2025-04-05

劉慈欣「三体0 球状閃電」


〈三体〉シリーズの番外編のようなタイトルですが、中国では2004年と『三体』よりもこちらの方が発表されたのは先であって、「三体0」というのは我が国で出版される際、独自につけられたもののよう。

今作の中心にあるのは「球電」という物理現象。これは架空のものではなく、雷雨時にまれに観測されることがある、実際に存在する現象なのだが、その発生原理等、詳しい実体は分かっていないようだ。この球電現象を取りつかれたように研究を進めている青年、陳(チェン)が本作の主人公となります。彼は球電によって両親を失ったのだが、それに関連するような神秘的な体験もしていた。
この陳の研究をサポートするのがヒロイン、林雲(リン・ユン)。技術者であり軍人でもある彼女は、球電に観察される特質に兵器としての大きな可能性を見出しているのだ。

陳のひらめきに、軍のバックアップもあって球電の性質に関する研究はある程度のところまで進むのだが、やがて壁に突き当たる。そこで招へいされるのが他の研究者とは隔絶した存在──作中では超人と形容されている──丁儀(ディン・イー)です。これが作品全体の半分くらいのところ。丁儀は〈三体〉シリーズでも登場しますが、そこでの陰影のある人物とは違い、ここでは少し奇矯なところがある、いかにも天才らしいキャラクターとして描かれています。
丁儀によって球電の研究は加速がついたように一気に進められ、俄然面白くなってくる。そして、球電の本質についてとんでもない仮説が提唱されます。ここが本作の肝ですな。センス・オブ・ワンダーとは法螺話と紙一重なり。この作品の世界が〈三体〉のそれと地続きであると思い知らされるスケールの大きさ、楽しさであります。
作品の後半に入ると戦争の影響が大きくなり、雰囲気が重苦しいものに。そんな中でもアイディアはさまざまな方向へと発展していくので、読む手は止まりません。

まあ何というか、大したものだ。登場人物たちの意図を越えて展開し、なおかつエンターテイメントとして着地を決めてくる。はっきりとは書けませんが、終盤の解決からは『三体II 黒暗森林』と似たテイストを感じました。
結末はファンタジーの領域まで踏み込んだようで、好みは分かれるかもしれませんな。

2025-03-29

R・オースティン・フリーマン「ソーンダイク博士短編全集Ⅰ 歌う骨」


<クイーンの定員>にも選ばれたふたつの短編集を収録。この本は4年ほど前に読みかけていたのだけれど、半分くらいのところで放置していました。で、もう一度、頭から読み直した次第。


まずは1909年に出た第一短編集『ジョン・ソーンダイクの事件記録』から。八作品が収録されています。

ソーンダイクものの特徴として挙げられるのが作中で描かれる科学捜査のディテイルであります。今となっては古びているのだけれどハンドメイド感が楽しく、証拠写真の入っているところは読んでいてちょっとファーブル昆虫記を思い出しました。
また、その推理は専門知識に頼ったもので、読者には参加の余地があまりなく、説明される分析過程の追体験の面白さで読ませる。短編とあって仕方のないことかも知れないが、証拠が後から示されることも多いです。

ミステリとしてフーダニットやホワイダニットの興味は乏しい(ハウはあります)。また、プロットに省略を利かせることや、キャラクターをディフォルメすることで面白くする、という行き方は捨てている。警察が軽視した物証から筋の通った解決を導く流れは丁寧につくられ気持ちが良いのだが、誤導は通り一遍で、展開も実直とあって、意外性の演出への意識が薄い。自然、作風のレンジは狭いです。
面白い創意があるトリックを仕込んだ作品がいくつかあるのだが、めりはりに欠ける展開のせいで、読み物としていささか勿体ないことになっているかなあ。
そんな中で、「青いスパンコール」は謎そのものに不可解さがあり、それが解かれることによって事件の様態ががらり、と変化するもので他の作品からは際立っているかと。

