2012-09-03
Dionne Warwick / Make Way For Dionne Warwick
ハル・デヴィッドが亡くなったそうだ。91歳ということで、ブリル・ビルディング界隈のライターの中でも、ロックンロール以前の世代に属するひとであった。
「Make Way For Dionne Warwick」はセプターから1964年にリリースされた、ディオーン・ワーウィックのサードアルバム。
バカラック&デヴィッドとの蜜月期、そのうちでも特に収録曲の充実が半端ない一枚だ。
ヒットシングルが四曲、"A House Is Not A Home"、"You'll Never Get To Heaven (If You Break My Heart)"、"Reach Out For Me".、そして "Walk On By"。
それ以外にも、ダスティ・スプリングフィールドのカバーが有名な "Wishin' And Hopin'" と "Land Of Make Believe"、カーペンターズがヒットさせた "They Long To Be Close To You" などなど。
僕がバカラック&デヴィッドの書いた曲を探求していたのは、もう随分昔のことだけど、久しぶりに聴いてみても、やはり感心するばかりで言葉がないわ。足りないものも余分なものも無いようだ。
"They Long To Be Close To You" はどんなカバーより、ここで聴ける密やかな感じのものがずっといい。
しかし、昔のポピュラーシンガーというのは、発音がはっきりしていて気持ちがいいですね。うまく唄おう、聴き手を感心させようということよりも、作・編曲者の意図を実現することが第一にあったからではないかしら。
ところで、このブログの名前は "Walk On By" の歌詞の一節から取ったのだけれど、この曲に関してはビーチ・ボーイズのヴァージョンが一番好きなのだな、実は。
2012-09-02
Dee Felice Trio / In Heat
ジェイムズ・ブラウンのジャズ仕様アルバム、「Getting Down To It」でバックを務めていたピアノトリオによる唯一のアルバムが、国内初CD化されました。
オリジナルのリリースは1969年、キング傘下のジャズレーベルであるベツヘレムで、JBもそこからシングルを出したことがあります(*)。
硬質なドラム、よく唄うベースにアタックが強く、余韻を生かしたピアノ。曲によってはリズムギターや管弦も入っていますが、JBが目をつけたのも頷けるようなしっかりと芯のある、いいグルーヴの演奏です。
全体の半分ほどが有名曲のカバーで。"The Crickets Song" はマルコス・ヴァーリ作のサンバですが、ドラムブレイクもあって渋格好良い。"There Was A Time" はご存知JBのヒット曲。ファンクとまではいきませんがループ感を演出するギターとホーンが入って、なかなか乗りもいい。
中でも特に気に入ったのはグレン・キャンベルのヒット曲 "Wichita Lineman" とジョニー・ミッチェルの "Both Sides Now" で、力強くも流麗なピアノが映える美しい仕上がり。
そしてピアノのフランク・ヴィンセントの手によるオリジナルが四曲あるのですが、演奏の躍動感ではカバー曲よりむしろこちらの方が勝っているかな。タイトながら瀟洒なジャズボッサで、いや実に格好よくスウィングするもんだ。
ボーナストラックの3曲はシングルオンリーだったもので、アナログ起こしらしいノイズがパチパチいってます。まあ、レアなものですからね。"There Was A Time" はイントロが格好いい別ヴァージョン。他の2曲は、よりジャズらしい演奏といえましょうか。
2012-09-01
Elvis Costello and The Attractions / Goodbye Cruel World
1984年、エルヴィス・コステロがモダンなソウルミュージックに近いスタイルを試みたアルバム。プロデュースは前作「Punch The Clock」に続いて、クライヴ・ランジャー&アラン・ウィンスタンリー。
