2017-05-05

Ray Davies / Americana


ここ十日ほどはこればっか聴いている、サー・レイ・デイヴィスの新作。
10年ぶりの新作だというのだが、間に企画物のアルバムがあったので、そんなにインターヴァルが開いたという気はしないな。

タイトルがアメリカーナで、バックの演奏はジェイホークスなので、まあそういうサウンドです。とんがったところのないオルタナカントリーというかフォークロック。しかし、コンク・スタジオで制作したせいか、はたまたレイ・デイヴィスのセンスか、それほどアメリカアメリカしていない、ちょっと湿り気を残したような手触りになっています。キンクスで似た雰囲気のものを無理くりに探すと「Lola versus Powerman~」に入っていた "A Long Way From Home" あたりになるかな。

女性ボーカルが大きくフィーチャーされているものが2曲ある。こういうのは「Preservation Act2」以来となるか。特に5曲目の "A Place In Your Heart" なんてアレンジもあいまってスタックリッジみたいだ。この軽味は現在のレイ・デイヴィスのボーカルでは表現できないものなのだろう。
また、アコーディオンが効いた "The Invaders" という曲からはロニー・レインのスリム・チャンスあたりを思い出したりしました。

いくつかラウドなギターが鳴っている曲もあるけれど、全体には年齢相応なのかとてもレイドバックしたアルバムですね。最初聴いたときには、うわー凄い地味じゃん、と思ったし、気が付いたら引っ掛かりがないまま一枚が終わっていました。
それが、何度も繰り返し聴いているうちに良いメロディは満載だということがわかってきた。2曲目の "The Deal"、3曲目の "Poetry" やラストの "Wings Of Fantasy" なんてレイ・デイヴィス節炸裂、といった感じでファンとしてはたまらないっす。

相当なヴェテランになっても「存在感」とか「深み」みたいな実態の判然としないものに頼らず、しっかりと楽曲とアレンジを練りこんでくる。新たな試みも忘れない。つまりは現役だということだ。商売っ気に欠けるのはもうしようがないか。いいアルバムです。

2017-05-01

ハーラン・エリスン「ヒトラーの描いた薔薇」


13作品を収録、うちひとつが初訳となる短編集。

作品は発表年代順に並べられているけれど、初期の頃の作品の出来はそれほどではない。モチーフの広げ方がシンプル過ぎるという印象を受けます。
「ロボット外科医」 機械の発達により人間が疎外されていく、というテーマの作品で、今見ると古びてしまっているな。キャラクターが中途半端にリアリスティックで共感が持てなかった。
「恐怖の夜」 これは普通小説。主流マーケット向けに書かれたものですかね。非常にしっかりと書かれているのだけれど、面白かったのかというと、言葉に窮してしまう。物語の締め方に少し個性が感じられるくらいか。
「苦痛神」 神話的イメージと生活感をダイレクトに結び付けたSF。よく考えなくてもそんなたいしたことは言ってないのだが、この大げさでもったいぶったところもエリスンらしさか。
「死人の眼から消えた銀貨」 アンダーグラウンドのO・ヘンリーといった具合かな。切れ味の良い語り口が見所かと。

「バシリスク」 現実の社会問題を背景にしながらも、仕上がりはすさまじい。怒りと暴力。無慈悲な神による壮絶なファンタジー。
「血を流す石像」 非常にパワフルな新時代の生命譚。アタマからケツまで持続するテンションがすごい、とりあえずそれだけなのだけれど。これと「バジリスク」からはもっともらしく、もったいぶったクソに対する猛烈な嫌悪も感じられる。

「冷たい友達」 〈地球最後の男〉テーマを扱った、しかしへんてこなお話。語り口こそぶっきらぼうだけど、奇想に富んでいて、しかもロマンティックでさえある。
「クロウトウン」 これは奇譚というのがふさわしい異様な物語。都市の日常と異界がマンホールひとつで繋がっている。トンネルと子宮というのは珍しくもないアナロジーだが、物語のきっかけと結末がリンクする、そのかたちがとてもエグい。
「解消日」 シンプルなアイディア・ストーリーながら、キャラクターの属性がよくある物語とは逆であることで、希望が感じられるものとなった。この辺りはうまいな。

「ヒトラーの描いた薔薇」 あらゆる道徳・倫理、もしくはシステムがはらむ虚偽に対する怒り、それを説教臭くないかたちで描いた一枚の(しかし広大な)絵画。才気走ったような冒頭から一転、抑えた筆致が素晴らしい。
「大理石の上に」 作中でラヴクラフトやポーの名が出され、ゴシック的な道具立てを持つ作品。登場する巨人はギリシャ神話のキュプロクスを思わせるけれど、物語の結末ではむしろ別の存在であったことが示される。
「ヴァージル・オッダムとともに東極に立つ」 異世界を舞台にして、どこへとも向かうのかわからない展開の末に明らかにされるセンス・オブ・ワンダー。イメージの広がる瞬間が実に決まっている。
「睡眠時の夢の効用」 本邦初訳となる作品。前半は心理スリラーのようで、じっくりとした描写がとても効いている。ファンタスティックながら痛切極まりない作品で、現実的な結末がなんともいえない余韻を残す。この作品が一番気に入りました。

昨年出た『死の鳥』と比較すると全体としてはやや地味で、華麗なレトリックがこちらを圧倒するようなところはありませんが、その分、この作家の多面的な魅力を楽しむことができるのではないかしらね。

2017-04-23

Mel Torme / Comin' Home Baby!


