2009-10-03

歌野晶午「密室殺人ゲーム2.0」

『密室殺人ゲーム王手飛車取り』の続編。

前作のラストがカタストロフを予感させるものであったのですが、今作ではそういうことが何もなかったかのように、殺人ゲームが継続されるので、大きな違和感を呑み込んだまま読み進めることになります。

で、その辺の事情は物語後半に明かされるのですが、それと同時に殺人ゲームの持つ意味がずれる趣向が良いです。単なる二番煎じではないという。


思いついたトリックを実行したい、そして自慢したいという動機のみで殺人が繰り返されることによる、読み手の倫理観を揺さぶるインパクトは、続編とあって弱まっているのは仕方のないところ。

ただ、トリックの手の込みようは前作と劣らないです。仲間に見せ付けるだけの為に練りに練られた、効率のかなり悪い殺人方法がやりすぎ感あふれていて、素晴らしい。

また、解決に至るまでのディスカッションもあらゆる可能性を入念に潰していく様態であって、純粋にミステリとしてみれば今作の方が優れているかも。


しかし、もう続きは無いんじゃないかな。

2009-09-21

アントニー・レジューン「ミスター・ディアボロ」

1960年作品。
黄金期の本格、特にディクスン・カーを意識したようなミステリであり、17世紀に起こったと伝えられる怪事件、それにまつわる人物が現代に甦って、衆人監視のもとでの消失や密室殺人を起す、という如何にもゾクゾクしそうな道具立てなのだが、カーのようなケレンが薄く、淡々と進行していくため怪奇味は希薄であり、これは勿体無い。
探偵キャラクターも魅力が弱く、実際に黄金期に書かれた作品ならまだしも'60年代でこれはちょっとなあ。

謎解きのほうはスマートかつシンプルな盲点を突くもので、すごく筋のいいものだけれど、あっさりと語られるため盛り上がりきらなくて、肩透かしな感じを受けてしまう。これも惜しい。
また、よく考えると犯人の行動・計画には相当無理があるのだが、そこは古典へのオマージュとして許せるかな。
ただ、誤導が弱く、これが結果としてサスペンスの欠如に繋がってしまっていると思う。
まとまりは良いんだけれどもねー。

アイディアは素晴らしいが、プレゼンテーションがいまいちなため小粒な印象をあたえてしまう作品だと。あくまでマニアが楽しむ作品あって、一般向けじゃないよね。

2009-09-13

ヘレン・マクロイ「幽霊の2/3」


長らく入手難であった『幽霊の2/3』がめでたく新訳で出ました。同じ作者の『殺す者と殺される者』もそのうち出るらしいので楽しみであります。

さて、内容ですが。出版社社長宅で行われたパーティで人気作家が毒殺されてしまう。 古典的な謎解きを期待していると毒殺トリックや誰がやったのか、を中心に話が進んでいきそうなところですが、話はそれとは違う謎の方をどんどん掘り進んでいき、まるで予想しない展開に引っ張られていってしまう。ここら辺、1956年発表の作品ということでポスト黄金期における本格ミステリの新たな語り方のひとつ、として読めそうです。

純粋に謎解きとしてみると、ロジックは緩いものであるし、トリックもそれほどではなく、そこだけ取り出すと大したことない、ということになるかも。
あと、解決前に「読者への挑戦」風に気にかかる点が列挙されていくのですが、それによってメインになっている謎がすっかり見えてしまう。そそる趣向ではあるし、フェアといえばそうなんだけれど、勿体無い。

ただ、きめ細かな伏線がすごく良く出来ていて、これによって捨て置けない作品になってるんだよなあ。隅々まで無駄なく構成されていたことが、あとから分かってくる。
そして、解決部分で作品タイトルの意味が浮かび上がってくるところは、美しいといっていい。僕などはそこだけでもう満足。

形がいいミステリなんだけれど、展開は地味であるし、広く勧められるかは微妙なところかなあ。

2009-09-12

ビートルズがやって来たハァハァハァ


うちにもビートルズが来たよ。

とりあえず「Please Please Me」だけ聴きました。
やはりモノラルが素晴らしいです。
どの楽器もゴツゴツしていて、重い。ヴォーカルも激しくて、品がない。
まさにロックンロール。
紙ジャケの出来はうん、悪くはないかな。質感とか、もっと出せたようにも思うんだけど、生産量やコスト的な問題でこれがいっぱいなのでしょう。
ステレオミックスは今更言ってもしかたないのだけれど、やっぱり演奏・ヴォーカルが鳴き分かれで、ホントに今後はこれがスタンダードになるのか? 珍品だと思うのですが。
まあ、そうはいっても音はいいですね、クリアで音圧もあって。特にベースがブンブンいってて迫力あります。
ワタクシ、出る前にはステレオ/モノは2イン1にしろよ、とか思ってましたが、実際聴いてみるとこれは別々でよかったのかな、という気がしました。リマスターのコンセプトがステレオとモノでは違うんだね、きっと。

とりあえず人生の楽しみの何パーセントかは達成されたようではありまする。しばらくは退屈のしようがない。
マーク・ルウィソーンの「レコーディング・セッション」を傍らに秋の夜長をアレします。