この『ジョン・ソーンダイクの事件記録』に関しては「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」の範疇かな、という感想です。



続いては1912年に出された『歌う骨』。収録作五編のうち四作品が倒叙形式で書かれたもので、残るひとつは普通のスタイルの探偵小説です。

これら倒叙ものは二部構成になっていて、前半が犯人の行動、後半にソーンダイクの捜査が描かれています。
その前半部分ではフリーマンの細部にこだわった作風が良く出ていて、犯人像が説得力を持って迫ってくる。犯行時の些細なミスも漏らさず書かれていて、ミステリとしてぐっと進歩したものになったように思う。
後半のソーンダイクの捜査は従来通りといえばそうなのだが、その進行の様子が逐一、読者にもわかるように書かれていて、いかにもフェアです。

なかでは倒叙ミステリの嚆矢とされる「オスカー・ブロドスキー事件」と、「練り上げた事前計画」が特に力がこもっているように思う。「オスカー~」での犯人の心理描写は迫力を感じさせるものだし、「練り上げた~」は題名が示すように謀殺を扱ったものだが、準備段階ではいかにも冷静で切れ者風だった犯人が、実行になると予想していなかった事態に慌て、必死にその場からは逃げ去る様が読ませる。
また「ろくでなしのロマンス」は同じ形式を採用しながら物語性にも注力した一編であります。

作者フリーマンはこちらの短編集の前書きで、これら作品の形式は捜査の過程を一層、緻密で興味深く描くことを可能にするものだ、というようなことを言っているのだが、現在からするとクライム・ストーリイとしての面白さが勝っているように思います。

2025-03-20

ジェローム・ルブリ「魔王の島」


このフランスの作家さんの長編はふたつ翻訳されているのですが、その評判はどちらも毀誉褒貶相半ばというところ。下げているほうも本気っぽいようなのをお見受けして、逆に興味をひかれた次第。まあ、読んでみなければ始まらない。

この『魔王の島』は──2019年に発表された第三長編で、母国では賞も獲得しているそうだ──「何を言ってもネタバレになる」らしく、おまけに「アンフェア」だと。面白そうではないか。
と読み始めたのだが、いきなりはじめの方にえぐい描写があって、気持ちを挫かれてしまう。

舞台はノルマンディーの孤島。第二次大戦後にそこでは大変な事件があったらしい。37年が経ち、当時より島に住み続けていた女性、シュザンヌが亡くなった。それを受けて孫娘にあたるサンドリーヌが事後処理のために島に渡る。以降、カットバックで時代を行き来しながら、祖母と孫の体験が語られる。
最初は読み進めるのに難儀しました。物語がどういう種類の展開をするのかが見当が付かない上、物語の雰囲気が暗いのだ。サンドリーヌは表立っては口に出さないが、ずっと嫌な感じがしていて早く帰りたいと思っている。
140ページを過ぎたところでようやくミステリらしい事件が起こる。ああ、なるほど、こういう話だったのかとここで合点がいきました。もっと早く気付いても良かったくらいだ、と。
ところが、そういう話にはならなかった。あれあれ、と思っているうちにファンタスティックな要素をはらみつつ、島に隠されていたおぞましい秘密が明らかになっていきます。

と、思ったのだが。章が変わり、話もがらりと変わる。確かに予想しようもない展開です。ミステリの作法から言えば大いに問題があるのだが、違うジャンルの小説なら珍しい趣向ではない。何より、作品の結末近くでこれをやられれば腹を立てるかもしれないが、まだ全体の半分にもきていないのだ。
そして、ここからは謎解きの物語が始まります。ちゃんと探偵役もいて、かなり流れが分かりやすく、テンポも良くって読みやすい。ただし、明らかになっていく事実はかなり胸糞が悪い。なおかつ、まだまだ奥がありそうであって、嫌な予感を覚えながらもぐいぐいと引っ張られ、読み続けざるを得ない。