アトランティックから1962年にリリースされたアルバム。これが当時の流行なのかソウルジャズ色が感じられて、凄く好みなのです。

12曲のうち2曲がNY録音で、アレンジはクラウス・オガーマン、録音はトム・ダウドが担当。
シングルヒットになった "Comin' Home Baby" はブルージーな曲調のもの。スモールコンボの演奏にクッキーズのバックコーラスがR&Bらしい雰囲気を盛り立てる。クッキーズはレイレッツの親戚みたいなものなので、この辺はばっちり。主役であるメル・トーメも実に渋格好良い。この曲のサビ部分の展開はスペンサー・デイヴィス・グループの "I'm A Man" のヒントになっているのではないかしら。
その "Comin' Home Baby" とシングルでカップリングになったのが "Right Now"。テンポ早目のラテンリズムであるこのような曲で力を込めて歌っても、リズム感が優れているおかげか仕上がりは軽やか。アレンジ面ではコーラスやオルガンがアクセントになっていて、ポップソング仕様というところ。

アルバムの残り10曲はLAでの制作。ショーティ・ロジャーズによるビッグ・バンドの演奏で、録音はボーンズ・ハウ。
こちらも黒っぽいながら、ジャズらしさはしっかり残しています。特に気に入ったのは "Dat Dere" という曲。いきなり可愛い子供の声から始まってびっくりするのだが、抑えた曲調からのダイナミックなものへ対比が印象的。レンジ広く、高ぶっていくような歌唱も決まっています。
あと、いくつか収録されている古いミュージカル曲なんかで朗々と声を張る箇所は小林旭みたいだなあ。気持ち良さそうに歌うのね。

男臭くもスタイリッシュで、しかも抜群にうまいという。僕はブリティッシュ・ビートのファンなので、ジョージイ・フェイムやペドラーズのロイ・フィリップスのボーカルはここから来ているのかな、なんて思いましたよ。

2017-04-18

横溝正史「本陣殺人事件」


アガサ・クリスティの作品を月イチでずっと読んできて、残すところそれも3作。次は何を読むべえか、と考えた。そういえばKindleで「金田一耕助ファイル 全22冊合本版」というのを買っていたのだが、まったく手をつけていなかった。これにするか。 
なんとなく、昔読んだ黒いカバーの角川文庫もいくつか引っ張り出してみたのだが、目を通してみて文字サイズが凄く小さいことに驚いた。しかし、昔はこれを普通に読めていたのだなあ。


金田一耕助の初登場作品である「本陣殺人事件」は今見るとあまり分量がない、長めの中編といったところ。
戦前の農村を舞台にしているけれど、内容は非常にモダンで、ジャンルに淫したようなところがある。ミステリマニアである登場人物が事件の様態をややこしくしているし、物語の語り手もこれが探偵小説であることを意識している。
そして、密室トリックは昔読んだときにも思ったけれど、あまりに手が込み過ぎている。とても推理によって解明できるものとは思えない。けれど、純日本的な小道具を駆使したそれからは、構築美みたいなものを感じる。人工性の強さがむしろ美点に思えるのだ。
また、それでいて密室を作った動機は、なんというか、推理の流れから逸脱している。動機などどうでもいいではないか、要はそういうことだろう。手段が目的になってしまっている、そのことこそが素晴らしい。


併録作品がふたつ。

「車井戸はなぜ軋る」
顔かたちが瓜二つの男のうちひとりは戦死し、もうひとりが復員してきた、という設定。
パズルとして構成されているわけではないので、その一転・二転するプロットが読みどころ。因果が思わぬ形で作用してしまう、というのが実に日本的だ。
また、この作品は『獄門島』よりもあとに発表されたものだが、「本陣~」と一緒に収録されたことが、ちょっとしたミスリードになっている。
なお、金田一耕助はおまけ程度に登場するが、その部分はあとから書き足されたものだそう。

「黒猫亭事件」
これは中編としての分量がある。
作者・横溝正史が金田一耕助より紹介された事件、それは顔の無い死体の新機軸だという。
手の込んだトリックだが、時代を考慮すると相当マニアックなミスリードも凝らされている。ファン心理が読めているというか、先入観を植え付けるのが実に巧い。
この作品が一番、現代的かも。


三作品ともアイディアの過剰さが嬉しい。とりあえずここから始まったのだな。

2017-04-16

The Aerovons / Resurrection


セントルイス出身のビートルズ・フォロワー、エアロヴォンズが英パーロフォンに残した録音集。2003年、RPMからのリリース。

これら曲の制作は1969年にアビイ・ロード・スタジオで行われ、エンジニアにはアラン・パーソンズが、いくつかのトラックではジェフ・エメリックが就いています。プロデュースは当初ノーマン・スミスが担当していたのですが、その仕事ぶりが気に入らなくてクビに、以降はグループの中心人物である、当時17歳のトム・ハートマンが自分でやることになりました。