2009-09-03

Blossom Dearie sings Rootin' Songs


1963年発表。もともとは、アメリカのルート・ビア (Root beer) というソフトドリンクの販促用に配布されたアルバムであります。
ジャケットにはブロッサム・ディアリーが弾き語りをする姿が写真が使われているが、このアルバムで彼女はピアノを弾いておらず、唄だけ。そのせいかどうかは判らないけど、全体に唄のキーがいつもより低めであって、可憐さはやや控え目で落ち着いた感じ(ブロッサムにしては、ね)。

演奏はジャズカルテットが受け持っているのだけれど、レコードそのものはジャズファンに向けて制作されたものでないので、収録された曲も当時のアメリカでよく知られたものばかり。「酒とバラの日々」「想い出のサンフランシスコ」「暑い夏をぶっとばせ」「デサフィナード」「燃える初恋」「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」など。アルバムタイトルの「rootin'」は「routine」にかけているわけだ。
それでもアレンジは安易なものではなく、それぞれに一ひねり。「酒とバラの日々」のような曲でも、テンポ早めのボサノヴァ仕立てながら、ブレイク部分では拍子が変わってスリルを感じさせる仕上がり。

コンパクトにまとまったジャズボサに乗って、凛と立ったブロッサムのヴォーカルがスウィングするポピュラー好盤であります。

2009-08-31

道尾秀介「龍神の雨」

この本、買ってから二ヶ月以上、手を付けてませんでした。
道尾秀介は今、日本で一番優れたミステリ作家のひとり、とは思うのだが、なんか深刻な物話が多いんですね。この作品もそう。僕の好みからすると、うっとおしい人間ドラマなんてどうでもいいから、騙してくれえ、というところなのですが。この作者は登場人物の気持ちの擦れ違いを誤導に使うので、心理の書き込みが深くなるのは仕方ないところで。うまく省略も効いてるので読み始めたら早いんですけど、どうもね。
が、放置してるうちに次の新刊『花と流れ星』も出たようなので、それも読みたいしな、と取り掛かりました。

で、感想。
いつもの道尾作品でした。重い雰囲気ながら緊迫感を持続させることで、どんどんページを繰らせていく。こっちは、どこに仕掛けがあるのか、と思いつつ読んでいるのだが、コロリとやられる。その技のキレはあいかわらず素晴らしい、のだけど。
この騙しのパターンというのに少し慣れてきてしまったか、という気はします。事件の限定された部分しか主人公もしくは読者には見えていないのだが、実際の全体像はその「部分」から想像するものとはまるっきり違っていた、という。
確かにすっかり騙されはしたのですが、またおんなじだったなあ、という感もあって。贅沢なこといっていますが。

もっとも今回はその「騙し」だけを取り上げて云々するべき作品ではないのかもしれません。どんでん返しがあってからもまだ物語が展開していくので、読後感は今までの作品とは違ったものでした。サイコサスペンスみたいだなー、と。
ミステリの技巧は今までの延長上にあるものですが、物語の構成としては違って来ているのかも知れないす。

読む方がこの作者のとんでもない巧さに慣れてしまってきたような感じもありますが、年間ベスト10なんかには入ってくるでしょうね。

2009-08-14

大森望/日下三蔵 編「超弦領域 ― 年刊日本SF傑作選」


2008年の国内SF短編アンソロジー、なんだけど。
最初に言っとくと、ぼくは今のSFにはすっかり疎くなってて。で、最新のSFってえのをちょっくら読んでみるか、と手を出したわけで。
そしたら、これってSF? ってのが結構混ざっていて。SF的なものの広がりを示した選択なのだろうけれど、綺譚といったほうが相応しいものもどんどん取り込んだ結果、ジャンル独自の色が薄まってしまったんじゃないか。最後の方に純SF作品を並べることで、落とし前はつけてあるけれど、一冊の本としてはバラエティが中途半端さにも繋がってるようであって、個人的には、面白いけど食い足りないという意見です。

気になった作品をばいくつか。

法月綸太郎「ノックス・マシン」 ・・・ ミステリの世界では良く知られる「ノックスの十戒」を扱った、タイムトリップものホラ数学SF。ネタ一発、といえばそうなんだけど、バカバカしくも楽しい。法月は他ジャンルだと生き生きしてるなあ。

津原泰水「土の柱」 ・・・ どっから見てもSFではないんだけれど、もう、小説が抜群にうまいです。凝縮された文、とはこういうものをいうのだな、惚れぼれしました。早速この人の著書を3冊買って来ましたよ。

堀晃「笑う闇」 ・・・ ロボットと漫才をする、というお話。日常とテクノロジーの馴染ませ方が素晴らしい。単純に物語としてもよく、ベテラン作家らしい芸が堪能できました。こういうのがあると、ほっとしますね。

円城塔「ムーンシャイン」 ・・・ 稲垣足穂みたいなタイトルですが、ハード数学SF(らしい)。正直、この作品はちゃんとわかったわけではないです。イメージもしっかり受け取れた気はしませんし。ただ、設定やら語り口の楽しさでもって、わからないままでもどんどん読めてしまう。

伊藤計劃「From the Nothing, With Love.」 ・・・ あまりに現代的な007パロディ。アイディア・情報量の密度とそれを負担にさせない娯楽性の高さ。この作品だけレベルが違うな。重く骨太な力作。