2012-04-15
Joe and Bing / Daybreak
男性フォークデュオ、ジョー&ビングのファーストアルバム(1971年)。プロデュース及びアレンジにはエウミール・デオダートと、レフト・バンクも手がけているハリー・ルーコフスキーの名前がクレジットされています。
彼らのハーモニーはサイモン&ガーファンクルの影響を感じさせる清新なもの。そこに、デオダートらの手による品の良い管弦が合わさって、とても爽やかな音像です。
収録曲も二人のオリジナルが中心で、派手さはないけれど、どれも良い曲ばかりでありますよ。
アルバム冒頭のタイトル曲 "Daybreak" はちょっと湿ったメロディで、粒立ったギターのアルペジオと美麗なストリングスの組み合わせがアルゾを思わせますが、ひんやりとした音像はどこかヨーロッパ的。一瞬入ってくるピアノなど、とてもセンスがいいなあ。また、アルゾといえば "It's OK" という曲もあって、これはもろアルゾ&ユーディンみたいだ。
穏やかなフォークロックの "I'm Not Forgetting Your Name" はトランペットのフレーズがいいフックになっています。アラン・ローバーの手がけたオルフェウスに近い雰囲気。
ユニゾンのボーカルがハーパーズ・ビザールみたいで可愛いのが "Drifting With The Time"。アコースティックなのでさしずめ「4 (Soft Soundin' Music)」というところかな。
そして、特に気に入ったのが "Summer Sound" という曲。ちょっと跳ねたリズムにブラジルっぽい雰囲気の管弦の組み合わせで、哀愁漂う仕上がり。これはデオダートのセンスですな。
また、ボサノヴァの "Sail" はまるでA&Mレコードみたいで、これも凄く好み。瀟洒なポップスであって、エンデイング近くのコーラスも決まっています。フルートの使い方がこれまたブラジル的かしら。
良質なメロディが揃っているけれど、ともすれば内省的になりそうなフォークデュオ。それを色彩感あるアレンジが救っていて、下世話でないポップスに仕上がっていると思います。
サンシャインポップというにはナイーヴ過ぎて、けどそこがいいな。
2012-04-08
Badfinger / Badfinger (eponymous title)
バッドフィンガー、ワーナー移籍後一枚目のアルバム、1974年リリース。
このアルバムはレコード会社との契約がきつかったために、アップルでの最終作「Ass」のレコーディングが終了したわずか一月半後に制作が始まったらしい。その強行スケジュールがたたったせいか、正直、練り込み不足という感じの、弱いマテリアルも含まれています。
特にジョーイ・モーランドの書く曲はアメリカ志向の大味なロックンロール、という感じのものが多くて、それらは一、二曲ならウエットに流れがちなアルバムの雰囲気を中和する効果があるのだろうけど、四曲もあるとさすがにテイストが違いすぎるかと。
その一方でサウンド面では、なかなか意欲的な取り組みが目に付く。
ジョン・コッシュの手によるスタイリッシュなアートワークはまるでモダンポップのアルバムのようであるけれど、それに照応するように、この作品では多彩な楽器の導入や、変ったエコー処理など、さまざまな面白い試みがなされています。これはプロデューサーであるクリス・トーマスの貢献なのだろうけれど、そのことにより従来からのパワーポップだけでない、バンドの新しい顔が引き出されているようでありますよ。
中でも、トム・エヴァンス作の "Why Don't We Talk" のイントロで、SEに導かれ、遠くでハーモニーが聴こえるうちにバンドが入ってくるところなど、実に格好いい。
とはいえ個人的に一番好きなのは、やはり泣きのメロディ、フックが素晴らしい "Lonely You" かな。ピート・ハムならでは、というか彼でしか書けない曲でしょう。
決して手放しで褒める気にはならないけれど、これもファンにとっては大事な一枚です。
2012-04-01
ジョン・ディクスン・カー「蝋人形館の殺人」
アンリ・バンコランものの新訳。
セーヌ川に浮かんだ令嬢の他殺死体。事件の捜査に乗り出したバンコランは、最後に被害者が入るのを目撃されながら、そのまま消えてしまったという蠟人形館に赴いた。だが、そこで発見されたのは、展示されているサテュロス像に抱かれている別の女性の死体であった・・・。