結末は、こう来るのね、という感じ。推理できるように作られてはいませんが、構成からするとそれほど無理のある着地ではない、と思いました。額縁小説としての内側は綺麗にまとまっているのだから、これで充分ではないか。

なかなか面白かったです。陰惨なのは苦手ですけれど。同じ作者の『魔女の檻』も既に買ってあるので、そのうち読みます。 しかし『魔王~』、『魔女~』ともKindleにはなかったのだが、他社からは電子書籍が出ているのね。

2025-03-09

Badfinger / Head First


昨年の暮れにバッドフィンガーの「Head First」の50周年盤というのがリリースされました。実際に「Head First」が世に出たのは2000年ですが、制作されたのは1974年の12月なのです。

過去に出された「Head First」は、録音エンジニアによってリファレンス用に作成されたラフ・ミックスがもとになっていました。マルチトラックは無くなったとされていたのです。
で、ややこしくも長い事情を短くすると、オリジナルのマルチが最近になって発見されたと。この50周年盤はそこから新たにミックスがなされたもので、曲順も変わっています。ラフ・ミックス版は演奏がラウドでボーカルがやや引っ込み気味だったのに対して、新しいものはすっきりとバランス良くまとめられていますし、音質も当然、良くなっています。
また、"Saville Row" という30秒ほどのインストは、新たにレコーディングが加えられて2分弱くらいの曲になっています。

アルバム自体は期間の限られた状態の中、急ぎで作られたものです。あまりに余裕がなかったため、アップルでの最後からワーナーに移ってからの2作目までを手掛けていたクリス・トーマスは仕事を辞退しています。実際、それまでの作品と比べれば充分なプロダクションがされたものとは言いかねるし、オルガンを入れたことで厚みは増したもののアレンジの幅は限られている。
そういったように最上の部類のバッドフィンガーではないのですが、彼らの魅力ははっきり感じられるし、今回のリリースでようやく「Head First」をひとつの完成された作品として受け入れられたような気もします。

2025-02-07

平石貴樹「室蘭地球岬のフィナーレ」


昨年発表された長編で、函館を舞台にしたシリーズの最終作です。

関係者が重複した事件が断続的に三度起こるのだが、個々の事件の結びつきが見出しにくい。シリーズのこれまでの作品同様、複雑に絡み合った人間関係が背景にあり、さらに遠い過去にも何やら因縁が。
前作の後、探偵役であるジャン・ピエール青年がフランスに帰国したため、後半までは捜査小説としての趣が強い。その過程での意外な展開も楽しめますが、本書の帯の後ろでは少しその辺りを割っているので見ない方がいいかも。
警察では二つの事件についてはとりあえずの決着をつけつつも、残りのひとつに関しては捜査が行き詰まりに。そんな折、舟見警部補のもとにジャン・ピエールから手紙が送られてくる。なんと、一時的に日本に戻ってくる用事があるというのだ。

舟見から説明を受けながら現場を見て回るジャン・ピエール。新たな事実の発見などは無さそうだが、紙面にしてわずか4ページほどの間で真相に到達する。つまり、手掛かりは既に揃っていたということだ。
そうして明かされる奸計は驚きもので、読んでいて声を上げちゃいました。ひとによってはふざけるな! と腹を立てるかもしれない。しかし伏線はふんだんにあるし、それを成立させるための描写は(思い起こせば)とてもスリリングです。何より、それによって全てがひとつの流れの中に綺麗に収まってしまうのであるから、仕方ないではないか。

グレイトなハード・パズラーで、個人的には大満足です。

2025-01-25

ジャニス・ハレット「アルパートンの天使たち」


英国では2023年に出されたジャニス・ハレットの第三長編。文庫で750ページ弱と、デビュー作であった『ポピーのためにできること』より、ちょっとだけ厚い。ページの余白が多いので、実際の分量としては見かけほどでもないのですが。
今作も地の文がなく、メッセージ・アプリのログにメール文、インタビューの文字起こしや新聞記事などから構成されている。『ポピー~』にはそういったテキストに対して外枠になるやりとりがあったし、正解が用意されていることも保証されていました。しかし、今作はどういう種類の物語になるのかわからないので、やや不安ではある。

