2009-12-31

Everly Brothers / Roots

元々、カントリー畑が出身のエヴァリー・ブラザーズ。1960年代に入りワーナーに移籍してからは、それまでよりぐっとポップ寄りの音楽にシフトしていたのだが、'68年の「Roots」というアルバムはタイトル通りカントリーに戻った作品。なのだけれど、これはバーバンク制作というのがミソであります。バーバンク、といえば古き良きアメリカ文化をポップな形で甦らせる、というのがコンセプトのひとつ。故にエヴァリーズのこのアルバムも単にルーツに立ち返るのではなく、カントリーを素材にしながら新しい音楽として聴かせよう、という試みがなされている。

アルバムの所々には彼らが少年時代、家族でラジオ番組に出演したときの録音が配されており、ここら辺いかにもバーバンクらしいコンセプチュアルな造り。

収録曲にはクラシックなカントリーソングと新曲が混在しているのだが、あまり違和感がない。これはアレンジに関わったロン・エリオット(ボー・ブラメルズ)の手腕に拠るところが大きいのだろう。

ランディ・ニューマン作の "Illinois" はいつものニューマンらしい、ピアノオリエンテッドな美しい曲であります。

現代の視点からの聞き物はテンポ早目の曲で、これらは完全にカントリーロックといっていい仕上がり。フライング・ブリトー・ブラザーズのファーストで聴けるハーモニーは明らかにエヴァリーズの影響下にあるものだけれど、ここにおいてはサウンド面でもその原型が提示されているではないか。ペダルスティールが疾走し、ときにサイケデリックな領域まで踏み込む。また、ワウをかませたギターが唸る "T For Texas" では、マイケル・ネスミスのファースト・ナショナル・バンドのアイディアが既にここで演られている。恐るべし。

そして、まわりがどうあろうとエヴァリーズのハーモニーはあくまで端整で。深いエコーに包まれたギターのロングトーンに導かれ、鼓動のようなリズムに乗せて歌いだされるケイデンス時代の曲の再演 "I Wonder If I Care As Much" は感動的であります。

Dan Penn / Nobody's Fool


南部ソウルの白人ソングライター、ダン・ペンが1973年にリリースしたファーストアルバム。久しぶりに聴いたら、凄くポップだった。
楽曲のほうは一曲をのぞいてオリジナルで、当然のように粒揃いであります。また、プロデュースも自身でやっているよう。
カントリー的な甘さを含んだソウル、なんだけれど都会的なセンスが感じられる音は、裏方さんだけあって隅々まで考えられている感じ。弦アレンジはバーゲン・ホワイトで、これは素晴らしい仕事。

シンガーとしては渋くて雰囲気がある声で、歌心がちゃんとある。真っ黒なので逆にブルーアイドソウルのファンには合わないのではないか。
さすがに本職と比べると声量や太さという点でやや物足りないところもあるのだけれど、強弱の付け方が絶妙で、それによって説得力のあるものに仕上がっていると思う。また、ヴォーカルで力が必要とされるところでは上手くホーンやコーラスでフォローすることでも迫力を出している。こういう、サウンド込みでヴォーカルがどんな風に聴こえるか・聴かせるかということに対する配慮は、ちょっとアル・クーパー(「New York City」とか「Naked Songs」あたり)を思わせる。

どの曲も一見無骨で実は洗練されているといった感じだけれど、"Raining In Memphis" という曲はイントロからケツまで凝りまくったアレンジが抜群の格好良さ。当時のフィリー産の仕事と比べても遜色がないんじゃないかな。

べったりソウル、とも違う音でスワンプ・ポップとでもいうか。カントリー臭がOKなひとは是非。

2009-12-26

三津田信三「水魑の如き沈むもの」

三津田信三の新作は刀城言耶シリーズ、今までのうちで一番長いお話であります。
もしかしたらこの作品はシリーズ中のターニングポイントになるかも、という気が。

今回もホラーとミステリの要素の融合がなされているのは確かなのですが、今までの作品において怪異は、よくわからないが「あるかも知れないもの」として扱われていたのに対して、今作でははっきりそれが「あるもの」とした前提に世界が成り立っているような感じを受けました。

