2015-08-16
The Lovin' Spoonful / Do You Believe In Magic
ラヴィン・スプーンフルのデビュー盤(1965年)なんだけど。
最近出たリマスターを聴いていて、あれ、こんなだったかなあ、と思った。記憶の中にあるのは、もっと荒削りでブルース色が強いイメージだったのね。実際の演奏はあんまりブルースじゃないなあ。
"Blues In The Bottle" や "Fishin' Blues" というタイトルでもどっちかというとカントリー風。"Sportin' Life" なんかはスロウ・ブルースの形態を取っているけれど、手触りとしてはグリニッチ・ヴィレッジの仲間であるティム・ハーディンに近い。"Night Owl Blues" が一番それっぽいけど、インストなんだよな。
つまりはジャグ・バンド・ミュージックのフィルターが通っているということか。いや、それ以上にラヴィン・スプーンフルというバンドの持ち味というか、パーソナリティの反映なのかもしれない。
このアルバムは半分以上がカバー曲で構成されている。それはマテリアルの弱さにつながっているのだけど、まだジョン・セバスチャンの個性だけが突出してはいない、ということでもある。ジョー・バトラーのスムースな歌声や、ザル・ヤノフスキーの破天荒さが印象的だ。
あと、いくつかの曲で聴かれるリードギターの深いリバーブは、彼らなりのブリテイッュ・ビートの解釈のようでもある。
グッド・タイム・ミュージック、とはデビュー前にエレクトラ・レコードで録音した曲のタイトルであり、このアルバムの裏面にも大きく書かれているフレーズだ。彼らの音楽に対するスタンス、そのマニフェストか。
オプティミズムが音楽そのものに力を与えているように思う。
2015-08-15
アガサ・クリスティー「パディントン発4時50分」
ロンドンで買い物をした帰り、ミセス・マギリカディは列車の中で居眠りをしていた。ふと、目を覚ますと並走する列車があり、その中では今まさに殺人が行われていたのだ。マギリカディは自分の目撃したものを、友人であるミス・マープルに話すのだが・・・・・・。
1957年発表作。『予告殺人』にも出ていたクラドック警部が登場。『牧師館の殺人』のグリゼルダもちょこっと顔を出す。
導入部分が非常に魅力的であって、ここから「誰も自分が殺人を見たことを信じてくれない」式のスリラーにも仕立て上げられそうだ。
それはともかく。マープルものの初期短編に、甥で作家のレイモンドという若者が出てきました。それが、この『パディントン発4時50分』ではレイモンドの次男が英国鉄道に勤めていると書かれていて。いや、時間の流れを感じさせます。
実際、マープルがもはや年老いて自分ではそれほど動きまわれないことが強調されていまして、実地調査にはルーシーという女性を雇うことに。ルーシーは死体の痕跡を探すべく、線路脇の敷地を所有するクラッケンソープ家にお手伝いとして潜入。
プロットはしっかりしているし、キャラクターも面白く、興味を切らさないまま読んでいけます。フーダニットとしての謎とともに、殺されたのは誰だったのかが不明なまま物語は終盤へ。
犯人が判明する場面はとても印象的ですし、真相もそこそこ奥行きのあるもの。なのだが、推理の手掛かりがあまりにない。マープルものはもともとそういう傾向があるけれど、この作品はちょっと極端。
ミステリとしてはちょっと詰めが甘いところが残りますが、面白く読めたのは確か。
2015-08-14
ジャック・カーリイ「髑髏の檻」
インターネットの宝探しサイトに現れた奇妙な記号、それは異様な暴行を受けた死体を示していた。猟奇犯罪を扱う部署に属するカーソン・ライダー刑事は、休暇先の地であるにもかかわらず、連続殺人事件に巻き込まれていく。
米本国では2010年に出た、シリーズ7作目です。6作目は事情あってか翻訳がスキップされています。本国ではほぼ年一冊ペースで刊行されているのに対して、邦訳が出るのは2年に一回くらいなので、今後もこういう風なことはあるかもね。
それはともかく、相変わらずうまいし、面白い。サイコサスペンス的な重さ・暗さはほどほどに、適度なユーモアを交えた語りが快調です。大小のツイストにドライヴさせられて、一切だれることもなく物語は進む。400ページに満たない、というサイズも好みであって。細部はしっかりしているけれど、プロット上では大きく省略が効かせられているのだな。
