2013-01-01
The Match / A New Light
その筋では待望のリイシューでしょうか。いまいち情報の無い白人ボーカルグループ、ザ・マッチが大手RCAで1969年に残した唯一のアルバムが、ボーナストラック2曲追加でCD化されました。
ジャケットはなかなか微妙なセンスですが、一曲目の "Don't Take Your Time" のイントロを聴いただけでもう嬉しくなってくる。軽快で華やかなアレンジ、奥行きを感じさせるオケの響きは'60年代アメリカ以外ではありえないですね。
裏声も交えたコーラスはトム&ジョン・ベイラーを思わせるジェントルで整然としたもの。アドリシ兄弟の書いた "Free And Easy" という曲などはラヴ・ジェネレイションそっくりです。
演っている曲は殆どがカバーで。有名な映画やミュージカルの主題歌なども取り上げているのだけど、それよりもロジャー・ニコルズ絡みのものが先に触れた "Don't Take Your Time" に "Mornin' I'll Be Movin' On" とボーナストラックの "Time" と3曲あるのが目を引きますし、他にもディノ・デシ&ビリーの "Through Spray Colored Glasses"、ジム・ウェッブ作 "Love Years Coming" なんてところの選曲がいいですね。どれも隙がなく優美な仕上がりになっています。
ポップスとしてはやや個性が乏しく、品が良すぎるかもしれません。曲によってはゴージャスなアレンジのせいでイージーリスニング風というか、アラン・コープランド・シンガーズみたいなものもありますが、サンシャインポップのファンならまず聴いて損は無いアルバムでは。
2012-12-31
アガサ・クリスティー「もの言えぬ証人」
多くの財産をもつ老婦人エミリーとそれにたかろうとする浪費家の姪や甥たち。やがて身の危険を感じる出来事が起こり、エミリーはエルキュール・ポアロに手紙をしたためる。だが、実際にポアロの元に届いたそれは、書かれてから二ヶ月後に投函されたものであった。事件の可能性を見て取ったポアロはヘイスティングズとともに夫人の住む屋敷に向かった。しかし、彼女は既に亡くなっており、その財産の殆どは親族ではなく身の周りの面倒を見ていた家政婦に残されていたのであった。
文庫本で500ページほどあって、いままで読んだクリスティ作品のなかで一番長いお話かな。タイトル『もの言えぬ証人(Dumb Witness)』は被害者の飼っていた犬を指しているようで、本書の献辞もクリスティの愛犬ピーターに捧げられています。
そもそも犯罪があったのかさえはっきりしない状況が扱われていて、なかなか推理の取っ掛かりがない。気が付けば300ページくらいまで読み進めているのに、未だ雲をつかむような話のままなのだ。それでも、ちょっとしたフックで興味を繋いでいき読者を退屈させない手際は、いつもながらに大したものである。
また、ヘイスティングズの存在による牧歌的な雰囲気が特に強く感じられるのだけれど、彼はこの作品を最後にお役御免となって、その復帰はシリーズ最終作『カーテン』まで無いようですね。
大詰めにおける推理は物証が無いゆえに性格分析に大きく頼るもの。関係者の不可解な行動を心理から解き明かす部分はなるほど、さすがと唸らされるものでありますが、その反面、犯人絞込みの説得力は乏しい。ただフーダニットとしての興味とは別に、女史の作品では珍しい趣向があって、これが面白い。
犯人当ての興趣には欠けますが、非常に独創的な構図を持つ物語であります。結局、公的には何の事件も起こっていないのだし、殺人が行なわれたことすら証明するものはポアロの言葉以外に無いのだから(それが意図的なものであるのは、小説内に警察官が一度も登場しないことからも明らかでしょう)。
2012-12-30
Satisfaction Unlimited / Think Of The Children
サティスファクション・アンリミテッドというボーカルグループがホランド=ドジャー=ホランドのホット・ワックスから1972年にリリースした唯一のアルバム。
ノーザンといえばそうなのだが、ホット・ワックス/インヴィクタスと聞いて考えるようなものとはまるっきり違う音であります。結構、例えようがない個性というか。あえて言うなら'60年代のテンプテーションズがニューソウルを演っている、という感じ。