時は2021年、犯罪ドキュメンタリー作家であるアマンダという女性が、18年前に起こったカルト宗教絡みのむごたらしい事件についての本を書くことになる。その取材として、過去の関係者たちにインタビューを行うのだが、それぞれの事実認識のずれが積み重なっていく上、取材そのものを抑止するような動きがあるようで、次第に不穏な空気が高まっていく。

主人公がはっきりとした形で立てられており、本筋として事件後に行方知れずになった人物を捜索する、というのがあるので、実は『ポピー~』と比べると読みやすいです。
またテキストの集積といえど、隠し録りデータの文字起こしの部分からは動きが感じられ、説明がないことが却って迫力を生むことになっているかと。

なかなか全体像が見えてこず、お話がどこへ向かうのか、謎のうちどれだけがちゃんと説明を付けられるのか、と思いながら読んでいましたが、全体の三分の二くらいまできて、さまざまなパーツがひとつの絵に嵌りはじめる。
そして終盤には怒涛の真相解明が。この物語に無駄な部分などひとつとして無かったのだ。ここへ来て、堂々たるミステリとしての姿が立ち上がってくる。
さらに我が国の新本格を思わせる幕切れ、いやはや。

『ポピー~』には冗長な感もあったのですが、今作では地の文がない、という形式が仕掛けにしっかり結びついていて、ミステリとしての密度がかなり高い。力作ですな。

2025-01-09

有栖川有栖「砂男」


6作品が収録された短編集。文庫オリジナルの企画ですが、入っているのが単行本未収録作品ばかりとあっては見逃せない。選定のしばりから、書かれた時代がばらばらなだけでなく、江上次郎ものと火村英生ものの両シリーズが共存するという事態が発生しています。まあ、一編ずつ読むには関係はないのですが。

まず、はじめは江上二郎率いる英都大学推理小説研究会ものがふたつ。
「女か猫か」 密室内での怪事件であり、扉には封印まで施されている。謎解きのほうは軽めの印象を受けるかもしれませんが、設定を生かして困難の分割をさらりとやってのけています。また、人名の遊びなども余裕が感じられて愉しい。
「推理研VSパズル研」 日常の謎ですらない、パズル研から出された問題に推理研のメンバーたちが頭を捻る前半。この部分だけでも短編として成立はしそうなのだが、本領発揮はそこから。推理小説の謎とクイズやパズルとの違いに言及しながら、正解のない問いと格闘する遊び心に満ちた一編。

続いてノンシリーズものがひとつ。
「ミステリ作家とその弟子」 タイトル通り、ベテランのミステリ作家とその内弟子の物語。現代の風俗を反映しながらも、仕上がりは昭和のミステリっぽい。昔話や童話をミステリ作家ならどう見るか、という「推理研VSパズル研」と似た趣向の部分も面白い。

火村英生&作家アリスものがふたつ。それぞれ2004年と1997年に発表されながら、理由あって単行本には採られてこなかった作品です。今回、注釈入りでならとのことで無事、読めるようになりました。
「海より深い川」 相当にトリッキーだが、性急な書きぶりでもある。全く掴み所の無さそうな事件について、火村はアリスの部屋で説明をしているうちに解決に思い至る。
「砂男」 長編化を考えていただけあって、この作品のみ中編ほどのボリュームがある。都市伝説をとてもうまく取り込んだミステリであります。

最後はあっさりとしたテイストのもの。
「小さな謎、解きます」 商店街の中にある探偵事務所を舞台に、ちょっとした謎解きがなされる小品の連作。軽みと、薄っすらとファンタスティックな感触があるのがいいですな。