞麗句が踊っているだけのようなものではなく、しっかりと力のこもった内容。本作『黒死荘の殺人』に辿り着くまでのカーの作品における幽霊趣味について非常にわかりやすくまとめられていて、面白いです。

2012-07-29

本格ミステリ作家クラブ 選・編「ベスト本格ミステリ2012」


夏の風物詩の本アンソロジーだが、あまり新刊チェックをしていないせいか、既に出ていたことに気付いていなかった。
今年は短編9、評論1作が収録。
以下、簡単で散漫な感想。


長岡弘樹「オンブタイ」・・・・・・交通事故により視力を失った男の一人称で語られる物語は、二転三転する展開で先が読めないもの。散りばめられた伏線は抜群に効いているが、それでも真相と作品世界の食い合わせは悪いように思う。

麻耶雄嵩「白きを見れば」・・・・・・入れ物は痛いアレだが、非常にオーソドックスなフーダニット。盲点を突いた逆転に唸りました。単純に謎解き小説として素晴らしい。

青井夏海「払ってください」・・・・・・いわゆる「日常の謎」なのだが、謎そのものが巧妙に隠されている。そして、指摘されてみて初めて術中に嵌っていたことがわかる結構が、地味ながらうまいなと。

東川篤哉「雀の森の異様な夜」・・・・・・ドタバタ劇に紛れているものの、かなりの難易度をクリアしている作品。一見、馬鹿馬鹿しいトリックから浮かび上がってくる情景も、実はカーっぽいような。

貴志祐介「密室劇場」・・・・・・密室殺人を扱った、防犯コンサルタントものの一編。ちょい無理筋なトリックを受け入れやすくするための、世界構築が丁寧になされているのは嬉しいところ。

柳公司「失楽園」・・・・・・スパイ組織「D機関」シリーズから、いかにもらしい作品。完成度は恐ろしく高いのだが、作品世界の洗練が過ぎて、展開が予想範囲に収まっているようでもある。

滝田務雄「不良品探偵」・・・・・・学校内での殺人を扱った倒叙もの。シンプルな犯罪計画が思いもよらない要素の介入によって崩れていく。しかし、この手掛かりはそこだけが浮いて見えてしまうな。

鳥飼否宇「死刑囚はなぜ殺される」・・・・・・刑の執行を翌日に控えた死刑囚が、密室状況で殺害される。しかも二人も。タイトルが示す大きなホワイ? は大胆な手掛かりによって解かれていく。いかにも本格ミステリ、という一作であります。

辻真先「轢かれる」・・・・・・亡くなった母親は、生まれたばかりの頃の自分を殺そうとしたのだろうか? 辛気臭い話だなあ、と思って読み進めていたが、やがて非常にミステリらしい趣向が明らかに(うまくいっているかは別として)。

巽昌章「東西『覗き』くらべ」・・・・・・評論。和洋のミステリ、その質感の違いを「視線」のあり方から解き起こしてみるというもの。笠井潔っぽい。


どれも良く作られたものばかりなのだけど、個人的に好みな作品が少ない。もう僕は読まなくてもいいか(と、ここ数年ずっと思っているのだが)。

2012-07-22

アガサ・クリスティー「パーカー・パイン登場」


パーカー・パインが活躍する唯一の短編集。といっても、僕は今までその名前は目にしたことがあっても、パイン氏がどういったキャラクターなのか全く知らなかったのだが。
全一ダースの短編が収録されているのだけれど、前半と後半ではまるっきりテイストの違う作品が並んでいます。

「あなたは幸せ? でないならパーカー・パイン氏に相談を。」
ある官庁を退職したというパーカー・パインは悩みの解決を請け負うことを生業とする事務所を経営しており、所謂探偵ではない。人生に倦んでいたり、夫婦間の不和を訴えてやってくる依頼人たちには問題の解決を請合うけれど、実際に行動するのは彼自身ではなくて、彼により選ばれたスタッフたちである。けれど、企てられる解決策は芝居がかっていて、いずれも一筋縄ではいかないもの。通俗スパイもののような華やかさも楽しい。

冒頭に置かれている「中年夫人の事件」はキャラクターや設定の紹介の意味もある作品だけれど、ミステリとしては飛躍が無く、あまりに型どおりの出来なので、実はちょっと不安になりました。で、その次の「退屈している軍人の事件」も似たような話のように見えて、この短編集は駄目かもな、と大して期待せずに読んで行くと・・・う~ん、見事に引っ掛かかりました。第一話は作品世界の枠組みを読者にはっきり認識させる為に、あえて捨てたのだろうか。いつものことではあるけど、クリスティには読者の考えそうなことなどお見通しなようで、思わず居ずまいを正しました。続く第三話「困り果てた婦人の事件」も、意外な結末が冴えています。
第四話からは展開がなんとなく見えてしまうものもあるけれど、それぞれが違う趣向を凝らされていて充分に面白いし、前半の最後を飾る第六話「大金持ちの婦人の事件」などちょっと感動的でさえあります。

後半の六編は、パーカー・パインが海外旅行の途上で巻き込まれた犯罪事件を解決する、という趣向のものに変わっており、エルキュール・ポアロが出てきてもおかしくない、オーソドックスな探偵物として作られています。灰色の脳細胞の代わりに統計を使う、といったら意地悪かな。
ユニークな前半の作品群に比べると特徴には欠けますが、いや、出来は悪くないのです。それぞれの作品内でのパーカー・パインの役割に幅を持たせることによってバラエティが確保され、しかもなかなかトリッキー。ちょっとした驚きも用意されています。

丁寧に作られた作品揃いで、通して読んでも飽きることがなく、クリスティの短編集に期待される水準は充分クリアしているかと。