コステロ自身は昔からずっと、このアルバムのコマーシャルなサウンドについて良いことは言っていないが、僕の個人的な好みとしてはそれほど悪くないと思う。本人がどう思っているかは別として、少なくともコステロにはもっと他に引きの弱い作品があるだろう。
確かに派手なシンセの多用が時代を感じさせる瞬間もあるんだけれど、逆にあまり大した起伏のない曲でも単調さに陥らずに聴けるものになっている面もあって、流石にマッドネスのプロデューサーは違うな、と。
実際、このアルバムの曲のシンプルなデモや弾き語りヴァージョンを聴いてもそんなに面白くない。エルヴィス・コステロというひとはもしかしたら歌はうまいのかもしれないけれど、いかにも不十分だ。プロダクションの工夫が足りないものでも聴かせられるのは、天性の魅力的な声を持つようなほんの一握りのシンガーのみだろうと思うのだが。
オープナーの "The Only Flame In Town" なんかは、ライヴだとスロウにして思い入れたっぷりに唄っちゃったりされますが、スタジオヴァージョンでの弾むようなリズムに乗ってこそポップソングとして成立しているんじゃないかな。
メロウな佳曲が多いけれど、サウンドとの親和が一番いいのはカバーの "I Wanna Be Loved"。コード感を強調することで、ティーチャーズ・エディションのオリジナルよりもずっとフックが効いたものになっている。やっぱりベースはブルース・トーマスがいいね。
時代の音としっかり向き合うことで、エルヴィス・コステロのアルバムの中でも特に親しみ易いものとなっている作品では。
2012-08-29
Ninapinta / The Downtown Scene
1965年、ヴァージン諸島出身のパーカッショニストによる唯一のアルバム。
ニューヨーク録音で、ラテン・ラウンジ・ジャズとでも言いましょうか。全編、陽気でリラックスした雰囲気の演奏です。
ポップスファンにはジェリー・ロスとの仕事でお馴染みなジミー・ウィズナーがアレンジャーであり、鍵盤も弾いています。曲によっては、ドラムでゲイリー・チェスターが入っている安心のグルーヴ。
取り上げられている曲はみな、当時の大ヒットばかりであって、オールディーズファンなら大概、聞き覚えのあるメロディが次から次と出てきます。フォー・トップスの "I Can't Help Myself" の中で、"Watermelon Man" のフレーズが飛び出したり、ペトゥラ・クラークの "Downtown" ではドリフターズの "On Broadway" が織り込まれていたり、なんて遊びも。
ニーナピンタというひとにはこれ以外に録音は残っていないようであります。最初に書いたヴァージン諸島云々はスリーヴノーツに記載されていたことなんですが、当人に関する写真や情報はまるで見当たらず、そもそも実在した人物なのかが定かでない。
一方で、モンゴ・サンタマリアの変名では、という説もありまして。クリストファー・コロンブスの率いていた三隻の船の名がニーナ号にピンタ号、サンタマリア号であったことに引っ掛けて付けた名前だ、ということなんですが、さて。
ヒップとかクールという感じではないですが、やりすぎず、ちょうどいい湯加減が魅力ですな。ソウル寄りのものはブーガルーとして楽しく聴けます。
プロフェッショナルによる手堅い仕事、和みの一枚。
2012-08-16
Follow Me (original soundtrack)
1969年にユニ・レーベルからリリースされたサーフィン映画のサウンドトラックで、手がけたのはスチュ・フィリップス。我が国でも数年前にCD化されましたが、しばらく入手困難になっていました。
で、最近になってサントラ専門のReel Timeというところからストレートリイシューされたのですが、これアナログ盤起しのようです。特に音が悪いって程じゃないけど。ライナーノーツには、原盤権利者が見つからなかったのでエスクロー・アカウントを立ててどうこうして、とりあえず出しちゃいました、なんてことも書かれてまして。日本盤を持ってるひとは買い直す必要は無いんじゃないかな。
内容のほうですが。サーフィン映画といっても、音楽はあんまりそんな感じがしない。まあ、'69年ですからね、流石にリバーブ全開のギターとか、ビキニのお姉ちゃんとGO! なんて時代ではないです。レイドバックしたリゾートミュージックってところですか。