今回は相棒であるハリー・ノーチラスの出番が少ないが残念ですが、その分ジェレミー兄さんが大活躍しています。登場シーンが実に見事ですな。しかし、ジェレミーってハンニバル・レクターなんだろうけど、麻耶雄嵩作品の探偵みたいでもあるな。
「これは」僕はその絵を指さして言った。「ホイッパーウィルヨタカですね?」
カーソンが老嬢が紙に描いた鳥の名を当ててみせるシーン。彼にもまた、他人の精神に同調する能力が潜んでいるようであるよね。
ミステリとしては捜査小説としての要素がこれまでで一番強いのではないかな。異常な論理がベースになっていることもあって、読者にとっての推理の余地はあまり無いのですが、浮かび上がってくる予想外な構図や伏線の数々はさすが。
ただ、展開が読めない分、物語の焦点がいまひとつはっきりしない気がするんだよなあ。シリーズのファンならきっと楽しめるとは思いますが、ベストの出来では無いと思う。
あと、邦題の付け方は難しいね。
2015-08-11
セバスチアン・ジャプリゾ「新車のなかの女」
パリの広告代理店に勤めるダニーは気まぐれに地中海への旅を思い立った。ところが、たまたま立ち寄った場所で何者かに危害を加えられてしまう。さらには初めての旅程のはずなのに、出会う人たちの多くが自分を知っているというのだ。不安が高まるうち、ついには事件が。
『シンデレラの罠』の次に出された作品だそうで。新訳です。
物語はヒロインのダニーによる一人称ではじまります。ダニーは精神的に不安定な面があり、過去には暗い秘密も隠れているようで、いかにも心理スリラーらしい信用しきれない語り手です。彼女は不可解な事態に何度も出くわすうちに、自身の正気を疑いはじめます。
やがて事件に巻き込まれるのですが、果たしてダニーは自分がしたことを覚えていないのか、それとも何者かの罠にはめられているのか。それが計画された罠であったとしても、そもそもダニーが旅に出ることは、誰も前もって予想することはできなかったのだが(連城三紀彦は解説の中で、この謎を雪の密室になぞらえています)。
ダニーが旅の途中で出会う人々が印象的につくられていて、特にそのなかの一人《にっこり歯磨き》が現実にはいそうにない男前なキャラクター。彼に助けられることで、自らの運命から逃避的だったダニーが事件に立ち向かうことを決心。それまで悪夢のなかを彷徨うようなスリラーだったものが、明晰な謎解き小説としての顔をも見せ始めます。
収束部分が長くて少々だれるのですが、読み終えてみれば意外なくらいしっかりと構築されたミステリでした。
人間の醜悪な面も見せながら、結末は爽やか。ここらも洒落てますね。
そうそう、背表紙はともかく、扉部分の内容紹介は先に見ないで読んだほうがいいかな。
2015-08-08
The Lovin' Spoonful / Hums of The Lovin’ Spoonful
ラヴィン・スプーンフルのアルバムのうち3枚が、Sundazedよりモノラル・ミックスでリイシューされました。これらアルバムのステレオ・ミックスには、'60年代中期という時代を反映してか、雑に作られたようなバランスの悪い曲も多いので、今回のモノラル盤は非常にありがたい。
実際に聴いてみると、自然な響きが大事にされているようで、これは生理的に気持ちがいいマスタリングです。特にジャグ・バンド風と形容されるようなタイプの曲の仕上がりが素晴らしいですね。いろんな音が鳴っているけれどごちゃごちゃせず、据わりがいい。
ジョン・セバスチャンが抜けるまでの彼らのアルバムはサントラ仕事も含めて、どれも好きなのだけど。どれかひとつというと三枚目の「Hums of The Lovin’ Spoonful」(1966年)が一番、曲の粒が揃っているかな。サウンド面でも初期からの親しみやすさ、温かさを残しながら、スタジオでのトリックを試してみたという感じで、ヴァラエティに富んでいます。
特にアナログB面に当たる後半は強力無比ですね。イマジネイティヴなアレンジが楽しい "Rain On The Roof"、アンニュイでありながらキャッチーな "Coconut Grove"、カントリーポップの "Nashville Cats"、パワフルなロックンロール "4 Eyes" ときて、とどめはナンバーワンヒットの "Summer In The City" とくるのだからたまらない。