ミステリとしては技巧が洗練されてきた分、迫力が後退してしまい却って地味な印象になってしまったか。異常な状況下における連続殺人によるサスペンスは大部の物語を駆動するに充分な力がありますが、真相開示シーンにおいて今までは毎回、突き抜けた仕掛けが用意されていたのに、今回は少しずつ解答が改変されながら逆転を繰り返す構成なので、意外性によるせっかくの驚きがやや削がれてしまっているかな、と。
とはいえ、終盤まで大量の不可解な謎を残しながら、一挙にそれらが解かれていく迫力は健在であり、伏線回収も半端ではなく、この作者に期待されるレベルは充分クリアされていると思います。
また、ミステリファンなら、後期クイーン的な「探偵の操り」テーマが作中に泳がされているのにも注目せざるを得ないところ。

文章のこなれが良くなり、リーダビリティの向上も見られた今作。刀城言耶のキャラクターがどんどん金田一耕助に似てきたような気もするのですが。


2009-12-09

小島正樹「武家屋敷の殺人」

帯には「詰め込みすぎ! 掟破りの密室死体消失連続トリック!」と書かれていて、実際その通りバリバリの本格ミステリです。
20年ほど前の新本格を更に暴走させたような、アイディアとプロットの密度の高さを持っております。展開があまりにご都合主義であったり、設定やキャラクターが破綻しているようなところは気になり、小説としては褒められたものでは無いですが。

構成には島田荘司の影響が強く見られます。幻想的で強烈な謎をアタマに持ってきて興味を引っ張る。のだが、この冒頭の大ネタは御大さながらの豪腕によって小説前半でほとんど解かれてしまう。そして、そこから別の強力な謎がいくつも立ち上がり、さらには過去の因縁話なども絡んできて、ミステリとしてのスケールも大きくなっていきます。
そして解決部分のどんでん返し(わざわざ章題にも「偽りの真相」とあります)。間違っていた解決も結構説得力があって面白いのですが、後から出される解決のほうが更に良く出来ていて、これもレベル高いね。多重解決にありがちな、どの解決でもいいんじゃないの? 的な状態には陥っていませんし、後出しジャンケンでもない。ただ、ロジックの妙は薄いです。論証自体の面白さは感じられなかった。
後、作中には誤導もいろいろ仕掛けられていて、こんなにあからさまでは、というものから、微妙すぎて普通の読者なら読み飛ばしてしまうんじゃ、というものまであって、なかなか愉しいです。

作者のミステリセンスは疑いないところでありますが、減点法で評価されると駄目でしょうね。とりあえず面白い本格ミステリが読みたい、という人向き。それ以外の配慮はない小説です、清々しいくらいに。

2009-12-05

James Brown / Live At The Garden

ジェイムズ・ブラウン1967年のライヴアルバム、「Live At The Garden」がHip-O Select から2枚組拡大盤で出ました。5千セット限定だそうです。

このライブ盤の元々のものは、演奏はともかく、音が良くない上に編集も乱暴であって、ちょっとファン以外には勧められるものではありませんでした。その上、ジャケットのセンスもピンとこないものだし、そもそも「~ Garden」というタイトルなのに、実際は大会場であるマジソン・スクエア・ガーデンやボストン・ガーデンではなく、ラテン・カジノというサパークラブで収録されたもので、ちょっと詐欺っぽい。まあ、そのくらいのことで文句言ってちゃあJBのアルバムなんて聴いてらんない、というのも事実でありますが、翌年に出た「Live At The Apollo Volume Ⅱ」が代表作のひとつとして評価されているのと比べると、明らかに落ちる存在であって、初めてCD化されたのもかなり後になってからでした。

さて、今回の拡大盤ではオリジナルのモノラルLPを全収録した他に、新たに4トラックからミックスし直したものが入っています。この新ミックスでは、音が良くなっているのは当然として、前座の(といってもJBも参加しているのだが)インストと、それまでは短く編集されていた本編のショウの全容がしっかり収録されています。オリジナルのアルバムとは別物と言っていいんじゃないかというくらい、はっきりと見違える出来になっていて。というか、今まで随分もったいないことをしてたのな、という感じです。

肝心の演奏の方ですが、収録されたのがアポロシアターでのライヴ盤の半年くらい前なのだけれど、そちらとも結構違いますね。アポロでのライヴではすっかりファンキーソウルのスタイルが馴染んでいて、余裕も感じられるものでしたが、この「Live At The Garden」ほうは、性急さが勝っているという印象。まだ "There Was A Time" や "Cold Sweat" なんて曲が無く、過渡期といった風も。
また、そういった曲が無いせいか "I Got You (I Feel Good)" はフルコーラス演っていて、これは嬉しい。この曲、後のライヴになるとメドレーで2、30秒くらいしか演らなくなるので、サックスソロもしっかり聴けるここでのヴァージョンはいいですね。