カーの作品のなかでもごく初期に属するものでありますが、割合にすっきりとした仕上がり。おどろおどろしい演出が上手くはまっている上に、邪魔になっておらず、いい塩梅で。
最初に提示される人間消失の謎はすぐに解けてしまいます。そうすると興味は犯人探しになるわけなのだけれど、事件の構図や容疑者が二転、三転。バンコラン自身もなかなか目星が立てられない。
ただ、シビアに見れば捜査は穴だらけなのですが、そこを言うと作品自体が成り立たないところがあるかな。
意外な真相は説明されてみると、蠟人形館という舞台が必然であったことがわかります。少し観念的ではあるけれど、この趣向は素晴らしい。
また、細かな手掛かりや、そこから導き出されるロジックが冴えています。伏線も大胆で、好み。
まあ、謎そのものはカーにしてはやや軽いけれど、オーソドックスなフーダニットとしてよく出来ており、推理の妙が充分に楽しめる作品でありました。
2012-03-24
セバスチアン・ジャプリゾ「シンデレラの罠」
「わたしはこの事件の探偵であり、証人であり、被害者であり、犯人なのです」 ―なんと心惹かれるフレーズだろう。
しかし実は、大昔に読んだときには、あまり楽しめなかったのだ。記憶消失にかかったヒロインのアイデンティティをめぐるお話であるけども、煮え切らない内面描写に途中でうんざりして「お前が本当は誰であろうと知ったこっちゃあねえ」という気持ちになってしまった(ついでに言うと、新本格系の作家のデビュー作で、この作品の線を狙ったような「一人X役」を謳い文句にした作品を二つばかし読んで、そのどちらともてんで面白くなかったことにより、更に印象が悪くなったのだ)。
だから新訳が出ると知ったときも、一旦はこれはいらないねと思ったのだけれど、旧訳には不備があった、とか、訳が改まってミステリとしての面目が一新した、という評判を目にしてしまい、ついつい買ってしまった。
実質、中編といっていい作品で、すぐ読めるしね。
物語は、巨額の遺産を相続していながら、顔と手に大火傷を負って本当は誰だかわからなくなった若い女性による一人称で語られる、いわゆる心理サスペンスだ。
それが、物語の半分も行かないうちに事件の種明かしがされ、続いて、動機となったものが三人称で説明されてしまう。
ミステリとしては、ここまでで終わっているように見える。たとえ、この時点での解答が間違っていたとしても、その場合は企てが最後の段階で失敗したのだ、という予想もできる。Aと思われていたものが実はBだった(と思わせてやはりAだった)という、ごく狭い範囲での可能性だ。
実際、中盤からは犯罪小説としての様相を強めていく。
だが・・・。
ポール・アルテも手がけている翻訳家・平岡敦氏の力か、記憶にあったよりずっと理性的な小説で。
ミステリとしては破綻している部分がある(映画ならこれでいいのだが)と思います。
けれど、とても美しいかたちを持つ作品でありました。
うん、読んで良かった。
2012-03-23
Gilbert O'Sullivan / Himself
ギルバート・オサリヴァンのリイシューが英Salvoで進められているのだけれど、この「Himself」は1971年のデビュー・アルバム。
下世話過ぎず、かと言って私小説的でもない。端整なポップソングが1ダース+。
シングルヒットした "Nothing Rhymed" は流石の出来栄えだけど、その他も良く練り込まれた曲ばかりだ。
マッカートニー的でありつつ、もっと古いところにルーツがあるような親しみ易いメロディには、意外な展開を秘められているが、それが決してわざとらしくはならないのが素晴らしい。
一方、淡々としていながらも癖のあるボーカルからは、強固なキャラクターが伺われるようである。そう考えながら聴くと、ユーモラスでちょっとセンチメンタルな中にも、ニルソンあるいはレイ・デイヴィスを思わせる皮肉っぽさも漂っているよう。
また、殆どの曲がピアノ・オリエンテッドでミディアムテンポなのに、アルバム全体としてはヴァラエティを感じさせる多彩なアレンジも見逃せない。
オールドタイミーなものからバロック・ポップ、ジャジーなものやビートルズを思わせる展開の曲まで。落ち着いていながら、カラフルでもあって、その節度がいかにも英国的であり。
新しくはないかもしれないが古びることも無い、そんな個性と瑞々しさが共存する。
デビュー盤でしかありえないきらめきが詰まった一枚。
