2012-07-31

カーター・ディクスン「黒死荘の殺人」


『プレーグ・コートの殺人』のタイトルでも知られる、ヘンリ・メリヴェール卿初登場作の新訳です。これも大昔に一度読んだきりでありましたが「そういえばこんな話だったか」程度には覚えていました。

今作品においては、怪奇小説としての色付けが特に強いです。事件が実際に起こるまで100ページほど、じっくりと雰囲気を煽り立てていきますが、これが退屈にはならず結構読ませる。マスターズ警部に偽霊媒の使うトリックなど語らせながら、それでも拭えない不気味さが高まっていきます。
そして起こる殺人事件はかなりの不可能犯罪。堅固な密室のうえ、建物周囲の地面に足跡が無い。捜査するほどに状況の不可解さが明らかになっていくようで、マスターズたちはすっかり途方に暮れてしまいます。

物語半ば過ぎになってようやくH・M卿が登場するのですが、そこで物語の雰囲気は一旦、がらりと変わります。不気味な様相は一掃、謎解きの興味が前面に。
密室の謎はまだ残しながらも、事件のみせかけに惑わされていた関係者たちの蒙を啓く鮮やかさは、流石のひと言。
しかし、更なる事件が起こり・・・。

いや、本格ミステリとして面白さ全開の展開です。なおかつ最後に明らかにされる真相は相当に意外なもの。
一方で、トリックを知った状態で読んでいても、あまりに手掛かりが弱い、という気はします。また、初期のカーらしく、非常に独創的なアイディアが用意されているかわりに、細部の辻褄はややこしくて一読ではすぐに飲み込めないかも。
ひっくるめてカーのある面での代表作であるといえましょうか。

なお、ダグラス・G・グリーンによる序文がついているのですが、これが美辞麗句が踊っているだけのようなものではなく、しっかりと力のこもった内容。本作『黒死荘の殺人』に辿り着くまでのカーの作品における幽霊趣味について非常にわかりやすくまとめられていて、面白いです。

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