この後のアルバム「You're A Big Boy Now」と「Everything Playing」もモノラルでも出ていたようなので、それらも聴きたくなってきましたよ。Sundazedには期待したいな。
2015-08-07
Sergio Mendes & Brasil '66 / Herb Alpert Presents
このところ初期のブラジル66をよく聴いていまして。
一枚目のアルバム「Herb Alpert Presents Sergio Mendes & Brasil '66」(1966年)が特にいいすね、勢いがあって。華やかなのはもちろんなんだけど、この時期にはまだ演奏にジャズボサとしての形が残っていて、ピアノはテンション多目で気持ちいい。音全体からもダイナミズムというか肉体性のようなものが伝わってくる。
次の年に出された「Equinox」は前作の延長線にありながらも、よりソフトサウンディングなつくりに。軽やかなスキャットやコーラスが気持ちよく、サンシャイン・ポップ的な楽しさを感じます。
中でも "Night And Day" の洒落た仕上がりには感心させられますが、ボサノヴァのスタイルがすでに足枷というか、不必要に感じられる面もあるかな。
で、三枚目の「Look Around」というのになると、まあこのアルバムが一番セールスが良かったそうなんだけれど、ジャズっ気は抜けているしリズムの鳴りも控えめ。さらには、曲によってはストリングスが入れられるようになるのだが、個人的には下世話に過ぎるように感じてそれらはあまり趣味ではない。まあ、大人なポップスとして洗練された形ではあるのでしょう。
アレンジの冴えは素晴らしく、ビートルズのカバー "With A Little Help From My Friends" なんて、実に意外な導入でありますよね(もっとも「キーを外して歌ったら」セルメンは絶対許さないだろうが)。
フォロワーはあまただけれど、本家はやっぱりよく出来ているわ。斬新でアイディアにあふれたアレンジもさることながら一番の違いは音の手触りであって、つまりはハリウッド・ポップスということなんだろうな。パーカッションがクリアでありながらも生々しくは響いていないというのはひとつのポイントだと思う。
2015-08-02
カーター・ディクスン「ユダの窓」
これまた古典中の古典、以前は早川から出ていましたが、今回は創元推理文庫から。どこにも新訳とは書かれていないけれど、新訳ですね。
ダグラス・G・グリーンによる序文が付いていまして。ヘンリ・メルヴェール卿のキャラクターについて「本質的にとてもアメリカ人らしい」という指摘にはなるほど、と。
さて、本作品の主眼は密室内で死体とともに発見された青年の容疑を晴らすこと、であります。そのほとんどが法廷の場で展開するのだが、探偵小説はこんな風にも物語ることができる(しかも、面白く)のだ、というカーの心意気を感じます。実際、事件と直接関係のない要素が省略されているため、ミステリとしての純度は相当に高いのですね。
メイントリックはシンプルにして理解しやすいものですが、そこに行き着くまでのディスカッションというかディベートが愉しい。意外な新事実がひとつひとつ浮かび上がっていくことで、密室の手掛かりはもちろんですが、被疑者が巻き込まれた複雑な奸計が少しずつ明らかになり、裁判の成り行きが大きく変わっていく醍醐味。また、H・M卿がある証人に対して用いた引っ掛けも気が利いている。
真犯人は不明なのに、これほどフーダニットとしての興味を棚上げにしたままで、ドラマを作り上げられたミステリはそうはないんじゃないだろうか。
再読ですが、抜群に面白かったです。
巻末には昭和の末期に行われたという、瀬戸川猛資ら4人がカーの魅力を語る鼎談が収録されています。内容としては松田道弘による「新カー問答」を踏まえたような、ストーリーテラーとしてのカーに着目したような感じかな。すごく愉しそうに語るんだよな、みんな。駄目なところも含めてカーが好きだ、というのが伝わってくる。
つぎは『髑髏城』ですかね。
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