ポップスファンには、ディノ・デシ&ビリーがボーカルを取る四曲が注目ですね。まあ、歌はそんなにうまくないんだけれども。やはり、デヴィッド・ゲイツが絡んだ "Thru Spray-Colored Glasses" が頭ひとつ抜けてますが、もうひとつのゲイツ作 "Just Lookin' For Someone" も甘すぎず悪くない出来。
また、その他を占めるインスト曲もいかにも'60年代らしいカラフルさと軽やかさが好ましいもの。フルートやヴァイブを生かした美麗できらきらしたサウンドに、エキゾティックな味付けがバラエティを与えていて。特にスキャットコーラス入りの曲はポップスファンでも充分に楽しめるかと。
そろそろ終わりかけの夏に相応しい一枚とかなんとか。
2012-08-15
アガサ・クリスティー「雲をつかむ死」
エルキュール・ポアロものの1935年発表長編。
パリからロンドンへ向かう旅客機内で、まもなく目的地に着こうかというときに老婦人の死体が発見される。その死因は南米の吹き矢による毒殺らしいのだが、どうやら誰にもそれを使う機会は無かったようなのだ。
これまでの作品で、列車を閉鎖空間として扱ったものはあったが、今度は旅客機でやったというところかな。もっとも、こちらは乗客たちの相互監視の目がずっと強く、そのことがミステリとしての難度を決定しています。
ジャンル小説としての純度は非常に高く、人物紹介を手際よく済ませるとすぐに事件が起こってしまう。60ページにはすでに検視審問がはじまるのだから進行が早い。その後はずっと、ポアロとジャップ、そしてフランスの警部の三人が頭を突き合わせながらの捜査が続くのだが、わざとらしくないユーモアの加減もあって、退屈せずに読んでいける。このあたり、ワンパターンなのだろうが、読者にストレスをかけない流れはもう名人芸といっていい。
不可能犯罪としての興味もありますが、その辺の検討は置いてけぼりで、いつものポアロものと同じく人間性にまつわるあれこれでお話は進んでいきます。
最後に明かされる真相はごくシンプル。当たり前過ぎるがゆえの盲点を突いたスマートなもの、と言いたいところなのだが、冷静に考えると相当無理がある。もっと大きな無理筋のものをミスリードにしているので、見逃してしまいそうになるが。
着想は良く、抜群の技術の冴えも見せながらも、詰めが甘い。そんな感じですかね。
2012-08-14
チャイナ・ミエヴィル「都市と都市」
架空の現代都市を舞台にしたSFだが、設定が恐ろしく奇妙でかつ魅力的なもの。
その領土が複雑に入り混じり、ときには同じ空間を共有してさえいるふたつの国「ベジェル」と「ウル・コーマ」。異なる文化や言語を有するだけでなく、国民たちはそこに存在するもうひとつの国の建物や人物を直視することが禁じられている。そして、他国の領域を侵犯した者は、不可蝕で超越的な外部権力「ブリーチ」によって除去されてしまうのだ。
こうやって説明すると不条理というか頭でっかちっぽいのだけど、作品内ではしっかりと描写されることによって、なんだかありそうなものとして受け入れさせられてしまうのが凄い。
そんなベジェルにおいて女性の刺殺死体が発見されるのだが、国内には被害者に該当する人物が見つからない。一体、彼女はどこから来たのか、そして、犯人は誰なのか。やがて、捜査の過程で浮かび上がってきたのは、伝説上の第三の都市。
正直、あまりとっつき易い小説ではない。また、作品内で世界のルールを丁寧に説明してくれるわけではないので、自信の無いひとは先に解説に目を通しておいたほうがいいでしょう。
けれど、読み進めていくと途中からは都市の持つ謎と殺人事件の捜査が有機的に絡みあって、ぐいぐいと引っ張られていく。
そして後半、物語の様相が一転・二転。「プリズナーNO.6」を思わせるところもあって、ミステリなんだかSFあるいはファンタジーなのか、プロット上の落としどころをどういうレベルでつけるのかが、最後まで見当がつかない。
いや、無茶な世界を破綻無く書ききった力作ですな。筋を追うことに汲々としていては楽しめないかも。まずは異世界ものならではの醍醐味を堪能していただきたい。
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