メンバーには'50年代の終わりから活動しているひともいるようで、ドゥーワップを根っこに持つような端整なコーラスに、良い声で温かみのあるリードで、オーソドックスながらバランスが凄くいいです。
曲のほうはミディアムが殆どだけれど、ダンサーよりもメロウさが際立つ仕上がりのものが多い。といっても甘すぎず、しなやかで包み込むようであって、気持ちよくグルーヴに浸っていられる。これもまたソウルミュージックの魅力であるよね。
強烈な持ち味は無いようでいて、実は似ているものが他に見当たらない音楽では。
非ソウルファンにも聴いてもらいたい一枚です。
2012-12-25
ジョン・ディクスン・カー「曲がった蝶番」
若い頃、アメリカに渡る際に沈没したタイタニック号に乗り合わせた過去のあるファーンリー家の次男ジョンは、今ではケント州にある屋敷の当主に落ち着いていた。だが、我こそは本物のジョン・ファーンリーだと主張し、その証拠もあるという男が現れる。弁護士立会いの下、二人のジョンがまさに決着を付けんとするときに怪事件が。
ここ最近、創元が力を入れているカー新訳、1938年だからこれも作者に脂の乗っていた時期の作品ですね。旧『曲った蝶番』は大昔に読んでいるのですが、記憶はあいまい。上に書いたような設定はなんとなく覚えていたけれど。
ミステリとしては衆人環視下の犯罪、いわゆる準密室なのですが、それに加えてどちらのジョンが本物なのか、事件は自殺なのかそれとも他殺なのか、という問題も絡んでなかなかに広がりのあるものになっています。更に悪魔崇拝の儀式や不気味な自動人形による怪奇趣味も充分。
また、プロットもミステリのルーティンを意識しつつ、そこからずらした展開が愉しいし、途中で披露される仮説も手が込んでいてと、とにかく読者を飽きさせないサービスが満載です。
さて、真相なのですが。
終章で明らかにされる強烈なトリックは推理困難なものであり、その異様なテイストは乱歩が好みそう。ただ、全体に色々と手を広げ過ぎたせいか、解決全体として見るとごたごたしている感は否めないところ。細かいひとなら証言の扱いがアンフェアだと思うのでは。
カーの個性が非常に強く出た一作であって、好みは分かれそうですな。完成度は置いといて、個人的には無類に面白かったのですが。
2012-12-24
Gil Scott-Heron / The Revolution Begins
どうしようもなくなって落ち込んだときには
ビリー・ホリディやコルトレーンを聴けばいい
彼らが問題を洗い流してくれるさ
("Lady Day And John Coltrane")
英Aceからギル・スコット・ヘロンのキャリア最初期、フライング・ダッチマン・レーベル在籍時に残した録音を纏めた三枚組CDが出ました。
ギルはこの当時三枚のアルバムを制作しているのだけれど、今回のセットではそれらのシークエンスがばらされているので、そこは好みが分かれるところ。
ブックレットには当時のスタジオ風景の写真が多く載せられ、ライナーノーツは相棒ブライアン・ジャクソンやプロデューサーのボブ・シールのコメントが盛り込まれたもので読み応えがあります。
ディスク1は「SONGS」と題されていて、唄物を集めたもの。ファースト「Small Talk At 125th And Lenox」(1970年)から2曲、セカンド「Pieces Of A Man」(1971年)からは1曲を除いた全部、サード「Free Will」(1972年)から半分。改めて聴いても、都会的で硬派な面とメロウさのバランスが実に格好いい。
今まで敬遠して聴いていなかったファーストにも唄物といっておかしくないトラックがあった、と判ったのが個人的には収穫。しかし、せめて制作時期順に曲を並べて欲しかったというのが本当のところです。
ディスク2は「POETRY, JAZZ & THE BLUES」。内容は三枚のアルバム収録曲のうちディスク1に入れてない曲全て。殆どがポエトリー・リーディングで、箸休めのようにブルースがちょこちょこ混じっています。バックがパーカッションのみのものが多く、内容は社会的テーマが中心で口調も堅めとあって、CD1枚通して聴くのはなかなかキツイものがある。