全体のサウンドはジェントルな英国サイケポップという印象のものですが、くっきりとしたベースラインやコンプレッサーで潰したようなドラムがいかにもビートルズ純正。トム・ハートマンのボーカルはポールとジョージの間を行ったりきたりする感じで、特にダブルトラックでのハモりはポールそっくりに聴こえます。
曲によってはラトルズかよ、と思うくらいにビートルズに似せたものがありまして、それらはさすがにやりすぎ。しかし、ビージーズやグレイプフルートを思わせる曲など、総じて、丁寧に作られたメロディのものが多いかと。ただ、'69年にはもうこの音楽ではなかったろうな、という気はします。

突出した個性には乏しいですが、ビートルズ云々を意識しなくても楽しめる、達者に作られたポップソング集です。
中でも、"She's Not Dead" という曲がエミット・ローズのデビュー盤に共通する、パワーポップへと突き抜けかけているような魅力があって、いいですね。

2017-04-09

ロード・ダンセイニ「二壜の調味料」


素人探偵リンリーもの9作を含む、全26作品を収録。

やはり表題作「二壜の調味料」の出来が抜きん出ていいです。似たようなテーマを扱った作品は世の中には多くありますが、はっきりと書かず、いかにほのめかすかがポイントでありますね。この作品ではワトソン役であるスメザーズの慇懃な語りがとても効果をあげていると思います。この一作品だけ取ってみるとスメザーズからは、実は全てを知ったうえでそらとぼけているのでは、というような胡散臭さが感じられるのです。また、幕切れの台詞もうまい。
ほかの8作もリンリーのキャラクターに奇矯なところがない分、スメザーズの存在がなんと言うか、過剰に感じられます。「第二戦線」の結末部分などは無くてもよいのだけれど、妙に後味が残る。
ミステリとしては「クリークブルートの変装」の論理がチェスタトン風で好みです。またシリーズ最後の「一度でたくさん」の逮捕劇も実にひとを喰っていて面白い。

その他の収録作にはクライム・ストーリーにとどまらず、スパイものやSFめいたものもあり、あるいは犯罪を扱っていないものもあります。どれも語り口は抑制が利いたもので、それがうまく嵌ったときには異様な雰囲気に結びついているのですが、アイディア勝負のような作品では物足りなく感じることもあるかな。
中では泥棒に入った男が語る「不運の犠牲者」の皮肉な成り行きや、ある議員のスピーチを阻止しようとする「演説」の盲点を突いた手口が気に入ったのだけど、特にいいのが最後に置かれた「アテーナの盾」。見え見えの話なのにやけにもったいぶるなと思っていると、予想だにしない展開が待っている。読んで驚け、という感じですね。

謎解きの要素もありますが、むしろミステリ・プロパーからでは出ないような発想・展開が楽しい短編集です。

2017-04-04

アガサ・クリスティー「運命の裏木戸」


田舎に引っ越してきたべレズフォード夫妻は、家の前の持ち主からまとめて買い取った本の数々を整理していた。そのうち一冊のなかに犯罪を告発する暗号が隠されているのを発見。しかし、その関係者たちは半世紀以上も前に亡くなっていた。はじめは単なる好奇心から調査を始めた二人は、やがてかつてのスパイ活動に突き当たる。


クリスティが最後に執筆した長編で、トミー&タペンスもの。「フランクフルトの件」に関わったロビンソン、パイクアウェイ氏らも登場。
トミーとタペンスは『NかMか』の事件を解決したことによって諜報部関係者の間では名をあげており、その『NかMか』の内容にも結構触れられています。

女史のキャリア末期における作品がみなそうであるように、これも遠い昔に起きた事件をほじくり返すというお話。タペンスが「過去の罪は長い影を曳く」というフレーズを口にするのですが、これは『象は忘れない』にも出てきたし、『カリブ海の秘密』にも似たようなのがあった。
そして、やはりこの時期の他の作品と同じ欠点も共有している。展開が冗長で、同じことが繰り返し語られる。中心人物の行動範囲は極めて限られており、その調査が進んでも事実関係は曖昧にしか語られない。口述筆記の弊害なのかな。

これ以前のトミーとタペンスものはスリラー小説といっていいものだった。怪しい人物を尾行。犯罪組織のアジトに潜入捜査。命を狙われることもある。そして、危険なイベントを乗り越えていくうちに、意外な真相に突き当たる。
キャラクター、あるいは作者の老齢のせいか、今作ではそういった行動的な要素がない。昔の事情に通じていそうな人々に会いに行って、話をするだけだ。

ミステリとしても特に見るところはない。現代と過去において犯人といえる人物が存在するが、謎解きの興趣には乏しい。プロットにもツイストがない。
つまり、これは予定調和を楽しむべきなのだろう。

70歳を過ぎてもまだ明るさを失っていないトミーとタペンスと出会える、そういう価値の作品です。