今回のリイシューでは、ボーナストラックは勿論、ブックレットには本人による全曲解説や歌詞も掲載されているのが嬉しいところです。
2012-03-21
アガサ・クリスティー「リスタデール卿の謎」
お馴染みの名探偵は出てこない、ノンシリーズ短編集。出版は1934年であるけれど収録されているのは全て'20年代に発表されたものであって、クリスティのごく初期に属する短編群ということになります。
女史の初期冒険長編を思わせる設定のものが多いんだけれど、ご都合主義な展開に甘々のロマンスで、まとめて読むと同工異曲という印象を受けるのは否定できないところ。「ジェインの求職」という作品なども、これって「赤毛組合」じゃん、と思い期待して読み進めるとお転婆ヒロインの冒険編だったり。
ただ、リアリティ、もしくはフェアプレイや伏線云々といった縛りから開放された筆捌きは余裕が感じられるもの。キャラクターは典型であるけれど生きいきとしており、ひとつひとつの短編として見れば楽しく読める。
冒頭に置かれた表題作「リスタデール卿の謎」が特にいいな。これもシャーロック・ホームズ譚をなぞったようなプロットなのだけれど、御伽噺の域にまで達した予定調和がとてもチャーミング。
また、そうしたほんわかした雰囲気の作品の間にシリアスな作品がいくつか挟まっていて、これがいいスパイスになっているかな。
そのうちの「ナイチンゲール荘」では、日常のなかに潜む不安心理を描いた奇妙な味風の物語が、やがて強烈なサスペンスに変化していきます。使われているのは既視感あるパーツばかりなのだが、仕上がりはユニーク。
また「事故」という作品は、過去に夫を毒殺した容疑で裁判にかけられた女性は、また再度同じことをしようとしているのだろうか? というありがちな話なのだけれど、最後までどう転ぶかはわからない様から目を離せない。
収められた作品で、手の込んだトリックが使われているようなものは皆無であります。ユーモラスなクライムストーリー集として、気楽に読むが吉かと。
2012-03-20
有栖川有栖「高原のフーダニット」
臨床犯罪学者・火村英生もの三作品を収録した中編集。
「オノコロ島ラプソディ」
冒頭に編集者との叙述トリック談義があって、作家にとっての難しさが見えて面白いのだが、これはどう本筋に結びつくのかな、と読み進める。
扱われているのは非常に地味なアリバイものでリアリティのある事件、といったらよいか。最近の若い本格ミステリの作家はこういう題材ではあまり書かないよな、ことさら奇を衒わなくとも読者を唸らせるものが出来る、というところを見せてくれるんだろうな、と思っていたところ。
解決編に至って、ううむ。脱力しました。そう繋がるのね・・・。形而上的なずらし、というか。
作者後書きではドタバタ・ミステリを狙った、とあるけれど。
「ミステリ夢十夜」
「こんな夢を見た。」という書き出しで始まるショートストーリーが十編。
ミステリというよりは奇妙な味の作品群で、ファンタジーといってよいものもあるし、見方によればトリッキーなものもあって、バラエティはなかなか。
掴みどころがなく変な余韻を残す話を続けて読んでいると、まさに夢、というイメージが濃くなっていく。
こういうものを個々の作品について語るのは野暮な気もするが、個人的には「第八夜」がラテンアメリカ系の作家のようで面白かった。
とは言っても俺はガチガチの謎解きが読みたいんだよ!
というわけで、表題作
「高原のフーダニット」
双子の弟を殺した兄は、以前に面識があった火村に電話をかけてきた。聞けば必ず警察には出頭するという。だが、その兄の方も何者かの手にかかり・・・。
風光明媚な田舎の、小さなコミュニティを舞台にしたフーダニット。アガサ・クリスティを意識したそうで、作中でもクリスティやポアロ、マープルという名が出されているが、それ以外はいつも通りという印象(アリスの迷推理もクイーン的だ)。
タイトルにはフーダニットとあるし、勿論、主眼は犯人探しなのだが、むしろ、その途上で浮かび上がってくるホワイ? が読み所。そして、そこから見えてくる状況から、あとは判りやすくも丁寧に配置された手掛かりによって、実にスマートに犯人は決定される。こういう推理における力点の捻り、とか上手いよね。
濃密なディスカッションも堪能でき、これには満足。
しかし、一冊トータルとして見るとちと軽いか。ファン以外にはどうかな? という感じですな。
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