バーナード・パーディのアルバムに客演したときの曲もひとつ入っているのだけれど、これといって特徴のないブルース。このディスクはあんまり聴かないかも。
ディスク3「THE ALTERNATE FREE WILL」はその名の通り、サードアルバム「Free Will」のオルタネイト集で、「All previously unreleased」と書かれています。ただ、僕は未聴なのだけれど過去に「Free Will」に8曲の別テイクを付けたCDが出ていたそうなので、もしかしたらそれとダブるものもあるかもしれません。
リマスターは文句無し、ナチュラルで長時間聴いていても疲れない。いつもながらAceの仕事は抜かりが無い。
ただし、入門編には向いていないセットではあります。これから初期のギル・スコット・ヘロンを聴こうか、というひとにはやはり単体で「Pieces Of A Man」を勧めます。
2012-12-23
法月綸太郎「犯罪ホロスコープⅡ 三人の女神の問題」
法月版「犯罪カレンダー」、その後編。
収録されている六短編のうち、前半三作にはストレートなフーダニットが並んでいます。キャラクターの扱いが実に淡々としていて、容疑者が伝聞でしか登場しない作品もある。そしてその分、謎解きは濃ゆいものになっています。
「宿命の交わる城で」 次々に意外な仮説が提示される様が作者の初期作品を思わせるようで、とても密度の高い短編。ねじれた犯罪の構図は勿論、小説としての人を食った趣向も洒落てる。
「三人の女神の問題」 非常にパズル的な要素が強い一編。これも錯綜した事件のもつ奥行きが素晴らしい。構図の反転も鮮やかに決まったし、ねちっこい推理も良い。
「オーキュロエの死」 シンプルな構成要素にして複雑なプロットが凄い。星座を絡めた趣向もばっちり決まった。
後半の三作は設定そのものがちょっと変わったものになっています。そもそもメインとなる謎が何なのか、というところから捻っていて。
「錯乱のシランクス」 被害者自身が後から書き足したダイイング・メッセージという妙。これはいかにも後期クイーンらしいな。
「ガニュメデスの骸」 奇妙な誘拐事件は意表をついた展開を見せていく。その先読みさせないプロットが見所。
「引き裂かれ双魚」 異様な論理を扱ったものであるが、ダイイング・メッセージの補助的な使い方が面白い。意図せぬところに暗合を見てしまうところなんか丁寧。
ロジック/プロットいずれに重心をかけた作品であっても、ちゃんと意外性があるところが良いですな。星座の縛りを守りながらバラエティもあって、オーソドックスな探偵小説好きを満足させてくれる短編集です。
2012-12-22
Del Shannon / Home & Away
デル・シャノンの英国レコーディング音源、制作は1967年。プロデューサーとしてはアンドルー・ルーグ・オールダムがクレジットされており、アレンジはアーサー・グリーンスレイド、演奏にはスタジオミュージシャンに加え、イミディエイト・レーベルの人脈が多く参加しているようです。
内容はアンドルーの趣味のウォール・オブ・サウンドに、フォークロックとバロックポップの混交、といった感じ。しかし、英国のスタジオで英国のミュージャンによって作られた音であるにも拘わらず、デル・シャノンのボーカルが乗っかるとアメリカンポップに聞こえる不思議。どういうことだろう? と考えながら何度も繰り返し聴いてしまった。シンガーとしての格なのか、湿り気のない明快な唄声がバックのいかにも英国らしい陰りを帯びたトラックを支配しているよう。
曲によってはサウンドと唄にミスマッチな感を覚えるものもあるのだけれど、結果的にはそのことによってちょっとした掴みどころの無さと独特の奥行きが出ているようでもある。
楽曲はビリー・ニコルズやトゥワイス・アズ・マッチらによるものと、デル・シャノン本人が書いたものが混在しているのだけれど、メランコリックな佳曲が多いですね。
唯一、これは浮いているんじゃないかと思ったのが "Runaway '67"。かつてのヒット曲をテンポを落としゴージャスなオケを使って再演したもので、アンドルーのスペクター・コンプレックスが悪いほうに出たかな。
当時のイミディエイトの音が好きな人なら、聴いて損はない一枚ではないかと。
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