で、今回の新ミックスでの一番の目玉は "Papa's Got A Brand New Bag" になるかな。この曲、オリジナルLPでは本来の曲を半分くらい切り出して、"Hip Bag '67" というタイトルを付けて収録されていたのですが、今回は9分越えの煮えたぎる演奏をフルで堪能出来ます。
あと、未発表であった "Come Rain Or Come Shine" というスロウでは、何故かロン・カーターがベースを弾いているらしく(と言ってもあんまり聴こえないんだけど)、これも発見、ということになるかなあ。

とりあえず嬉しいリイシューでありますが、ホント、'60年代のJBのカタログはちゃんと整理し直して頂きたいものではあります。

2009-11-15

マルセル・F・ラントーム「騙し絵」


1946年発表、フランス産本格ミステリ。作者は英米の探偵小説を読み漁り、その影響下でこの作品をものしたそうであります。実際、これでもか、というくらいにアイディアが詰め込まれていて、その密度が凄い。「読者への挑戦」まで用意されてるんですから堪えられません。

ポール・アルテより濃いですよ、こりゃあ。


複数の警官がつきっきりで見張っている状態で、ダイヤモンドが偽物にすり替えられるという、かなりの不可能犯罪が起こるのですが、その他にも監視下における消失事件などが用意されております。


基本はガチガチの謎解きミステリながら、さらにサスペンスを演出する場面など色々盛り込みすぎるあまり、小説としてのバランスはあんまり良くないかな。なんか、ごたごたしてる感じ。

ただ、語り口は軽やかかつユーモラスで、全体にすいすい読めてしまうのはいいですね。

また、作中にミステリ小説というジャンルに対する自己言及的なやりとりも ありますが、これもアントニィ・バークリイのような批評性から来るものではなく、純粋にアマチュアリズムから出ているもののようで微笑ましいです。


解決部分は複数の人物が自説を開陳していく、という流れのもので、それまで目立たない端役のようなキャラクターまでが結構鋭い推理を展開していきます。ここら辺、にやにやしてしまう趣向ですし、レベルも高いです。

でもって、メインのトリックが豪快で。かつての日本新本格のような、実現可能性はどうだろう、というような手の込んだもの。強力な謎に対して充分応えるだけの大技であります。


探偵小説ファンなら読んで損は無いですね。300ページほどの本ですが、満腹。

2009-11-08

アントニイ・バークリー「ジャンピング・ジェニイ」

「ぼくにはまるで探偵小説みたいに思えるな。ほら、殺人者が自分から名探偵のもとに駆けこんで、事件を引き受けてほしいと頼むようなやつさ。結局、そいつが殺人犯であり、同時に底なしの間抜けでもあることを証明するだけなんだけどね」(203ページ)

昔、国書刊行会から出たものの文庫化で、僕も再読なのですが、バークリイの作品は筋が込み入ってるものが多いので、この作品も細かいところは忘れていました。

『ジャンピング・ジェニイ』は探偵役が奮闘する様が道化にしか見えないという、ジャンルに対する皮肉な視点がこの作者ならでは。特に、ある被疑者にかけた容疑がそのまま探偵自身にも当てはまってしまう展開など、すれたファンでも悶絶ものであります。

ミステリの構成的に見ると多重解決、ということになりますか。結末は予想もしていない驚きもので、流石、と言いたいところなのですが、充分な伏線も無く唐突に出されるものであり、説得力がない。後付っぽいこのやり方ならいくらでも出来るじゃない、とも思ってしまいます。従来のミステリに対する批評性だけが突出してしまったような印象。

10年くらい前、バークリイの未訳作品が次々と紹介され始めたときのミステリファンの反響は、そりゃあ大したものでした。個人的にも英国探偵小説の隠れた大物として、この作家のセンスはクリスチアナ・ブランドあたりと同等なんじゃないか、なんて思っていたものです。
しかし最近では、それはちょっと違うのかな、このひとは本格ミステリのコアな作家ではないのかな、という風に考えています。抜群のテクニックと新しいコンセプトを持ち合わせていたのは確かですが、技巧に溺れるあまりミステリ本来の面白さを犠牲にしているような感があるのです。結局、やりたいことが違うのだ、と。
ミステリファンとしては、あんまり読者を見くびるなよ、と言っておきたいところ。

とは言っても、読んでいる間は滅茶苦茶面白かったのですが。今月末に出る『毒入りチョコレート事件』の再刊も買ってしまうでしょう。本当に面倒臭い作家ではあります。